計算高いと婚約破棄されましたが、褒め言葉ですか?

里見 知美

計算高いと婚約破棄されましたが、褒め言葉ですか?

ノリは軽いですが、いっちょ行ってみよっ!

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「お前のように計算高い女と結婚なんかできるか!捨て猫のように痩せギスで目ばかりでかくて可愛げがなく、家族からも疎まれるような女だ、この婚約は俺の方から破棄してやる!」


 待ち合わせをした噴水の前で、1時間も遅れてやってきたと思ったら、噴水の飛沫よりも唾を飛ばし激昂する婚約者に、私は目を丸くしました。え、計算高いって褒め言葉ですか?


 婚約破棄、ですか。今『俺の方から』って言いましたね?


「まあ、アイーシャったら、とうとうマウロにも見捨てられちゃったのね。せっかくのエヴァダ商会も、伯爵家の後ろ盾をなくしたら信用もガタ落ち。もう商売も伯爵領では無理かも知れないわねぇ」


 そう言って、婚約者のマウロに寄りかかり、大きなお胸を押し付けながら、真っ赤な魔女のような爪をした指で彼の頬を撫でまくるのは、子爵家のお嬢様。名前は確か…。


「メロドラマ様」

「メラドンナよ!いつまで経っても名前すらも覚えられないなんて!!ほんと数字しか頭にないんじゃなくて!?」


 私、アイーシャ・エヴァダ14歳。この国の今をときめく大商会、エヴァダ商会の娘なんてものをやってます。兄、姉、双子の妹弟に挟まれた真ん中の次女。


 ただいま発育中と信じたい私、確かに痩せぎすでマッチ棒のような手足をしていますし、女性の象徴もまだまだぺったんこ。猫っ毛で天パのミルクティ色の髪だけは綿毛のように膨れ上がり、ふわふわと風に揺れるので、頭でっかちでバランスが悪く見えるのかもしれません。長すぎると絡まってとんでもないことになるので、短く顎のラインで切りそろえていますから、お貴族様には『ありえない!』の一言だそうで。痩せっぽっちなので顔の大きさに比べて目が大きいし耳もちょっと大きいのが難点。でも、聞き耳を立てるのに役に立つので、しょうがないかなぁとは思うんですけど。


 エヴァダ商会は私の曽祖父が始めた商会で、最初は水差しや壺、鍋や釜を売っていたようなのですが、この爺様、実はだったわけで。


 ああ、日常生活錬金術というのは、生活の向上を目指した錬金術というもので、武器とか賢者の石とかは作れないそうです。あくまでも庶民の生活に寄り添った錬金術。そんな錬金術、本当に必要なのかと思いきや。使っても使っても湧き出でる水差しが、日照りが続いて大旱魃となったある年に売れに売れて、エヴァダ家は大商会へと発展していったわけです。


 その名残で、この街は水の都として有名になったわけですが、我が家にあるオリジナルの水差しは永久機関と呼ばれ、家宝となって我が家の地下で今もなお、とうとうと地下水路に流れているのです。ちなみに曽祖父の作った商品用の水差しは、劣化して飲むに耐えない水が湧き出るので骨董品と化しました。


 私の父は生まれながらの商人で、「タダではあげられまへんで」と爺様の手柄に手を加え、王都で水路の設計図とパイプラインを建設し、どこの家でも蛇口をひねれば水が出るという画期的な商品を作り出し、国や各領地を相手に毎月水路利用料をぼったくり、ゲフンゲフン、いただいているくらいなのです。何を隠そうこの噴水も、お貴族様のお屋敷の水道水も全てエヴァダ商会へ利用料を支払わないことには使えません。とはいえ、噴水や井戸水は、あまり裕福ではない方々のために、無料という事になっていますが。それは国や領主からキッチリふんだくって…いえ、環境改善費としてちゃっかり頂いています。


