後編


 

 サーペント。

 大蛇の魔獣で、巨大な顎と長い体。

 意外と俊敏で、牛すら丸呑みする大食らい。でも一番ややこしいのは、その牙に噛まれると、ほぼ確実に死に至る猛毒。

 オイラ達じゃあ、どう頑張っても勝てないね!


「走れ! とにかく逃げろ!」

 アウが、ブンタに肩を叩かれてようやく立ち上がった。

「振り返らず走り抜けるんだ」


 ――シィー……ガラガラガラガラ


 尾を振ってる。

 完全に狩猟モードだあ。

 もちろん食べられるのは、オ・イ・ラ・達。

 

「……ででも」

「いいから! 行け!」

 

 バチーン!

 

 背中痛そ!

 オイラ、ブンタがこんな叫んでるの初めて見たよ。

 いつもちょっと皮肉まじりで、静かに喋るもんね。

 アウ、ようやく走り出した。遅いよ。

 でもしょうがないね、魔獣に会うことなんて、普通はないよね。

 動けただけ偉いね。


「くそ、今の僕じゃ……でもっ、やるだけやらないとっ」


 ヒュルル〜

 風が集まってきた。

 ブンタの匂い。


「……落ち着け」

 ブンタが自分に言い聞かせてる。

 サーペントは、魔法の発動を感じて様子見てるね。

「目くらまして、逃げる。できる」


 んー、残念だけどサーペントは、温度感知だからねえ。

 よし。

 

「!?」

「こっちだよー」

「ちょ!」

「オイラの方が美味しいよー」

「ばか、危ない!」


 ひょいっ

 ほらほらそんなんじゃ、オイラのことなんて食べられないよ。

「遅いねーきみ」

 ガブガブしてくるけど、全然遅いよ。

 悔しいでしょ?


「シャアアアアアッ!」

 ついてきなよ、遊んであげる。


 ひょいっ、しゅたっ、ひょいひょいっ

 

 お、イラついてるねー

 そうだよね、いいようにガブガブさせられてるの、悔しいよねー? ふふ。

 オイラ結構性格悪いのかもなあ?


「まさか……」

「ブンタ、ここは任せて!」

「ゴメン! 後で絶対探しに来るから!」

 うん、判断の早いとこ、ブンタの良いところだよ。


 ブン! タッタッタタタタタッ……


 そっか、風魔法を機動力で使ってるんだね。

 速いはずだぁ、やるじゃんブンタ。

 逃げ切れそうだね、良かった。

 さぁて、どうしよっかなー



『そんな雑魚相手に……まだ戻れないのか?』


 ん?

 頭の中で声がしたぞ?


『ふうむ。何が邪魔をしているんだか』


 ていうか君は誰?


『ふむふむ、なるほど。……おのれの連れ、おのれのことを思って引き返そうとしているが、良いのか?』


 ――それはマズイなあ、せっかく逃げられたのに。

 助けようって気持ちは大事だけど、今はいらないんだよね。でも『優しさ』って難しいよねえ。

 うーん、やっぱり倒すしかないかあ。


『やはりおのれは、誰かを護るために強くなれる種なんだのう。だっはっは!』


 うっさいなあ。

 これ片付けたら行くから。

 黙って?


『うむ! 吾輩、待っておるぞ!』



 ギギギ……

 全身の骨が悲鳴を上げてる。

 からね。

 

 いててて。

 ありゃ、サーペントってばオイラの魔力が膨れ上がったから、警戒してるね?

 そうだよ、君はオイラからしたら、とーっても格下。

 逃げるんなら、今のうちだよ?

 短期決戦で行くからね。


 みしみし、みしみし


 アウにたくさんもらった、土と草と涙(時々肉団子)の匂いが混じった素朴な魔力。

 今、使わせてもらうね。


 

「がおぉぉぉぉおん!」


 はー、咆哮なんて、いつぶりにしたかなぁ。

 てことは、元に戻れたね、きっと。


 

 さ、やる? やらない?


「シャアー、シャアアアアアッ」

 

 おや、引っ込みつかないか。

 じゃあ仕方ないね。

 オイラも準備運動必要だし。


 ――あーそーぼー?



 ※ ※ ※


 

「どうしよう、どうしよう」

 

 ハッハッハッハッ

 

「どうしよう、どうしよう!」

 

 ハッハッハッハッ

 

 逃げろと言われたから逃げた。

 残ったところで、足でまといだから。


 

 ――なんて、俺はどこまで役立たずなんだ!

