【一話完結】恋愛・ラブコメ短編集

シカンタザ(AI使用)

第1話「山の中」

この場にしばらくこもって、日々草木の実を拾い集める閑雅な生活を送りたいものだ。だがそれは無理だろう。なぜなら、そんな生活は退屈だからだ。私は、今ここに来なければ見れなかった光景を見るのが好きである。その風景が、どんな形をしていようと構わない。色鮮やかであろうとなかろうと、それは変わらない。そして、そこにいる人物こそが重要であり、私が心を動かされるのは、そこにいた人物と会話を交わした時にこそ現れるのだ。

「あ」

声を出した途端に後悔したけれど遅かった。目の前の人物の目がこちらを向くのを感じたからだ。私は目をそらして、足元に落ちた真っ赤な葉っぱに手を伸ばした。指でつまんで拾おうとした時、私の手よりも先に手が触れて赤い葉を手にする人がいた。

「きれいですね」

その人は私に向かって微笑んだ。その笑顔を見て思った。この人は誰だろうと。知らない人だった。でも知っている気もした。どこかで会ったことがあるような気がした。どこだったか思い出せないけど。私はこの人のことを知っているような気がした。

「はい」

そう答えながら、私は自分の頬が熱くなるのを感じていた。きっと赤くなっていたに違いない。だってこんなにも顔が熱いから。だけどそれを悟られたくなくて顔を背けた。するとまたあの人が言った。

「とても綺麗です」

そう言って笑った。その言葉を聞いて、私はまた嬉しくなった。なんだかよくわからないけど、嬉しい気持ちになった。そしてもう一度彼の方を見たら、彼はまた微笑んでいた。私もつられて微笑み返した。ああやっぱりそうだと思った。私たちは前に会っているんだわ。だけどそれがいつのことなのか、どうしても思い出せなかった。

「お名前はなんというんですか?」

彼が聞いた。

「え?名前ですか……」

突然聞かれたので驚いた。名前なんて聞かれると思わなかったからだ。しかも初対面の人に名前を聞こうと思うだろうか。どうせ覚えてもらえないと思っていたから、名乗る必要もないと考えていた。しかし相手が名乗った以上は、自分だけ名乗らないわけにはいかないだろう。それにしても、なぜ名前なんか聞くのかしら。不思議に思いながらも答えた。

「高梨花音といいます」

「花音さん……素敵な名前ですね」

そう言って彼は優しく微笑んだ。私はドキッとした。心臓が跳ね上がったように感じた。どうしてそんなことを言うのだろう。まるで恋人同士のようだ。私は恥ずかしくて下を向いてしまった。それなのに彼はまだ何か言おうとしているようだった。

「あ、すみません。僕は佐藤祐樹と言います」

その名前を聞いた瞬間に私はハッとして顔を上げた。その名前には聞き覚えがあったからだ。

「さとうゆうき?」私は思わず口に出して呟いていた。

「はい。佐藤祐樹です」

彼――佐藤君はそう言うとニコッと笑って私を見つめていた。その瞳の色や輪郭に見覚えがある気がした。

(うそ!)

信じられなかった。まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった。私は夢を見ているのではないかと思って、何度も瞬きをした。それから両手でほっぺをつねってみた。痛かった。夢じゃない。じゃあいったいこれはどういうことなのだろう。何が何だかわからなくなった。