 まあそんなわけで、商売繁盛はいいのですが、エヴァダ商会に月々に入ってくる金額といったら。下手したら王様のお給料より多いかも知れません。王様がお給料をもらっているのかどうかは知りませんけど。


 で、その大商会の会計士として使われているのが私。計算高い、と言うのは商人にとっては褒め言葉なんですけどね。儲けてなんぼ、が商売ですからね。ですがこの場合、ちょっと貶されている気がします。


 実はこの婚約も、伯爵様から父に泣きつかれ、最初は「うちの息子を婿にやるから、水道代マケてちょ」だったのが、首を縦に振らない父を見て「娘を伯爵家に嫁がせて、持参金代わりに商会の本店舗を伯爵領に設置してくれたら土地代ナシ」となって、それでも無理と知ると「娘を伯爵家に嫁入りさせて、実権を握らせてもいい」まで発展したらしいです。


 伯爵、それでいいのか?と思ったり、私に何得?と思わないでもないのですが、「伯爵家の実権」に引かれた父様はそれで手を打って、私はこの厚顔無恥マウロの婚約者になったわけです。


 ーーというのが、数ヶ月前。


 ええ、こんなバカだと知っていたら、いくら父でも私を売り飛ばし、伯爵家を手に入れる…などと言うような真似はしなかったと…思いたいです。


 私、計算がとても早く、パッと見ただけで正確な数を当ててしまうという特技というか、『超認識力』というスキルがあるんですが、父曰くとても重宝するスキルで、大きな商談などには必ず私を連れて行くのです。相手が鉄貨一枚でも誤魔化そうものならば、鬼の首を取ったかのように追及するので(私ではなく、父がですよ?)歩く金庫番とか守銭奴とか呼ばれているわけです。私は金の亡者ではないというのに。


「聞いているのか、アイーシャ・エヴァダ!」


 おっと、話がそれました。


「はい。聞こえました、マウロ・オーランド伯爵令息」


 たった今、婚約破棄されましたからね。呼び方はキッチリ変えないと、それこそ不敬罪と言われてしまいますから。


「俺はじきに伯爵になる!お前が大商会の娘だからと嫌々婚約を結んだが、お前のような金の亡者と夫婦になるなど考えられん!お前の妹の方がまだマシだと思うくらいだが、まだ5歳の幼児だからな。色々足らんことも多い。だから、俺はお前との婚約を破棄して、このメラドンナと婚約を結び直す!わかったか!」

「ですが、それは現伯爵様と我が父との契約ですよね?よろしいので?」


 そう、マウロは王都から程近い伯爵領を治めるオーランド領主の嫡男で、いずれ領主となる男なわけです。私が成人して婚姻を結んだら、の話ですが。私が伯爵夫人になったら、実質乗っ取られるということに気づいたのでしょうか。


「お前のような家族からも虐げられるような女では、伯爵領のプラスにはならんだろうが!野良猫仕様のお前より、の方が100倍も良いわ!」

「ああ、そういう…」


 気づいていませんね。まあ、なんと言いますか、この方は色ボケ、ゲフン、若気の至り?というやつですか、16歳になって発情期に突入したようでして、あっちこっちでケツを振っている、……と兄様が言ってました。


 ええ、もちろん、私も見聞して知っておりますが。だって、全然隠す気ないですもん。行く先々で腰を振って歩けばどうしたって醜聞として聞こえてくるのです。何せ領主の息子でしかもこんなバカとはいえ、婚約者のことですからね。まあ、大商会ですから貴族の醜聞やゴシップは耳聡くもあるせいなんですが。弱みは握って損はないですからね。これマウロが我が家の弱みになっては困るのですけど。


 メロドラ…メラドンナ様もそのうちのお一人ということなのでしょうが、この方はもはや年中発情期という持病のようなもので、学園でマウロと出会ってから、娼婦のように振る舞っているとかなんとか(姉談)。