 魔力があったって、何も出来なかったら、全然意味がないじゃないか!


 

「くそ、くそ、くそっ」

 心臓が、破れそうだ。

 背中がじんじんする。


 

 なにもかも中途半端だ。

 鍛冶修行も、勉強も、魔力も。

 親父の形見なんて、持って眺めてるだけで。

 何か努力していたか?

 

 

「くっそおおおおお」



 せりあがってくる胃液と一緒に、後悔をべっ、と吐き出した。

 

「あっ!」

 

 気づくと、腰に差していたはずのハンマーがない。

 どこかに落としたのか。

 他の魔獣に出会わないとも限らない、すぐに探し出さなければならない。

 

「俺、一体何やってるんだろ……」

 途端にどしゃりと、膝から力が抜けてしまった。

「どうしたら良いんだ、一体……どうしたら」

 手のひらを地面について、落ち込む。そんな暇などないと頭では分かっていても、心が動かない。


 と、その時。


「がおぉぉぉぉおん!」

 魔獣? の咆哮が遠くに聞こえた。

 一瞬、別の魔獣に見つかったのかと焦ったが、どうやら違う。

 キョロキョロ辺りを見回すが、木々が風でざわめいているだけで、近くではないようだ。



 胸騒ぎがする。



 分かっている、足手まといだし、むしろ戻ることで状況が悪化する可能性のほうが高い。

 それでも行かないわけにはいかなかった。

 自分がなのだから。



 もと来た道を走りながら、ハンマーを探しながら、手に付いた泥を払いながら、彼は再び走った。



「シャアー、シャアアアアアッ」

「グルルルルル」



 思ったよりは、距離は離れていなかったらしい。

 先ほどの切株で休憩した場所に戻れたのだが……サーペントが、まさに食いかかろうとしていた。



 ――巨大な黒い獣に。



「はぁ〜、やっぱり、戻って来ちゃうよね」

 僕もだけど、といつの間にか、苦笑しながら隣に立つクラスメイト。

「あれ、多分神獣グングニルだ。すごい……」

 言われて思わず、ポカンとしてしまうアウ。

「グングニル!? って」

「図書室の本で読んだろ?」

「……雷神トールの守護獣で、神の槍」

「ご名答」

「なんで……」

「……何でだろうね……」

 

 どう見ても、黒くて巨大な豹のような魔獣が、サーペントを倒そうとしているようにしか、見えない。



 サーペントが、何度も頸を右に左に振って、噛みつこうとするが、グングニル? はスルリ、ヒョイヒョイ、シュタンッと、何のことなく避けてしまう。


「ッシャアアアアアアア」

 サーペントが口を限界まで開いた。

「マズイ! ブレスだ!」

「え?」

「風上へ走るぞ!」

 言われるがままに、ブンタについて走る、アウ。

 が。

 

「ザシュッ」

「「⁉︎」」

 

 ブレスが吐かれる前に、大きな鉤爪でサーペントの頬を横殴りしたかと思うと、グングニルはその頸にすぐさま齧り付き……牙を深く食い込ませた。


 ブシュアッ、ボタボタ。

 黒い血を撒き散らしながら、巨大な蛇が、その命を垂れ流していく。

 

 ――やがてサーペントから力が抜け、だらりとなったところで、ようやく牙を離すグングニル?。

 ずるりとサーペントの身体が地面に落ち、両前足でたしたしと踏んで、もう動かないことを確認してから、こちらを見た。


 エメラルドグリーンの、翡翠のような瞳が困ったように瞬いて、ペロリと口の周りの血を舐め取ってから、彼は首をコテンと傾け

『逃げろって言っても、来ちゃうんだからなぁ』

 と


「オ」

 アウは、驚きのあまり目を見開き、顎と喉が震えている。

「オスカー?」

「えっ⁉︎」

 ブンタが、信じられないという顔をした。



 いつも芝生の上で寄り添ってくれた、綺麗なエメラルドグリーンの目を持つ、黒猫。

 肉団子と干し肉が大好きな、その相棒のことをオスカーと名付けたのは、他でもない、アウだった。



『君が勝手に付けた名前だけど、割と気に入ってるから、それでいいよ』



 偶然にしては出来過ぎの名前だよ、【神の槍】なんて。



 とオスカーは心の中で苦笑う。運命とかお導きとか、ただのトールの戯れに過ぎないのに。


「オス、カー……?」

 ブンタの方は、まだ信じきれていないようだ。

『まぁ何でもいいけどさ、トールに会いたいんだろ? ついてきなよ。早くしないと、日が暮れるよー』

 

