第9話 脅しは効かない

「凡ちゃ~ん、ちょっとおいで~」


 休み時間、信吾と話をしていると猫撫で声が俺を呼んだ。


 教室のドアの前に三人の少年が立っている。


 斜に構えた奴が一人と、その後ろでニタニタ笑っているのが二人。


 この三人のことならすぐに思い出せた。


 俺の身体中に痣を作り、内臓にダメージを与えた犯人──中学時代の俺をイジメていた主犯格である。


 前のが束王牙たばおうが、通称オーガ。後ろのが森戸乱児もりとらんじ門打美男かど だみお、通称モリトラとダミーだ。


「何か用か?」

「偉そうな口利くな」


 言葉を被せるようにオーガが言った。


「いいから、さっさ来いつってんだよ」とモリトラも脅すように睨む。

「いいだろう」


 溜息交じりに立ち上がる。


 信吾が不安げに俺を見る。


「ちょ、ちょっと蓮人くん」

「どうした?」

「気を付けて、またこの前みたいに……」

「おい、ゴラァ、信吾ッ!!」


 モリトラが怒鳴ると、信吾は「ひいっ!」と身体をビクリと揺すった。


「てめぇ、なに調子乗ってんだ、あ゛ぁ? てめぇもボコられてぇか!?」

「……ぅ!!」

「信吾、俺ならば問題ない」

「れ、蓮人くん。ごめん……」


 ガタガタと震える信吾の肩を軽く叩いた。


「俺に用があるのだろう。行こうか?」


 そう言うと、オーガはムスッとしたまま顎をしゃくった。


 教室を出る時、クラスから笑い声が聞こえてきた。


「調子に乗った凡人。早速、お仕置きされまーす」

「ハハハ! 当たり前っしょ! 朝からなんか生意気だしね」

「今日だけはマジめっためたにボコして欲しいわ。マジ調子乗り過ぎ」


 三人の後ろを歩きながら、俺は教室や廊下にいる生徒のステータスを確認する。


 自分のステータスがどの程度なのか、一人でも多くのデータを取りたいからな。


 それにしても、朝から【鑑定】をたくさん使ってきたので、レベルの上がりがいい。


***


【鑑定Lv.10】

対象を判別するスキル。レベルが上がるほどに対象の「真贋」や「診断」「識別」も可能となり、より詳細な情報を知ることができる。


***


「なに笑ってんだよ、気持ち悪りぃな」

「気にするな。こっちのことだ」

「はぁ!? マジコイツ、今すぐボコボコにしていい?」


 モリトラが先頭を歩くオーガに聞く。オーガはジロッと俺を睨んだ。


「後にしろ」

「どこに連れていかれるか楽しみだねぇ、凡ちゃん?」

「いや。お前らが俺を狙っていたのは朝から分かっていたからな。待ちくたびれていたくらいだ」


 とっくに俺の【索敵】に引っ掛かっていたからな。声を掛けて来るのが遅すぎると思っていたところだった。


 着いたのは、校舎の一階、階段下のスペースだった。


 ちょうど死角になっている部分だ。


 そこへ俺を連れ込むと、三人で俺を取り囲んだ。


 背後だけは取らせぬように、それとなく壁を背にし三人と向き合う。


「余裕ぶっても無駄だぜ。凡人がよ」

「お前、不登校になる前が何十年も昔みたいだって言ってたよな? ハッ! なら、たっぷりと思い出させてやろうじゃん」


 モリトラとダミーが脅すように首や拳の骨を鳴らす。


「その前に」とオーガが低い声で言った。


「お前、なんか今日ムカつくんだよ」

「そうだよな。態度といい喋り方といい。気に障るぜ」


 オーガが目をスッと細める。


「お前、俺たちのこと馬鹿にしてんのか?」

「いや」

「ホントか? 馬鹿にしてんだろ、おい? な、おい?」


 モリトラが俺の頬をぺちぺちと叩いた。


「やめろ、怒るぞ?」

「チッ!! 生意気な目してんじゃねぇ!」


 殴りかかって来たので躱す。


「なに避けてんだよ、テメ!」

「何もしていないのに殴られようとしたんだ。避けて当然だろう、阿呆」

「……っ!!」

「マジでお仕置きが必要みてぇだな!」


 モリトラと共にダミーも殴りかかって来る。


 ちょうどいい、戦闘系のスキルもレベルアップさせたかったところだ。


 それに、昨日まであった痣や内臓の鈍い痛みを思い出すと、こちらとしても思うところがないわけではない。


 【いなし】【全力】【カウンター】トドメは【致命の一撃】か。使えるだけ使おう。


 迎え撃とうとしたが──


「待て」


 先走る二人をオーガが止めた。


「勝手に話進めんな」

「オーガ」

「悪い」


 オーガが圧するように俺の前に立つ。


 オーガは三人の中でもひと際デカい。背も高いが横幅がありガタイの良い体型をしている。


「お前は、もうそれ以上偉そうに話すな」


 じっと俺を睨んだまま低い声で言った。


「まず俺じゃなくて、僕、だろ? それにちゃんと敬語を使えや?」

「なぜだ?」

「なぜだじゃねぇんだよ、口答えすんな」


 恫喝するような目で、じっと俺を見てくる。


「……」

「?」


 俺はなんの感情の揺らぎも起きることなく、しばらく彼と目を合わせていた。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……まず、謝れ」


 やっと口を開いた。待ちくたびれたぞ。


「誰に何を謝るのだ? 謝るようなことは何もしていないぞ、阿呆」

「なっ!?」

「こ、こいつ、オーガに……っ!」


 怯えたようにモリトラとダミーがオーガの顔色を窺った。


 オーガがさらに一歩、俺に近付く。


「凡人……」

「?」


 バ──!!