 残念ながら、子爵家の娘であるメロドラマ様(もういいよね?めんどくさい)は、お姉様と同い年で18歳。学園最後の年だというのに婚約者もおらず、焦っていらっしゃるようです。ですが、王都でも社交界でも有名なアバズ…いえ、奔放な方と伺っておりますのに、マウロは噂に疎く、ちょっと考えが足りないというか、自分の信じたいことしか信じないオツムをしているので、この人が領主になったらこの領大丈夫かなと、心配にもなるのですよね。まあ、私が実権を握れば、ひとまず収支計算は問題ありませんが。飛んだ尻拭いというやつですね?


「お前は、メラドンナの美貌に嫉妬して教科書を破いたり靴を隠したりしているそうだな!しかも校内のカフェテリアに入り浸っては文句を言い、支払いを拒んでいるとか聞いたぞ!なんて恥ずかしいやつなんだ!昼食代も払えないほど虐げられているのか。無様だな」

「は?」


 初耳です。私、14歳なわけで。まだ成人していない私は、実質会計を任されているとはいえ、正式に働くのは法律違反なんですよね。15歳になるまで『親の仕事の手伝い』というのが建前なわけで。


 確かに、ハロルド兄様とライラ姉様は貴族に伝手を持つために学園に通いましたが、商会を継ぐのは兄と兄嫁、商品開発は姉と魔導士の婚約者様。なので、私は学園に通う必要がないと父様に言われたのです。このまま会計士として有能だからと。決して迫害などされてはいません。…いないはず?ご飯もいただいてますし、お給金おこづかいももらってます。タダ働きも、ただ飯喰らいも、我が家ではご法度。兄様も姉様も腹黒いし口も悪いけど、嫌われてはいません。…いないと信じたいです。


「恥ずかしいとは思わないのか!」


 あ、まだいました、この男。


「ええと、はい。話は聞こえました。メロドラマ様に学園でどうこうって話ですよね?それと学園のカフェテリア、ですか?」


 学園のカフェテリア、は確かに納品と水道口の修理代金をいただきに行ったことはありますが、食べたことはないですね。まだ子供だからと思って、パフェとかプリンアラモードを出して、その料金と商品の代金をプラマイゼロにしようとかいう魂胆です(きっと)。騙されると思う大人が貴族学園にいるということ自体、嘆かわしい。


 それに我が家は、外食はあまりしないんですよね。ケチなわけではないですよ?とても優秀なシェフがいるので、他所で食べても特別美味しいと感じないし、高いお金を払ってこれか、とがっかりすることもしばしばなので、父様が許してくれません。外出時はもっぱら我が家のシェフのお手製を保温箱や冷却箱に入れて持ち歩きますから。それも全部マジックバッグに入れるので持ち運びには苦労しませんし。


「ははっ!可哀想なやつだ。カフェテリア程度の食事もできないとは!それに関しては同情するが、それと俺の婚約者の話は別だ。ともかく金輪際、俺に話しかけるのは禁止、近寄るのもダメだ。それからメラドンナをいじめた責任として慰謝料も請求する!金貨五枚を用意しろ!」


「「え?金貨五、枚?」」


 これはメロドラマ様とハモりました。子供のお使いですか?いや、それにはちょっと多すぎですね。でも慰謝料金貨五枚って。


「マウロ、金貨五千枚よ」

「うん?そ、そうか。五千…五千枚!?それはちょっと多くないか?」

「相場よ、相場!」

「ええ?そうなのか?」


 いやいやいや。金貨五千枚っていったら平民の四人家族が一生遊んで暮らせる金額ですよね。貴族の通常婚約解消は、金貨百枚が相場と聞いていますから、五千枚は王族並みでしょうか。知らんけど。そんな特例は聞いたことがありませんし。ってか、子供がそんな大金持ってるわけないじゃないですか。バカですか。あ、バカでしたね。父様にそんなこと言おうもんなら、あなたの方が内臓まで毟られますよ。


