Alice in the Devastated World

月乃彰

第1話 ここはどこ? 私はアリス

 ──目を開けたとき、まず飛び込んできた景色は暗闇だった。

 長い夢を見ていた気がする。けれど思い出すことはできない。起きた直後、人は夢の内容を鮮明に覚えているはずなのに、私はそうでなかった。

 ⋯⋯ああ、いや、夢の内容だけじゃない。

「誰か。」

 声を出してみる。高い少女の声──そうだ、私は女の子だ──が響いた。

 でも声は反響するだけして、静寂な暗闇の中に消えていった。山彦のように返ってくることも、また別の声が響くこともなかった。

 視力がないように何も見えないけど、ただ暗いだけ。掌を顔に近づければ、薄暗い肌色を見ることができた。光があるなら、肌は白いだろう。

 覚えていることは、私の名前がアリスであることだけ。それ以外は全く覚えていない──と言えば、語弊がある。

 怖い。恐怖や激痛、そうあるべきものが形を失っていくような、そんな違和感というか、絶望というか、ともかく不快な感情が、薄く私の心に、黴のようにこびり付いている。

 私はすぐに光源を見つけた。私が寝転んでいたベッドのすぐ横に、ライトがあったのだ。光を求めていた私はそれが光ることを期待しボタンを押した。ライトは期待通りに発光し、私を暗闇の世界から引き摺り出してくれた。

 正方形の目が痛くなるほどに真っ白な部屋。広さは普通の家の部屋と同じか少し広いくらい。私はその中心のベッドの上で寝転がっていたみたい。

 でも、ここは普通の家の部屋じゃない。

 机の上にはB5用紙が本と同じくらいの厚さで置かれていて、私が眠っていたベッドには布団どころかシーツもなく、無機質なプラスチックで形作られていた。そして私の服装も、年頃の女の子が好んで着るようなものではなく、真っ白なローブ。病院とかで患者が着るようなものだった。

 それらから導き出されることは、ここは研究施設であるということ。

「⋯⋯あれ?」

 部屋と外を結ぶ唯一の扉を開こうとしたけど、それは開かなかった。でも、鍵がかかっているわけではない。こう、外から押さえつけられているような感触だった。

 でも、家具とかで防いでいるわけではないようで、力を加えれば──少し息切れを起こしたけれど、扉を開くことはできた。

 そして──私の呼吸はより荒くなった。

「ひっ。」

 それは、無理に扉を開こうとしたからじゃない。恐怖だった。

 ──扉に頭から凭れ掛かっていた成人男性の体が、左側に倒れた。私が無理矢理にでも扉を開けたから。そしてその体はあまりに力が入っていなくて、つまりそれは、

「し、死体⋯⋯どうして。」

 首から上と、右肩が丸々失くなった死体。断面は何か鋭利なもので切られたかのように綺麗だった。しかし不自然なぐらい血は出ていなくて、見れば血溜まりも傷を考えれば少ない。

 一気に鼻の中に鮮血の臭いが通じる。酷く不愉快な気持ちだ。胃からものが逆流してくる感覚が私を襲った。

 死体は白いローブ──尤も今やそれは真っ赤に染まってしまったが──を着ていることから、ここの職員と分かる。

 激しくなった動悸を抑えようと、無意味だと知りながら私は服の上から胸を押さえる。しかしプラシーボ効果で、体に響き渡るドクドクという音は、時間経過と共に治まっていった。

「⋯⋯ごめんなさい。」

 謝ったのは、こうして退かせてしまったから。あともう一つは、持ち物を漁るから。

 死体のポケットには不自然な膨らみがあって、調べてみるとそこには拳銃があった。取り出してみると、それは普遍的な格好のものだった。ガンマニアが見たならば区別がつくだろうけど、私からしてみれば他のものと何が違うのかわからなかった。

「Glock19⋯⋯っていうのかな。」

 刻印にあったおそらくはその銃器の名前を読むけど、これがどんな銃なのかはさっぱり。

 弾丸が入っているかどうかの確認と、死体から弾倉を取れるだけ取って自己防衛用の武器にすることにした。

「よし⋯⋯行こう。」

 私は、拳銃を右手に握って目覚めた部屋から出ていった。

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