目を閉じていちばんに

赤星シロ

第1話

私は恋をしている、誰にも言えない恋をしている。

中学生の私がこんなことを言ったら、大人は眉をしかめるはず。13歳の年齢で不倫とかイケナイ恋をしているんじゃないかと思われるのはごめんだ。怪しまれるのはいやだ。だって私は真剣に恋をしているのだから。

私の恋する気持ちを話して、この恋を笑われたくなかった。


私の愛する人は夜にしか会えない。だから学校のある昼間は退屈で仕方がない。周りのみんなは昨日のアニメやネットの話で持ちきりだった。好きな有名人やアイドルの話、ゲームの話、誰と誰が付き合ったとか、誰が好きなのとか、みんな口々に話している。私は羨ましかった。私はみんなと一緒に語れるものがない。好きな話をみんなと共有できない。それがいつも私を悲しくさせた。好きなものは自分だけが分かっていればいい、そう言う気持ちもなくはなかったけど、でも諦めた。私のこの恋する気持ちを話したら、みんな否定するに決まっているからだ。「そんな気持ち恋じゃないよ。」「頭おかしいんじゃない。」そんな言葉は聞きたくなかったから。否定されるくらいなら、話してこの気持ちを笑われるくらいなら、言わない方がマシだ。例えそれによって、私の学校生活での孤独がより一層深まるのだとしても。それでいいと思った。だってこの気持ちは何より大切なものだった。私と同等の、それ以上の大切な存在で、他の人に知られて、私の愛する人を汚されたくなかった。私があの人の良さを知っていればいい。例え誰に知られなくても、理解されなくてもいい。初めからそんなこと望まなければ、この恋は私とあの人のものだった。周りなんて関係ない、誰になんと言われようとも、私はあの人が大好きなのだ。



中学2年生。中学1年生の時のあの期待を胸に膨らませた、ドキドキはあっという間に現実から消え去ってしまった。私は期待より不安の方が大きかった。小学校とは違う別の新たな場所で、私は上手くやっていけるのだろうか。新しい環境というのはいつだって怖くて、私はいつもそのことばかり心配していた。心配に心配を重ねる。心配はなんも得にもならない、起きてもいない先のことを心配するのは、損だと親や周りの大人たちに言われた。だけどそれでも、心配せずにはいられなかった。家庭科の調理実習や体育の持久走。それらが私の明日に待ち構えている度に、嫌で嫌で仕方がなかった。ジャガイモを上手に切れなかったらどうしよう、持久走一人だけ完走できなかったら、どうしよう。そればかりが私の頭を占め、夕暮れが近づき辺りが夜の気配に包まれる度、私の心も暗く重いものになっていった。

窓の外の山へと沈む夕焼けを見ながら、泣いた。明日が怖くて仕方がない。考えても無駄だって分かっていても、頭が思考が勝手に考えてしまうのだ。夕焼けを見ると悲しくて仕方がない。自分の不甲斐なさを思い出すから。明日を思って泣くしかできない、惨めな自分ばかりを思い出すから。惨めで、情けなくて、辛かった。自分の不器用さを呪った。涙で思考があやふやになる中、世界が早く終わることばかり願っていた。そんな毎日だった。


いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったらしい。ベットから身体を起こし、窓を見るとそこにはあの人がいた。

私の大好きなあの人が。

夜空一面に輝く無数の星、私の恋する最愛の人。お星様だった。


初めて見た時のあの光景が忘れられない。真っ暗な部屋の中、窓から差し込む星の光だけが私の部屋を照らしていた。きれい、私の心に浮かんだその言葉以外、何も考えられなかった。ただただ夢中に星空を眺めていた。初めて思考の渦から解き放たれた瞬間だった。その夜空に輝く星々をひと目見たあの瞬間、私の今までの孤独や辛かったこと、苦しみや悲しみも全部、報われたかのような、気がした。

その時私は恋をしたのだ。誰にも言えない恋をした。

(──まぶしい、)