 くるりと背を向けて、長い尻尾をゆらゆらさせる彼は、まさに見慣れたオスカーの仕草だった。

 

「オスカー、だ」

 ブンタが、今にも泣きそうになっている。

『そうだよ〜。ほら、置いてくよ?』

「うん……うん!」


 二人は夢心地のまま、神獣の後ろに付き従った。

 歩くたびザクザクと鳴る獣道を、尊い獣は、迷いなく進んで行く。

 

「あっ‼︎」

 

 アウが突然声を上げたので、一人と一頭? は驚いて足を止めた。

 

「どうしたの?」

「……う。ごめん……実は」

 

 また泣きそうになっている。

 が、一人と一頭? は慣れているので、次を話し出すまでゆっくりと待つ。

 

「落とした……」

「落とした?」

「……ミョルニル」

 

 ええ〜! と流石にブンタから力が抜けた。

 

「どの辺で、とか分かる?」

 

 ブンタは優しいなぁ、とオスカーは感心する。

 

「……責めないのか?」

「僕、もう反省してる人を追い詰めるほど、薄情じゃないよ? サーペントなんか出たら、動揺するよね。あの切株のあたりかな? 戻って探しに行こう」


 みんなで戻ろうとすると、

『それには及ばん』

 と、いきなり頭の中に野太い声が響いてきた。

 

「「⁉︎⁉︎」」

『吾輩が持っておる』

 

 オスカーが、心底嫌そうな顔をした。

 

『なら、一言言いなよ』

『今言った。早く来ないと拗ねるぞい』

 

 アウとブンタは、二人? の会話にとてもついていけず、唖然としている。

 

『はー、分かったよ。二人ともオイラの背に乗って』


 神獣の、背に乗る?


『早く。拗ねるとすっごいめんどくさい』


 二人は顔を見合わせてから、姿勢を低くして待ってくれているオスカーの背を、順番にそろそろと跨いだ。前がブンタ、後ろがアウ。

 

『じゃあ、風でまとって落ちないようにするから。走るよ』

「風で?」

「まとう?」

 二人が返事をする前に、オスカーは走り出した。


 

 黒く艶やかで柔らかい毛並み。

 ハッハッと短く息をしながら、その下で躍動する骨と筋肉の動き。

 恐ろしい速さで森の風景が変わっていく。

 言われた通り、速いのに落ちそうな気配もないし、向かい風すら感じない。

 跳ぶように駆けるその背で、まるで自分たち自身が、風になったかのようだった。



 たんたんっ、たしっ。

 


 やがて、湖の岸にポツンと立っている石碑の前に着いた。

 苔むしているが、その周囲は綺麗に保たれている。誰かが定期的に、掃除でもしているのだろうか。

 振り返ると、森のどこから出てきたのかは分かったが、目で見るのと実際の距離とは大違いだ。歩いていたらいつここに着けていたのか分からない。

 

『着いたよー』

 

 二人はオスカーの毛並みを惜しみながら降り、石碑の前に並んで立った。

 アウは、背中の鞄から親方にもらった酒瓶を取り出し、石碑の前に丁寧な仕草で置いた。トールへの尊敬の念を感じる。

 

「ええと……」

 

 ゴクリ、とアウは唾を飲み込むが、声は緊張で掠れたままだ。

 

「――創造神イゾラの豪胆たる友人トールよ、豊穣の雷神よ――」

『なんじゃい』

「「!?」」


 燃えるようなオレンジ色の、モジャモジャの髪と髭で、筋肉モリモリの巨人――身体は適当に白い布を巻いただけの、割と危うい格好――が無造作に出てきた。

 

『ん?  吾輩を呼んだんだろが、何驚いとる』


 

 か、かるっ!!

