誰がプリンを食べたのか?
一帆
第1話
「ただいまー」
僕は勢いよく玄関を開けた。
「手を洗いなさい」とか「ランドセルは投げない」という母さんの怒鳴り声が聞こえてこない。
よっしゃーとガッツボーズをする。
母さんは出かけている!
今のうちにプリンを食べてしまおう!
僕は、勢いよくランドセルを玄関に投げ捨てると、スキップしながら奇麗に片づけられているリビングにはいった。
テレビの前のソファーには姉ちゃんがジャージ姿で寝転んでスマホをいじっている。最近ハマっている『中学生探偵ツバサ』でも見ているに違いない。絡まれないように、そおっと脇を通る。姉ちゃんが僕の方を見もしないで、スマホを見ながら言った。
「おかえり、
「ハッシー(五年三組 担任 男 独身 )が用事があるから、連絡事項を昼休みに言ったからさ、いつもより五分ほどはやく終わったんだ」
お客様用のティーカップが二つシンクに置かれたキッチンカウンターの横を通り過ぎる。そして、僕は冷蔵庫の扉を開けた。昨日、見つけたプリンをおやつに手に入れるためだ。
ふふふん。
ん???
冷蔵庫の中をみて、僕は思考が止った。
な……?
冷蔵庫の扉の向こうにあるはずのプリンがない!
僕はまだソファで、だらしない格好でスマホを見ている姉ちゃんを睨みつけた。
(姉ちゃんめ! シラを切る気だな!)
「姉ちゃん!! 姉ちゃんだろ? プリン食べたのー!!」
「はぁ?!」
スマホから目を離して、姉ちゃんがソファから立ち上がった。目がサンカクになっているけど、僕はひるまない。
「ぜったい、姉ちゃんが、食べた!! 返せよ! 僕のプリン!!」
「何言ってんの?」
ふんと鼻息荒く姉ちゃんが腰に手を当てている。僕だってぐっと背伸びをして、姉ちゃんの顔に顔を近づけて睨みつける。身長差で威嚇されたってひるまない。
「姉ちゃんが犯人に決まってるじゃん」
「なにそれ。なんで決めつけんの?!」
「ほかに考えられないじゃん!!」
姉ちゃんが、はぁっとため息をついて、リビングの椅子に腰を落とした。そして、足を組み髪をかき上げると、ちっちっちと人差し指を左右にふる。
(それって、『中学生探偵ツバサ』のツバサの真似じゃん!)
「短絡的すぎだぞ。三橋君」
「み、三橋って、それ、ツバサの相方の名前じゃん。そんなことより、僕のプリン返してよ!」
「今日は機嫌がいいから、
姉ちゃんが口を尖らせてる。
「だってぇ……」
「
「そんなことない」という言葉は、口の中から外に出ていかなかった。
「もっと、スマートにエレガントにいかなきゃ」
「はぁ? 何それ。じゃあ、どうしろっていうんだよ」
僕だって口を尖らせる。姉ちゃんがにやりと笑った。
「手始めにさ、
「できっこないよ」
「考える前にできないっていうのって、それってもっとだめだめじゃん。じゃあ、何も考えずに、私がプリンを食べたって決めつけたんだ。ひどー」
「…………、姉ちゃんがリビングにいた」
「なにそれ。リビングにいたから犯人なの? あんたさ、殺人事件現場にたまたまいた人を犯人にするの? それってひどいと通り越して冤罪じゃん!」
僕は口を尖らせるしかない。姉ちゃんははああっと大げさにため息をついた。
「この家の住人――パパ、ママ、私、
「そんなんこじつけじゃん」
「私以外にも食べた可能性があるってことよ。少年よ、頭を使え。ほら、今は思考力を問われる時代なのだよ」
姉ちゃんがもったいぶったような口調で言う。まるで校長先生みたい。
「ふん、そうやってはぐらかしているから姉ちゃんが犯人」
「却下」
姉ちゃんが鼻で笑う。
「父さんは仕事に出かけていないから犯人ではない。だから、姉ちゃんが犯人」