「問題はそこじゃないでしょ?」

「そ、そうか。そうだな。よし!できなければ、お前は俺の奴隷としてその分働かせてやろう」


 はあ?奴隷制度なんてとっくの昔に廃れましたよ?奴隷を買った地点で犯罪です。


「あら、それよりエヴァダ商会の水道の権利をいただきましょうよ。そんな痩せのおチビちゃんを奴隷にしたって大したことできないじゃないの」


 パンと両手を叩いて、いかにも今思いついたかのようにメロドラマ様がマウロに言い放ったわ。でもマウロ、なにそれって顔してるわね。


「そ、それもそうだが……水道の権利?」

「そうよ、この国は水道利用料をエヴァダ商会に払っているでしょ?我が家も使用料を支払っているとお父様が言ってたわ。だからその使用権利を慰謝料として受け取るわ」

「へ?」


 ええ。我が商会が受け取るのは、パイプライン使用料、下水道管理料、蛇口利用料の三つ。水に料金をかけないだけありがたいと思ってください。メロドラマ様が言う使用権利はこの三つを合わせたもので、各領地の領主と国が持っています。


 マウロは真面目に知らなかったのね。目が点になってます。にしても、このメロドラマ様、これがマウロに近づいた理由だったのですね。婚約者が見つからなくてヤケになってるのかと思ったら、そこまで焦ってはなかったのかしら。


 にしても悪手です。


「それは、脅しとみなしてもよろしいんでしょうか?」

「お、脅しだと?さっきから婚約解消の慰謝料だと言ってるだろう」


 ちょっと怯みましたね?小心者のくせに大それたことをするから。


「いえ、メロドラマ様を虐めた慰謝料と伺いました」

「そうよ、私が受け取る正当な権利よ!」


 いやいや、違うでしょ。どこに正当性があると?


「同じことだ!お前のような捨て猫の分際で、伯爵家の次期当主である俺に向かって口答えした事を、侮辱罪としてもいいんだぞ!?」


 次期当主の座は私だったんですがね?


「侮辱罪ですか。私から侮辱をするような言葉は吐いていませんが?」

「メラドンナをいじめただろう!」

「いや、それはマウロに対する不敬罪にはならないし、そもそも私メロドラマ様をいじめてませんし」

「嘘をつくな!」

「そうよ、ひどいわ!私、池に突き落とされた次の日は熱を出したのよ!それにあなたが私の靴を隠したせいで、魔術の研修にも出かけられなかったし、教科書を破かれたせいで宿題もできなかったわ!」

「そうだ!なんて非道なことを!」


 いやもう、なにこれ。三流の日曜劇場か何か?


「アイーシャ」


 聞く耳を持たないこの二人を、どうやって相手にしようかと考えていたところで、声をかけられた。これはいいところに。


「ハロルド兄様」


 マジックバッグを片手に、三揃いのスーツがパリッとしてかっこいい。商談の帰りですね。


「お前、なにこんなところで道草してるんだ」

「いえ。道草じゃなくて今日はマウロと出かける予定でした」

「ほう。仕事をほっぽって無駄なデートか。お前のような子供に、そもそもデートなんて百年早いんだ。仕事をしろ、仕事を」

「兄様、百年経ったら私、生きてないかもしれません」

「それでもお前には早いんだ。そんな痩せっぽっちで、似合わないワンピースを着込んでおきながら、くしゃくしゃの頭で外に出るとは。ライラはなにをしているんだ」


 むう、と眉を寄せてメガネを中指でクイッと押し上げる癖のある兄は、ガッチリした体型で、騎士になるか商人になるかと悩んだ末、実家を取りました。なぜなら、当時婚約者だったモニカさん(今はお嫁さん)が騎士になれば、常に危険と向かい合わせになって、他人の為ばかりに働かなくちゃいけない、と文句を言ったそうです。そんな時間があるならば、私と一緒に他国へ行って楽しいものや役立つものを仕入れて、生活を豊かにしましょうよ、と。