 


 二人して、思わず仰け反ってしまったのは仕方あるまい。


『ふあー、ようやっと人間に会ったぞ。何年ぶりか。ライデンは年に一回ぐらい来てたんだがなぁ。来なくなって旨い酒も……』

「!! 親父を知ってるんですかっ!」

 アウが驚いている。

 

『ん? 知ってるも何も、あやつに鍛冶の加護を与えたのは、この吾輩だぞ。あやつは良い腕だ。元気にしておるか?』

「アウ……アウ……」

「……残念ながら、十年前のスタンピードで亡くなったそうです」

 

 喋れなくなったアウの代わりに、ブンタが言う。

 

「彼はその息子さんです。ミョルニルを形見として受け継いだものの、修行中だそうです」

『ふむ、道理で来なくなったと思っておったが……おのれがライデンの息子とはなぁ』

 燃えるようなオレンジの瞳が、アウを見据える。

 ビクリ、と彼は震えた後、直立不動でダラダラと汗をかき始めた。


 まさか、神という存在と相見え、また直接目を合わせる日が来るとは。

 もう、どうしたら良いか分からない! と人間二人の心の中は嵐そのものであるが、オスカーは横でくわァと大きな欠伸をした後、寝そべっている。呑気なものだ。


『ははぁ、おのれ自身は、気づいておるのだな……ふむ』

 

 トールは髭をもしゃりとしごいて言った。

『おのれの力の強さは、心の強さでもあるぞ。も少し自己を信じろ』

 

「!!」


『ううむ、まだ足りぬかぁ、存外人間というものは、繊細だなぁ。ならば特別に、うおっほん』


「?」


『ライデンの息子よ、おのれの修行に切磋琢磨せよ。しからば、いつかおのれにも加護を与えよう。その時まで、こいつは預かっておく。なあに、吾輩が持っておれば、ミョルニルの力はたちまち戻るから、安心せえ。腕に自信が持てたら、その時はまた、旨い酒を持って会いに来い』

「え……」

 

 アウはあまりのことにコトバが出ない。

 神が将来の加護の約束をするなんて、聞いたことがない。

 

『もー、回りくどいな。寂しいからまた会いに来て、って素直に言えばいいのに』

「「へっ!?」」

 オスカーの発言に、また驚く二人。

『ち、違うわい』

『じゃ、人質じゃなくてモノ質だけど、ミョルニルも預かってくれることだし、帰ろ。お腹空いた。後ろ乗って』

『うおぃ、ば、バラすな!』


 神をガン無視する神獣に、思わず二人は吹いた。


「また、来ます。たくさん修行します。絶対に」

「僕も。美味しいお酒、持って来ますね」

『おう。そこのちっさいのも、おのれの志は正しい。出会いを大切にな。グングニルと仲良くしてやってくれ』

「!! ……はいっ! ありがとうございます!」

『礼を言わねばならんのは、吾輩の方なんだが』

 苦笑するトールを、グルル、とオスカーが威嚇して止め、

『日が暮れる。帰るよ』

 二人を急がせてまた背に乗せる。

 

『はぁ、もうか。仕方ない……よし、道は開けておいたぞ』

「トール様、ありがとうございました。また」

「ありがとうございました!!」


 ビュインッ


 挨拶が終わるや否や、駆けていく黒い獣を見ながら、

『ニナよ、見ておるか? そなたの愛しい獣が、また起きたぞ。……これは祝い酒だなあ。ライデンと飲みたいわい』


「……珍しいことよ」

 

 トールが振り返ると、黒髭のがっしりした、壮年の男が立っている。軽い武装で、馬を連れていた。

 

「人に会うのは久々でないか? トール」

『辺境伯か。おのれも久しいな。ジジイになってもむさ苦しい』

「お互い様だわい。――わしの息子も、ついに重い腰を上げたようでな。王都に来る用事ができたから、ついでに寄ってみたのだ。酒にはわしが付き合おう――ライデンと、その息子に」

 彼はすでに酒の入った杯を持っていた。

『――目覚めた神獣と、英雄の息子に』

 一人欠けても、また次の世代に出会う。

 人に寄り添うとは、そういうことだなあ、とトールはひとり微笑み、豪快に瓶ごと酒を流し込んだ。


 

 ――

 


 森の入口で、『グングニル』は『オスカー』に戻った。

 日が沈みかけている。

 本当に時間は、ギリギリだったようだ。


 鍛冶ギルドに急ぎ足で戻ると、親方が玄関で、ソワソワしながら待っていた。

 

