ストームの章・その8 なんとなく確信に触れてみた

 ようやく辺境都市ベルナーにたどり着いたストーム。

 貴族街へと馬車が入ると、その一番奥にある王城へと辿り着く。

 その途中にある堀に跳ね橋が降ろされ、馬車は城内へと進んでいった。

「これだけしっかりとした造りなのに‥‥」

 と、シルヴィーには聞こえないように呟く。

 ここに至るまでの道を、ストームはじっと観察していた。

 噂の暗殺の経路、一体何処から此処まで向かってきたのか、この跳ね橋をどうやって越えたのか。

 それらの情報を集めたかったのだが。


(こういうことを調べるクラスは、持ち合わせていないからなぁ‥‥)


 基本、この手の情報収集はマチュアの【忍者】がゲームの中で担当していた。

 その情報を元に、ストームは攻略を行っていたのである。

「よし、着いたぞ」

 と、馬車が城の正面玄関に辿り着くと、中から大勢の侍女たちが姿を現し、道を挟んで綺麗に並んだ。


「「「「おかえりなさいませ、シルヴィー様」」」」

 

 と一斉に頭を下げる。

「いや、いつもどおりでよい。こんなに出迎えは要らぬぞ」

 とシルヴィーが告げたのだが。

「いえいえ、シルヴィー様が大切なお客様をお連れすると伺いまして。ささ、お客様、どうぞ此方へ」

 と、執事がストームを案内する。

「ストーム殿。妾は普段は執務室か応接間の何方かにいるので、何かあったら来てくれて構わぬぞ。誰か一人、ストーム殿の担当に就くのぢゃ」

 とシルヴィが告げると、一人のエルフの侍女が丁寧にストームに挨拶をする。

「では私が。エミリオと申します。何なりとお申し付け下さい、ストーム殿」

「ああ、それじゃあ殿じゃなくて『さん』付けにしてくれ。殿と呼ばれると、むずがゆい」

 と笑いつつ告げるストーム。

「了解しました。ではストームさんこちらへ」

 と柔軟に対応する侍女。

 そのまま自分に充てられた部屋へと向かい場所を教えてもらうと、ストームは早速騎士団の集まっている詰め所へと案内して貰った。



 ○ ○ ○ ○ ○



 ベルナー騎士団の詰め所は、この王城に本部が、都市部に4つの詰め所がある。

 都市部に配置されている騎士は『巡回騎士』と呼ばれ、都市部の治安を守るために定期的に巡回をしていた。

 そして王城の騎士たちは、近衛隊と一般騎士団に分かれている。

 近衛隊は城内とシルヴィーの警護を、騎士団は王城全ての警備を担当しているらしい。

 そこの王城本部にストームはやってきた。

 開けっ放しになっている扉を通って、中にいる騎士たちに話しかける。巡回の時間以外は、この本部詰め所にて待機なのだろう。

 みな椅子に座ってくつろいでいた。


「先程、ここのシルヴィーに雇われた鍛冶師のストームという。騎士団長殿はどちらに?」

と問いかけると。

 一番奥の机で、大量の羊皮紙に目を通していた壮年の男性が静かに立ち上がる。

「おお、王女から話は伺っている。ワシがここの騎士団長を努めている『スコット・カール』だ。スコットで構わん」

「ストームです。早速明日からでも貴方の武具を作りたいのですが、その前に貴方の実力を見せて頂きたいのですが」

 と努めて冷静に告げる。

「ふん、鍛冶屋風情が。黙って頼まれた武具を作ればいいんだよっ」

 と、別の机から偉そうな声が聞こえてくる。

明らかに、此方に対しての挑発であろう。

若さとはいいものだ、実力が伴っていればの話だが。

「ふむ。さしずめ君は、今回の大武道大会の選手に選ばれなかった騎士という所かな?」

 と笑いつつ話しかける。


――ガタッ!! 