 モニカさんの方が商売人には向いていたようで、お父様のハートをガッチリ掴み、お兄様を懐柔しました。母様が言うには、『亭主は嫁の尻に敷かれるくらいがちょうどいい』のだそうです。マウロくらいなら簡単そうですが…。愛がないと結婚は続かないとも言われましたから、私には無理かもしれません。


「ライラ姉様はクレイド様と研究所にこもっていたので、私が自分で用意しました」

「はあ。またか、あいつらは…」


 ライラ姉様は、学園を卒業したらクライド様と結婚をされるのだけど、爺様に似て錬金術が得意で、魔導士のクライド様と商品研究に余念がありません。たまに三日三晩研究所から出てこないなんてこともあり、監視カメラも置かれているくらい。イチャコラしてるんじゃないか、なんて余計な心配をするのは父様だけなんだけど。デバガメはやめろと母様によく怒られています。


「それでお前はその見窄らしい姿で街中の噴水前で、お前の婚約者に罵られているというわけか」

「えっと、今さっき、婚約を破棄されました」

「なに?」


 ニヤニヤと兄様の毒舌を聞いていたマウロは、はっと気がついてパクりと口を閉じ、狼狽えて視線をはぐらかしました。そうですよね、お兄様に睨まれると怖いもの。何せ背は高いし、視力が悪いせいで目つきが鋭い。まだまだ騎士の感覚が抜けていないせいもあって、なんというか迫力満点、威厳があってマウロより高貴な感じがします。


「それで?」

「えっと、それでをいじめた慰謝料と侮辱罪で金貨5千枚払えとか、水道使用権を差し出せとか、奴隷になれとか、言われました」

「あっ、いや!それはっ!」

「……色々ツッコミどころ満載だが…。メロドラマって誰だ?いじめとは?」


 焦ったマウロが口を挟むが、兄の鋭い視線で真っ青になって口を閉じました。それを横で見ていたメロドラマ様が、すかさず揉み手ですり寄ってきましたが。


 野生の勘なのでしょうか。強いものに媚を売る姿に、動物の本能を垣間見た気がしました。


「あのぅ、私メラドンナ・ソウヤーと申しますの。ライラ様とはお友達ですわ。どうぞお見知り置きを」

「…ライラの友と言う割に、我が妹をいじめていたようだが?」

「ま、まあ!それは逆ですわ!私、学園で彼女にいじめられていましたのよ」

「彼女、とは?ライラのことか?」

「え?いえ、そ、そこにいる、アイーシャ・エヴァダさんのことですわ。ライラと私の仲が悪いから、いじめるように言われていたのかもしれませんが、教科書を破られたり、池に突き落とされたり、靴を隠されたりしましたの。そのせいで私の学園生活は散々ですのよ。そこでマウロ様に相談を「一つ聞きたいんだが」…えっ、な、なんでしょうか?」


 ヨヨヨ、と悲しげによろめくメロドラマ様を見下ろし、お兄様が話をぶった斬ったせいで、パチクリとして涙も止まってしまったようです。さりげなくマウロがメロドラマ様の肩を引き寄せていますが、震えてますね。無理はしない方が身のためですよ。


「メロドラマ嬢、君は先ほどライラの友と言っておきながら、今、仲が悪いと言ったが?」

「……えっ?い、言いました?」


 はい、はっきり言いましたね。お友達じゃなかったんですね。まあ、ライラ姉様が相手にするような人じゃありませんし?だって発情期のアバ…いえ、娼婦と言ったのは姉様ですし。ところで、兄様までメロドラマ嬢と言ってますが、そこは反応しないんですね。


「職業柄…有益な人物は家族全員で把握し、名を留めておくのが我が家のしきたりだが、ライラから君の名前が出てきたことはない」


 ありますよ、兄様。悪評でしたけど。知ってて言ってますね?


