双子のお姉ちゃんと異世界に転移したので二人旅をすることにしました。

ひなせまや

第一部

01. 異世界転移

「それじゃリエラ、行ってきます」

「リエラちゃん、行ってくるねぇ」

「うむ、シズクもアオイも気をつけて楽しんで来るんじゃよ」


 そう言ってリエラは、私とお姉ちゃんを送り出してくれた。ここは森の中のリエラの家。

 今日、私とお姉ちゃんはリエラの家から旅に出る。

 まさか三年前のあの日、この異世界で二人旅に出る事になるなんて思いもしなかった。でも本当に、これから楽しみだ。






「お姉ちゃーん! 電車遅れちゃうよ!」

「はぁい。今行くねぇ」


 その声がしてすぐに、玄関にいる私の耳にも足音が聞こえてお姉ちゃんの雫が二階から降りてきた。


「おまたせ蒼ちゃん。さぁ行きましょう」

「もう! 待ってたのは私なのに」


 今日はお姉ちゃんと一緒に都市部に買い物に行くお出かけだ。

 早速二人で駅へ向かって歩き出す。私たちは多分仲のいい双子の姉妹だ。

 歩きながら昨日の学校の話だったり、今日のコーデの話だったり、いつもみたいな話をしながら。いつもの姉妹でのお出かけ、いつもの道。でも、一つだけおかしな事があった。道の先に奇妙なウサギがいた事。

 まるでマンガで見た執事が着ているような服を着て、モノクルをしている。後ろ足で立ち上がった姿勢で、じっとこっちを見つめてくる。びっくりしたのはその大きさで、立ち上がった姿は私の身長の半分くらいある。


「お姉ちゃん、なんか変なウサギがいる」

「そうねぇ、あのお洋服可愛いわねぇ」

「そんな事言ってないで! じっとこっち見てるし、なんか大きいし、絶対変だよ!」


 そんな奇妙なウサギをこっちも奇妙な目でじっと眺めていると、ウサギがバタバタと前足を物凄い勢いで振り始め、そのままこっちへ近づいてきた。


「なになに! お姉ちゃん! 逃げよ!」


 私はお姉ちゃんの手を引っ張って来た道を駆け足で戻り出す。

 しかし突然、私たちの目の前に黒い円が出てきた。

 まるでブラックホールに見えたそれは、私と姉を吸い込む。私の意識はそこで途絶えた。






「起きたか?」


 誰かの声が聞こえる。目を開くと真っ白い天井があった。

 私たちは確か、出かけようとして……。そうだ、変なウサギにお姉ちゃんと……。


「お姉ちゃっ」


 慌てて身を起こした私に、同じ声が再び語りかけてくる。


「心配するな。そなたの姉も目を覚ましている」

「蒼ちゃん、大丈夫?」


 右を見るとお姉ちゃんが心配そうな顔でこっちを見ていた。


「うん私は平気。お姉ちゃんは?」

「雫も平気よぉ」

「ここはどこなの?」


 ここはどこだろう。辺りを見回すと真っ白い。白い床に白い壁、白い天井の何もない空間だ。


「ここはそなたらのいた世界と違う世界だ。我がこの世界のために連れてきた」

「は?」

「異世界旅行なんてすごいわねぇ」

「いや、お姉ちゃん、そうじゃないでしょ……。あなたは誰ですか? 詳しく説明してください」


 私は辺りを見回しながら話す。声はどこからするんだろう。前からのようでもあり、横からのようでもあって、よく分からない方向から聞こえてくる。


「このままでは些か話しにくいだろう。どれ、少し待て」


 そう聞こえると同時、目の前が光り出し、光るマネキンのような人型の物体が現れた。


「これならいいだろう。さて、質問に答えよう。我は神じゃ。そなたらの世界とは違う世界のな」

「異世界の神様がどうして私たちを攫うのよ」


 神様に不敬な言葉遣いかもしれないが、こっちは楽しみにしていたお姉ちゃんとのお出かけを潰されたのだ。勘弁して貰いたい。

 その神様は特に気にするでもなく続きを話し出した。


「我の世界では日常的に魔力を使うのだが、慢性的に不足していてな。一方でそなたらのいた世界、地球では魔力が余っているのに一切使っていない。だから定期的に地球から貰っているのだ」

「それに私たちは巻き込まれたという訳ね」

「いや、そうではない。ウサギに会わなかったか?」

「会ったわ、あの変なウサギ」

「そうそう、お洋服が素敵だったわぁ」

「お姉ちゃん、お願いちょっと黙ってて」

「そのウサギは我の眷属でな、人選を担っておる」

「人選? どういう事?」

「ウサギはより魔力をもつ人間を選定する。人間を転移させると、魔力も転移させる事が出来る。転移出来る魔力量は人間のもつ魔力量でかわる。今回はそなたの姉に白羽の矢がたった」

「お姉ちゃんに?」

「雫ってすごかったのねぇ」


 相変わらずちょっと的外れな感性の姉を無視して、私は神様に話を促す。


「通常一人ずつ行っている転移だが、しかしそなたが転移直前に介入した事で、同時に二人の転移となった。結果としてこの世界は、二人分の魔力を転移させる事が出来てよかったのだが」