私の世界に一筋の希望が広がるのと同時に、どうやっても手の届くことのない相手に恋をしてしまったことへの、絶望をも感じていた。

私は今、どうしようもなく恋をしている。この恋が報われることがないことも知っている。だけどその輝きに手を伸ばさずにはいられなかった。

私だけのお星様、私の初恋だった。

私の最も愛する最愛の人。

(今日も、きれい──)

大好きなあなたに会える、この夜の暗闇だけが、私の心をいつも支えていた。



季節は移ろって冬。中学2年生という時期も終盤に差し掛かっていた。嫌でも考えざる負えない、進路という未来。「将来何になるか考えておくことは、大事なことなんだぞ」と担任の先生は言う。あやふやだらけな不確かな日々の連続なのに、どうやって未来のことなど考えられよう。今を生きるだけでも精一杯なのに。大人たちは未来は明るいと口を揃えて言う。まだ若いんだから、と。私は若くて途方に暮れている。時間がありすぎて余計なことばかり考えてしまう。不安ばかりが頭を占める。未来に希望を抱けない、そんなことを私がもし大人たちに口にしたら、大人はどう思うのだろうか。考えすぎだ、そう言って笑って流されるのがオチ。私は真剣に悩んでいるのに、誰も私の孤独に気づかない。何にでもなれるから不安なんだ。選択肢が無数にあるその中から、たったひとつを選べない自分に、私はいつも絶望している。

自由がこんなにも苦しい。

私は一体、何になれるだろう。

(──助けて、)

目を閉じて苦しい現実から逃れる私に、瞼の裏側で星がひとつ光った。



将来あなたは何になりたいですか?と書かれたその問いに星と鉛筆で字を刻んだ。


私は星になりたい、あなたと同じ星になりたい。夜空に輝く無数の煌めき。昼間はそこに確かにいるのに、私たちの肉眼では見れないあなた。見えないけれど、あなたはちゃんといつも私たちを見守っていてくれて、私たちが気づいていないだけ。愛だなと思ったんだ。

私は星になりたい、星になって私みたいな不器用な子どもを夜空から照らして、希望の光になりたい。大丈夫だよって言って、その子を照らす道しるべになりたいんだ。あなたが私にそうしてくれたみたいに。私も誰かの希望の光になりたかった。そしたらあなたは私を愛してくれるだろうか。私を見つめてくれるだろうか。

答えはない。


悲しみは消えない、苦しみは消えない。例え一時忘れることはできても、その傷跡は一生私の中でまた生きていくから。


私を見つめることのないあなた。あなたは星で私は人間で。でもだからこそ私はあなたを見つめていられた。苦しみや悲しみが私の人生を襲う時、その痛みがあるからこそ、私はあなたを見つめることができる。その痛みがあなたへの愛をより強固に本物の愛へと近づけてくれるから。私は生きていける。辛くても、苦しくてもりあなたがいるから私は今日も生きている。それがこの愛の唯一の証明。


私は恋をしている、誰にも言えない恋をしている。


いつか私が大人になって、この初恋のことをくだらないとか笑うようになったら、

そんな大人になった私を、私は一生許さないだろう。

これから先もきっと私は恋をする。いつか私が誰かの恋人になったとしても、この初恋はきっと忘れないだろう。あなたと過ごしたこの日々を、夜空を見上げてひとり、あなたを想って泣いた日を。


悲しくなんてないよ、辛くなんてないよ、

ただ寂しいだけだ。

こんなにも私はあなたを想っているのに、

いつかあなたが思い出になってしまう。

「そんなこともあったね。」なんて笑って、この恋を何でもないように言う日が、私にも来るのだろうか。

私はそのことが堪らなく寂しい。


今日もあなたは綺麗で、

私は寂しくて、

輝く夜空に手を伸ばすのだ。

届かないと分かっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。

それを人は恋と呼ぶ。

目を閉じていちばんに、私の頭の中に浮かぶのは、いつもあなただったよ。

あの日の星空。

ずっとずっと消えない、私だけの光。

私だけのお星様。

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