「そ、それは、その。わ、私のような小さな子爵家ではお取引にもなりませんでしょ?だか「もう一つ」……え?は、はい」

「うちの妹は学園に通っていないのに、どうして君をいじめることができたのかな?」

「「え?」」


 え?マウロ、知らなかったのでしょうか。


「そもそも妹は14歳、学園に通うとしても来年からだが、我が家の方針で、妹は貴族学園には通わないことになっている。そんな妹がなぜ君の通う学園で、そんな無駄なことをしなければならないのか聞きたい」

「「……14歳?」」


 マウロと二人でハモってますが、ちょっと。短期間とはいえ婚約者だったのに、私の歳すら覚えていなかったと?


「私も学園には通ったが、学生以外の人間はそうそう学舎に入ることはできないだろう?もしそれが可能ならば王国に報告しなければならないな。貴族学園の警備はどうなっているのかと」

「い、いえっ!あの、その…っ。わ。わたし、しらなくてっ!」

「知らなかった?つまり妹が学園に忍び込んだという事実はなく?」

「は、はいっ!でもあの、カフェテリアで見た事がっ!」

「納品や請求書の受け渡しの使いに出ることは何度かあったからな」

「でも、食事や甘味は出されても食べていません、兄様!」

「……わかってる」


 よかった。これだけはしっかり言わなければ、怒られてしまいますからね。


「君はカフェテリアでたまたま見かけた我が妹が、通ってもいない学舎に忍び込み、君を池に落とし、君のロッカーから靴を盗み、教室に入り君の机を探し出し、教科書を破いたと?」

「い、いえ、あの、それは、その」

「つまり冤罪をかけたというわけだな?そして未成年の妹を脅し、我が商会から金を引き出そうとし、それどころか水道使用料を踏み倒そうとした上、その権利までもぎ取ろうとしたのだな」


 さすがハロルド兄様、一を知って十を知ると言うか、理解が早くてありがたいです。


「ち、ちが…っ」

「この件については、未成年恐喝罪に加えて、詐欺未遂、商業法違反と強奪罪を適用させてもらう」


 メロドラマ様は息も絶え絶え、真っ白になって口をパクパクしています。その横でマウロは少しずつ距離をとっているようですが、逃げられませんよ?この国、奴隷制度が廃止になって以来、未成年保護法はかなり厳しいのです。恐喝や強奪、強制労働などは少なくとも十五年の刑罰を与えられますから、父様も家族とはいえ、その辺は注意しています。


「マウロ君、君には心底がっかりだ。君と妹の婚約破棄については了承した、が。こちらから遠慮させてもらう事にする。伯爵には私の方から話をしよう」

「ま、待ってください!違う!ちがうんだっ!俺はこいつメラドンナに騙されてっ!」


 真っ青になったマウロが私を凄い目で見て、なんとかしろ、助けろと訴えてきますが、無視ですね。私より100倍マシなメロドラマ様をコイツとか呼んでますし。


「ハロルド兄様、マウロ・オーランド伯爵令息は『俺の方から婚約を破棄する』と言いましたから、そのようにしましょう?」

「…お前はそれでいいのか?」

「もちろんです。契約書にしっかりその旨の条件も載っていますから」

「ああ、うん。そうか」


 ええ。体裁や面目より、慰謝料のほうが大事です。それに。


「私は家族から疎まれているそうです」

「は?」

「『捨て猫のように痩せギスで目ばかりでかくて可愛げがなく、家族からも疎まれるような女』だそうです。とても傷つきました」

「俺の可愛い妹にそんなことを言ったのか…」

「それからメロドラマ様の方が、100倍もマシだと。あと、5歳のミラノにも食指が動いたみたいですよ」

「何!?」

「『五歳児なので色々足りないが、お前よりはマシだろう』と言われました」


 兄様の声が数オクターブ下がりました。地の底から響くようです。兄様の特技(?)魔王の到来です。兄様は、愛妻家であり家族への愛情が人一倍強い方。弱きを助け強きを挫き、悪しきを許さず、まさしく騎士様の見本のような方なのです。


