2022.8.29
ぼくは彼女を知っているけれど、彼女の方はぼくを知らない。この二つは似ているようで大きな違いがある。
知っているという点で、ぼくは彼女に対して優位にある。言い換えればぼくは彼女を一方的に知っている。ぼくがどれだけ彼女について情報を増やそうとも、彼女の方はぼくのことを少しも知らない。情報戦において、ぼくは彼女の追随を許さない。
しかし別の点から見れば、ぼくは彼女に対して劣位にある。
ぼくにとって彼女は知るに足る存在であるが、彼女にとってぼくは知るに値しないからだ。
そしてこの違いは、前者におけるぼくの優位よりも、ずっとずっと違っている。
彼女はぼくと同じ高校へ通う二年生だ。彼女の存在を知らない人間はこの学校にはいない。それは彼女が魅力的だからという意味ではない。もちろんその点は大いにあるけれど、彼女は活動的であり全校生徒の前によく現れ、演説等をすることがあるからだ。そのため、どれほど彼女に対して興味関心がなくとも、彼女の存在くらいはどうしたって知らざるを得ない。とは言え、彼女の存在を知って、興味関心を持たずにいられるのかは、ぼくにとって疑問だ。
まず彼女は美しい。高校生になるまでに、ぼくはそれなりに多くの人間を見てきた。その中には「綺麗だな」と思った人間もいた。男女問わずだ。
けれど彼女と廊下ですれ違って、ぼくはこれまで大きな間違いをしてきたのだと知った。彼女に比べれば、彼ら彼女らは少しも「綺麗」ではなかった。もし彼ら彼女らを「綺麗」と形容するのであれば、彼女に対しては別の形容詞を用意しなければならない。その場合、候補としてぼくが掲げるのは「完全」だ。
そう、彼女ほど「完全」という言葉が相応しい人間をぼくは知らない。
だって彼女は少しも訂正する箇所を見つけられないくらいに美しい。どの角度でどのタイミングで写真を撮っても美しい。ぼくは彼女を見ていると、泣きそうになる。あんまり完全で、哀しくなってくる。
彼女は学業も優秀だ。ぼくと彼女は同じ学年で、ぼくらの学校では上位成績者が順位として張り出されるから、彼女がこれまでどの程度の学力なのか知ることができる。
彼女は常に一番だった。どの科目でも一番以外の数字の横に彼女の名前があったためしはない。
まず入学式において、新入生代表のスピーチを行うのはその年の受験で主席だった生徒なのだが、当然のように彼女はステージに立っていた。その時の彼女の様子を語るのはここでは止めておく。一つの主題として語られるべき素材だからだ。
完全という言葉を掲げたのだから、学業以外の諸能力においても言わずもがなだ。運動能力は高いし、柔軟な発想力にも恵まれており、その上おしつけがましいところのない優しさに溢れている。最後の点においては、聞いた話でしかない。なぜならぼくと彼女は接触したことがないからだ。いずれにせよ、彼女が所属するクラスは雰囲気がよく、クラス対抗のありとあらゆる場面で実績をめきめきと伸ばすという特徴がある。彼女の人柄が周囲へ与える影響によるものだろう。横着な教師さえ、彼女の影響を免れないのだ。
彼女の話をするだけで、この文章を書き始めたわけじゃない。そればかりか彼女の話をするためなら、ぼくは畏れ多くてとても書き始めることができなかっただろう。
なぜって、ぼくは彼女のことを恐ろしく高く評価していて、それはほとんど神格化の域にまで到達している。ぼく如きが彼女に対して何か書くということは、それがぼくにとって最高の表現であっても、彼女の存在を貶めることになる。
ぼくが書き始めることができたのは、ぼくのことを書くためだからだ。
ぼく、そう名前をハラミタという。
取り柄はない。ぼくという人間には良いところが一つもない。ぼくは勉強もできないし、運動もできない。見た目は最悪であり、はっきり言って性格も悪い。
生まれて来なければよかったと考えないことには、今日という日を生きてはいけない。
自分自身に対する罵詈雑言だけが、前へ進む原動力だ。
クズで、最低で、怠惰なぼくは、完全な彼女のことを知っている。完全な彼女は、クズで最低で怠惰なぼくのことなど知るよしもない。
ぼくがどれだけ彼女のことを好きなのか、彼女は知らない。
彼女が近くを通るたびに、ぼくの心は華やいで、心臓はドキドキと高鳴ることを彼女は知らない。
彼女に会うためだけに、苦痛しか感じられない学校へ行くのだということを、彼女は知らない。
そして、そんなこと、彼女は知る必要がない。
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