すると、その騎士は真っ赤になって立ち上がると一言。

「上等だ、表にでやがれ!! てめえも金目当ての鍛冶屋かなにかだろう? 化けの皮を剥がしてやるよ!!」

 そう喚きながら外に出ていく。

「すまんな、ストーム殿。代わりに非礼を詫びよう。うちの団員は血の気が多すぎてな‥‥」

 と頭を下げてから、スコット騎士団長は外に向かった騎士を怒鳴りつけようと歩き出したが。

「ああ、スコットさん、別に構いませんよ。ここの練度を見るいい機会です。私が相手をしても構いませんよね?」

「構わんが、タイトは騎士団の中でも腕前はかなり上だ。騎士の学ぶ、レオン流剣術の使い手だぞ。大丈夫か?」

「まあ、大丈夫でしょう。それじゃあちょっといってきますね」

 ということで、俺は外で待っていたタイトという騎士に付いて行って、詰め所の横の練兵所へと向かった。

 そこは、テニスコート3面分ぐらいの広さの訓練場。

 木の柵で囲いを作ってあり、中には剣術の練習用の木製カカシも幾つか置いてある。

「さあ武器を抜け。鍛冶師如きが騎士に向かって減らず口を!!」


――カチャッ

 と腰のロングソードを鞘から引き抜き、静かに構えるタイト。

「まあ、死なない程度にね」

 と告げて、そっと【モードチェンジ・侍】を起動。

 そして装備袋の中から木刀を取り出すと、それをゆっくりと構えた。

「なんの冗談だ?」

「いや、あんた程度ならこれで十分だと」


――タッ!!

 その言葉に怒り心頭のタイト。素早く間合いを詰めて右からロングソードを横一文字に薙ぐ!!

 だがストームも同時に反応すると、手にした木刀に【波動オーラ】を流し、タイトのロングソードの峰の部分を軽く叩く。


――ガキィィィィン

 その一撃でタイトの手からロングソードが叩き落された。

「何だと!!」

慌ててロングソードを拾うと、素早く体勢を整えて構え直すタイト。

「ふむ。確かに体捌きはいい。ソードを拾った後の隙もあまりない。が」

「お喋りはそこまでだ!!」

 今度は素早く間合いを詰めて、斜め上からの袈裟斬りで斬り掛かってくる。

 が、軌跡が瞬時に見えたので、そのままソードの峰に木刀を当てて横に流した。

「うん。腰の回転がダメだね。踏み込みも甘い、力任せで戦っているだけだ、その程度でよくもまあ」

「吐かせっ!!」

さらに間合いを取り、今度はロングソードを腰に構えて走ってくると、一気にストームの喉元に向かって突き出す。


――キンッ!!

 喉元に向かって突き出されたロングソードの刀身の真ん中を、ストームの木刀が真っ二つに切断した。

「これは芦刈りという技でね。相手の武器を破壊する技なんだけど‥‥聞こえている?」

 腰が砕けたかのように、その場に崩れ落ちるタイト。

腕に自信があったのにも関わらず、只の鍛治師の、それも木刀で実力の差を見せつけられたのである。

「そこまで。タイト、貴様は今日一日反省していろ。自分と相手の実力差も判らんのか!!」

 とスコットの怒鳴り声が聞こえてくる。

「だ、団長‥‥了解しました」

 ゆっくりと立ち上がると、トボトボと詰め所へとあるき始めるタイト。

 その一部始終を見ていた騎士団の面々もまた、今、自分たちの目の前で起こった出来事が信じられず呆然としていた。


「相手の職業で強さを考えるな。強さには貴賎はない。相手の本質を見抜けるように感覚を養え!!」

 と団長の激が飛ぶ。

すると他の団員たちも練習用の剣を取りに戻ると、練兵所に戻って訓練を開始した。

「団長殿、一つ伺ってよろしいか?」

「ああ、構わんぞ」

 と許可を取ったので。

「ラグナ・マリア帝国の騎士団全体の中で、この国の騎士団の強さはどれぐらいだ?」

 この質問に、騎士団長はしばし考える。

「5大王家の騎士団はここよりも上だが、その次点がエルアポのアーノルド伯の護衛騎士団、うちはもう少し低い。帝国の中では、今は平均より少し弱い部類に入るかな。先王の時代は五大王家の近衛騎士団と並ぶ強さを持っていたのだが」

