第3章 蒐剣伯

第14話

 あたし達を乗せた馬車がオストラントに到着したのは、それから数日ほど経過した後のこと。

 街をぐるりと取り囲む巨大な外壁を抜けると、そこには往来する大勢の人々で賑わう目抜き通りが広がっていた。

 中央部に王城こそ聳え立っていないものの、王国第二の規模を誇る大都市に相応しい活気が満ちあふれている。実に一月ぶりとなるオストラントの街並みには、まださして滞在している訳でもないのに妙な懐かしさを感じてしまう。


「あたし達はここでいいわ。ありがとね、リーシャ。わざわざ送ってくれて」

「礼には及ばない。こちらこそ、あなた方の助力には感謝している」


 リーシャとはここでお別れだ。彼女はこれから騎士団の面々と共に貴族街へと赴き、今回の顛末を報告するのだという。

 なお、部外者であるあたし達の同行は許可されなかった。まあ、貴族連中との堅苦しいやり取りや面倒な手続きを肩代わりしてもらえるのだから、こちらとしてはむしろありがたい限りなのだが。


「それでは、失礼する」


 出会った時と変わらぬ素っ気なさで別れを告げると、リーシャを乗せた馬車は大通りの奥へと走り去っていった。せめてもう少し愛想があってもよさそうなものだが、それもまた彼女らしい。まあ、縁があればまた会うこともあるだろう。

 馬蹄の音が遠ざかっていくのを見送ってから、あたしは傍らに立つロミの方へ視線を移す。


「さーて、そろそろ帰りましょっか。流石に今回ばかりは、宿屋の寝台が恋しい気分……」

「何言ってるの、レイリ。私たちもこれから、ギルドで依頼達成の報告に決まっているでしょう?」

「えー? そんなの明日だっていいじゃないよー。一日くらい放っといたって、別にわかりゃしないってば」

「そうはいくものですか。そうやって、一日どころか二、三日は放置しているの、私が知らないとでも思って? 前にルイゼがぼやいてたわよ」

「勘弁してよー。正直、まだ疲れてんだからさ……」

「それはあなたが、帰りに騎士団の団員たちと夜遅くまで騒いでいたのが原因でしょう!? ほら、いいからきりきりと歩く!!」

「あんたはあたしのお母さんか何かか!! あーもう、わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば!!」


 思えばこういったやり取りも、随分と久しぶりな気がする。ロミのお小言に毒づきながら、あたしは冒険者ギルドを目指し歩き始めた。


  ◆


 ギルドのロビーに満ちる喧騒は相変わらずだ。やれ、どこぞのパーティが手配中の大型魔獣を討伐しただの、とある商家の御曹司が劇団の歌姫と浮名を流してるだの、挙句に王党派の大貴族が政争に敗れて失脚しただの、めいめいの話題で盛り上がっている。

 乱痴気騒ぎを繰り広げる連中の間をすり抜け、あたしはまっすぐ受付のカウンターまで向かった。見知ったキツネ目の女性――受付嬢のルイゼが、こちらの姿を認めて声をかけてくる。


「やっほー、ルイゼ。久しぶり」

「……二人とも、戻ってきたのですね。私もちょうど、あなた方を探していたところです。早速ですが、どうぞこちらへ」

「ル、ルイゼ……?」


 最初は久しぶりの再会を喜んでくれているのかと思ったが、どうやら違うらしい。いつもポーカーフェイスな彼女にしては、珍しく動揺の色が窺えた。

 ルイゼはあたし達をカウンターの中に招き入れると、そのまま例の応接室まで通してくれる。


「ちょっと、一体どうしたっていうのよ。まさか、また内密の依頼が来てるっていうんじゃないでしょうね?」

「いえ……そうではないのですが、あまり他の冒険者の耳に入れたくない内容でしたので。もっとも、噂はすぐにでも広まってしまうでしょうが」

「もったいぶらずに教えなさいよ。あたし達がいない間に、何があったっていうの?」

「……ガラントが死にました」

「な、何ですって!?」


 予想だにしなかった答えに、あたしは思わず耳を疑った。ガラントといえば、あたしの羅刹刀を盗みだしたまま、どこかへ雲隠れした憎っくきチンピラ野郎じゃないか。


「どういうことよ。あいつの行方は、ギルドが追っていたはずでしょ?」

「ええ、その通りです。まさか、このような結果になってしまうとは……冒険者ギルドとしても、失態と言わざるを得ません」


 苦々しげな表情を浮かべつつ、ルイゼは言葉を絞りだす。スラム街のとある廃屋で、殺害されたガラントが発見されたのがつい先日のこと。

 駆けつけた衛兵の話によると遺体には明らかな外傷があり、何者かの手によって殺された可能性が高いとのことだった。


「申し訳ありません、レイリ。あなたが先走らないようにと釘を刺しておいて、肝心のガラントを取り逃すどころか死なせてしまうとは」

「やめてよ、ルイゼが謝るようなことじゃないでしょ。にしても、参ったわね。結局、刀の所在はわからずじまいってことか……」


 あれが並みの刀であれば諦めをつけるべきなのだろうが、生憎とそういう訳にもいかない。今さら実家に義理立てするつもりなどないが、それでもあの刀は故郷から持ち出した唯一の品なのだ。

