第63話 戦姫神アルベスタ

「え~っと。それじゃあ席は取りあえず……」


 戻って来た知内が教室を見渡す。


「先生」

「ん?」


 アルベスタがどこかを見つめ、そこを指差す。


 彼女の視線の先に居たのは、俺だった。


「彼の隣が良いです」

「!?」


 アルベスタが静かにそう言うと、教室がざわざわとし始めた。


 ……どういうつもりなのだコイツは。


「ダメでしょうか、先生?」

「あ~、いや。別に」


 どこか納得できない様子で知内は頷いた。


 南と加賀に指示し、彼女の机を俺の隣に運ばせる。


「よろしく」


 アルベスタは俺に向かって軽く笑うと、新品の椅子に腰かけるのだった。


〈驚かせてしまったかな、凡野蓮人くん?〉


 授業が始まると、アルベスタはまたしても、直接頭に語りかけてきた。


 彼女も【伝心】かそれに近い【スキル】を保持しているらしい。


〈この【スキル】が気になるのか?〉


 心を読んだかのように、そう言ってくる。


〈この【スキル】は【テレ・パシオス】──神々がグラン・ヴァルデンの住人に天啓を与える際に行使する能力ちからだ。お前も有り難く受け取るのだぞ? この私からの天啓を待ち望むものは、グラン・ヴァルデンに溢れんばかりに居るのだからな〉


 勝手にぺちゃくちゃと喋りつづけている。


 当然のように異世界グラン・ヴァルデンのことも知っている。コイツはやはり──


〈そう不審がるなよ、凡野蓮人くん。なぁ? ヴァレタス・ガストレットよ。フフ……。私が誰なのか、そろそろ教えてやろうか?〉


 そう言うと、勿体ぶって一呼吸を置き彼女は続けた。


〈聞いて驚くなよ? 私は創世の女神ディアベル様に仕えし戦姫神ヴァルキュリアにして、十二人の戦姫神を統べし存在……。最上位戦姫神エクスキュリアアルベスタだっ!!〉

〈なるほどな。あの女神の眷属だったか〉


 俺は【伝心】で返した。


「んなっ!?」


 ガタンッ!!


 アルベスタが驚愕し、勢いよく立ち上がる。


 今までの落ち着き払った顔が一変し、表情を強張らせていた。


 生徒たちも何事かと驚いて彼女を見上げた。


 授業をしていた教師が戸惑いがちにアルベスタに聞く。


「ど、どうかしましたか?」

「い、いえ。なんでもありません、コホン」


 咳払いして、彼女は席に座り直した。


 そしてジロリと横目で睨んできた。


〈きっ、貴様、なぜ【テレ・パシオス】を使えるっ!? 事前情報では、この【スキル】は得ていなかったはず! そもそもこの【テレ・パシオス】は神のみが使える最上位の技術なのに!〉

〈ふん! 俺があの頃のまま成長レベルアップと止めているとでも思ったか?〉


 俺は黒板を見たままそう返した。


〈それにこれは【テレ・パシオス】などではない。【伝心】だ!〉

〈でっ、でんしん、だと?〉

〈そんなことはどうでもいい〉


 俺は戸惑う彼女の言葉を遮った。


〈お前は何故、こっちへと来た。目的はなんだ?〉

〈フフフ、気になるか? 私が転生してきた理由が?〉

〈転生してきただと?〉

〈ああ、とある任務のためにな。 知りたいか? ならばこの後、屋上へ来い!〉


 アルベスタが俺を見やってニヤリと笑った。


 ……また面倒なことになりそうだ。


 休み時間に屋上へ行ってみると、アルベスタは一人で待っていた。


「やっと来たか」

屋上ここ、生徒は立ち入り禁止だぞ」

「ならば余計に都合が良い」


 そう言うと、アルベスタが俺に向き直る。


 黙って俺を見つめた。


 そしてツカツカと俺に歩み寄ってくる。


「なんだ──」

「てぇい!!」


 どこからともなく取り出した茶色いスリッパで、俺の頭を引っ叩いた。


 スコ──ンッ!