「どうかしましたか?」

私が黙ってしまったせいか、彼は心配そうな表情になって私の顔を覗き込んできた。それで我に返った。

「いえ……なんでもありません」

私は慌てて首を振ったが、彼は納得しなかったようで、さらに食い下がってきた。

「本当に大丈夫ですか?もし具合が悪いなら、誰か人を呼んできましょうか?」

「いいえ。ほんとに何でもないんです。ちょっとボーッとしていただけですから」

私は必死で誤魔化した。そして話題を変えた。

「あの、ここはどこなんでしょうね」

私は辺りをキョロキョロと見回しながら聞いてみた。

「さぁ……。僕もわからないんですよ。目が覚めたらここにいたんです」

彼は困った顔でそう言った。

「目が覚めてたらここにいた……って、どうなってるのかな」

私は独りごちるようにつぶやく。その時、ガサガサという音が聞こえてきた。私達は驚いて音のした方に顔を向けた。そこには一人の少年が立っていた。

「あれ、あなた達もここに来たのかい?」

その人は私たちに向かってそう声をかけてきた。

「はい。あなたもここに来たんですか?」

彼は私達の側まで来ると言った。

「うん。ついさっき目が覚めました」

その人は少し疲れた様子で肩を落とした。

「いったいここはどこなんだろ……」

「そうですね。どこなんでしょうか」

私もそう答えながら周りを見た。一面真っ赤に染まった山の中。その中に建つ木造の建物。まるでお寺のような造りをしている。

「ねぇ君たち、高校生?」

彼が私達に問いかけた。

「はい、そうです」

私は答える。

「僕は中学三年生だよ。よかったら一緒に行動しない?」

彼はそう言ってニッコリ笑った。

「それはいいですね」

私は喜んでそう答えた。彼と一緒の方が心強いと思ったからだ。

「ありがとう。じゃあ自己紹介するよ。僕は佐々木翔斗と言います」

彼はそう言うと右手を差し出した。握手を求められているのだ。私は彼の手を握った。とても温かくて柔らかい手だった。私もその手を握り返した。

「高梨花音といいます」

「佐藤祐樹です」

自己紹介を済ませると、翔斗くんに連れられて建物へと入った。そこは広々とした玄関になっていた。靴を脱いで廊下を通り抜ける。すると畳の部屋が現れた。そこが居間になっていて、テーブルが置いてあった。椅子はなく、みんな地べたに座っている。座布団のようなものはなかった。床は土間で、そこに敷かれた大きなゴザの上にみんなが座っていた。

「とりあえず座ろう」

彼はそう言うと自分の隣を指差して言った。

「はい」

私は素直に従う。そして彼の横に腰掛けた。祐樹さんも私の横に来て、同じように胡坐をかいて座る。するとすぐに女の子たちが寄ってきた。中学生ぐらいの子達が十人ほどいて、その中の一人見覚えがあった。

「こんにちは!」

元気のよい挨拶をする少女は、先日神社で出会った子だ。あの時は気づかなかったけれど、今見ると、とても可愛い顔をしていることがわかった。きっと将来は美人になるだろう。

「はじめまして。花音ちゃんだよね」

「うん、そうだけど」

その子が私に話しかけてきた。私はびっくりした。初対面なのに名前を知られているなんておかしいと思ったからだ。

「私の名前は鈴木奈緒っていうの。花音って名前だから花音って呼ぶね」

「う、うん……」

「花音ちゃん、かわいいね」

奈緒と名乗った子がニコニコしながらそう言うと、祐樹が口を開いた。

「だめですよ、奈緒さん。花音さんのことは僕が最初に見つけたんだから」

「えー、そんなの関係ないもん。早い者勝ちですぅ」

彼女はそう言いながら、祐樹の腕にしがみついた。そして祐樹の顔を見上げて微笑む。

(うわぁ……)

私はその様子を見て胸の奥がきゅんとなった。何だかすごくいい雰囲気なのだ。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。

(これって……ひょっとして……?)

私はあることに思い当たった。これはいわゆる修羅場というやつではないだろうか。私は口を開いた。

「あの……みなさん、私なんかほっといて、二人でゆっくり話し合ったらいいんじゃないですか?」

私は二人の邪魔をするつもりはなかったが、つい口をついて出てしまった。しかし二人は私の言葉など気にしていないようだった。それどころか、お互いに目を合わせて照れている。やっぱりそうだ。間違いない。これはラブコメの定番イベントの一つ――三角関係――ではないか。

「ちょっと待った!二人だけで盛り上がるなよ」

そこへ割って入ってきたのは、髪を金色に染めた少年だった。この子は先程会った時にはいなかったと思う。彼は不機嫌そうな表情で私達を睨みつけていた。

「もう日が暮れて来たよ。帰らなきゃ!」

山を下りた後祐樹さんに声をかけた。

「あの……これからどうするんですか?帰る場所があるんですか?」

彼は困ったような表情になった。

「それが、わからないんですよ。目が覚めたらここにいたんですから」

「そう……なんですね」

私はうつ向いてしまう。すると祐樹さんが明るい口調で言った。

「でも大丈夫です。なんとかなりますから」

「そうですね」

私は顔を上げて笑った。

「それより、お腹が空きませんか?」

「言われてみれば……。朝ごはん食べてから何も口にしていなかったんですよね」

私たちはご飯を食べに行った……。

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