異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

二人の転生者と王都動乱編

始まり~異世界にやってきました~

 

「……一体どうしてこうなったんだ?」


  静かに周囲を見渡しながら、真央まおは自分自身に問いかける。

  そしてふと、横に視線を送ってみた。

  そこには、真央のよく知っている古い友人が、胡座をかいて頭を捻っている。


「神様の悪戯にしては、あんまりとしかいいようがないが」


 真央の友人であるぜんが、なにか納得のいかない雰囲気を全身から溢れだしつつ、そう呟いている。

 本当に、どうしてこうなったか。

 もう一度最初から思い出して見よう。


 ○ ○ ○ ○ ○ ○


 いつもの日常。

 水無瀬真央みなせ・まおは、自分が経営する居酒屋『冒険者ギルド』でいつものように仕事をそつなくこなしていた。

 もともとファンタジーが好きすぎて作ったこの居酒屋『冒険者ギルド』も、開店してすでに5年。

 今日も近所で接骨院を開業した友人三三矢善さみや・ぜんが連れてきてくれる患者さんや、近所の顔なじみのお客さんなどで賑わっている。

 いつものようにテレビでは『海外のお宝鑑定団』みたいな番組が流れていて、それを爆笑しつつ見ながらのランチタイムであった。

 そう、その瞬間までは。 


――キィィィィィィィン

 突然鳴り響く金属音。

 ジェット機が通過する時のような高音が響き渡った。

 その音がどこから来るのか、慌てて真央は周囲を確認する。

 が、どうやらこの音は真央と善以外には聞こえていないようだ。

 ランチを食べ終わったお客さん達はテレビやおしゃべりに夢中、真央と善の二人だけが頭を押さえている。


「いててててててて。いったいこの音は何なんだ? 店長にも聞こえているか?」


 頭に手を当てて善がそう問いかけてくる。


「ああ聞こえているよ。しかし判らんなー。何処からしているんだ?」

そう真央が呟いた瞬間。


――バッツーーーン

 目の前が一瞬暗くなり、そして再び明るくなる。

 そして眼前に広がった光景は、つい先程までいた店内ではなかった。


 何もない白い空間。


 そう、本当に何にもない空間であった。

 ただ純白の世界が広がっている。

 足元も、空も、右も左も。

 空間を把握するのが困難なぐらい、とにかく白い。

 そこに、真央と善の二人だけが立っていた。


「おいおいおい、ここはどこなんだよ?」

「さて。あの状況から察するに」

「俺達は」

「「異世界に落ちた?」」


 二人同時に、そう叫んだとき。


『YESYESYES‥‥』


 脳天気な声が脳裏に響いた。

 男性とも女性ともつかないその声の主を探して、真央と善は周囲を見渡す。

 だが、何処にも人影らしきものは見当たらない。

 やむを得ず慎重な足取りでゆっくりと歩きながら、先程の声の正体がどこにいるのかを二人は探し始めた。


『ふたりとも聞こえているか。私は、君たちの世界で言う『神』であーる』


「ああっ、神様キタ」

「まったく、悪い冗談だよなぁ……」


 そう頭を抱えてつぶやく善の横で、真央は周囲をさらにキョロキョロと見渡している。

 まだ起こっていることが夢か何かであろうと真央は考えているのだが、時間が過ぎるにつれて、じんわりと現実味を帯びはじめているのに気がついた。

 いくら周囲を見渡しても、なにも変わらない。

 試しに頬をつねってみるが、やはり痛みがはっきり分かる。


「ここは本当に異世界?」


『うむ』


「一体どうして? なぜ俺たちなんだ?」


 真央の様子から、ここは善が問いかけてみた。

 真央自身は、趣味でラノベをよく読んでいる。

 その為、このような状況が出て来るファンタジー小説はかなり読破していた。

 だが、野郎二人同時に異世界転生というのは、彼の記憶にもあまり覚えていない。

 幾つかの事例を思い出そうと、真央も必死に記憶を探り始めたとき。

 神様は、静かに呟いた。


『我々、神々は、ある一定の期間ごとに人間の進化と可能性というものを試している。それは、我、【統合管理神】配下の【管理神】が担当する世界に選ばれた人間を派遣し、その環境にどこまで適応するかということを見定めている。我々は、それを【魂の修練】とも呼んでいる』


 また、とんでもないことを言い出すものだと、真央も善も半ば呆れ顔である。

 この声の主が本当に神様だと仮定して、話の内容から察するならば、真央と善の二人が【魂の修練】に選ばれたということであろう。

 しかし、選ばれる基準が、二人にはさっぱり判らない。


『‥‥まあ、魂の修練を受けてもらうために、召喚したのは事実なのじゃが。ちょっと問題が生じてしまってな。確率でいうならば、殆ど奇跡の領域なんじゃが』


 はぁ?

