ストームの章・その1 まずはウォーミングアップ
静かに世界が広がっていく。
脳裏に様々な声が聴こえる。
(
声が消えた時、善‥‥ストームは何処かの草原の近くで横たわっていた。
つい先程まで、善は友人の経営する居酒屋で、いつものようにランチを食べていた筈だ。
毎週金曜日はカレーの日。
今週のカレーは水を一切使わないチキンカレー。
といっても、水ではなくトマトジュースと野菜からでる水分で蒸し煮のように煮込んだチキンに、カレースパイスを加えたものである。
程よい酸味と野菜の旨味で程よくバランスを取っているのが実に良い。
なにより油分が少ないのが実にいい。
あれは筋肉が喜ぶカレーだった。
「まあ、戻ればまたカレーが食べれるだろうし。とりあえずやる事はやってみますか」
跳ね起きると、周囲を取り敢えず見渡した。
どこまでも続く草原。
遠くに見えるのは巨大な城壁、反対側には山脈と森のようなものが確認できる。
すぐ近くに街道が見えるので、そこを辿っていけば城壁のある場所まではたどり着くことが出来るだろう。
「さてと。色々と調べることが多すぎるが、まずは最低限のコマンドの確認だけはしておくか。あまりこれに頼りすぎると【魂の修練】にならないかもしれないからなぁ‥‥」
そう呟くと、善は目の前にウィンドゥを表示した。
そこにはあの白い空間で見たものと同じ画面が広がっている。
画面に表示されているコマンドに触れつつ、一つ一つを確認していった。
【モードチェンジ】は、本来は現実世界の体とアバターを入れ替えるコマンドなのだが、こっちの世界に来た途端に別のものに変化していた。
現実世界の体は、どうやらあの白亜の空間に【保存】されているらしく、アバターであった【ストーム】の体が今の此方の世界での実体となってしまっているようだ。
本体があの空間に保存されているので、最悪の場合でも元の世界には帰れるのだろう。
そして、善が神に言ったあの言葉。
『あんた神様なんだろ? 死ぬって、せめては蘇生できる方法とかそれらしいアイテムとかはないのかよ』
がこのような形として反映されたのは、まあ喜ばしい限りではある。
詳しく調べていくと、現在のモードチェンジのコマンドは俺のやっていたゲームの幾つかの【クラス】にチェンジすることができるというものに変わっていた。
外見はこのままで、装備一式とクラス専用スキルが変化する。
これは非常に便利である。
さらに装備についても、【
【GPSコマンド】は、脳内に展開しているウィンドゥに地図や座標、その他様々なデータを映し出すためのものである。このコマンドを使えば、対象を鑑定したり、アイテムなどの詳しい説明を読み出すことも可能。実にありがたい。
なんでGPSかと細かく見てみたら。
【Gods Positioning System】
『―神式測位システム―』と書かれている。
善の知りたい事象について、ある程度【神視点】からのサポートが受けられるということらしい。
ちなみに善に加護を授けてくれているのは【武神セルジオ】という神で、かなりマッシブなボディの持ち主。
しかしこのコマンド、現在は本来の性能は発揮されず、今は簡易的なサポートしか行えなくなっている。
本来の能力が真央と2つに分けられてしまったためであろうと、善は理解した。
【ステータス】は現在の自分のデータ。
この世界の一般的な人間のステータスは数値に換算しておおよそ60前後、魔力と心力はどちらかが高く反対側は普通は0。
強さの目安は、
つまりは、現状のストームとしての数値は、まさにチートそのもの。
ステータスの中にある『魔力』と『心力』が判らなかったので、詳しい説明を確認してみる。
魔力は魔法クラスの威力やコントロールなどを司り、心力は近接クラスなどのスキル威力やコントロールを司っているようである。
この数値は【モードチェンジ】によって変化したクラスによって上下するというのも判った。
気になるのは、名前の上にかかれている【リミット】という文字。
これが何かよくわからない。
とりあえずは現在の【
「鎧が大げさだから。装備の変更と」
白銀の鎧を装備袋に収め、中からハードレザーの鎧と
楯は
これもゲームの中で敵からドロップしたレアリティの高い武器である。
「まあ、これで一風変わった冒険者っていうところか」
善はストームとなって納得すると、のんびりと街道へと向かっていった。
○ ○ ○ ○ ○
サムソン辺境都市
大陸最強と歌われる【ラグナ・マリア帝国】の辺境にある小さい城塞都市。
人口は2万程度だが、ここには大勢の冒険者や坑夫、技術者が集まっていた。
何故なら、このサムソン辺境都市は幾つもの衛星都市を保有しており、其処から送られてくる資源を加工して様々な武具や魔法の道具などを作製し、帝国本国へと送り出している。
今、ストームは酒場の一角にやってきていた。
ここに来るまで、大きな街道まではそれほど時間はかからなかった。
夕方には都市の入り口に辿り着く事ができた為、都市の入り口で通行税を支払って中に入ることが出来た。
【
「どっちもない場合は?」
と問いかけて一言。
「銀貨5枚で通行証は発行できる。こちらに来なさい」
という事で、詰め所まで連れて行かれて銀貨5枚を支払い、鉄製の通行証を発行して貰った。
(ここでは話を聞かないほうがいいか)
と思って取り敢えず頭を下げると、そのまま都市の中に入ることが出来た。
