マチュアの章・その1 ファンタジーしてみました
静かに世界が広がっていく。
脳裏に様々な声が聴こえる。
『善、そして真央よ。二人の意識と記憶から、貴公らに最適な転生を施した。それ以上の干渉は世界法則を歪めるゆえ、私に何か問いたいときは世界にある8つの教会を訪れなさい‥‥』
「世界法則歪める言っておいて、問えとはまた理不尽極まりない」
そう呟きつつ、真央はゆっくりと体を起こす。
今いる場所は、どこか知らない草原。
青い空、白い雲。
そして静かに流れるそよ風が、真央の頬を優しくなで上げる。
この外見で真央というのも違和感があるが、まあ、いいでしょうと納得する。
改めて確認すると、やはり真央の外見はエルフの女性になっていた。
──ゴソゴソ
取り敢えず身体だけでも調べてみる。
うむ。
あるべきものがないが、なかったものがある。
それだけで十分だ。
そう思っておこう。
どうやら真央はマチュアの初期装備のまま、マチュアの外見で草原に放り出されてしまったらしい。
ということで、これからの方針を考え始める真央、改めマチュア。
まずやらなくてはならないことは【魂の修練】。
これは一体何をしたらいいのかさっぱり判らないので、あちこちで調べる必要がある。
次に、この世界で生き抜くための手段。
まずは人のいる場所に向かって、そこで色々と情報を得る必要がある。
「まずは手探りで。リアルオンラインゲームと思っていくしかないなぁ」
独り言を呟きながら、マチュアとなった真央は周囲を見渡していた。
○ ○ ○ ○ ○
「力の楯よっ!!」
そう叫びつつ右手に持つ魔導書に魔力を込める。
すると、
──ガイィィィィィン
そのままフラフラと足元がおぼつかないイノシシもどきに向かって、
「そーれっと。炎の矢よ!!」
右手に構えた本を開き、素早く詠唱を開始する。
「燃、え、お、ち、ろぉぉぉぉぉっ」
周囲に漂う【魔障】と呼ばれる世界の根幹物質。
それが
──ドシュッッッッッ
実体化した魔法による炎の矢はイノシシの頭部に突き刺さり貫通し、一撃でイノシシを絶命に至らしめた。
「魔法は周囲に漂う【魔障】と【触媒】と呼ぶ秘薬の消費、それに力を与える【詠唱】によって発動すると‥‥」
手にした分厚い魔導書を読みつつ、魔法の原理を読み解こうとする。
「おや?」
因みに、【魔障】と【詠唱】はある。
が、
慌ててウィンドゥを開いて説明を詳しく読むと、どうやら魔法の発動には幾つかの条件が必要であるらしいが、真央の場合は【触媒】は必要ではなくなっている。
加えて、俺の場合は詠唱についても この世界の長い韻を含んだものは必要なく、呪文名を唱えるだけでもオッケーという結論が出た。
「将来的には詠唱すら必要ないというのも凄いが、今は確実に発動する方法からいってみよう」
近道ではなく地道。
それが
さて、ある程度の魔法の勉強を終えると、いよいよこの世界の攻略を開始した。
まずは生きるために、衣食住を得るところから始めようと思う。
衣…バックパックに入っているのでよし。
食…食べれるものを捕まえて食べる。
俺、調理師GMだし。
住…人の住む街にいこう。拠点の街を作ろう。
どうやら、初期装備によって住以外はなんとかなっている。
そう簡単な結論を組み立てて、次にこの世界を知ろうという方向に頭の進路を切り直した。
そしてウィンドゥを開いて色々と調べているうちに、幾つか判った事がある。
【モードチェンジ】は、本来は現実世界の体とアバターを入れ替えるコマンドなのだが、こっちの世界に来た途端に別のものに変化していた。
現実世界の体は、どうやらあの白亜の空間に保存されているらしく、アバターであった【マチュア】の体が、今のこちらの世界での実体となってしまっていた。
本体があの空間に保存されているので、どうやら最悪の場合でも元の世界には帰れるのだろう。
そして現在のモードチェンジのコマンドは、真央のやっていたゲームの幾つかの【クラス】にチェンジすることができるというものに変わっていた。
外見はこのままで、装備一式とクラス専用スキルが変化する。
これは非常に便利である。
さらに装備についても、【チェスト】というコマンドによってそこに収まっている様々な装備と交換が可能らしい。