 なにかモゴモゴと歯切れの良くない声で呟き始めた神。


「えーっと、神様。その問題点というのは?」

「何かあったのですか? よろしければ教えて頂きたいのですが」


 このままでは埒があかないため、二人は見えない神に問いかけてみた。


『本来ならば、選ばれたものは一人ずつ、対象の異世界召喚されて、【魂の修練】を行う筈なのだ。つまり、君たちは別々の神によって選ばれ、別々の世界に向かって、修練を受けて貰うはずだったのだが』


 ふむふむ

 この時点で二人は嫌な予感しかしていない。


『何故か、二人同時に、私の管轄する世界にやってきてしまったのじゃよ』


 ああ、やっぱりですかと、二人は諦めの表情をした。

 なるほど理解しました、神様のミスなのですねそうなのですねと。

 つまりは、この世界にはいくつもの神様がいて、それぞれが自分の管理している異世界に、【選ばれし人間を一人ずつ】送るということなのである。

 それがなにかの手違いで、真央と善の二人はこの神様の管理下に、偶然、同時に、やってきてしまったらしい。

 それは確かに、神様もモゴモゴと話すわけである。

 しかし奇跡を起こすのを得意とする神様が、ミスにより引き起こした『奇跡的な奇跡』とは、これいかにという感じであろう。


「さてと、大体の話は判りました。それじゃあ単刀直入に聞かせて貰うが、俺たちが元の世界に帰れる保証はあるのか?」


 善が真面目な顔でそう問いかける。

 ここは重要ですよといわんがばかりに、善は、見えないはずの神様を凝視している。

 古今東西、真央の知る限りのラノベでは、異世界落ちした主人公は、かなりの確率で、元の世界には帰れない。

 中には無事に役割を終えて帰っていったというのもあると思うけれど、それは極わずか。

 つまりは、この例に例えるとするならば、かなりの高確率で、二人は元の世界に戻れない。


『【魂の修練】が無事に終われば、君たちは、召喚された時間に帰ることになる。これから向かう世界でどれだけの時間を過ごしても、君たちの世界では、時間は一切進んでいない事になるということだ』


