第27話

 うず高く積みあがった瓦礫の街で、お互いの得物を激しく交錯させる。あたしもリーシャもすでに満身創痍。ここまでくると、意地と意地のぶつかりあいだった。

 荒れ狂う剣閃を紙一重で躱し、弾き、返した斬撃が逆にいなされる。縦横無尽に戦場を駆け、目まぐるしく立ち位置を入れ替えながらの攻防は、さながら果てのない円舞ワルツを踊っているかのよう。


「く……っ!?」

「はっ、そろそろネタ切れなんじゃない!? いい加減、何度も同じ手が通じると思わないことね!!」

「減らず、口を……!!」


 轟音をあげて迫る蒼刃を、退がることなく一歩前へ踏み込んで避ける。

 長大な間合いを誇るリーシャの大剣を前に、距離を取って戦うは愚策。あえて相手の懐に潜り、至近距離からの斬りあいへ持ち込むべきだったのだ。


 とはいえ、直撃すれば間違いなく致命傷を受けるであろう斬撃をかい潜って接近することは、相当の技量と胆力を要する。

 極限まで高めた集中力で相手の太刀筋を見極め、ギリギリの綱渡りを演じ続けることで、か細い勝機を手繰り寄せていく。


「そこっ!!」

「な……!?」


 渾身の力で振り下ろされた一撃を、あたしは半身を捻ってやり過ごした。

 空を切って大地を抉る聖剣の切っ先を踏みつけ、がら空きになった胴体めがけて朱塗りの鞘を突き出す。

 リーシャの鳩尾へ、吸い込まれるように鞘の先端が命中した。鈍く確かな手応え。短い苦悶の声を漏らし、彼女はたたらを踏んで後退する。


「……ねえ、リーシャ。もう、ここらでやめにしない?」

「何の、つもり。今さら、命乞いでもする気なの?」

「違うわよ、そんなんじゃない。けどさ、あんただって別に、本心からロミを殺したいなんて思ってないんじゃない?」

「……馬鹿なこと、言わないで」


 否定こそするものの、リーシャの言葉に覇気はない。


「本気でロミを抹殺するつもりなら、わざわざ接触なんてしなくてよかった。不意打ちでも何でもして、息の根を止めればそれで済んだ。今までそうせずに動向を監視してたのは、あんたにも迷いがあったから。違う?」

「……やめて」

「こんな戦い、これ以上続けてたって不毛なだけよ。教会に従うのなんてやめて、あたし達と一緒に……」

「やめてって、言ってるでしょう!!」


 血を吐くような叫びと共に、リーシャが再び打ちかかってきた。技巧も駆け引きも存在しない、激情に任せただけの一撃があたしの身体を大きく突き放す。


「あなたには、わからない」

「リーシャ……?」

「自分の意志で目的を決めてきたあなたに、わたしの気持ちはわからない。空っぽだったわたしは、聖剣に見出されることで存在意義を得ることができた。女神の教えに従うことで、ようやく人並みになれた」

「何言ってんの。あんたは、そんなものなくったって……」

「知ったような口を、利かないで!!」


 氷のように冷えきったアイスブルーの瞳から、静かにこぼれ落ちた大粒の雫がリーシャの頬をしとどに濡らしていく。


「本当は、ずっとずっと悔しかった。愚図で鈍くさくて、何をやっても上手くいかない自分が大嫌いだった。嫌いな自分を変えたくて、わたしは神子の使命にすがりついた。生まれ育った村も、両親も唯一人だった友達も……全部、ぜんぶ捨ててきた!!」

「リーシャ、あんた……」

「もう今さら、後戻りなんてできない。教会の教義を、神子の使命を否定してしまったら、わたしは元の空っぽなわたしに逆戻り。それだけは嫌、絶対に嫌なの。だから……だから、わたしは……っ!!」


 を虚空に伸ばしながら、リーシャが慟哭する。


「<顕……れよ。星をアルト射貫く閃光エリシア>ーーーーッッッッ!!」

「馬鹿な真似はやめなさい!! 今すぐその子を止めるのよ、レイリ!!」

「えっ……!?」


 切羽詰まったロミの警告より早く、リーシャは顕現した柄をしっかと握り締め、抜き放つ。


「あれは……二本目の、聖剣!?」


 青玻璃の剣とまったく同じ意匠が施された、象牙色の大剣。

 その正体にあたしはすぐ思い至った。あれは教会がリーシャのために誂えたという、聖剣の複製品レプリカ――。


「あ……が、う、あぁぁ……っ!!」

「リーシャ!? ……ねえ、ロミ!! あれはどういうことよ!!」

「聖剣の本体と複製品は、あくまでも別物。けど、その二本を同時に召喚するなんて、いくら剣の神子とはいえ身体が保たないわ!!」

「う、あ、ああああっ……!!」

「く、この……っ!?」


 苦痛に喘ぎながら、二振りの聖剣を携えてリーシャが斬りかかってくる。半ば理性を失いつつあるというのに、その剣筋は正確無比。いや、むしろ歯止めがなくなったことで、より凶悪になったといえるだろう。

