私の後悔
かまくら
第1話
私には彼氏がいる。
優しくて、面白くて、カッコいい彼氏が。
勿論良いところだけではなく不満を持ってしまうようなところもあるが、それでも彼は私の事を考えてくれていて、私はそんな彼が好きだった。
「あ〜明日本当に楽しみ!東京なんていつぶりだろ?いっぱい遊ぶぞ〜!」
スマホのカレンダーに記されている『一年記念日』という文字を見て、ワクワクが込み上げてくる。
先程言葉に出した通りだが、明日は彼との一年記念日だった。
そのため、数週間前から何処に行くか、何をするかと言うのを一緒に話し合い、そして一年記念日前日である今日に至ったのだ。
きっと今頃、彼もワクワクしてるんだろうな〜
そう考えてついニヤけてしまいそうになったその瞬間、横に置いたスマホから着信音が鳴り響いた。
突然だったので少しびっくりしたが、スマホに表示された名前を見て遂にニヤけてしまった。
電話の相手は彼だった。
昔、彼に毎日寝るまで電話したいと言うと二つ返事で了承してくれ、私からかけたり、今みたいに彼からかけてくれたりしてこの頃毎日電話している。
いつものように電話に出ようと思ったが、明日のことをはしゃぐほど楽しみにしていると思われることに(実際には思ってるけど)少し恥ずかしさを覚え、数コール置いてから余裕を持って電話に出た。
「もしもし」
「…もしもし、こんばんは」
彼はもしもしの後いつも挨拶をしてくれる。
声音は少し低くて、落ち着きがあって、私をとても安心させてくれるのだ。
だが、今日は少し違った気がした。
確定ではないけど、どこか調子が悪そうなように聞こえた。
「ねぇ、なんだか調子が悪そうに感じるんだけど…大丈夫?」
「あはは…出さないように意識してたんだけど流石だね」
「そういうのいいって。それで?体調は大丈夫なの?」
「う〜ん…朝からなんかすごく身体が怠くて、継続中って感じかな」
それを聞いて、心配する気持ちと……もしかして、明日は中止になってしまうのではないかという焦燥感が生まれた。
けど今は彼の体調を心配する気持ちが勝り、不安を抱きながらも質問を重ねる。
「それって大丈夫そうなの?明日、東京行けそう…?」
「そうだね…」
嫌だ、やめて、大丈夫って言って…
「多分大丈夫。寝たらきっと治ってるよ。明日は楽しもうね」
その言葉を聞いた瞬間、一気に安堵の気持ちが心の中を満たした。
それは彼が大丈夫だと分かったからか、それとも一緒に東京に行けると思ったからかは分からなかったが。
「今日は疲れたからもう寝るね。おやすみ」
「え、あ…うん」
気を取り直していつものように他愛のない話をしようと思ったが、彼がそう言ったためつい了承を口に出してしまった。
体調が悪いのは分かっているが、それでも少しだけ不満が過りなんとも言えない気持ちになる。
少しして電話越しから彼の寝息が聞こえてきて、明日に備え私も眠りにつくことにした。
◇◇◇
ぱっと目が覚め時間を見てみると、アラームをかけていた時間よりも早く起きてしまった事を確認する。
未だに繋がっている彼との電話に耳を澄ませてみるが、寝る前に聞こえてきた寝息は聞こえなかった。
そのかわりとばかりに、うめくような声は聞こえたが。
「ねぇ!大丈夫!?ねぇ!」
「…ああ、おはよう。そんなに大声出してどうしたの?」
電話越しに聞こえてくる彼の声は、明らかに普通を装っているようだった。
どこか痛いのか、それとも何か異常があったのか分からない。
でも、彼から体調不良であることを聞きたくなかった。
だから、知らないふりをした。
「あ、えっと…ごめん、なんでもない」
「……そっか。分かった。目が覚めたから準備してくるよ。また後でね」
彼はそう言うと、今まで繋いでいた通話を切った。
彼が大丈夫だと言ったんだ。きっと、きっと大丈夫。
自分にそう言い聞かせると、私も彼と同じく今日のための準備を始めようとした…その直後。
プルルル
また電話が鳴った。
彼からだった。
「もしもし、どうしたの?」
「ゆあ…」
「…何?」
彼の声は、酷く弱々しく感じた。
彼が何を言うのか、なんとなく想像が付いていたため、その言葉を言わせないように少し不機嫌そうに聞き返した。
性格が悪いと自分でも分かったが、それでもそうする事をやめられなかった。
案の定と言うべきか、彼は私の不機嫌そうな声に言葉を詰まらせる。
「準備したいんだけど、電話切って良い?」
「待って!…ゆあ」
やめて、言わないで、約束と違うじゃん!!