 これは二人にとっては予想外の回答であった。

 そしてほほう。と首を縦にふる善。

 つまり、今回の異世界落ちについては、どこかの女神様の言葉を借りれば、【れっつえんじょい冒険】という感じなのだろう。


「あのーそれでは神様、ちょっと二人で会議していいですか?」


『うむ。転生開始までの時間はまだある。二人でじっくりと話し合いをするがよい』


 そして真央は善と二人で何もない白亜の空間の端っこに移動した。

 といっても本当になにもない空間なので、感覚的にその場を離れているだけなのかもしれない。


「どうする? 受け入れる?」


 半ばあきらめつつ、真央がそう問いかけたが。


「うーーん、そうだなぁ。それが妥当だろう? 最近のネットゲームも面白いものはないし、こういう体験もありといえばありか」


 あっけらからんと告げる善。

 ここ一番で、善は肝が据わっている。

 以前聞いたことのある、彼の『武勇伝』を思い出せばそうなのだろうが、それはまた別の機会にて。


「ということで話は決まった。俺達をその世界とやらに転生してくれ」

「できるだけチート設定でよろしく」


 善に続いて、真央はそう申請する。

 ここまで話が進むとあとは交渉だと、真央は善を促した。


「神様、その新しい世界に転生したとして、俺達はどういう状態からスタートするんだ? 今の生身のまま、なにも持たずにその世界にいくのか?」

「せめて、最低限の装備は用意して貰いたいのですが。スキルというか、能力というか、つまりはそんな感じのものを」


 ダメ元で、二人で神様に懇願してみる。


『まあある程度のことは保証してみよう。で、具体的には? 何か望みはあるのか?』


「俺たちの世界には、異世界系ラノベというものがあってな。今の俺達みたいに、何らかの理由によって主人公が異世界に行ってしまったという小説が、大量にあるんだ」

「その小説の中では、主人公はその世界には存在しないとてつもないパワーをもっているんです。それこそチートキャラみたいに」


 二人でそう告げる。

 どうやら神様もウンウンと頷いて聞いてくれているようだ。


『まあ、なんとはなく理解した。が、本来は一人にしか与えない【神の祝福】を2つに分けるのだ、性能は劣化するのは我慢してほしい』


 ま、まあ多少の劣化なら。


「具体的には?」


 善の問に、神様もしばし沈黙。


『私から与えられる祝福は、本来は一人のみに与えられるものだ。しかし、今回のような状況では、公平を期するために二人に加護を与えなくてはならない。

 まあ、死なない設定が死ぬようになるだけだ。チートとかいうのについては大きく考慮してみよう。といっても神は万能だが、全てに対して融通が利くのではない。先に説明したとおり、魂の修練が大前提なのだから……』


──プッツーーン

 と、ここで善が切れる。


「あんた神様なんだろ? 死ぬって、せめて蘇生できる方法とか、それらしいアイテムとかはないのかよ」


『ふむ。その程度のことか。ならば‥‥それも加味しておこう』


 と神様がつぶやく。


──フゥゥゥゥン

 その刹那、二人の体が白く光り輝いた。


【 God bless you 】


 優しそうな女性の声で、何かが二人にそう語りかけた。

 そして光は静かに消えていく。


『さて、今、二人には私からの加護を渡した。今から君たちの世界で言う一時間後に、二人は転生を開始する。ただし、同じ世界でまったく別の場所でな』


「二人一緒じゃなかったのか?」


 善が問いかける。


『それぞれが別々に修練を行わなくてはならない。なぁに同じ世界だ、いつか何処かで出会うこともあるだろう。

 転生後の二人には、その世界の管理神が祝福を与えてくれるように手はずは整えた。それでは二人の健闘を祈る……』


 神の声が遠くへと消えていく。

 そして、気配らしきものも完全に消滅したので、真央と善は今後のことについて、相談を始めることにした。

 


 ○ ○ ○ ○ ○


 

 さて。

 二人に残された時間はあと1時間。

 その間に、自分たちに何ができるのか色々と調べないとならない。


「よし、とりあえずは状態の確認だな」

「オッケー。それじゃあはじめますか」


 まずは、所持品から何から、現在の自分達の状態から調べはじめた二人。

 最悪なことに、ケータイがない。

 もしあったとしても、電気の通わない異世界ではまったく使い物にならないから、これはこれでよしとすることにした。

 そして色々と調べてみた結果、お互い大したものは持っておらず、タオルやハンカチ、手帳やボールペンなどといった来るときに身につけていた簡単なものしか持ち合わせていなかった。


「元の世界のものはたいしてないか」

「頭に巻いてたタオルとか、仕事着のままだなぁ」


 とそのまま立ち上がり、さらに周囲を見渡す。

 と、大きめの木箱が二つ、近くに置いてある。

 これはさっきまではなかったから、あの声が聞こえてきたときに発生したものであろう。


「これは、初期装備ってところかな」

「神様のプレゼント? これで頑張れっていう感じかな?」


 と呟きつつ、箱の蓋を開けてみる。


……


 バックパック

 ラージザック(大袋)

 スモールザック(小袋)

 着替え×3

 肌着 ×6

 松明 ×2

 火口箱×1

 保存食(ビーフジャーキーのような干し肉とカンパンのような硬いパン)×21食分

 革の水筒

 麻の小袋(小銭入れ。転生先の通貨が少々)


……


 以上、この荷物が箱の中に綺麗に収まっている。

 どうやらこれが二人の初期装備であるようだ。

 そして一つ一つのアイテムを手にとって調べてみると、全てに【God's gift(神の贈り物)】と表示されているように感じた。

 目には見えていない。けれど、これらにはすべて神の加護があるらしい。

 効果は【破壊不可】と【オーナー限定】。

 絶対に壊れず、二人にしか使えないものという感じだろう。


「……ま、まあ、そこそこチートなのかな」

「ああ。どうしようか?」

「この手のパターンとしては、スキルとかLevelとかステータスの方がチートの可能性もあるよなぁ」


 善はそう告げて、静かに瞑想する。

 精神集中。

 趣味がボティビルとオンラインゲームである彼にとっては、瞑想はボディビルの為のルーティンワークのようなものなのかも知れない。

 そして真央はというと、オンラインゲームとアニメ・特撮をこよなく愛する男。

 ならばやることは一つ。


――ババッバッ!!

