父と

 アレは愚かな人です。頭も良くなく、それでもってプライドも高い。ですが持っている物の重さが変わればすぐに気づくはずです。……気づきますよね? いくらなんでも気づます。おそらく……きっと……


 コホンッ、それは置いておきましょう。問題は誰がそうしたか、なんの目的か。あの馬鹿が剣を振り回さないように陛下が指示をだしていたのなら一番いいのですが……

 

「陛下は何も知らなかったらしい」

「……そうですか」


 お城から帰ってきたお父様がすぐに私を部屋に連れて人払いをする。その内容は部屋の空気をとても重くするものだった。

 あの騎士たちがさっそく騎士団長に報告してくれたのでしょう。当日に返答? が来るとは思っていませんでした。


「つまり、何者かが狙っていると?」

「それがそうとも言い切れないんだ」

「? それはどういうことでしょうか?」


 お父様は歯切れの悪い返答をする。理由を尋ねるとポツポツと話し始めた。


「……殿下には真剣を持たせた訓練をしていたのだがな……力が無さすぎてな。とりあえず型を覚える為に木刀に変えたんだよ。だが木刀を使うのを嫌がってな……」

「真剣に見えるように木刀の見た目を変えた?」

「はぁ……。誰がそんな器用な事をしたのかまではわからないが、そのせいで今日まで殿下が木刀を持っていると誰も気づかなかったという訳だ」


 アレのプライドを守りつつ、稽古をさせるのは至難の技でしょうね……型?


「お父様、ちょっと待ってください。今、型を覚えさせるためって言いましたか?」

「……そうだ。型を覚えるために軽い木刀を使ったと言った」

「あれで?」

「私は直接見ていないからなんとも言えないが……、酷かったらしいな」

「酷いだけでは済みません。型という型なんてありませんでしたよ。ただ振り回していただけでした。あれなら騎士ごっこをしている子供たちの方が筋がいいです」


 あれが第一王子……。この次の国王候補筆頭。そしてあれが私の婚約者。


「「はぁ……」」


 2人して同時にため息をつく。お父様はこれからの国の未来を見据えてでしょうか。


「お父様、できればでいいのですが……」

「わかっている。殿下に木刀を渡した者の保護だろう? そもそも騎士団長もその者を探すような事はしていない。話を広めて逆に狙われるようになればそれこそ問題だ。だからリリもこの話は内密に」

「はい。もちろんです」


 よかった。アレの能力不足を補うために工夫してくれていたのに、罰せられるなんておかしいですから。

 それにしても――


「……アイン様は大丈夫でしょうか?」


 ふと、ティアから聞いた第二王子の名前が出てくる。大丈夫というのは、兄が型すらできていないのに弟もできているのでしょうか? という意味です。

 なのにお父様がすごく驚いたような顔をしている。どうして?


「リリ!」

「は、はいっ!」

「どこでその名前を……いや、じゃあ第一王子の名前はわかったのか!?」

「アイン様の名前はティアから……アレの名前はラティス様が……えーと……あ、あ、アレ……アレス! そうですアレスです!」

「……はぁ。それはもういいか。アイン様の名前を覚えているってことは、王子を全部覚えられない訳では無いのか……よし」


 ――あ、あれ? ようやく名前を当てる事ができたと思ったのに思っていた反応と違う……


「リリは王族と関わりが持ちたく無い訳では無いんだね?」

「えっ? そうですね。国民たちは大好きですし、今の陛下は……その……子育て以外はいい国王だと思いますし……アレがいないのであれば、関わってもいいかな? なんて……」

「リリが傷つくなら領地も爵位も捨てて逃げ出すつもりだ。だが、貴族として責任がない訳じゃない」


 お父様が本気で爵位を捨てるつもりでいたことに驚いてしまう。てっきり私を励ますための方便、冗談だと思っていましたから。

 お父様の言う通り、私たちが逃げるためには領地を捨てる必要がある。そこに生活している人々もみんな置いて、自分だけが幸せになる。そんなことは絶対にできない――


「あいたっ」


 決心をした所で、お父様に頭を小突かれる。お父様にそんな事をされたのは、今までで初めてのことでした。


「言っただろう。リリが傷つくなら全てを捨てると。その側から我慢しようと意気込むんじゃない」

「ですがっ!」

「リリが殿下の事を嫌っているのはわかったつもりだ。ただそのせいで王族全てを嫌っていると思っていたんだ。その事を気にしてか、王妃様も手紙だけで直接会う事はなくなっただろう?」


 王妃様とはよくお茶会をしていました。しかし、今ではすっかりなくなってしまいました。

 正直お茶会の最中は楽しかったのですが、時折乱入してくるアレや、入城した時に出てくるアレが憂鬱過ぎてあまり好きではなかったので、誘われなくなったな〜ぐらいでした。しかし、王妃様にそう思われていたというのは驚きです。


「アレが参入してこなければ、お茶会も凄く楽しかったですよ?」

「……それも伝える事にしよう」


 今思うと、アレさえいなければ王族の皆さまとも良好な関係を築けていたかもしれませんね。

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