「そっか。団長、怒らずに聞いてくれ」

 と告げて一息入れると。

「タイトというのが此処の騎士団のNo2だとすると、ここの強さはかなり弱い」

 そう感じたのだから仕方がない。

 サムソンの冒険者の方が、強い騎士はいる。なによりも、タイトはストームの知り合いであるデクスターよりもかなり弱い。

「そうか。やはりな」

 と団長が告げると、ストームに一度本部へと来てくれるように促した。

 そして本部の応接間に通すと、ゆっくりと話しを始める。


「今ここにいる騎士団は、先王が暗殺されたあとに入隊した者達だ。冒険者から転向してきたものや、腕に自信のある者から選抜して訓練を受けて貰ったのだが。先王の騎士団とは比べ物にならないほど弱い」

「どうしてそのような状態に?」

「先王の騎士団は、先王が暗殺されたときに全滅している。その後で入った腕のいい騎士たちも、数日すると他国の騎士団に引き抜かれてしまうのだ。まるでここに戦力を置きたくないようにな‥‥」

 と呟く。

「なるほどねぇ。マクドガル侯爵もまた姑息な事を」

 と呟くストーム。

「なっ!!」

 と一瞬驚く団長だが、直ぐに落ち着きを取り戻した。

「ふぅ。やはりストーム殿もそう思うか。ここだけの話、件の暗殺の件もマグドガル侯爵の手引ではと考えている者もある。この地の王族が途絶えると、次にここを治めることが出来るのは血筋的にはマクドガル侯爵だからな」

「ですが証拠がない。故に手も出せないと。王女はこの話はご存知で?」

 と問いかけるストームに、団長は頭を左右に振る。

「でしょうね。こんな事を知ったら、あの王女の事だ、マクドガル侯爵の元に飛んで行くかも知れませんからね」

 と笑いながら告げる。

「ああ、全くだな」

「それと、タイトにも十分に注意して下さい。ああやって新参者を受け付けなくするのは、マクドガル侯爵の息がかかっている可能性もあります。まあ、俺が此処に来て、とんでもない剣術を見せたので、俺の存在は多分マクドガル侯爵の元にも届くでしょうからねぇ」

 と呟く。

「確かに、タイトはマクドガル領の出身だが、そうか‥‥一度、綱紀粛正を行う必要があるか」

「まあ、必要ならば手は貸します。あと、明日にでも俺と一戦お願いします。団長の腕を見ないことには、鎧も武器も作れないからねぇ」

 と告げると、団長も笑顔で了解した。


  

 ○ ○ ○ ○ ○



 翌日。

 朝食を終えたストームは、シルヴィーに案内された城内にある武器工房へとやってきた。

「おお、姫様、そいつはなんじゃい?」

「新入りか? 宜しく頼むぞい。ワシはレバンスという」

 と二人のドワーフが丁寧に頭を下げた。

「今度の大会で騎士団長殿の武具を打ってもらうことになったストーム殿ぢゃ。仲良くしてたもれ」

 と丁寧に紹介してくれた。

 そののち、シルヴィーは留守にしていた期間に溜まっている書類の決済などの仕事があるからと、此処を離れていった。

「この炉はドワーフの火炉ですか?」

「うむ。好きに使ってくれて構わぬぞ。ワシの名前はダンじゃ。で、ストームさんはどんな武具を作れるのじゃ?」

 と問われたので、腰に下げてあった日本刀を手渡した。

「俺が作った日本刀です。参考になりますか?」

「ふむ。鉄の剣で身幅が細いと」


――キィン

 軽く指で刀身を弾く。

「この音から察するに……折り返し鍛造じゃな? 東方の海の向こうの鍛造技術じゃろう?」

 なんと正解。

「ふぁ、分かるのですか?」

「折り込んだ回数とかは判らん。が、この音でただの鍛造では無いことも分かる。よく見ると刀身にほのかに魔力帯が見える。芯鉄に魔法処理でも施したのかな。文字の判別は分からぬが、刃の部分を保護しているのか?」

