相坂家の戦い方
『邪魔しないで!』
彼女の声が、表情が頭から離れない。
何度も脳内で繰り返される一言で思考が働かない。
どのくらい働いていないかというと、的を探すのを忘れてゴールしてしまう程だ。
「何やってんだろ……」
幸いというべきか、真っ直ぐゴールしたおかげで残り時間を二十分ちょっと残すことができた。好成績というわけでは無いだろうが、これで落第とはならないだろう。
「お疲れ。随分早く戻ったようだな」
「ええまぁ。それよりいいんですか?生徒会副会長が受験生に絡んでて」
「絡むとは失礼なやつだな。いいんだよ。私の仕事は大体終わったしね」
「そうですか」
「それにこれが今日最後の仕事だからね」
「それってどういうっ__」
突然俺の手を引いて走り出す副会長さん。
どこに行くんだこの人。
連れられるまま施設の階段を降りると、バスケットコート二つ分ほどの広い空間に出た。
「来たか。お前が相坂嶺緒だな。俺は二次試験の監督を任されてる大友だ」
「はぁ。どうも」
二次試験か。すっかり忘れていたな。
見たところ何も無いが何をするための部屋なんだろうか。
「早速試験内容の説明に入るぞ」
「よろしくお願いします」
「二次試験は単純明快。この俺と一対一で戦うことだ」
なるほど。一次試験では機動力と探索力、二次試験では戦闘力を計ろうというわけだ。よく考えられた試験だな。
大友と名乗る男は身長は二メートルに届きそうな巨体だ。普通にやってもまず勝てる相手では無いが審査基準はどうなっているのだろうか。
「早速始めようか」
そう言って指をポキポキと鳴らす大男もとい大友試験官。ちょっと、いやかなり怖い。
「安心しろ。試験だから俺から怪我をするような攻撃はしない。もちろん魔力も使わん。逆にお前は好きに使っていいぞ」
流石に遠距離攻撃はダメだがな。と付け加えて、笑いながら構えをとる大友試験官。だから怖いって。
俺は魔力使っていいのか。だがやはり魔術は使えない。一次試験の〔ソナー〕のような魔力操作による身体強化なら大丈夫だろうが、どうせならフェアに行きたい。
まずは俺も魔力無しで挑ませてもらおう。
「行きます」
「来い‼︎」
次の瞬間、俺の左踵が大友の脇腹を捉えた。
「ほぉ。なかなかの速さだ」
相坂流蹴撃術初伝[飛扇]。躰道の海老蹴りを元に編み出された後ろ回し蹴りが刺さる……はずだった。
「避けるのかよ」
「はっはっは。当ててみるがいい!」
「ならこれならどうだ?」
「ん?今度は消えるか」
相坂流歩行術初伝[盲脚]。相手の視界に存在する盲点に入り込み、自らの姿を隠す技だ。相手の目の動きに合わせ続けなければならない難易度の高い技だが、相坂流では基本の型として扱われる。
続けて背後に回り込み、もう一度[飛扇]を撃ち込む。
「ぐっ……。やるではないか。だが軽いな」
大友は俺の足を掴むと、ハンマー投げのように振り回した。
激しい回転と頭に登る血で段々と気分が悪くなってくる。
数秒間振り回した後、そのまま勢いよくぶん投げられた。
「ごはっ⁉︎」
咄嗟に受け身をとるが、背中を強く打ってしまい肺から空気が吐き出された。
振り回されていたこともあってか手足が少し痺れている。
「怪我をするような攻撃はしないんじゃなかったのかよ」
小声で毒づくが、この程度で怪我とは言えないのも理解できる。
冷静に息を整えて大友を見据える。やはりフェアにやろうとすればこうなるか。
「どうした?もう終わりか」
「まさか、ここからですよ」
全身に魔力を巡らせ、身体機能を高める。
相坂流蹴撃術奥伝[韋駄天脚]。今の俺では身体強化を併用しないと扱えない相坂流の奥義とも言える型だ。
さっきまでとは比べ物にもならない速度で距離を詰め、真正面から蹴りを入れる。
流石と言うべきか、大友は防御に成功した。顔面を狙ったのを腕で受け止めて見せた。
「ククク……ハハハハハハハハ」
そのまま攻撃を続けようとすると、突然大友が大声で笑い出した。
「いやーまいったまいった。まさか十二に子供に腕を折られるとは思わなかったぞ」
そう言って腫れ上がった腕を見せてくる。やっておいて何だがあまり見せないでほしい。
「それじゃあ試験は……」
「うむ!もちろん合格だな」
「相坂くんおめでとう。四月から同じ学園の生徒だな」
なんだまだいたのか副会長。
「ん?何でまだいるんだ有村」
「別にいいじゃないですか。他にやることもありませんし」
有村というのかこの副会長。一応覚えておこう。
「制服とか資料とかは後日家まで送られるから今日はもう帰っていいぞ」
「わかりました」
「気をつけて帰るんだよ」
こうして意外にもあっさりと試験は幕を閉じた。
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