【GPSコマンド】は、脳内に展開しているウィンドゥに地図や座標、その他様々なデータを映し出すためのものである。このコマンドを使えば、対象を鑑定したり、アイテムなどの詳しい説明を読み出したりすることも可能。実にありがたい。
なんでGPSかと細かく見てみたら。
【Goddess Positioning System】
『―女神式測位システム―』と書かれている。
真央の知りたい事象について、ある程度【女神視点】からのサポートが受けられるということらしい。もっとも、これも万能ではなく、本来の能力が善と2つに分けられてしまったため簡単なヘルプコマンドという感じになっているが、それでも十分ありがたい。
【ステータス】は現在の自分のデータ。
この世界の一般的な人間のステータスは数値に換算しておおよそ60前後、魔力と心力はどちらかが高く反対側は普通は0。
強さの目安は、おおよそスキルのレベルと同じと扱っていい感じだ。
つまりは、現状のマチュアとしての数値はチートそのもの。
そのステータスのなかでよくわからなかったのが『魔力』と『心力』であった。
が、こっちの世界で色々とやっているうちに、それが何なのか理解できた。
魔力は魔法クラスの威力やコントロールなどを司り、心力は近接クラスなどのスキル威力やコントロール率を司っているようである。
この数値は【モードチェンジ】によって変化したクラスによって上下するというのも判った。
気になるのは、名前の上にかかれている【リミット】という文字。
これが何かよくわからない。
とりあえずは現在の【
「魔法は使ってみたものの、思ったよりも疲れないな。魔法つえぇわ」
転がっているイノシシに近づいていって、GPSによる鑑定‥‥以後略して【鑑定】を行う。
名前はブラウンボア、食用可能といった様々な説明が出る。
「さーてと。それじゃあ持っていきますか」
とバックから大袋を引っ張り出すと、それにイノシシを放り込む。
と、体長2mを超える巨大なイノシシが、すっぽりと大袋に入っていった。
これも神様からのプレゼント。
袋の中は巨大な空間になっていて、そこでは時間も止まっているらしい。
当然ながら【God's gift】の加護があるため、真央にしか取り出すことができない。
他人が手を突っ込んでも、ただの空袋である。
「まるで四次元なんちゃららーだなぁ」
バンバンと大袋を叩くと、それをバックパックに仕舞って歩き始める。
向かう方角は南、ここから歩いて半日もすれば目指す【城塞都市・カナン】にたどり着く。
「さてと、街の方向はあっているかな?」
方角をしっかりと確認すると、真央はカナンへと歩き始めた。
………
……
…
まる三日。
カナンを目指して、野宿をしながら、道中で狩りとスキルとウィンドゥを試していた結果、コマンドの発動には言葉は使う必要もなくなっている。
思考だけで、コマンドをある程度コントロールできるようになったのである。
そしてウィンドウを開いて地図を確認しようとすると、簡単な地図と都市の方角が記されていた。
詳細地図ではなかったため、試しに詳細地図を開こうとするのだが、画面には『地図をお買い求めの上、インストールしてください』という文字が浮かび上がった。
「ははぁ、地図を買わないと駄目かぁ〜。まあ、方角はオッケーということで。北にはダンジョンが二つ、何かの集落が三つってところか。うん、面倒くさいから無視だ、無視」
ファンタジーゲームなら、レベリングとかでダンジョンや集落に向かうのもありなのだろう。
だが、それはこの際無視。
そのまま街に向かう街道を地図で確認できたので、まずは街道へ向けて歩き出した。
○ ○ ○ ○ ○ ○
城塞都市カナン。
広大な森林に囲まれた【ファナ・スタシア王国】の衛星都市の一つ。
古くからこの地を支配していた【ファナ王家】によって統治されている王国にとって、この城塞都市カナンは交易の中継都市として大切な拠点の一つである。人口は10万人程度、王国全体からすれば15%ほどの人口比率。
他の王国とは違い、このファナ・スタシア王国は異種族との交流も盛んで、城塞都市カナンにも多くの異種族が訪れ、そして住んでいる。