 上段からの振り下ろしを躱した直後、もう片方に握られた聖剣がすかさず横薙ぎに払われる。尋常でない速度で迫るそれを上体を逸らして凌ぐも、間髪入れずに鋭い刺突が襲いかかってくる。


 息をもつかせぬ連続攻撃。本来のひと振りですら、取り回しにはかなりの膂力を要するであろう聖剣。それを二刀同時に操るという離れ技を、リーシャは見事にやってのけていた。

 しかしそれは、彼女の命を代価とした捨て身の絶技に他ならない。限界を超えた荷重に筋繊維が断裂し、過剰に流れる魔力が全身を蝕んでいるのが傍目にも見て取れる。


 今のリーシャを制すること自体は容易いだろう。こちらから手を出さず、彼女が自壊していくのをただ傍観していれば済むのだから。

 ……ここまでしなければ、止まることもできなかったというのか、こいつは。


「だーっ、もうっ!! どうすりゃいいってのよ、こんなの!!」

「……方法はなくもない。でも、そんなことは絶対に不可能よ」

「いいから、とっとと教えなさいよ!!」

「聖剣を破壊するの。聖剣が消滅さえすれば、あの子の暴走もそれで止まる」

「はぁあぁああっ!? んなこと、できる訳がないでしょうが!! もったいぶっといて、出てくる案がそれなの!?」

「さっきから、思いつく限りの手段は試してるわ!! けど、駄目なのよ。私の魔術であの剣に干渉することはできないし、何よりもう、彼女の身体がこれ以上は保たない。残された手段は、聖剣をも上回る圧倒的な力で無力化するくらいしかないの!!」


 ……わかってる。ロミはこれ以上の打つ手がないと理解した上で、それでも最後の可能性を示してくれているのだ。

 こうしてる間にも、リーシャは両手の聖剣を力任せに振るい続けていた。

 限界を超えた挙動に肉体が耐えきれず、こちらが切りつけてもいないのに身体のあちこちから血を流していた。このまま手をこまねいていては、リーシャが力尽きてしまうのも時間の問題だ。


 とはいえ、どうすればいい。あたし達の合体技ですら、あの剣には傷ひとつ付けられなかった。いわんや、あたし単独の剣技でどうにかできるなどとは到底思えない。

 リーシャの猛攻を捌きつつ、必死でこの状況を切り抜ける方法を模索する。しかし、考えども考えども糸口すら見えてこない。もはや、万事休すか――。


「ああぁあぁああぁッッ!!」

「っ、しまっ……!?」


 意識が思考に裂かれすぎたせいで、瓦礫の破片に足を取られてしまう。生じた隙は一瞬だったが、今のリーシャがそれを見逃すはずもない。必殺の一撃を叩き込まんと、上段に大きく振りかぶる。


「レイリーーーーっ!!」


 ロミの絶叫が、やけに遠くゆっくりと聞こえた。いや、音だけじゃない。極限状態に至った時、人は目前に迫った死を回避せんと五感を励起させることがあると、旅の途中に耳にした記憶がある。

 刹那が永遠にも感じられる世界。だが、万策が尽きてしまった今、あたしに何ができるというのか。

 すべてが停滞した中でもなお、唸りをあげて迫る死の刃を絶望的な気分で見つめ……その先にある、リーシャのくしゃくしゃになった泣き顔が、目に留まる。


(ッッ、まだだ!! こんなところで終われるものか!!)


 諦めるな、考えろ。今、この場で与えられた最後の好機を無駄にしてどうする!!

 あの剣を破壊し、リーシャを助ける方法。何でもいい。思い出せ。引き伸ばされた時間の中で、あたしはひたすら自己に埋没していく。


 脳裏に浮かぶ、忘れたはずの記憶。次々と浮かぶ走馬灯の一つに、あたしの意識が吸い寄せられていった。

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