第11話 戦いにもTPOがある
「さほど有意義なものではなかったな……」
塾帰り、星空を見上げると思わず本音が漏れた。
他校の生徒や多くの塾講師たちのステータスのデータが得られたこと以外に対した収穫はなかったからだ。
塾の講習内容が学校の授業よりもレベルが高いのは確かだ。だが所詮は中学レベルのそれを出ない。
グラン・ヴァルデンでも現実世界との差はあれど、数学や科学も一定程度発達していて、子ども時代に学習済みである。
憶えていない部分があるものの、俺にとって復習程度にしかならなかった。それは学校の授業も同じだが。
確かに英語や社会など、向こうでは得られない知識もありはする。が、トータルではやはり、塾での学習はすこぶるコストパフォーマンスが悪い。
「塾に通うくらいなら、その時間をもっとマシなことに使いたいところだな」
そんなことを思いながら歩いていると、遠くから揉めているような声が聞こえてきた。
大通りの反対側だ。奥にコンビニがあり、駐車場の隅の暗がりに人影が見えた。
【超聴野】【索敵】【暗視】など複数のスキルを発動させる。
三人の男が、一人の女の子を囲んでいた。男たちはどこかの制服を着ている。
背格好から見た感じ高校生くらいだな。ナンパでもしているのか……。
「スマートな誘い方ではないと言うか、見苦しいな」
だが、あのような場面はあっちで何度も目にしてきた。いちいち関わっていたらキリがない。
秘薬の効果も切れかけている。あまり危うきに近付くべきではないな。
俺はそう判断した。
「やめてください!」
「!!」
立ち去ろうとして足を止める。
この声は……!
もう一度、目を凝らしてよく見る。男たちの間から見えたのは松本さんだった。
「そんな怖い顔しないでよ? ちょっと遊ぼうって誘ってるだけじゃん? 別に変なことしないからさ」
「そうそう、俺たちこう見えて紳士だからねぇ」
「そこのカラオケで一緒に歌おうよ。きっと楽しいぜ? それに全部俺らの奢りだよ?」
紳士などと言っているが、三人で囲み、松本さんを絶対に逃がさないように壁を作っている。
「嫌ですって言ってるじゃないですか!」
松本さんは強引にすり抜けようとする。
「ちょっと待てよ!」
一人が無理矢理手を掴んだ。
「痛い! 離して!」
「優しくしてりゃあ、あんまり調子乗んなよ?」
「おい」
そんな三人に声を掛けた。
「「「!?」」」
びっくりして三人同時に後ろの俺を振り返る。
「あ?」
「なんだ、お前」
「その子、嫌がってるだろ。もうやめておけ」
「あぁ? 誰だ、テメェ。ガキは引っ込んでろ」
「オラ邪魔だ、邪魔! もう夜だぜ? 坊やはさっさと帰りな」
シッシッと手を振る。
「そう言うわけにはいかない」
「なに? 俺たちとケンカしたいの?」
「いいじゃん、相手になってやろうぜ」
一人が何かに気づく。俺と松本さんを交互に見た。
「お前ら、同じ制服だな。同じ学校の生徒ってわけ?」
「お、なになに? もしかして、彼氏くんの登場?」
「彼女にいいとこ見せたいってか?」
「いや、そう言うわけではない」
俺は首を振って否定した。
「俺はたまたま通りかかっただけだ」
「じゃあ、さっさと消えな」
「それはできない相談だ。早くその手を離せ。消えるのはお前たちの方だ」
「あぁ!?」
三人が俺の一言に顔色を変える。どうやら気に障ったようだ。
「イキがるってんじゃねぇぞ、中坊がよ!」
一人が胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
スッと後ろに身を引いて、掴ませない。
空振ったそいつは、勝手にバランスを崩した。
「テメ!」
「上等だ! いいとこ見せようとイキってるみてぇだけど、俺たちにケンカ売ったら怪我だけじゃ済まねぇぞ!」
「カッコいいとこ見せて、後で『ステキ、チュ♡』なんてキモイ妄想してんだぜ、コイツ」
「なんだそれ、ダセェ!」
三人が腹を抱えて馬鹿笑いする。
そんな様子を見ていると、こっちの方も思わず鼻から笑い声が漏れた。
「なに笑ってんだ、コラ!」
「調子乗ってんじゃねぇぞ、ガキの分際でよ!」
「いや、悪い。あまりに下衆の勘繰りだったものでな」
「「あっ!?」」
「マジでボコられないと気が済まないみたいだな?」
三人が完全に松本さんに背を向けて俺に向き直る。俺を取り囲むように近づいてきた。
よしよし、いい子だ。
これで三人の意識が彼女から完全に俺に向いたな。
「オラ、どした、正義の味方マン?」
「お兄さんたちが遊んでやんよ」
「彼女にカッコいいとこ見せないとな、ホラ?」
ニタニタと笑いはじめる。
俺もにこやかに笑い返した。
「な、なんだよコイツ、気持ち悪ぃ」
「笑ってねぇで、かかってこい!」
「かかってくる? まさか。体格も上で、しかも三対一のこの状況」
やれやれと首を振る。
「まともに突っ込むわけがないだろう? 少し考えりゃ猿でもわかる。な、先輩方?」
「あ?」
俺はおもむろにスマホを取り出して見せつけた。
