五分で読書 悪役令嬢はいさぎよい(短編読み切り)
ふろたん/月海 香
悪役令嬢はいさぎよい(五分で読書応募作品)
「お互い
十六歳になったばかりの少女に、
彼女は何を言っているんだ?
「……確かにこれは
「ええ! 貴族の結婚は
「わたくしは
「あ、あのね……?」
「はい!」
初対面の
「……例え
「まあ! それは
「え……」
「わたくし、
婚約者アンナはそう言って
「ですので
「はぁ……」
溜め息と共に自室に入ると世話係のエディが上着を預かってくれた。
「いかがなさいましたか?」
「それが……
出会い頭に
「ベルフラワー伯爵令嬢はこれまでのご婚約者にも全てその態度だったそうです」
「本当?」
「はい。どなたにもご興味がないのは事実のようですし、これまでの
エディが言うには、社交界では既にワガママなご令嬢だの
「ダニエル様は次の
「
「事実、ベルフラワー伯爵はご令嬢を持て余しているそうです。今回も
「二回
私は
そう考えていたのだが、
手紙を送ればすぐに返事が来る。
お茶会はそつなくこなす。
夜会は出席回数を
(どこが
目の前で紅茶を飲む
「何です?」
「いや、その……なぜ二度も
お茶会の話題としては
「もし
「その通りですわ?」
自ら
「
(それはこちらのセリフだと思うが)
君は周りに悪と決めつけられて心が痛まないのだろうか?
何度かお茶会と夜会をして、私は
「気に入らないご令嬢の足を引っかけてつまずかせたり」
「とあるご令嬢には面と向かって紅茶をこぼして!」
「……それは本当なんですか?」
つい口が出た。何だろうこの、寄ってたかって一人を標的にしている感じ。“あいつなら、こいつなら
「あくまで
「まさか!」
「私は目の前で見ました!」
私の目の前で
“あんな女はやめておけ”と。
「気分が悪そうですわね」
「君に関する
「まあ」
何で笑っているんだ君は。
何度目かの二人きりのお茶会。アンナはクスッと
「それは申し訳ございません。わたくしのせいですね」
まあね、と言いかけてやめた。アンナが嬉しそうだったからだ。
「……今までもこうやって相手を
「そうだとしても
だからどうして、笑っていられるんだ? 君は。
「腹が立たないの?」
「
「事実だとしても外野がとやかく言う権利はないよ」
「あらまあ。正義感のお強い方なのですねダニエル様は」
「私をほかの
「まあ」
アンナは赤黒い
「前の
「……そうやって相手を
「まさか」
彼女はまた目元だけで
「既に申し上げましたわ。わたくし、
アンナの気を引くのはドラゴンを
とある夜会でアンナは他の令嬢にシャンパンを引っ掛けた。でもそれは相手の態度が悪かったからだし、彼女は
味方がいなくても一人で背を正し相手を
アンナはこう言う対応に慣れているだけだ。
いつの間にか私は彼女に本気で
「最近どうなさったんですの?」
初めて彼女が私に興味を抱いた。
いつものお茶会。頭の中に
「わたくしの気を引くのをおやめになった割にプレゼントに気合が入っていますね」
「……まあね」
いさぎよい君に
「ああ、卒業と同時に結婚だからそろそろ気合いを……と?」
「そう受け取ってくれて構わないよ」
「まあ」
私たちは高等教育を受ける身。学園から足が離れれば基本は結婚して
「前にした話を覚えているかな?
「ええもちろん。自らした話ですもの」
「私は
私の言葉でアンナは
「君に愛されていなくても、
そう言うことか、と彼女は表情を和らげた。
「それは貴方のプライドの問題ですわね。お好きになさって」
「そうするよ。だから君も好きにしていい」
彼女が
「夫に非がないのに
「非がない? 本当?」
「今のところビジネスパートナーとしての責任は
つまり私は
「そう」
「恥ずかしくないのかしら?」
卒業間近、学生だけの夜会にて。最終学年に
アンナはそれはもう
令息たちは
自分達が世界の中心だとでも思っているらしい。
「恥ずかしいことをしているつもりはないんだろう」
「文句の一つくらい言いたいわ」
「君はまたそう言う……。頼むからこの場で目立つのはやめておくれよ」
「まあ、何故です?」
騒ぎの中心に突っ込む前に私の意見は耳にしてくれるらしい。ならばと彼女の腕を
「
「ですから何故?」
「私は
「まあ」
その日初めて彼女は心から
「ではこの
「
「
友人たちはいまだに誰がベアトリスの
「汝、
「愛するかどうかはわかりませんが、夫とすることを
こんな時まで彼女は自分の意見を通す。そこがいいところだけど。
驚いて顔を見るとアンナは珍しく頬を染めた。
「一生に一回あるかないかの式くらい、口付けてもよくてよ」
彼女の言葉を聞いて私はもう一度彼女に口付けた。後悔したくなかったからね。
意外なことにアンナは初夜を迎えるベッドの上で
「君が嫌ならしないよ」
「いいえ」
彼女は怖がっていながら
「仕事ですもの」
「……それはそうだけどね。命を宿すって言うのは大きな責任を伴うし、
ベアトリスらのことをなじると彼女は力が抜けたのかクスッと笑った。
「貴方もそんなことを
「誰かさんの影響でね」
ベッドに寝そべり、隣へ来てと
「
気のない
四年
「
「まあ」
アンナは生まれたばかりの息子をあやしながら私と三歳の娘を
「この子らをあの
「だからこそ対抗手段を覚えさせるのですよ。わたくしがそうでしたから」
妻はそんなことを言ってニッコリと笑う。
「両親は
「それであんな態度を?」
「他に理由がありまして?」
「
「あら、珍しく全く同じ意見ですわ」
「君のことを
妻はきょと、と目を丸くした。
「君のそう言うところが
「……まあ」
妻は
「君が好きで結婚したんだよ」
「……知っております」
「いつ気付いたの?」
「贈り物が増えた頃から
「君が?」
常に自信満々じゃないかと言うと彼女は
「あなただってベアトリスに
「私が? ないよ」
「いいえ、あったんです」
妻は妙にはっきり告げた。
「ではそう言うことにしておく」
「まあ! 本気にしておりませんわね!?」
「
私の秘密の恋はとうに叶っていたらしい。それはそれで意地悪な話だ。
「ならこれから君への恋心を隠す必要もないよね?」
この地域では珍しい黒髪をすくって口付けると妻はまた赤くなった。
「贈り物が多すぎても受け取り切れませんわ」
「全て使う必要はないよ」
「でもあなたがくださった物ですし」
「そう、だから君の好きにしていい」
私が妻に口付けていると娘も真似をして弟に口付けた。
「まあ可愛らしい」
まだ喋り出さない愛しい娘は
「幸せだね」
「あなたが
妻はそうだ、と手を打った。
「あなたがくださったドレスの一部をエリスのために仕立て直します」
「構わないけど」
「残りの生地で小物を作ればわたくしとお揃いですわ。どう? エリス。お母さまとお揃いのバッグは」
「エリス、あなたお話しできるのね!」
アンナは嬉しい、と何度も娘に口付けた。
いつか妻はこの結婚はビジネスだと言った。私はやっとあの頃の彼女に意見が言える。
──『悪役令嬢はいさぎよい』・完
五分で読書 悪役令嬢はいさぎよい(短編読み切り) ふろたん/月海 香 @Furotan
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