第43話 現実世界でも、水晶はやっぱり砕ける

 桃太郎の子孫、桃斬太郎が全身包帯の残念な格好で吠える。


 どうやら今度は、俺を百鬼夜行を引き起こした謎の少女──闇の巫女と思っているらしい。


「俺が少女に見えているのか? であれば眼も治療してもらった方が良いな」


 俺は肩を竦めて皮肉で返した。


「な訳あるかよ」

「けど、鬼はなんにでも姿を変えられるからね」


 仲間の犬崎や雉山が口を揃える。猿田は無言で何度も頷いていた。


「鬼なのか巫女なのか、ハッキリしてもらえないか?」


 支離滅裂で反論する気にもなれない。


 呆れて溜息が漏れる。


「黙れっ!」


 桃が地団駄を踏んだ。


 足は問題なさそうで良かったよ。


「どちらにせよ、お前は人じゃない! でなければ、俺らが負ける筈はない!」

「佐野や瑞浪から聞いたぞ、お前は酒呑童子や玉藻も匿っているらしいな」


 仏頂面のまま猿田が言う。


「匿ってなどいない。彼らは立派に働いているぞ」

「なっ!? 酒呑童子は言わずもがな、九尾の狐も京を混乱に陥れた伝説の妖怪……、そんな連中を世の中に解き放つとは、なんと不届きな!」


 今度は険しい顔つきになった。


「酒呑童子もあの女狐も、京人の宿敵……」


 桃が目を細めて、俺に握り拳を見せつける。


「ほかの鬼や妖怪ともども、俺たちが必ずこの手で追い詰め


 その言葉に、指先が僅かに震えた。


 三人を順に見据える。


 最後は睨みつける桃の視線を真っ直ぐに、捕らえる。


 四人がたじろいだ。


「あくまで彼らに手を出すと言うのならば、この俺が相手になろう」


 静かに、だが明確な口調で、告げる。


「理由なき暴虐な振る舞いなど、俺は許さぬぞ」


 四人だけでなく、法師や卑弥呼や大国主までもが思わず息を呑んでいた。


「そこまでだ!!」


 外から声が飛ぶ。


「卑弥呼様、大国主様の御前であるぞ! 控え居ろうっ!!」


 ぞろぞろと九名、部屋に入って来る。


 訳知り顔で上座二人の前に二列に並んだ。


「なんだ、この連中は?」


 誰に言うでもなく問うと、法師が慌てる。


「たっ、大将の皆様です、凡野様!」


 畏まるように身振りで指示する。


鏖殺おうさつ隊は第九陣まであり、それぞれの陣に複数の隊が属していますが、この方々は各陣を纏める大将なのです」


 幹部クラスという訳か。


 改めて見ると威風堂々として貫禄は、ある。


 若者も交じっているようだが、年齢層は高めだ。山伏や法師、巫女の姿をしているものから、平安時代の貴族や戦国武将、侍のような衣装のものまで居る。


 まったくバラエティー豊か連中である。


「君が凡野蓮人くんかい?」


 侍風情がそう聞いてくる。


 畏まる法師の横で、俺は黙ったままただ、肯く。


「……うん! 度胸も据わってるし、こいつぁ、なかなか強いわ!」


 山伏風情は俺の全身を品定めするように眺めると、顎を触りながら笑った。


「それに身内から溢れ出る霊力もかなりのもの……」


 巫女風情が静かに言った。


「凡野蓮人よ」と大国主が呼びかける。


「これからお前を詮議にかける。そなたの能力ちからを試させてもらうぞ」

「鏖殺隊に入りたくば、その詮議を通過し、我らと大将たちに認められる必要があるのじゃ」


 卑弥呼がそう続けた。


「皆、通る道じゃよ」

「百鬼夜行を止めたという話に嘘偽り無くば、詮議にて示して見せよ、凡野蓮人。話しはそれからだ」

「いいだろう」


 卑弥呼が桃たちを見やる。


「お主らも参加せよ、桃よ」と呼びかけた。


「この者は、我らの仲間になるかもしれぬのじゃ。その眼で、この者の能力を見定めるがよい」

「喜んで見学させてもらいますよ」

「フフッ! じっ~くりと品定めさせてもらうワ~」


 四人が俺を見て笑った。


「さてさて、俺たちも楽しませてもらうかね!」

「ええ」

「ただ、鳴り物入りで登場した奴が大したことないことも多いからなぁ……」

「フフフ! 確かにそうですね」


 談笑しながら幹部連中も出ていく。


「……」

「どうしたのじゃ、早うせえ」


 卑弥呼に急かされ、俺も部屋を出た。


 幹部連中のステータスを視て、少々気になることがある。何らかの【精神異常】が見られるのだ。


 表向き平静を装い軽口を叩いていたが、この連中からはどこか悲壮感のようなものも漂っている。


 やはり、何かを隠しているようだな……。




 俺は退魔殿の裏庭へ通された。


 崖が抉れて窪んでおり、そこに木の台座が置かれ、見上げるほどに巨大な水晶の原石が据えられていた。


 水晶に手を触れるように指示される。


「まずは其方そちの霊力を査定させてもらおうかのぉ、ふぉっふぉっ!」


 卑弥呼が怪し気に笑う。


「この水晶は霊力に反応して光を放つのだ」


 大国主が水晶を見上げる。


「かの安倍晴明の霊力は水晶全体を眩く光らせ、夜でもまるで昼のようだったとか」

「歴代の陰陽師たちも、この水晶で己が実力を測って来たんだ。勿論、俺たちもな」


 平安貴族風情の男が口を挟んできた。


 恐らく、陰陽師なのだろう。


「お前の霊力は相当なものと見えるが、変に加減するんじゃねぇぜ?」


 片方の眉を上げ、やや脅すように笑った。


「霊力は俺たちが戦うための要だ、あり過ぎて困ることは無い。裏を返せば、この霊力測定で失格になる奴がほとんどなのさ」

「お前の全力、見せてみなさい!」


 腕組みをしたまま、同じく陰陽師らしき女が言い放った。


「いいだろう」


 確かに、ここまで来て失格など話にならぬ。


 俺は水晶に手を置いた。


 今の俺の全力、見せてやろう。


 ごお……っ。


 俺の魔力を感じ取り、後ろの連中が慄く。恐怖さえしているようだった。


 俺は構わずに、放出量と放出力最大で水晶に魔力を注いだ。


 一瞬にして水晶全体が閃光を放つ。


「うっ!!」

「なっ、なんだっ!?」


 後ろで連中が慌てている。


 ピシ────ッ!!


 閃光と同時に、ガラスが割れるような音が響いた。


 そして次の瞬間……。


 バリ────ンッッ!!!!