「高校生三人が女の子をナンパしてて、嫌がっているのに無理矢理どこかへ連れて行こうとしていると、すでに警察に連絡しといたよ」
「「「はぁ!?」」」
三人が明らかに動揺した。
「ここで俺をボコボコにするのはいいが、あっという間に警察が駆けつけるぞ。俺への傷害もプラスされちゃうな、コリャ」
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
おっと、これは都合がいいな。
咄嗟に状況を利用する。
「もう来たか。さすが、日本の警察だ。だよな、先輩?」
三人を見て笑うと、三人は悔しそうに舌打ちした。
「チッ!! 逃げんぞ!」
「クソ! 憶えてやがれ!」
「今度会ったらぶっ殺してやっからな!」
お決まりの捨て台詞を吐いて、逃げ去っていく。
やれやれ、どの世界も同じだな……。
「怪我はないか?」
「うん、平気」
「そうか。よかった……、それじゃあ」
「えっ?」
立ち去ろうとしたら「待って」と呼び止められた。
「ん?」
「警察を呼んだんでしょ? 待ってたほうがいいんじゃないかな?」
「ああ、あれか? ブラフだよ」
「もしかして、嘘……?」
軽く笑って頷く。
「それじゃあ、気を付けて」
彼女と別れ、俺は道を戻った。
「待ってよ!」
「!?」
しばらく歩いていると、松本さんが追いかけて来た。
走って俺の前まで来ると、膝に手をついて苦しそうに息をする。ずっと走って来たらしい。
「もう、一人で行っちゃうんだもん……!」
「すまない」
「お礼くらい、言わせてよ」
息を整えると、背を伸ばして真っすぐに俺を見る。
「さっきはありがとう、凡野くん。本当に助かったよ」
「いや、別に」
「わたしも塾の帰り。凡野くんもでしょ?」
「ああ」
「一緒に帰ろうよ」
そう言って、松本さんが横に並ぶ。
「凡野くんって機転が利くんだね」
公園を通っている時に、そう言われた。
真っ向から戦わなかったことを言っているのだろう。
ステータス的にも、秘薬の効果があれば制圧することは容易かったのかもしれない。
だが、戦いに絶対はない。
危うくなったら隙を突き、その人にとっての大切な誰かを人質に取る。チンピラがよく使う手だ。
それに秘薬の効果も弱まりつつあり、三対一と数的不利な状況でもあった。彼女に危害を加えさせないためにも、あれが最善の一手だった。
「格好悪いところを見せてしまったな。物語に出てくるようなヒーローのように、やっつけられればよかったけど」
「ううん、そんなことないよ」
大きく首を振ると、松本さんは真面目な顔をして俺を見た。
「とっても格好よかったよ」
「そうか?」
「うん! 変に意地を張ってケンカしていたら、わたしも巻き込まれていたかもしれないもんね。そうならないために、ああいう風にしてくれたんでしょ? 素敵だよ。ケンカは、嫌だしね」
思わず吹き出す。
「な、なんで笑うの?」
「いや、まともにそんなことを言われたのは初めてで」
照れくさいものだな。
風が吹いて木々が揺れている。外灯の光でベンチが照らされていた。
「でも良かった、元気そうで。ずっとお休みしてたから、本当に心配してたんだ」
「ありがとう。俺ならば、もう大丈夫だ」
そう答えると、松本さんは不思議そうに瞳を瞬かせた。
「凡野くん、なんだか雰囲気変わったよね」
「そうか?」
「うん、姿は何にも変わってないのに、なんだか大人っぽくなったっていうか……。前はいつも不安げで、どこか弱々しいって言うか。あ、ごめん」
「構わないよ。確かにそうだったかもな」
自分自身もそう思う。
それは自分で選んだというより、長い期間のイジメによって、ゆっくりとそうなってしまっただけでもあるが。
「けど、さっきは冷静で頼もしかったよ。勇気がいることだし」
そう言って松本さんが笑う。
「凡野くんって、本当は勇気があって頼りがいのある人だったんだね!」
胸の前でガッツポーズをしてみせる。
「学校を休んでいた二週間に、色々あったんだ」
「そうなの?」
「ああ。詳しくは話せないけど、とても有意義な時間だった」
「そっか。よかったね」
しばらく公園を進むと、階段が下へと続いていた。
それを目にして、俺の足は止まった。不意に心臓が早鳴る。
なんだこの既視感は? いや、この公園は俺の家からも割と近い。知っていて当然かもしれないが。
この場所は、確か──
「ぁ……!!」
一瞬にして、脳内に色々な場面がフラッシュバックする。
「ぁぁぁぁあ────っ!!!!」
ドサ……!!
気付けば俺は全身の力が抜けて、地面に膝をつけていた。
「どうしたの!?」
少し前を歩いていた松本さんが、びっくりして戻って来る。
「大丈夫!?」
「すべて……思い出した」
「思い出した? なにを?」
彼女の声は聞こえなかった。俺は食い入るように、ただ階段だけを見つめていた。
ここは、俺が死んだ場所だ。
松本さんや信吾を見て不安になる気持ちの正体も、わかった。
すべてを、思い出したぞ!!
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