 急に拳を振り上げて殴るフリをした。そして、何食わぬ顔で頭を掻いてみせた。恐らく脅そうとしたのだろうが、こちらは一切動じることはなかった。


「何をしているのだ、お前?」


 俺が平然としていると、オーガは鼻の周りに皺を寄せて、気に食わないような顔つきになった。


「や~っぱコイツ、舐めてるな」

「キャラ変して自分が強くなったと思い込んでんだろ?」


 モリトラとダミーが口々にそう言った。


「なに、凡ちゃん? ネットで護身術でも憶えて来たのぉ?」

「うわ、それ超ダセー!」

「フン! 自分が強くなったと勘違いしてんのか」


 オーガも鼻で笑う。


「……はぁ」

「なにつまらなそうに溜息吐いてんだ、凡人の分際で余裕かましてんじゃねぇぞ!」

「そうだぜ! 内心、ビックビクでオシッコちびりそうなんでしょ~?」

「いや、すまなかった」


 色々と察することが出来た。


 コイツらは、


 なんだか戦意が削がれた。戦う価値もない連中だ。


 この三人のステータスをもう一度覗く。


***


名 前 束王牙

称 号 ―

年 齢 14

L v  4


◆能力値

H P    35/35

M P     0/0

スタミナ   34/34

攻撃力    40

防御力    45

素早さ    12

魔法攻撃力  0

魔法防御力  0

肉体異常耐性 8

精神異常耐性 4


◆根源値

生命力 10

持久力 12

筋 力  9

機動力  4

耐久力 15

精神力  1

魔 力  0


***


***


名 前 森戸乱児

称 号 ―

年 齢 13

L v  3


◆能力値

H P    25/25

M P     0/0

スタミナ   30/30

攻撃力    30

防御力    28

素早さ    14

魔法攻撃力  0

魔法防御力  0

肉体異常耐性 5

精神異常耐性 5


◆根源値

生命力  7

持久力 10

筋 力  7

機動力  7

耐久力  9

精神力  2

魔 力  0


***


***


名 前 門打美男

称 号 ―

年 齢 13

L v  3


◆能力値

H P    21/21

M P     0/0

スタミナ   32/32

攻撃力    27

防御力    25

素早さ    16

魔法攻撃力  0

魔法防御力  0

肉体異常耐性 6

精神異常耐性 5


◆根源値

生命力  6

持久力 11

筋 力  6

機動力  5

耐久力  8

精神力  2

魔 力  0


***


 レベルアップしたお陰で、根源値まで視えるようになっている。


 ステータスを見る限り、俺の素より三人とも強い。確かに脅威は脅威だ。当時の俺からしてもそうだったのだろう。


 だが、たとえステータス的に強いとしても、この三人に俺は、何の圧力も恐怖も一切感じることができない。


「久しぶりにお前たち三人と話して思ったんだが」

「あ?」

「以前の俺は、何故あれだけお前たちを怖がっていたのか不思議でならない」

「はぁ?」

「お前たちは、要は自分に自信がないんだよな?」

「ハッ! なんだそりゃ」


 馬鹿にしたように三人は笑った。


「お前たちの態度は自分に自信がなく弱さを自覚しているからこその、虚勢」


 その言葉に、三人の顔から笑顔が消える。


「だからこそ、自分よりも弱き者を目ざとく見つけ、加虐し、力を誇示しないとと不安でしょうがない」

「「「!!」」」

「だからこそ、俺の変化に怯え、押し込めようとしている……」


 三人に、俺は向き直った。


 モリトラとダミーの顔をゆっくりと見て、最後、オーガを見据える。


「そんなにも、この俺が?」

「「あぁっ!?」」


 反射的にモリトラとダミーがキレた。


「だが、そっちが何か仕掛けてこない限り俺は何もしない。だから安心するがいい」

「てんめ……!」

「調子に乗ってんじゃ──!?」