「そ、そんなことは言ってない!」

「よし、アイーシャ。父様に話をつけるぞ。オーランド伯爵領で商売は二度としないし、商品も売らん。直ちに全て引き下げる。次期変態領主の元では何が起こるかわからんからな!オーランド伯爵令息!婚約破棄については承ったが、妹を冤罪にかけあらぬことで侮辱し、精神的苦痛をもたらしたこと、幼児愛好の趣味についても、追って書面にて正式に苦情を入れることとする!では失礼する。行くぞ、アイーシャ!」

「ま、待って…!待ってください!俺は、そんなことは言ってない!アイーシャ!」

「マウロ・オーランド伯爵令息様。……、存分に後悔してくださいね」

「ち、違うんだ、アイーシャ!」

「それから、私に冤罪をかけたメロドラマ様…いえ、メラドンナ・ソウヤー子爵令嬢にもこちらからキッチリ書面にて抗議させていただきます」

「ま、待って!ち、違うの!私はただっ」


 言い訳の最初の言葉は必ずと言っていいほど、『待って!違う』なのですね。お二人ともそっくりです。何も違いませんよ。私をバカにしたこと、後悔してくださいね。


 ⩵⩵⩵


「やはりバカにつける薬はなかったな」

「父様がいけないんです。伯爵なんて爵位に釣られて私を売ろうとしたんですから」

「まあ、お前のためを思ってのことだろうが…」

「違いますね。爵位があれば、王家相手にもっと幅広く販売できるからに決まってます。国内に限らず海外販路の可能性が広がりますからね」

「まあ、確かにな」

「では兄様、お願いしましたよ?父様にきつーく言ってくださいね?じゃなかったら半期決算も年度末の収支統計も税金対策もしませんからね」

「あ、ああ。わかった。きつく言っておく。だから今年も頼むよ?」



 現オーランド伯爵様は、父様の弱い部分に訴えかけてまんまと私を手に入れたと思っていたのでしょうが、私とマウロの婚約が決まってから、贅沢を好み、いろいろなところからお金を借りているようでした。我が商会の財力を目当てにしていたのでしょう。数年後に私が伯爵夫人になる頃には、借金まみれで馬車馬のように働かされるところでした。


 父様は商売気は人一倍あるし、儲け話に耳聡いところもあるのですが、お金に関しては十把一絡げというか、どんぶり勘定なのです。そこを母様が締め、私がキッチリ管理する、というのが常。情に脆いというほどではないのですが、『儲け』の香りが間に挟まると。


 まあ、結果はコレでした。


「兄様、私家族から嫌われてたり疎まれてたり、しませんよね?」

「そんなわけあるわけないだろう!お前は俺の可愛い可愛い妹だ!父様も母様も俺たちを大事に思っている。他人にどうこう言われて気にすることではないぞ?」


 ハロルド兄様は、クシャクシャと絡まりやすい私の髪を撫で、ぎゅうっと抱きしめてくださいました。


「安心しました」

「お前を怒らせてもなんの得にもならないからな」

「ふふっ。計算高いと言われましたよ」

「それでこそ俺の妹だ」

「はいっ」


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 その後、我が商会の怒りを買ったオーランド伯爵家はというと。


 もちろん慰謝料は受け取りましたが金貨百枚、と相場の金額。ですが、伯爵家が失くしたものは、商会の後ろ盾だけではなく、水路使用権、エヴァダ商会の店舗も全て引き上げました。伯爵領が水路を使うには、他領からの水の引き込み料を払い、その水路も確保しなければならなくなりました。エヴァダ商会の商品も手に入らなくなりましたので、パイプも手に入らず、領民の離脱が起こり、首が回らなくなったようです。そして、その一年後には、爵位の返還がなされたそうです。まあ、欲をかくからこうなったのだと、私もそれだけは肝に銘じようと思いました。


