女嫌いが女と出会った結果…

抹茶ラテ

寄り道の物語

幕間 夢

 気が付くと俺は黒い波打ち際にいた。空は黄色で緑は太陽。気がおかしくなりそうだ。


 黒い波は急に勢いづき、大きな波となって街を襲い始めた。俺は何故か水流に襲われずただ目の前で起こった災害を見ることしか出来ない。


 黒い波は建物を侵食し、守ったはずの命を飲み込んでいく。黒い波はそれだけではなく、存在そのものも飲み込み何処かへ持っていってしまった。


 波が引くとあとに残ったのは惨状だけ。人がいた痕跡も、人が暮らしていた輝きも跡形もなく消えていた。俺はそれをただ見ているだけ。何も出来なかった。


 波に食べられていた人たちはこれまで手を差し伸べ、危機を乗り越え最後には一緒に笑いあった人たちだった。一緒に笑った人たちの顔には笑顔が消え、絶望と諦めが混ざりあい、俺を見つめていた。


「どうしてこうなった?」

「何で最後まで助けてくれなかったの?」

「お前も死ねば良かったんだ」

「お前のせいだ。お前が手を伸ばしたから俺は死ぬんだ」

「死んでしまえ」


 俺の周辺には血の匂いが広がり、足元には生暖かさを感じる。足を動かしても何も変わらない。時折柔らかい感触が膝に当たるだけ。波の色は黒のまま。何一つ変わらない。


 黒い波は静かに揺れながら人の顔を形成し始めた。顔といってもただ顔があるだけだ。目や鼻が形として存在するだけで、実際に目や鼻が存在するわけでない。顔を塗る前の人形のようだ。


「お前はどうするんだ?」


 俺の答えを求めるかのように波は聞いてきた。


 答えはとっくの昔に決まっている。


(殺してくれ)


 心の中で叫ぶ。しかし、誰にも聞こえない。波はただ揺れている。

 頭の中で思う。しかし、誰にも伝わらない。波はただ揺れている。


(殺してくれ)


「……」


 波は何も言わない。ただ液体の力が膝に伝わるだけ。黒い波は俺の足元を濡らすだけで特に何もしてこない。


 それが不気味で、気持ち悪くて体の力を抜いて黒い波に体を預けようとするが体は動いてくれない。どうやらもう俺の体ではなくなったみたいだ。俺の脳は俺を拒否する。


 青いはずの波がただ黒くなっただけ。たったそれだけのはずなのにこの気色の悪さは何だろう。赤じゃなくて青、白じゃなくて黒。本来そこに存在するはずのない色が空間を支配している。精神が音をたてながら少しずつ崩壊していく。


 俺に出来ることはただ波を見つめることと精神が崩壊していく音を聞くことだけ。逃げ出したい。だが、体は拒否する。俺の意識と反して俺の体は強制的に俺に黒い波を見せ続ける。


 現実を見ろ。逃げるな。逃げることは許されていない。


 黒い波を見つめていると色とりどりの種が浮かんできた。


 何故かその種が無くしてはいけない大事な物のように思えて必死に脳に命令を送って手を動かそうとする。そうしている間にも種は逃げていく。


 手を伸ばそうとしても手は伸びない。種は波に従って逃げていく。逃げていく種を俺は何一つ掴むことが出来なかった。


 種が見えなくなると波は少しずつ色が薄くなり始めた。まるでその種たちが波を色づけていたように。


 黒は薄くなり、少しずつ白に近づく。色が薄くなると体が徐々に動かせるようになってきた。体は動くようになったが、何故か体が重い。それにどこからか視線を幾つも感じる。


 結局、俺の体はもう俺の物じゃないようだ。俺の意識もある。体も自分の意志で動かせる。でも、自分の物じゃない。それだけは何故か分かる。


 死ぬことは決して救いではない。死んだことで救われる人なんて存在しない。ただ苦しんだまま死んでいくだけだ。死んでもその苦しみは続く。


 そんなもの救いでもなんでもない。そして、その苦しみは伝播する。苦しみは自分だけでは終わらない。ただ器を乗り換えるだけだ。


 死は救済であるなんて言った馬鹿は死ぬことを理解してなかったんだろうな。そうでなければ死は救済だなんて言うはずがない。死は誰も救わない。死が救いならばこの世の中全員死ぬべきだ。


 波はもう消えていた。波が消えたことにより地面が見える。地面は一本の道があるだけでそれ以外は何もない。太陽が緑色の光を道に照らしている。それに従えってことか?


(行くか)


 緑に照らされた道に一歩踏み出すとそこで俺の意識は途切れた。

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