 水晶は文字通り粉々に砕け散った。下半分を僅かに残し、ほぼ霧散する。


「!?!?!?」

「あ」


 間の抜けた声を出してしまった。思わず後ろを振り返る。


 すべての連中が口をあんぐり開けて驚嘆していた。


「すまない」


 そう言う俺を押しのけ、連中が水晶に駆け寄る。


「ああ──っ!!!!」

「水晶がぁっ!? 大切な水晶がぁぁっ!?!?」


 慌てふためいている。


「平安の御代より、私たちの霊力を測って来た大切な水晶が──っ!?」

「貴様、よくもっ!!」

「何をしているのですかっ!?」


 先ほど俺を焚きつけた二人の陰陽師が掴みかかって来た。


「本気を出せと言ったのはそっちだろう」

「だっ、だがっ! コレッ!? こんな、破壊する奴があるかぁっ!!」

「水晶の許容を超える霊力なんて、聞いたことがありません!!」

「マジで化け物バケモンかよコイツ……」


 桃が青ざめた顔でぽつりと言った。


 その後、俺は戦闘能力を対人戦形式で試された。


 関ケ原最強の武将、可児かに才蔵さいぞうの子孫を名乗る双子の姉妹とその兄を秒殺し、詮議は終了。俺は取りあえずは合格となった。


「勝手に話を終わらせるな」


 解散の雰囲気を出している連中に、俺ははっきりとした口調で言った。


 皆がこちらを見る。


「どうしたのだ、凡野よ?」

「何か不満でもあるのですか?」


 幹部たちが聞いてくる。


 だが俺は、まっすぐ卑弥呼と大国主だけを見た。


「お前たち、まだ何か隠しているだろう」


 俺の視線を躱すように、二人がその場を去ろうとする。


「詮議は終わりじゃ」

「お前の配属は追って知らせよう。期待しておるぞ、励めよ」

「待て」


 そう命じ、止める。


 そんなはぐらかしなど、俺には通用しない。


「気になることがある」

「なんだってんだよ、さっきから。ウゼェぞ、お前」


 桃が腰に手を置いて呆れている。


 俺は卑弥呼を見て、疑問に思っていた点を突いてみる。


「邪馬台国の時代に鬼門が開き、その時に禍つ神を封じたのが初代卑弥呼だと言っていたな」

「その通りじゃ」

「お前はその時、こう言った。卑弥呼や邪馬台国の人々が、と」


 卑弥呼と隣の大国主が僅かに身体を強張らせる。


 幹部連中も、微かだが精神に動揺が見られた。


 俺は核心に触れる問いを投げかける。


「戦いの中で死んだのではなくまるで、ような口ぶりだったが、教えてくれ。その時、卑弥呼らはどうやって鬼門を閉じ、禍つ神を封じたのだ?」

「……」

「だんまりで済ます気か? 答えよ、卑弥呼、大国主。お前たちはどんな策を講じるつもりなのだ?」


 大将たちのステータスは、桃や佐野らよりも皆強い。


 だが正直に言って、百鬼夜行の鬼や妖怪たちよりも遥かに劣っている。俺が鍛える前の妖怪の中級レベルがいいところだ。


 禍つ神は、ほぼ間違いなく鬼や妖怪たちよりも遥か格上の存在だろう。この者たちでは到底歯が立たない。ここの連中──特に大将以上は、それを承知しているのではないだろうか。


 その時に、それでも禍つ神を封じる秘策があるとすれば……。


 黙って俯いていた卑弥呼がゆっくりと顔を上げた。


 今までにない怒りや悲しみの色を浮かべ、俺を睨む。


「部外者が口を挟んでよいことではない!」