 ライラ姉様も学園を卒業して、無事クライド様と婚姻を結んだので、我が家をこの国に縛るものは何もなく。家宝の水差しを地下水路から取り除き、隣国へ向かおうかと商隊を組んだところで、慌てた国からストップがかけられました。水の恩恵を今更手放すことなど出来ないと焦った国王様が、元オーランド伯爵領をエサに、父様に爵位を授けられました。今やなくては生きていけないエヴァダ商会の品々は全国に行き渡り、いきなり伯爵位を得たことも誰一人として文句を言う者はいなかったそうです。とはいえ、父様はすぐさま兄様に爵位を譲り、自由気ままに他国へ商売に行きました。最近は、姉様とクライドさんの共同作品で自動温水器や圧力かまどなるものができ、調理が大幅に短縮され、我が家のシェフは大はしゃぎ。これまた売上に拍車がかかりそうです。


 私も15歳になり、ようやく成長期に入ったようで、ちょっとお胸がふっくらしてきました。最近は、第3王子さまがちょくちょく遊びにきては、私のスキル『超認識力』をお国のために有効利用されています。


 もちろんタダではありませんが。


 マウロとメロドラマ様は、学園を自主退学。まあ、おつむも軽かったし、マウロは貴族ではなくなったこともあって、学費が払えなかったと言う話でもありますが。噂ではメロドラマ様は辺境地の修道院へ、マウロと元伯爵家の面々は他領で牛飼いになったと聞きました。牛相手に真面目に働いているのなら、まあそのうちいいこともあるでしょう。


「アイーシャ嬢」

「第3王子さま、本日もお越しですか」

「つれないな。そろそろステファンと呼んでくれないか?」

「とんでもない。恐れ多くてとてもとても」

「恐れ多いなんて思ってないくせに。今日はこの物件なんだけど、シフォンケーキでも食べながら協力してくれないか?」

「まあ。うちのシェフのケーキが目当てだったのですね」

「インディアーロ国の珍しい紅茶を持ってきたよ?」

「…いただきますわ。そのお茶、販路はどうなってますの?」


 そうだ。ついでに聞いておくことがあったんだわ。


「そういえば、第3王子様。もし王族が婚約破棄をした場合、慰謝料は金貨5千枚くらいなんでしょうか?」

「えっ!?何をいきなり!僕は婚約破棄なんてしないよ!?アイーシャ一筋だからね!?」


 そうそう、言い忘れましたが半年ほど前に王家から打診がありまして。私、第3王子ステファン様の婚約者になりました。王家としても、なんとかして繋ぎ止めておきたいと言うことでしょうか。私は婚約破棄をされた身とはいえ、未成年でしたし、その時は爵位もありませんでしたからね。問題なしとみなされました。


「私、捨て猫みたいで可愛くないと言われてましたの」

「猫みたいなのは反論はないけど、可愛いよ?僕はアイーシャほど可愛い猫は見たことがない。ふかふかしたミルクティ色の髪の毛も、キラキラした大きな金色の瞳も、愛らしい唇も、ぷっくりした耳たぶも、今すぐにでも僕のものにしたいくらいだ。これでも我慢してるんだ。婚約破棄なんて金貨五千枚積まれてもするものか」

「……そ、そこまで、ですか」


 ちょっと恥ずかしいです。こういうことをさらっと言えるのが王族なのでしょうか。


「そこまでだ。もっと自覚してくれよ。絶対手放さないからね?」

「で、では、あの、尻に敷かれてくれますか?」

「ふふっ。喜んで!」


 どうやら愛されているようなので、金貨五千枚は諦めた方が良さそうです。


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