………
……
…
カナンにつながる交易街道の端を、マチュアはゆっくりと歩いている。
時折、カナンに向かって走っていく
謳歌していたはずであった。
そう考えてた時が、マチュアにもありましたとさ。
街道が森に差し掛かって数刻。
突然街道の両側、森の中から『むくつけき男たち』が姿を現した。
ファンタジー名物、盗賊の登場である。
「へっへっへっ。どこにいくんだいお嬢ちゃん」
ここまでお約束の展開だと、傍から見ると思わず笑ってしまいそうに思えるが、当人としてはいざそれを目の当たりにするとちょっとビビる。
ちなみにマチュア、ゲームでは無双することはあってもリアルだとヘタレだったりする。
平和主義なんですよと叫びたくなるぐらいである。
しかし、ここは勇気を振り絞って煽らせていただくとしよう。
──ズバァァァァン
「ふぅ。『いいオンナだな。身ぐるみ置いていって貰おうか』と貴様は言う!!」
怪しげなポーズを取って、マチュアはそう叫んだ。
「ん、あ、ああ。物分りのいいねーちゃんだな」
この盗賊ノリが悪い。うん、正直すまんかった。
「そこまで判っているのなら、とっとと置いていってもら‥」
盗賊の言葉はそこまで。
素早く言葉を遮ると
「かーらーのー、
──ボムッ!!
セリフ全部なんて言わせねーよ。
すかさず正面で粋がっていた盗賊を指差すと、素早く炎の矢を叩き込んだ!!
アッチィィィィィィッ、と叫びつつ、盗賊は転がり始める。
脅しのために消費魔障は最低限まで落としたのだが、それでも威力が高かったらしく男は火達磨になって転がっている。
ステータスの魔力が高すぎるので、最小に調整したつもりでもこの火力である。
「あっちゃー。さらに威力を絞らないと駄目かー」
と呟いている刹那、男たちは次々とダガーやショートソードを抜いて近寄ってくる。
「お、面白いことしやがって。身ぐるみだけじゃ許さないぜ」
「ああ、俺たちの慰みものにもなって貰おうか、そのあとで奴隷商に売り飛ばしてやる」
「エルフは高額で売れるからなー」
あー。
それ言われると、嫌でも今の自分が女性であることを思い知らされるわ。
「覚悟しな、ねーちゃんよっ!!」
そう叫びながら、切りかかってくる。
──ブゥンブゥン
盗賊たちの攻撃をギリギリで躱しつつ、周囲を見渡す。
(逃げ道はないか。まだ他のモード調べていないし、この【
あのステータスを見る限りは、実際当たるはずはない。
だが、相手は集団戦を生業としている盗賊たち。
それに対して此方は一人。
「あ〜。これはやばいやばすぎる」
魔法を使えばなんとかなるけど、間違いなく相手は死ぬ。
正当防衛とはいえ、まだこの世界の法というものを知らないので人は殺したくない。
徐々に盗賊たちのナイフの切っ先が衣服を掠めていく。
(あ、あれ? 余裕で躱しているつもりがギリギリだぞ? ステータスに何か
そう考えた、その時。
──ドシュッ‼︎
突然跳んできた矢が、目の前の盗賊の頭を貫通し、一撃で盗賊は絶命した。
それと同時に、街道の前方から3人の人影が走ってきた。
「お嬢さん、今助けます!!」
綺麗な彫金を施したプレートメールに身を包んだ白銀の騎士と、漆黒のローブを着て杖を構えている魔道士のような女性。
そして弓を手にした、レザーアーマーをきたシーフのような少年が走ってきた。
「義によって助太刀しますわ」
「ということさっ!!」
少年が走りつつ弓を背にして素早くスローイングダガーを引き抜くと、それを素早く投げる。
右手で2本同時に引き抜かれたらしいダガーは光り輝きながら高速で飛んでいくと、逃げようとしていた二人の盗賊の背中と首筋にそれぞれ突き刺さった。
「風の精霊よ。契約に基づき義務を果たし、‥‥汝の敵を切り刻みなさい。『
──ズパパパパバッ
女性魔道士の放つ風の精霊魔法が盗賊の一体を切り刻む。
そして。
「我が名はサイノス!! ファナ・スタシア王国登録の自由騎士だ!! か弱き乙女に対しての無礼千万、騎士として許すわけにはいかない!!」
手にしたロングソードが光り輝く。
そして頭上でぐるっと回すと、そのまま一気に盗賊に向かって振り下ろした!!