そしてストームの後に街の中に入ってきた人に酒場までの道を尋ねると、そのまま酒場へと向かったのである。
「とりあえずエールを一杯、あとは、野菜と肉の煮込みとかありますか?」
店内で空いている席に座ると、近くでテーブルを拭いているウェイトレスに話しかけた。
「はい、少々お待ち下さい」
暫くして木製のジョッキになみなみと入ったエールと、スープボウル一杯の煮込みと黒パンがやってくる。
代金はオーダーと引き換えらしく、懐に入っていた財布代わりの小袋から銀貨を一枚差し出した。
釣銭が銅貨3枚。これも小袋に戻しておく。
「まあ予想通り。と、どれどれ」
まずはエールと煮込を喉に流し込むストーム。
常温のエールはドイツビールに近い味わいと喉越しだ。
煮込みは干した肉と新鮮な野菜を塩味のスープで煮込んだもの。
素朴だがこれはこれで旨い。
「さて、所持金は全部で金貨25枚と銀貨が330枚、銅貨が3枚か。今飲んでいるエールと煮込みが銅貨7枚、さしずめ700円と仮定して‥‥」
食事を取りつつ、テーブルの上に貨幣を積んで静かに考える。
「おう? にーちゃん随分と羽振りがいいなぁ。一杯奢ってくれないか?」
モヒカンカットの冒険者らしき男が、ニャニャと笑いながら近づいてくる。
「あ、構いませんよ。店員さん、とりあえずこちらの方にエールを一杯お願いします」
と告げてから、ストームはお金を財布代わりの小袋に放り込むと、そのまま懐に入れる。
「いや、済まないなぁ」
そう礼を述べてから、男は木製のジョッキ一杯のエールを飲み始めた。
――ゴクッ
「ぷはぁぁぁっ。いや、美味いねぇ」
「そうですか。それは重畳。幾つか聞いてもいいですか?」
ストームは、ここに来るまでの疑問を解消すべく男と話を始めた。
「ああ。俺の名はデクスター。ランクBの冒険者だ」
――ブゥゥゥン
そう自己紹介しながら、デクスターは差し出した手の中に銀色のプレートを出してみせた。
「これは? これが【魂の護符】なのですか?」
「いやいや‥‥お前、本当になにも知らないんだな」
そう話していると、周囲から此方を見ているような視線が集まってくる。
「このままだと、お前さんここにいる連中にカモにされるぞ。いいか、大切なことを幾つか教えてやる」
そうデクスターが話を始めた。
この世界の生き物全てに【魂の護符】は存在する。
全てと言っても魔物や動植物は持っておらず、人間や亜人と言った【文明】を持つことの出来る知的生命体のみが持っているということなのだろう。
これは神聖教会に赴き神々の祝福を受けることで顕現するらしい。
この街にも神聖教会はあるので、あとでそこに案内してくれることになった。
【各種ギルドカード】は、【魂の護符】を自身が所属したいギルドに持っていき、そこに設置されている【認定儀】によって魂の資質を測ってもらうことで発行されるらしい。
誰でも持っている【魂の護符】は、透き通ったクリスタルで構成されている。
それをギルドで登録することによって、色を持つ【ギルドカード】が発行される。
一般的なギルドの場合、SからA、B、C、D、Eと魂の資質のランクというものが存在し、それぞれゴールド、エレクトラム(ライトゴールド)、シルバー、カパー、ブロンズ、アイアンと6色にわけられている。
「デクスターさんは」
「デクスターでいい」
あ、はい。
「デクスターのカードは銀色だから冒険者ランクBというところですか」
と問いかけると、それに静かに頷く。
「ああ。しかし話し疲れて喉が乾いたなぁ‥‥」
チラチラと此方を見ながらそう呟くデクスター。
ここまでいい情報を貰えたんだ、エールぐらいならなんぼでも飲んでくれ。
「おねーさん、こっちにエールを2つ。あと何でもいいから酒のツマミになるようなものを頼む。銀貨2枚で!!」
奥のカウンターから『少々お待ちくださーい』という可愛い声が聞こえてきた。
「おいおい、俺はつまみなんて」
「構いませんよ。それよりも話の続きを」
と会話の続きを促す。
そうかい、とデクスターも満更ではないようだ。
エールとツマミが届いて、話はさらに盛り上がった。
通貨の単位と価値、生活に最低限必要な金額なども。
「ここラグナ・マリア帝国の庇護下だと、家族4人で暮らしたとして一ヶ月に大体金貨8枚程度は必要かな。最低限の生活なら金貨4枚程度だが、それは貧民街での話しだ。このサムソンだと素泊まりの宿一泊で銀貨1.5枚、この酒場は冒険者ギルド直営の酒場で、まあ金額は大体わかるだろう?」
ははーん。
凡その計算はできた。
それに金銭は10進法で計算しているらしく、上から
白金貨だけは金貨100枚、あとは10枚単位となっている。
(今の俺の所持金が金貨25枚と銀貨が322枚、銅貨が3枚か。現金で57万円って所だな。一月の生活費が8万円として半年か)
そのままジョッキに残っているエールを飲み干し、ツマミを二人で平らげるとそのまま酒場を後にした。
まずは【魂の護符】と【ギルドカード】の取得。
身分を証明するこれがないと話にならない。
「それじゃあ案内するぜ」
「あ、ああ、宜しく頼みます。ちょっと厠へ」
と言って俺はトイレに立った。
冒険者になるにしても技術者になるにしても、この世界にいる以上は【
なので色々と変えて行く必要がある。
そう考えたなら、ストームはクラスを侍に変更した。
当然口調も変えたほうが、イメージはいい。
侍ということは『ござる』とかか?