 そこに件の変なウサギが現れて丁寧にお辞儀をした。綺麗なお辞儀、小憎らしいやつ。そしてよく見ると毛並みが綺麗。あぁもう、ぐしゃぐしゃにしてやりたい。じっと飛ばされた恨みも込めて睨んでいると、ウサギはびくっとして神様の足元に行き、後ろに隠れて半身を出す姿勢になった。あざとい。


「じゃあもう目的は達成したのよね。私たちを地球に帰して」

「それは出来ない。この世界で生きて貰う。転移は一方通行だ。もし仮に出来たとしても、この世界の魔力を多量に消費すると予想出来る以上、看過出来ない」

「え? じゃあもう家に帰れないの? 学校は!? お姉ちゃんとの買い物は!? 読んでた小説の続きは!?」

「異世界旅行ねぇ」

「お姉ちゃんは何で平気そうなの!? 家に帰れないんだよ?」

「雫だって不安よぅ。でも、雫は蒼ちゃんがいればどこでも大丈夫だから」


 お姉ちゃんの言葉にはっとする。そうだ、お姉ちゃんがいればどこでだって大丈夫。いつだってそうしてきたんだから。


「ごめんお姉ちゃん、ちょっとイライラしてた」

「いいのよぅ蒼ちゃん」


 お姉ちゃんは微笑みながら私の手を握ってくれた。不安なこの状況の中で、少しだけほっとする。


「過去にも地球からこの世界に人間を転移させた事がある。詫びではないが、この世界で生きるにあたってその者の願いを聞き入れる事にしている」

「その願いは何でも、いくつでもいいの?」

「構わない。ただし、この世界の魔力を多量に使わない事に限る」


 好きで読んできたファンタジー小説。まさか私が同じ状況になるなんて思いもしなかったけど、それらの知識から何をお願いするといいのか考える。


「魔法はあるの?」

「ある。人間が用いるのは、魔術と呼ばれている。魔法は精霊が使う。そなたらに魔法は使えない」

「じゃあまず、魔術を使えるようにして、それも誰も使えない程強いやつ。そのための魔力も頂戴」

「それに類するスキルを授けよう。ただし初めからではなく成長する事で習得する。また、魔力量はそなたも、そなたの姉もこの世界の人間にとっては特筆すべき量になっている」

「それでもうんと強く」

「承知した」

「スキルの成長が早くなるようにして」

「承知した」

「お姉ちゃん、どんな魔術が使いたい?」

「そうねぇ、怪我しても治せる魔術がいいわねぇ。蒼ちゃんが怪我したらどうにかなっちゃいそうだもの」

「お姉ちゃんに回復魔術の適性、私に攻撃魔術の適性を、異世界に行ったら得るであろう適性に追加して」

「承知した。そなたの姉には聖属性、そなたには基本属性魔術の適性を授ける」

「あ、蒼ちゃん。雫、色んな人とお話がしたり、その人の言葉で手紙を書いたりしたいわぁ。神様、出来たら言語を習得する能力が欲しいです」

「承知した、未習得の言語を知覚する事で、その言語を習得出来るようにしよう」

「後神様、雫はずっと蒼ちゃんと一緒にいて、どこかで暮らしたり旅がしたいわぁ。若い方が出来る事も多いと思うから、年を取らないようにしてほしいです」

「承知した。老化しないようにしよう」

「老化しないって、怪しまれちゃうんじゃ……」

「この世界には一定の割合で老化しないスキルを得る事があるから心配はいらない」

「転移する場所は絶対お姉ちゃんと同じ場所にして!」

「承知した。元よりそのつもりだ」


 他にもないか考える。魔法に憧れはあったからそれはよし。生活で大変そうな言葉もお姉ちゃんが頼んでくれた。後は、剣を振ったり殴ったりはあまりやりたくないけど……。


「剣術を使えるようにして」

「承知した。ただし元々そなたらには適性がない。実際に習うまで発現しない事にする」


 む、どうせ運動音痴ですよ。私もお姉ちゃんも運動はあまり得意ではない。


「お姉ちゃん、他に何かありそう?」

「んんっと……。あ、お金が欲しいわぁ。転移する国の通貨が欲しいですぅ」

「許可出来ない。通貨偽造はこの世界のバランスを壊す」


 何でも願いを聞いてくれると思ったのに、融通利かないなあ……。


「じゃあ換金出来る宝石をくださぁい」

「承知した。持ち物に加えておく」


 そっちはいいんだ。よく分からないなぁ。

 お姉ちゃんがこっちを見る。


「雫はもうないかなぁ」


 お姉ちゃんも、他にもうないか確認したらしい。


「もうよいか?」


 その言葉に私とお姉ちゃんは頷く。


「それから、この世界では何をしてもよい。せめて楽しむがよい。ただし世界を破滅へ導く時は介入する。では、そなたらに神の祝福を授けよう。それではまたな、そなたらがこの世界で落ち着いた頃に会いに行くとしよう」


 そう言って神様は私たちを送り出す。神様が右手を振ると私たちの体が光に包まれる。

 お姉ちゃんと一緒なら大丈夫。不安と期待が混ざった心で、私はお姉ちゃんの手をギュッと握る。

 お姉ちゃんがこっちを見て微笑みながら握り返してくれる。大丈夫。きっと楽しい。

 そこで私たちの意識は、この空間へ来た時と同じように途絶えた。

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