どこかの特戦隊のようなポーズをして


「ステータスウィンドゥ、オープン」


 と叫ぶ。

 そして目の前の空間にあるであろう何かを探している。当然、そんなものはない。

 判っていますよ。そんなに甘くないっていうことは。


「かーみーさーまー。せめてチートスキルか何かつけてくださいよぉ。現代世界からアイテムが買えるネットスーパーとか、魔王クラスのステータスと潜在能力を秘めたスライムボディとかぁぁぁぁ」


 そう絶叫してみる。


「携帯でもあれば、異世界でも通用する万能携帯っていうのを頼むという手もあったのだけれどね。確かそんなラノベもあったよな、もしくは‥‥駄女神か?」


 善の冷静なツッコミ。

 流石であるとだけ告げておこう。


「なんとなく判ったが、さっき店長のいってたネットスーパーとか魔王さまとかは、俺達の神様の管轄じゃないみたいだな」

「駄女神も万能携帯も?」

「そうだね。そのへんはすべて可能性はないね。神様が違うみたいだからなぁ」


 善がそう告げながら、目の前のなにもない空間で何かに触れている。


「……なにか判った?」

「んー。俺が転生後はストームということ。で、店長は多分転生後はマチュアになるんだろうということは、だいたい理解した」

「あー、済まないが君の話の意味が判らん」


 ちなみに、この【ストーム】と【マチュア】。

 ストームは善がよく使うネットゲームキャラクター。そしてマチュアは、真央が使っているゲームキャラクターである。


 善の言葉の真意が、今ひとつ汲み取れない真央。


「つまり、神様のあの言葉の真意が理解できたということだ」


 そう告げると、突然善の外見が切り替わる。

 銀色の全身鎧に銀のカイトシールド、腰には綺麗な装飾の入れられたミスリルのロングソードを携えている。

 ネットゲームでのストームのキャラクタークラスの一つ、聖騎士パラディンである。

 加えて善の外見まで、ショートカットの渋いお兄さん系に変化している。

 しかし、筋肉量バルクが凄い。

 流石は現実世界で『哲学する獅子』の異名を持つ、筋肉系接骨医なだけのことはある。


「すっげー。それどーやるの?」


 なんか真央はワクワクしてきた。


「うーんと、頭のなかでステータスウィンドウを開くイメージで。そうしたら目の前にウィンドウが開くはず。そこにコマンドが並んでいるから、そこにある【モードチェンジ】をクリックするとこうなる」


 簡単にそう告げるけど、無理です。

 とばかりは言っていられないので、意識をそのステータスウィンドゥに集中する。


【endless end for nextrun】

 

 そう何かが脳裏に語りかける。

 先程の優しい女性の声で。


(んーと。ステータスウィンドゥオープン?)


 その刹那、脳内から目の前、およそ30cmほどの中空にステータスウィンドゥが現れる……が

 目の前にはよく見ていた光景が広がっていた。

 俺が普段使っていたiPhone6+の画面。

 いくつものアイコンが並んでいるおなじみの光景である。


「あー、これ、俺のiPhoneの画面ですわ」

「同じく、俺のはエクスペリアだな」


 どうやら神様、俺達の脳内からいろいろなデータを読み込んだ挙句、このような色々混ざった構成にしたようである。

 とりあえずは画面をじっくりと見てみる。

 そこには普段使っていたアイコンは一切存在せず、幾つかの見たこともない不可解なアイコンが並んでいた。

 そのアイコンの下には、それぞれ【モードチェンジ】【GPSコマンド】【ステータス】と書いてある。

 これが神様の言っていた『ある程度の保証』なのかなぁと思いつつ、真央はステータスと書かれているアイコンに触れた。

 すると新しい画面が展開し、そこによく見るオンラインゲームのアバターと、そのステータスが表示された。


……


【モードチェンジ・マチュア《リミット》】

名前 :マチュア

年齢 :18

性別 :女性

種族 :ハイエルフ

 