「ぶぶー。残念でしたー。パパは今日はテレワークで、一日部屋にいるよ。ママが、『お昼はパパがアスパラガスとツナのパスタを作ってくれたのよぉ。でもパパったら、それ以外はなーにもしないの。食後のデザートも珈琲もなしよ。ひどくない?』って、惚気かボヤキかわからないことをさっき言ってた」
「父さんも冷蔵庫を開けたの?」
「さぁあ。どうだろうねー」
姉ちゃんがにやにやしながら、肩をすくめた。
(ん? まてよ。)
「父さんは冷蔵室は開けていない。だって、お昼ご飯に使う材料 ―― アスパラガスは野菜室に、ツナは戸棚にある」
「まあ、70点」
「それに、食後のデザートも珈琲もなしって母さんが言ったということは、プリンは食べていない」
「せーかい。やればできるじゃん」
「容疑者は姉ちゃんか母さんか僕。でも、僕は犯人じゃない」
「そう? 寝ぼけて食べたかもしれないわよ? だーすきなプリンだからね」
揶揄われて僕はむうっと唇を尖らせた。
「冗談よ。冗談」
「ミケも除外。猫だからね! あれ? ミケは?」
いつもなら、ミケ専用ソファが窓のところにあって、ミケはそこで日向ぼっこをしているはずなのに……。
「パパの部屋にいるんじゃない? さっき、コーヒーを淹れにきたパパが『ミケの声がテレビ会議にはいってしまって困った』ってぼやいていたから……」
「ふーん」
「で、犯人わかった?」
「姉ちゃん」
「あんたねぇ。だいたい、なんで、二つあるプリンを二つとも私が食べるのよ?」
「姉ちゃんが食いしん坊だから!」
「却下。マイナス50点。あんたさぁ、よく周りをみなよ。探偵には洞察力が大事なのよ」
そう言われて、僕はリビングを見渡す。奇麗に片づけられたテーブル。ソファには最近母さんが編んだ新しいクッションカバーがついている。それから、シンクには、お客様用のティーカップが二つ。
(ん? まてよ。)
「姉ちゃんが食べたなら、プリンのカップが散らかっているはずなのに、ない」
「そこ――?」
「姉ちゃんじゃない? となると母さん?」
母さんが、二つもプリンを食べるだろうか。お客様用のティーカップが二つ。
(ん? まてよ。)
「ふっ。やっと真実に辿り着いたな。少年よ」
姉ちゃんが、『中学生探偵ツバサ』の悪役である博士みたいに言う。
「さて、人のこと犯人呼ばわりした
姉ちゃんが、腕組みしながらにやにやしている。すっごくうれしそうだ。
「でも、母さんは出かけているのに、なぜ?」
僕が悩んでいると、ガチャリと玄関の扉を開ける音が耳に届いた。
「あらー。
この声は母さんだ。リビングの扉を開けたのは母さんで、母さんの手には、見慣れた洋菓子店の菓子箱がある。
「あ、ママ、お帰り。もう、
姉ちゃんがじとっとした目で僕を見て、言いつける。
「いつもこの三時半ごろに帰ってくるから、間に合うと思ったんだけど……、なんで今日に限って早く帰ってきたの?」
「だって、帰りの会が早く終わって、プリン食べよと思って走って帰って……」
しどろもどろに説明をする。なんかすっごく悪いことをした気分。
「
それで、こんなにリビングが奇麗だったのか。
「
「だって」
姉ちゃんがペロリと舌をだした。
「片づけられた部屋。ママの編んだクッションカバー。シンクにはお客様用のティーカップ。奇麗に片づけられたプリンの容器。どう見たってお客様が来てたってわかるでしょ? それに、仕事に行く日でもないのにママがいないのよ。最初にどうしてママがいないのか聞けば教えてあげたのにさ。…………、さあて、
誰がプリンを食べたのか? 一帆 @kazuho21
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