「おお、戻ったか!」

「心配かけてごめん」

 アウが謝ると

「良いってことよ! ……それで、どうだった」

「あんたっ! こんなとこで立ち話なんか、させるんじゃないよ! ったく気が利かないったら……疲れたろう、入りな。食事も用意してあるからね、たーんと食べな!」

 突然の怒涛のおかみさん攻撃に、見事にブンタも巻き込まれ、泊まって行くことになった。もちろん、オスカーも。

 

 二人は、親方とおかみさんと共に夕飯を食べながら、石碑にミョルニルを供えてきた、とだけ告げた(トールに会った話は多分信じてもらえないだろうから、事前に二人で相談して決めた)。

 アウが、一人前の職人になれたら、取りに行くのを目標にしたい、と話すと、親方もおかみさんも納得したようだった。

 

「お前は真面目にやってる。あと必要なのは自信だぞ」

 強い酒で早々に酔った親方が、絡んでくる。

「魔力があるってだけでも、お前は十分すごいんだからな!」

 

 いい人じゃん、と目でブンタが言っているのは分かるけど、からみ酒はめんどくさいんだよ、とアウも目で返し、二人は頷き合って、疲れたから、と早々にアウの自室に戻ることにした。

 (ブンタにはアウの服は大きいからと、着替えを躊躇していたら、おかみさんがアウの子供の頃の服を引っ張りだしてきてくれて、ブンタはものすごく複雑な顔をしていた。)


 今日の出来事を、アウはベッドに腰掛け、ブンタはその横のソファの上で毛布にくるまりながら、取り留めもなく二人で話す。


 いつの間にか、アウの膝の上に座っていたオスカーの体温が熱い。どうしたのかと見てみると――寝ていた。

 スピスピ静かに鳴る寝息に、呼吸に合わせて小さく上下する、黒くしなやかな彼を見ると、あの神獣の姿は幻だったのかとすら思う。


「信じられないね」

「ああ」

 

 アウは、ずっとこのちいさな存在に助けられてきた。

 だがトールによると、グングニルもまた二人に助けられたのだと言う。

 

『こやつはな、遥か昔に吾輩の前の主と、酷い別れ方をしておってな。希少な存在ゆえ、吾輩の守護獣としてその生命を取り留めたのだが、吾輩では強すぎて守護にならん、と拗ねおってなあ。魔力も失いつつあったから、ずっと仮の姿で眠っておったのよ。それが、おのれらを構い、その魔力をもらうことで、また目覚められたというわけだ。特におのれは、吾輩と同じ土属性で量も豊富ゆえ、馴染みやすかったのだろ』

 

 あやつにバレたら怒られるから内緒ぞ、と勝手にアウの頭の中で囁いていったので、苦笑しかない。

 

「ふふ、神様に期待されるって、なかなか重いね」

 ブンタが言う。

「ああ! だけど、吹っ切れられる」

 アウの目は、まっすぐに輝いていた。

「本当にありがとう……俺の二番目の友達」

「どういたしまして。一番目は、オスカーだもんね」

 クスクス笑って、ブンタはもそもそとソファに横になる。明日の朝イチの乗り合い馬車で、勝手に帰るね、と告げたので、アウは了承して部屋の灯りを消した。



 ふあぁ〜

 今日はさすがに疲れたなぁ。

 トールってば相変わらずなんだもん。

 あんなゴッツイのに寂しがり屋なんて、うっとうしい。



 ……あれ? またいい匂いがする……

「グングニル、また寝ていたの?」

 うん、眠いんだぁ……

「わたくしの魔力が、弱まってしまったのね……」

 さみしい顔しないで。傍にいるから。大丈夫だよ。

「ごめんなさいね……」

 泣かないで。ニィは悪くないよ。

「さみしいの。わたくしは、ずっと、独りだわ」

 

 周りに、あんなにたくさん人がいるのにね?

 ああでも、みんなニィの名前呼んで、欲しい欲しい言うだけだもんね。

 分け合えたら良いのにね。オイラとアウとブンタみたいに。

 分け合える『人』が、ニィにはいないんだね。

 


 喜びも、楽しみも、哀しみも、怒りも。

 空腹も、苛立ちも、恐怖も、希望も。



 

 そっかぁ、――それが孤独かぁ。

 大丈夫、いつかまた寄り添いに行くよ。

 今度は。たくさんの友達を連れて。



 


 グングニルは、そうして深く長い闇に、落ちた。

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