体力 :470

瞬発力:480

感覚力:490

魔力 :780

心力 :440


スペシャルアビリティ:

 調理、雑学、ジョブコントロール

 コンバット、ギャザラー、クラフト

 アビリティリンク


……


 うむ。まったく判らない。

 自分のステータスではなく、どうしてゲームのアバターなのかがよく判らない。


「キャラクターのLevel、ないよな」

「うーん、スキルもないね。HPもMPも表示されていない」


 そう呟きつつ、スペシャルアビリティの欄にある【ジョブコントロール】の部分に触れてみる。


【ジョブコントロール・スタート】


 そう脳裏に何かが響く。

 と同時に脳内に【スキル】と呼ばれるものが次々と流れてくる。


「あー、これがスキルか。Levelはここにあるのか」


 さらに詳しい説明を確認する。

 スキルとは、これから向かう世界の法則性の一つらしい。

 その世界では、スキルというものをどんな人間でも得ることができる。

 誰でも成人すると【神聖教会】と呼ばれる場所で【神の祝福】を受ける。

 そのときに教会から発行される【魂の護符プレート】と呼ばれているものに、その人物に対して世界から与えられたスキルが表示されるらしい。

 これは所有している者が成長することで増えたりもするようだ。


………


【NL】1~99  一般知識。大半の人間はここにあてはまる。

【Sk】100~199 スキルド、冒険者や専門職の大多数

【EX】200~299 エキスパート、ベテラン冒険者や特出した専門家の技術や知識

【MS】300~399 マスター、達人クラス、世界にはほんの一握りのレベル

【GM】400~500 グランドマスター 超人分野、殆ど存在しない筈


………


 先程のステータスウィンドゥに書かれていた【スペシャルアビリティ】という部分が、二人にとってのチートスキルであるということが判った。

 その分野についてはすべて【GM】クラスらしく、それ以外の雑多なスキルはだいたいが【EX】か【MS】で補われているらしい。

 一通りの説明を確認すると、二人はお互いにモードチェンジした。

 先程も見たショートカットの騎士のストーム。

 うむ、ゲームの中でよく見ていた渋い男性になった。

 ただ、全体的に筋肉のボリュームが増えているのは、恐らくは元々の人間の趣味も加味されての事だろう。


「さてと‥‥まあストームだよなぁ」


 俺は目の前に立っている【渋い兄さん】にそう問いかける。

 外見はというと歳にして25~30、きれいなショートカットのブラウンヘアー。

 うむ、よく見たストームである。


「ああ、モードチェンジで俺はストームになるみたいだな。今のクラスはパラディンか。確かあのゲームでは『君主ロード』だった筈だが、その辺りは世界に合わせて変化したという感じか。それでそっちはマチュアなんだな」


 と告げるストーム。


「あーーなるほどねっと、おい!!」


 慌てて服装を確認する俺。

 草色のワンピースにバックパック。

 腰には本を下げるためのアタッチメントのついたベルト、そして巨大な魔導書。

 ちなみにマチュアとは、俺が扱っていたネットゲームのアバター名である。

 魔法使い主体にしたかったので、知力と魔力の高い女性エルフのアバターを選択したのであったが、それがここにきて災いした。

 今の俺、女性エルフです‥‥。


 はいそこ、ネカマ言わない。

 ネットゲームの本来の意味合いの一つである『ロールプレイ(役割を演じる)』を忠実にやっていただけである。

 決してネカマではない、そこんとこヨロシク。


「さて、それじゃあ、せっかくなので俺は店長を『マッチュ』と呼ぶとするか」


 マジですか?

 普段のネットゲームのときの俺の呼び名が【マッチュ】であるのだから、まあしゃーない。

「な、なら善は【ストーム】で。これで暫くはなんとかしよう。とりあえず自分たちがどれ位チートなのか調べてみるか」


──ゴォォォンゴォォォォンゴォォォン


 と、突然鳴り響く鐘の音。


「時間か。まだ調べ終わっていないのだが」

「まあ、転生先で調べてみようぜ」


 そして二人の体は白く輝き、静かに消え始めた。


「それじゃあ、あっちの世界でまたな」

「おう、ストームも元気で。何処かで会おう」 


 その言葉と同時に、真央と善、二人の転生は開始された。

 こうして、真央と善の果てしない物語は始まった。


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