 すっと三人の前に手を出して、無言で制した。


「!?」

「もうお前たちと話すことなど何もない」

「待て」


 行こうとするとオーガが止めてきた。


 じっと俺の目を見たまま、近寄る。


「……」


 こちらを睨んだまま、本当に顔が触れるくらいの近さまで寄ってくる。


 次の瞬間、素早く俺の肩を捕まえると、腹へ思い切りパンチを喰らわせようとした。


 ボッ!


 ゴリ……!!


ぅ!?」


 そのパンチを難なく躱す。


 拳は後ろの壁へ当たり、オーガが顔を歪めた。痛そうに拳を握り、身体をくの字に曲げる。


 圧を与えながら近づき、相手を怯えさせる。更に意識を上へ向けさせて、意識外の腹へと一発喰らわせる。


 先ほど同様にチンピラが脅しに使う見え見えの一手だ。


 なんの【スキル】さえも使う必要がないほどに。


「今日のところは見逃しておいてやろう、今回だけだぞ?」


 苦悶の表情を浮かべたまま、オーガが俺を見上げる。


 俺はそんなオーガの頭を、ポンポンと叩いた。


 オーガの横をすり抜けてその場を去る。さっさと階段を駆け上がっていく。


「オ、オーガ……」

「大丈夫かよ?」

「俺はいい!!」


 駄々をこねるように、オーガが身を捩る。


「早くアイツを捕まえろ!! ぶっ殺す!!」


 憎しみに顔を歪め、吐き捨てるように吠えた。


 モリトラが階段を駆け上がって来る。


「待ちやがれ!」

「あ、そうだ」


 俺は踊り場でわざと立ち止り、急にくるりと振り返った。モリトラがビクリとする。


「転ばんように注意することだな」

「は?」


 ぼろん。


「フン、露出狂めが」

「??」


 モリトラの制服のズボンがスポンと脱げ、一瞬でパンツ一枚となる。


 ずりっ!


「なっ!?」


 ドタドタドタ!!


 ズボンの裾を踏んづけて滑り、盛大に転げ落ちて行った。


「なにやってんだよ!?」

「痛ってぇ!! クソが、どうなってんだ!?」


 パンツ丸見えの状態で、モリトラは首を捻っていた。


「あれ? てか、俺のベルトは??」

「ギャハハ、ダセー! なにやってんだよモリトラ!」

「馬鹿やってんじゃねぇ!!」


 だが……。


 ぼろん。

 ぼろん。


「は?」

「えっ?」


 オーガとダミーのズボンもスポポンと下へ落ちた。


 そして、丁度いいタイミングで女子生徒が通りかかる。


「キャーッ!!」


 女の子たちの声が廊下に木霊した。


「こらー! お前たち、何をやっとるかっ!」


 更に丁度いいタイミングで体育教師が駆けつける。


「は!?」

「な、なんで?」

「俺のベルトも無ぇ!?」


 騒動を聞きつけた生徒たちが集まって来た。


「なんだ、どうした?」

「うわ! アイツらパン一でなにやってんだ?」

「ヤダ! あれ二年生だよね?」

「サイテー!」


 男子生徒からの冷やかしと女子生徒からの非難の声を向けられている。


「こ、これは違うって!」

「俺たちはなにも!」

「いい加減に早くズボンを上げんか!」


 体育教師が怒鳴る。


「な、なんで!? どうなってんだよ!?」

「俺が知るか!」

「ホックとファスナーまで外れてる。いつの間に!?」


 三人のズボンはベルトが消えただけではなく、ホックとファスナーもいつの間にか全開になっていた。三人とも、それに気づけなかったらしい。


「お前たち、ちょっと職員室まで来い!!」

「なんでだよ!」

「チッ! 逃げるぞ!」

「ちょ待、うわっ!?」


 逃げようとした三人は、ずり落ちた裾を踏んづけて、ドミノ倒しのように倒れていった。


 その様子に、ギャラリーが盛大に笑った。


「ふふ、騒々しいな」


 階下の騒動を俺は鼻で笑った。


 教室へと戻りながら、三つのベルトをポンと宙に放る。


「いくら弱体化したとは言え、この程度は、な?」


 丸めた三つのベルトを窓から捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る