 絞り出すようにそう言った。


 俺は周囲の反応を観察する。


 大国主は強く目を瞑り、口をきつく結んでいる。幹部連中にも悲壮感や焦燥感、罪悪感などが滲み出ていた。


 だがその一方で、法師や桃たちは困惑を隠せない様子だった。卑弥呼らの反応を見て、動揺しているようでもある。


 やはり大将以上しか知らないのか……。


 基本的に情報は、どんな些細なことでも末端まで行き渡らせるべきもの。

 

 だが軍略として、情報を統制し【伝えない】のも一つの手ではある。


 が、それはあくまでも【伝えないことが勝利に直結する】局面において有効な一手だ。犠牲を極力減らし、勝利の確率を上げるために。


 今回この連中がやろうとしていること、薄々理解は出来た。だが、かなりの悪手であろう。


 上層部が負け戦と決め込んでいるのだからな……。


「そう言えば、もう一つ、話が途中だったな」


 黙ったままの卑弥呼と大国主に呼びかけた。


「なんじゃ?」

「もう話は済んだだろう」


 俺は二人に向き直った。


「はぐらかすな。俺たちの参戦の条件だ」


 二人を見据える。


「俺の仲間──鬼や妖怪には今後一切手出ししないと誓約してもらおうか」


 その発言に、その場のものたちが慄いた。


「なにを急に!?」

「馬鹿なことを言うなっ!」

「お前ふざけてんのかよ!」


 桃が非難するように手を広げて見せた。


「俺たちは鬼退治を生業にしてんだぜ!?」


 桃の言葉にほぼ全員が同意して頷く。


「鬼や妖怪を野放しにしたらどうなる!? 人間が襲われるに決まってる! お前は人間が危害に遭っているのを黙って見過ごせってのかっ!?」


 相手の感情的な言葉を、俺は一切受けることなく、流した。


 その話は先程、この二人と既に終わらせている。


 俺は卑弥呼と大国主を見やった。


「時間をやろう。ゆっくりと考えることだ」


 こちらから切り出した話を、俺はわざと打ち切った。


 【飛翔】にて、空高く舞う。


 俺の飛行能力を知らぬ連中が、それでまた驚いた。


 桃たちを、大将たちを、そして卑弥呼と大国主を見下す。


 そして退魔殿に居る人々に聞こえるように声を張って伝える。


「ここで俺は誓おう! この度の戦いにおいて、誰一人死なせはしないと!」


 驚いて人々が空を見上げた。


「俺は百鬼を率いて、禍つ神との戦いに参戦する!!」


 もう一度、卑弥呼たちを見やる。


「だからこそ、お前たちにも俺の条件を呑み誓約してもらうぞ、!!」


 少し凄んで見せ、頑なな意思をアピールしたが、内心は割と冷静だった。


 これで交渉のための布石は打った。


「何を偉そうに!」と、桃たちが吠える。


 俺はそんな連中に笑いかけた。


 桃たちが何とも間の抜けた面になる。


「貴様らの命、しかと預かってやろうぞ」


 そう言うと、相手の反論など許さずに空高く上昇していく。


「知りたいことは知れ、伝えるべきことは伝えた! もう京に用は無い。次は青奇ヶ原にて! 武運を祈る!!」


 言い逃げをしているように見えて、これで相手も冷静になれるだろう。その時間を、のだから。


 雲間まで上昇しすると、俺は全力で空を駆けた。

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