「必殺剣、一刀両断!!」
──ズバァッ
一撃で真っ二つになる盗賊。
こうなると形勢逆転、残った盗賊たちは散り散りになって逃げていった。
(んーー? 通りすがりの冒険者参上ですか。これは助かった)
ゆっくりと立ち上がると、まずは自分の怪我を確認する。
案の定、膝が震えている。
まあ、普段から戦闘に身を落として生きてきたのではないので、実戦はぶっちゃけ怖い。
幸いなことにどこも怪我していないし、衣服も破れてはいない。
仮にも神からの贈り物、あの程度のなまくらでは傷すらつかないようである。
「大丈夫ですか、危なかったですね」
サイノスと名乗った騎士が近づきつつそう告げる。
「このあたりは『ナイトウォーカーズ』っていう盗賊の縄張りでもあるから、油断していると襲われちゃうよ」
「ええ。特に女性の独り歩きは危険ですわ。護衛でもつけないと大変なことになりますわよ」
にこやかに話しかけてくる少年と女性。
「あ、ありがとうございます。私はマチュアと申します。北東の森林にある集落から来ました。村を出たのは初めてで、なにも判らなかったもので」
という設定にして話を進めることにした。
「そっかー。ねーちゃんも大変だね。おいらはフィリア。登録はシーフだよ。で、こっちの魔道士が」
「メレアと申します。登録クラスは精霊魔道士です」
童顔の少年と金髪の女性がそう告げる。
「そして中央はサイノス。登録クラスは騎士だ。街までエスコートしますよお嬢さん」
キラーンと歯を光らせつつ、爽やかな笑顔でそう告げるサイノス。
「はい。ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
この3人に対して【鑑定】しようと思ったが、まだ暫くは必要ないと感じた。
悪い人には見えないし、先入観抜きで色々と教えてもらうほうが楽しい。
「マチュアさんの登録クラスは?」
「登録クラスですか?」
メレアさんに問いかける。
「ええ。これですけど」
と手のひらを中空にかざすメレア。
するとそこに、
(【魂の護符】ってやつですな。当然持っていませんとも)
そう、最初に色々と調べたものの、どうしても真央は【魂の護符】を出すことができなかった。
「魂の護符ですよね?」
「いえ、これはギルドに登録された護符。ギルドカードですよ」
「え、ええっと。私は村では神の祝福を受けていなくて、この先の街で受けようと思ったのです。ですので、ギルドに登録された護符というものが判らないのです」
(く、苦しい。これは苦しい言い訳だったか?)
「そうでしたか。【神聖教会】の巡礼修道士はあなたの村を訪れていなかったのですね。確かにそのようなこともあります。ですがご安心ください。ファナ王国の神聖教会はいつでも迷えるものに手を差し伸べてくれます」
ニィッと笑いつつ、マチュアの手をそっと取るサイノス。
こいつは天然のたらしと見た。
「は、はい。ありがとう御座います。それと幾つかお尋ねしてもいいですか?」
そう3人に問いかける。
「ええ、どうぞ」
メレアの優しい返事に、マチュアはいくつかの質問をすることにした。
「登録された【魂の護符】というのはなんでしょうか?」
「神の祝福を受けたもの全てに【魂の護符】はあります。それを自身か所属するギルドに持っていき、【認定儀】によって魂の資質を測ってもらうことで、このように色鮮やかな
つまり、誰でも持っている【
それをギルドで登録することによって、色を持つ【ギルドカード】となるらしい。
冒険者ギルドの場合、SからA、B、C、D、Eと冒険者のランクというものが存在し、それぞれゴールド、
「まずは、一度街に行きましょう。そこで色々と教えてあげますよ。ついでに教会によって祝福もうけるといいですよ」
とサイノスに勧められて、真央はこの一行と街へと向かうことになった。
ふう。
神様、やることが多すぎます。
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