 正直いって、ストームは驚きであった。

 ここまで調べることが出来るドワーフの本気に。

「当たりだ。まさかそこまでわかるとは。それでは、これと同じものは作れますか?」

 と問いかける。

「判らぬ。一度作り方を見せて貰えば、作れないこともないが」

「そうじゃな。ちょっと試しに作って見るか。すまんが、それを置いていって貰えるか?」

 と告げられたので。

「これを置いていくと……まあいいか。では」

 と日本刀『耶麻宜次ヤマギシ』をダンとレバンスに預けた。 

 そして一度工房から出ると、騎士団本部へと向かっていった。


「タイトがいなくなった?」

 騎士団本部に着いたストームが、団長のスコットから告げられた一言目が、タイトがいなくなったということであった。

「あー、やっぱりねぇーーー」

 とニヤニヤと笑うストーム。

「うむ、ストーム殿の言っていた通りのようだな。まあ、いなくなったものは仕方がない。捜索は一応二人の騎士に命じてあるが、どうなるか分からぬな。さて、昨日話をしていた件だが」

「ええ、お願いします。では行きましょうか」

 と告げて、練兵場へと向かうストームとスコット。

 そして両者ゆっくりと向かい合わせの体勢を取ると、団長はタワーシールドとロングソードを構えた。ストームもまた、今日は日本刀を引き抜くと、静かに正眼の構えで立つ。

「やはり昨日は本気ではなかったか‥‥いざ、参る!!」

 すかさず間合いを詰めるスコット。

その素早さはタイトの比ではない。


――ガキガキガキィッ

 一気に真上、右袈裟、左袈裟の連携で剣を振るってくるスコット。

 それを躱すのではなく受け止めて弾くストーム。

剣戟を受け止めるたびに、腕が痺れる。

「なるほど。タイトとは全く腕が違う」

 さらに数撃の打ち合いが終わると、スコットは後ろに下がって楯を構えた。

「来い!!」

 と告げるスコットに向かって、ストームも素早く間合いを詰めた。


――キンキンキンキンッッッッツ

 双燕と呼ばれている、日本刀の乱撃技である。

 が、様々な角度から斬りかかる双燕を、スコットは全て楯を駆使して受け止めていたのである。

(おいおい、手を抜いているとはいえ、こっちは侍のGMレベルだぞ。それに追いつくことが出来るのかよ)

 すかさず間合いを取るストーム。

「うん。スコットさんだけなら、この国でも10指には入るのでは?」

 と納得するストーム。

「まだまだ。この世界にはさらなる騎士や東方の剣豪もいる。ワシなどまだまだだ」

 と呟いて、今度はロングソードを下段に構えた。

「それじゃあ、こっちも本気でいきます」

 と呟くと、ストームは様々な角度からの斬撃を叩き込んでいく。

だがスコットもそれを剣や楯で受け止めると、カウンターでストームに斬りかかる。

 暫くの間、両者一歩も引かない攻防が繰り広げられていた。

 やがてストームはそろそろかなと一度間合いを離れると、軽く深呼吸をする。

 そして、瞬歩という一気に間合いを詰める技でスコットの懐近くまで飛び込むと、そこから居合い斬りを叩き込んだ!!


――ズバァァァァァァァッ

 本気の侍の必殺の一撃。

 この動きには、スコットはついてこれなかった。

 一撃で鎧の胴部を破壊すると、そのまま日本刀を納めた。

「居合斬月という技です。鎧だけを破壊しました」

 と呟く。

「なるほど。これがストーム殿の本気というところか。で、ワシの腕はどうだった?」

と告げるスコット。

「今の時点ではなんとも、アーノルド伯にいる騎士団長の‥‥フランコ・ブロンコ殿と互角というところですか」

「彼奴と互角か。ふむ。悪くはないという所か」

 と、満更でもない笑みを浮かべるスコット。

「では、必要なものはタワーシールドとロングソード、プレートメイルで宜しいのですね?」

 と一通りの説明をして寸法を取ると、その日から、ストームは鍛冶工房に篭った。

 実際に大武道大会にスコットが参加したとして、現状なら、ストームの武具を装備したフランコ騎士団長と良くて互角という所だろう。なので、こちらもストーム製の武具で少しでも勝率を上げる必要がある。