 犯罪組織を敵に回すような真似は御免被りたかったので、ギルドの方針に従って大人しくしていたのだが、これ以上は手をこまねいてもいられない。闇から闇へと流れてしまっては、それこそ探しようがなくなってしまう。


 オストラントに戻ってきて早々、こんな厄介ごとが起きてしまうとは。やれやれ、これでは休む暇すらもありゃしない。

 ただ、問題になってくるのはギルドの動向だ。冒険者ギルドにしたって、犯罪組織と正面切ってコトを構える事態は避けたいはず。あたしが独自に動くとなれば、黙って見過ごしてはくれないだろう。ロミやルイゼには悪いが、どうにかして気取られないよう行動に移らなければ――。


「何を考えてるのかしら、レイリ?」

「べ、べべべ別に、何も考えちゃいないってば。やだなー、あはは……」

「考えてることが顔に出ちゃってるのよ、あなたは」


 心底呆れたとばかりに嘆息するロミ。いや、我ながら腹芸が不得意な自覚くらいはあるけど、そんなにわかりやすい顔をしていたんだろうか。


「……バレてるんじゃ仕方ないわね。あたしは刀の行方を追わせてもらうわ。言っとくけど、止めたって無駄だからね」

「待ちなさい、レイリ」

「ギルドを巻き込むなって言いたいの? だったら、この場であたしを除名してくれたって構わない。止めるってんなら、力づくでも押し通るわよ?」

「誰もそんなこと、言ってないでしょう。……参考までに聞くけれど、これからどうするつもり?」

「そうね……まずは盗品が流れてそうな闇市場で、片っ端から売人をとっちめて情報を吐かせる、とか?」

「馬鹿ね」

「ええ。正真正銘の大馬鹿者だわ、この子」

「ちょっと、二人ともひどくない!?」


 ロミだけじゃなく、ルイゼまで眉間を押さえて首振ってるし。だって、しょうがないじゃないか。少しばかり短絡的かもしれないけど、他に手がかりなんてないのだから。

 ルイゼは一つ咳払いをすると、気を取り直したようにして言葉を続ける。


「ギルドの調査能力を、あまり甘く見ないでください。この街の闇市場なんて、とっくの昔に洗いざらい調べがついています。ついでに言うなら、繋がりのある情報屋を通してあなたの刀が近隣の街に出回った形跡がないことも確認済みです」

「そ、そうなのルイゼ?」

「つまり、あなたが今さらノコノコ出ていったところで、空振りどころか無駄に敵を増やすだけということ。まったく、少しは考えてから行動なさい」


 ぐうの音も出ないほど、こてんぱんに打ち負かされる。だがしかし、こっちもはいそうですかと引き下がる訳にはいかないのだ。


「う、うっさいわね!! だったら、これからどうしろっていうのよ!?」

「まずは、殺害現場に立ち会ったという衛兵たちから話を聞くべきでしょうね。彼らと接触を取ることはできて?」

「そう言うと思って、あらかじめ面会の手筈を整えてあります。先方に話は伝えていますので、彼らの詰め所まで向かってください」

「話が早くて助かるわ、ルイゼ。ほら、いつまでもむくれてないで、さっさと行くわよ?」

「誰も、むくれてなどおらんわ!!」


 あれよあれよという間に、話をまとめていく二人。ともすればこのままペースに巻き込まれそうになるが、そうもいかない。あたしは大きく息をつくと、二人に対して真剣に問いかける。


「……言っとくけど、ここから先はあたし一人の問題よ。いざとなったら、犯罪組織とだってやりあうかもしれない。そんな危険なヤマに、あんた達まで巻き込む訳にいかないでしょうが」

「まだ、そんなことを心配しているのですか? ギルドにとって、この手の揉めごとは日常茶飯事です。そちらこそ、冒険者というものを少々舐めてはいませんか?」

「それに、今のあなたを野放しにすると何をしでかすかわかったものではないもの。暴発した挙句、組織に殴り込みでもかけられては目も当てられないわ」

「何よそれ。あたしを狂犬か何かとでも思ってんの?」

「あら、自覚があったとは驚きね。首に縄でもかけてあげましょうか?」

「こンの、言ってくれるじゃない……っ! もういいわ、そこまで言うんなら勝手にしなさい。後でどうなったって、知らないからね!!」

「はいはい」


 売り言葉に買い言葉で応じてから、あたしは応接室の扉を乱雑に押し開ける。鼻を鳴らして大股で歩きだすと、後ろからやれやれと小さなため息が聞こえてきた。

 けどまあ、正直言うと少しだけありがたかった。いくら何でも、一人で犯罪組織を相手取ることには不安を覚えていたし、二人が見かねて手を貸してくれたことは想像に難くなかったからだ。


(こいつらに、また一つ借りができたわね)


 内心で一人ごちながら、あたしは冒険者ギルドを後にするのだった。

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