 気持ち良いくらいに間抜けな音が響く。


「オイ貴様、今、何レベだよ!?」

「何レベ、とは?」

「レベルだよ、レベル! 何レベかって聞いてんだよ、あぁん!?」


 ホームルームでの大人びた雰囲気はどこへやら。町にたむろする不良と変わらぬ口の悪さだ。


「5000だが?」

「5000っ!? ごごご、5000っ!?」


 トコトコトコッと後退りして大きく仰け反った。


 かと思うと、今度は胸ぐらを掴んでくる。


「っっざけんなよ、てめぇ!? 人族ヒトゾクの分際でレベル1000超えるとか、アホか────ッッッッ!!!!」


 天に向かって叫ぶ。


「騒がしい奴だな、お前」

「てめぇ、グラン・ヴァルデンでも最終レベ37564だったよなぁ!?」


 こちらの言葉は無視して、今度はそう聞いてきた。


「それがどうした?」

「どうした、じゃね────っ!! 法外なんだよ!! 人外なんだよ!! 神龍かおめぇは!? 魔人か!? ふざけてんのかよ!?」

「ふざけてなどいないが?」

「てぇい!!」


 スコ──ンッ!


 もう一度スリッパで叩かれた。


「いいか、よく聞けよ!? 貴様のステータスは現時点で既に、こっちの世界標準から大きく逸脱してんだよ。もちろん遥か上にな? 天元突破してんだよ」


 腰に手を置くと呆れたように息を吐いた。


「お前は既にグラン・ヴァルデンの獣人族の肉体と妖精族の魔力を兼ね備えている。こんな存在はこっちの世界には居ないはずだ」

「だからどうした?」

「もう十分のはずだ。て言うか、十二分すぎるんだよ」

「俺はそうは思わない」


 きっぱりとそう返す。


「俺はヴァレタスを、超える。いずれレベルも37564を超えるつもりだ。最近も実力不足を痛感していたところだったからな」


 そう言うと、アルベスタが目を見開いた。


 眉を怒らせて俺を睨みつける。


「もうこれ以上強くならなくていいっ! レベルアップ禁止っ!!」

「なにを言っているのだ、お前は」

「いいから禁止っ!!」


 俺の眼の前で、腕を大きく振る。


「でなければ、私は戦姫神の能力を解放し、貴様を討伐せねばならない!!」

「ほう……、勝てるかな?」

「フン! 随分と余裕じゃないか、凡野蓮人くんよ?」


 不気味にアルベスタが笑った。


「お前も【鑑定】が使えるのだから私のステータスは視えているのだろ? だが、残念だったな。お前が視ているのは私が自ら封じた抑制されたステータスだ。最上位の戦姫神がこの程度のステータスな訳が無かろうが?」


 アルベスタがおもむろに両手を広げる。


「【神力解放】!!」


 周囲に風が吹き荒れはじめた。


 彼女の能力値と根源値が跳ね上がっていく。


「更に、【神器解放】!!」


 彼女が頭上に手を掲げると、頭上が金色に光り輝きはじめた。


 そしてとても巨大な両刃の戦斧が出現する。


 白銀を基調とし、ところどころに黄金が輝く。斧の表面には花の紋様があしらわれていた。


 彼女の容姿とよく似合う優美な武器だった。


 唯一、その巨大さを除いては。


「戦場で私が最も信頼する戦友──【怒れる戦姫神の大戦斧ラブリュス・イヴ】。彼女と共に数多の戦場を駆け、多くの猛者たちを屠って来た」


 アルベスタが、片手で軽々と巨大な戦斧を振り回しはじめた。


 彼女の瞳が鋭く輝く。


「……本当に、戦う気なんだな」

「いっただろ? これ以上強くなる前に、貴様を討伐する」


 アルベスタが身構えた。


「凡野蓮人、覚悟っ!!」

「なら、場所を変えよう」


 溜息交じりに俺は軽く返した。


「なんだと?」

「ここは目立ちすぎるからな」


 と言った次の瞬間に、【飛翔】にて真上に飛んだ。


 彼女を残し、瞬く間に空の彼方へと上昇する。


「くっ! 待て!!」


 ドヒュ────ッッ!!


 屋上を蹴立て、すぐにアルベスタも追って来た。


 能力を解放した彼女の跳躍によって、風が波動となって放射状に広がる。校舎の窓枠をガタガタと揺らした。


 ゴォォォ──!!


 アルベスタは音速で俺を追尾してきた。


 この高さなら問題ないだろう。


「逃げても無駄だ!!」


 俺の前に回り込む。


 武器を突き付ける。


「逃げるつもりは無い」


 俺はアルベスタに向き直った。

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