 『ストーム式鍛造法』を駆使して、どこまでいけるかが勝負である。



 ○ ○ ○ ○ ○ 



 翌日もほぼ一日、鍛冶工房に篭って作業をしていた。

 『ストーム式鍛造法』を目の当たりにして、レバンスとダンのドワーフ二人は絶叫でも上げるかのような反応をしていたのだが、やがて見慣れてしまったのか、普通に作業を開始していた。

「取り敢えず、今日はミスリル合金の作製までだな。作るものが大きいから結講時間がかかるんだよなぁ‥‥」

 と黙々と作業を続けていた。

 途中で食事を取るのも惜しいほどに、ただひたすらに作り続けていたため、気がつくとすでに日が暮れていたのである。

「ふぅ。レバンスさんとダンさん、一度食事にしませんか?」

「ああ。今日はこれぐらいで切り上げるとするか」

「飯食って、酒でも飲むとしようかのう」

 と火炉の後片付けを終えて食堂へと向かう3名。


――スゥゥゥゥゥゥッ

 と、食堂から、何処かストームにとっては懐かしい香りが広がってくる。

「これは‥‥まさかカレーか?」

 と呟いて、ストームは食堂へと走る。

 この異世界に来て食べていたのは、大体が腸詰めかハーブで煮込んだ煮物、たまには贅沢に塩を使った焼いた肉ぐらいだった。

 まじりっ気のない純粋な塩や胡椒などは贅沢品、香辛料もそこそこに値段は張る。

そのためか、ハーブもしくは精製のあらい塩を少しだけ使った煮込みというのが、この世界での味付けなのだろう。

 食堂は調理場のすぐ横にあり、作ったものがすぐに出せるような作りになっている。

そこでは、ストームたちが来るのを待っていた侍女達が、大きめの寸胴に入っているカレーを温めている所であった。

「あ、お疲れ様です。今日は特別メニューをご用意しました」

 と告げて、銀製の皿にカレーのようなものを注いでくれる。

 付け合せは小麦で作った白いパン。

 サムソンで毎日食べていた硬いライ麦パンとは大違いである。

 レバンスとダンは、カレーというものは初めてだったらしく、その初めての香りに戸惑っている。

「いろいろなハーブが入っているようじゃな。それに‥‥これはまさか胡椒か?」

 高価な香辛料の代表である胡椒。

 それがこの黄色いスープに入っているのである。

「ええ。特別ですよ」

 と告げるやいなや、ドワーフ二人組はカレーを食べ始めたのである。


――ムグッモグッ

「こ、こんな煮込みは初めてだ!!」

「おう。故郷にもこんな味のものはなかった!!」

「「おかわりじゃ!!」」

 二人同時に一杯目を食べ終える。

 その光景を横目で見つつ、ストームもまた、ゆっくりとカレーを食べ始めた。

「ああ、久しぶりのカレーだ。この世界では香辛料は貴重のようだから、シルヴィーも無理してくれたのか」

 と告げてまずは一口。


――ズズッ‥‥ん?

 と、ストームの手が止まる。

「あれ? 食べ慣れている味に近いんだが」

 再び一口。

――ズズッ‥‥ズズッ‥‥

 さらに一緒に煮込まれている野菜を口に頬張る。

――ムグッングッ‥‥

「マチュアの味だ、これ!!」

 と思わず叫んでしまった。

「すまん、これを作った者は? その人に会いたいんだが」

 と侍女に問いかけるが。

「申し訳ありません。別の侍女が買い付けに行ってくれたので、私たちは詳しく分からないのですよ」

 という返答が返ってきた。

「そうか。王城の料理長とかではないのだな?」

「あ、料理長はこの煮込みを食べてから寝込んでしまいました」

 ああ、そうなのね。

「ふむ。という事は、マチュアがこの街にいるということか」

 そうと決まれば急ぎ合流したいところだが、突然の懐かしい味に安心したのか、睡魔が訪れてきた。

「だ、駄目だ。もう眠い‥‥明日になったら探してみるか‥‥」

 と告げると、ストームはどうにか寝室に戻って、静かに眠りについた。

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