そう考えたが、まあ色々と【モードチェンジ】することもあるので、いまのままで十分だ。丁寧な言葉遣いでいけば大体はなんとかなる。
ということで、トイレで【侍】に【モードチェンジ】。
幸いなことに装備はこのままで問題なし。楯が使えなくなるので楯は装備袋へと放り込む。
「うむうむ。これで問題ないでござるな‥‥ござるはだめか」
意外と行ける。
そう確信してストームは店内に戻っていった。
そこで待っているデクスターと共に、一路神聖教会へと向かっていった。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ・マリア神聖教会。
帝国の祀っている主神は【魔神イェリネック】
【魔神】と呼ばれてはいるものの、この世界にいる8柱神の一人でれっきとした神である。
イェリネックの教えは『勤勉さこそが美徳である』と【慈悲なきものに慈悲を】。
それゆえ商人たちに多く好まれているが、裏を返すと容赦のない神であろう。
そしてここサムソンで祀っている主神は【武神セルジオ】。
れっきとした8柱神の一人で戦神。何処の大陸でも祀られている著名な神である。
街の正門からまっすぐに奥へと続いている街道。
その正面奥に建っている神聖教会を訪れた俺とデクスター。
中に入った時、ストームは一瞬目を疑った。
目に写ったのは、教会奥にある巨大な『セルジオ像』。
一枚布で作られたヒマティオンと呼ばれる古代ギリシャの衣裳に身を包んだセルジオ像が、その筋骨逞しい肉体を披露していた。
「こ、これは‥‥なかなか凄いことですね」
「見ろ、この素晴らしい統制の取れた全身を。無駄な脂肪が一切ない、鍛え抜かれたこの体を」
惚れ惚れとした表情で像を見つめているデクスター。
「おや、これはまた珍しい。デクスターさん、今日はどのようなご用事で」
すると奥から、金髪の修道女姿の女性がやってきてデクスターに話しかけた。
「こ無沙汰していますシスター・フェイト。本日はこちらの方に神の祝福を与えていただくためにやって参りました」
とシスターの足元に跪くデクスター。
「そうですか。初めまして。ここの教会の総括を行っていますフェイトと申します」
「初めまして。ストームです。本日はお願いします」
丁寧に挨拶を返すと、ストームはシスターと共に奥にあるセルジオ像の元へと向かう。
「では、お祈りを」
「あ、はい」
と手を合わせ、慌てて日本式の祈りを捧げてしまった。
――ブゥゥゥゥン
と突然、目の前の空間に透き通ったプレートが姿を表した。
「それがストームさんの【魂の
とシスターに促され、俺はそのプレートを手に取る。
キレイな彫刻の施された、水晶で出来たようなプレート。
大きさは名刺大、まさに身分を証明するのに適した大きさといえよう。
「シスター・フェイト。色々とお手数をおかけしました。それでは失礼します。貴方に神の加護があらんことを」
と丁寧に礼を告げる。
そしてデクスターと共に、ストームは神殿の外に出た。
「さて、それじゃあ次はギルドの登録だな。冒険者ギルドはあっちの方に‥」
と話しているデクスターに。
「一つ聞いていいか? 冒険者ギルド以外にも、ギルドには複数登録できるものなのか?」
「ん? 可能だけれど。商人と何かみたいな組み合わせは結構あるぞ。自分で作って、商人ギルドに卸したり自分の店で販売するものもいる。全く問題はないな」
「それじゃあ頼みがある」
と告げると、ストームはデクスターに案内を頼み、目的のギルドへと向かっていった。
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