王帝ビョルク
「皆、よく集まってくれた。帝国はこれから我がビョルク・マルクス・バハラット・ビストルークの時代に入る。我ら帝国人は留まることを嫌う。常に向上心を持ち、障害を超え、欲しいものは手に入れる。我が帝国に従うものはその温情を受け、逆らうものはその末路を見るだろう。其方らは、賢くもあり勇敢でもあろう。これからの栄華を我ら帝国と主に歩もうではないか!」
戴冠式は素晴らしく煌びやかなものだったが、どこか殺伐としている。周囲の各国の要人も緊張の紐を緩めない。
(言葉は王帝にふさわしいのだろうけれど、なんて人を見下した物言いなのかしら。つまり逆らえば滅されるということでしょう?恐ろしい国だわ……)
「私は一人っ子でよかったよ」とハルバートがこっそり呟いたのを、エリザベスも青ざめて同意した。
何せ婚約者でも奪い奪われするという、非常に野蛮な国だったのだから。王となったビョルクは弱冠25歳。帝国は実力主義国家で、親兄弟といえども武力行使で王冠を握るという。つまり殺し合いをして生き残ったものが王になるというのだ。もちろん王位継承権を放棄することもできるが、その場合は弱者として日陰で生きることになるか、国を追い出されることになる。
「其方らにもこの俺の喜びを分かち合おうぞ!」
ビョルクは黒髪に黒い瞳という、この国の王族が持つ容姿で、堂々としたものではあったが、引出物に出された仔牛を生きたまま吊し上げ、目の前で残虐に腹を裂くということをやってのけ、切り落とした生肉を手に取り引きちぎって食して見せた。
「「……ッ!」」
あまりのことにエリザベスは気を失いそうになり、ハルバートは吐き気を必死で抑えたのだが、それが帝国風というのだから、文句も言えない。周囲では叫び声を上げて倒れる夫人が続出し、男性も気分が悪くなり慌てて部屋を出る者も数人いた。血の匂いが周囲に漂い、誰もが無言で引き攣った。
「……ほう。そこのご令嬢は気丈と見えるな。名を何という?」
そんなビョルクが、蛇の様な黒目をエリザベスに向けた。口元に滴る血をナプキンで拭う姿は、まるで物語に出て来るブギーマンのようだ。エリザベスはぎくりとして固まり、逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら淑女の礼を優雅にこなした。
「帝国の太陽にご挨拶を申し上げます。この度のご戴冠おめでとうございます。わたくしは、エリザベス・クゥエイドと申します。ヴェルマニア王国王太子ハルバート・ヴェルマニアの許嫁です。私どもの様な小さき国にもご招待を下さったこと、国に代わり御礼申し上げます。どうぞお見知り置きを」
「なるほど。小国らしい、愛い挨拶をしてくれる。どうだ、我が国は其方の気に召したか?」
「は、はい。素晴らしい魔道具で溢れ、帝都に住む民も活気に溢れ、素晴らしい町並みを拝見させていただきました。今後の発展を……」
「ああ、良い。気に入って当然だ。なにしろヴェルマニア、だったか?は東の片田舎、魔道具の一つもない粗野な国だと聞いた。誰も国から出たことがない箱庭だともな」
頭を下げたままのエリザベスではあったが、その、物言いにハルバートがグッと拳を握ったのに気がついた。当然だ。他国の要人の前で馬鹿にされているのだ。
「…ヴェルマニアは確かに小国ではありますが、穏和な民と気候に恵まれ、農耕は盛んでございます。他では取れない薬草や食物も豊富で今後各国とも国交を開けていければと」
「ふむ、確かに女の育ちは良さそうだ。ヴェルマニアの王太子、ハルバートといったな。この娘、気に入った。俺の側妃として受け取ってやろう」
その言葉にエリザベスもハルバートも固まった。
「恐れ入りますが、エリザベスは私の婚約者であり、次期王妃となる者。物の様に取引はできません」
「ほう?では、決闘でも申し込むかな?」
「なっ…!?」
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