「本当に申し訳ないんだけど、今日の予定…来週にずらしてもらってもいい、かな…?身体がすごく怠くて…来週は絶対…」
想像通りの言葉が飛んできて、納得いかない気持ちと彼を責める気持ちが生まれた。
だが、直接それを口に出すのは少しだけ憚られたため、不満を間接的に伝わるように言う。
「はぁ…なら昨日のうちに行けないって言ってよ」
「それは…ごめん。俺もすごく行きたかったから治るって思い込みたくて…本当にごめ——」
「はいはい!お大事に!!」
もういい!何も聞きたくない!
その思いの元、つい、酷くそう言って電話を切った。
遊ぶのが無理になった時、別の日を提示してくれればあんまり不満はないと昔彼に言ったことがある。
だから彼は来週にしようと言ってくれたのだろう。
でも、来週は嫌だった。
私は今日が良かったのに。
彼の都合に、なんで私が合わせないといけないんだ。
拗ねるような気持ちを抱きながら、乱雑に布団を纏って再びベッドに身を委ねた。
どれほど時間が経っただろうか。
スマホで時間を確認しようと思った矢先に再び電話が鳴った。
また、彼からだった。
一体何を話そうというのか。
不満を前に押し出して電話に出る。
「…なによ」
「…っく……ゆあちゃん…」
「えっ…めいこさん?」
電話の相手は彼の母親だった。
何故彼の電話から?何かあったのか?
不満の色を声に宿して電話に出てしまった事を後悔するよりも前に色々と頭を巡る思考を置き、一番気になる事を質問した。
「どうして、泣いているんですか…?」
「っ……隼人が…隼人が、交通事故に合って……」
交通、事故?
何故?彼は調子が悪いって…
「ゆあちゃんの家に行くって…すごく調子が悪そうだったから止めたけど、それでも聞かなくて、それで……それでっ……」
気付けばスマホを投げだして玄関を飛び出していた。
この辺りで交通事故に遭ったのなら、きっとあの病院にいると決めつけ全速力で。
予想は当たっていた。
病院につき隼人の事を聞くと、すぐにある部屋に案内された。
そこでは女の人の泣く声が響き、すぐにそれはめいこさんのものだと分かった。
仕事に行っていたのであろう隼人のお父さん、学校に行っていたのであろう隼人の弟の修斗君もそこには居て、涙と嗚咽を流していた。
包帯で頭を巻かれ、横になっている隼人の手を握って。
「…はや、と……?」
何がどうなっているのか分からない。
頭が考えるのをやめたのだろう、酸欠の状態のようにふわふわした感覚の中、無意識に隼人の名を呼び横たわって静かになっている隼人へと近づく。
肌が見えないほど様々な場所に包帯が巻かれていて、その包帯は所々赤く滲んでいた。
「隼人…ねぇ、隼人ってば」
腕を揺すって呼びかけるが、隼人はピクリとさえ動かなかった。
寝ているかのように安らかな顔をしていた。
そんな、まさか、ありえない、そんな訳…
心の中で何度も否定して、否定して、否定して……隼人の胸に触れた時、その否定は意味を失った。
彼の心臓は、動いていなかった。
なんで?なんで……
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……!
(ゆあちゃんの家に行くって…調子が悪そうだったから止めたけど、それでも聞かなくて、それで……それでっ……)
直後、先程のめいこさんの言葉が脳裏を過り…
(本当に申し訳ないんだけど、今日の予定…来週にずらしてもらってもいい、かな…?身体がすごく怠くて…来週は絶対…)
(はぁ…なら昨日のうちに行けないって言ってよ)
(それは…ごめん。俺もすごく行きたかったから治るって思い込みたくて…本当にごめ——)
(はいはい!お大事に!)
「私の…私の、せいで……っあ……あぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」
◇◇◇
「…ごめんね、ゆあちゃん。大人なのにみっともない姿見せちゃって」
「……いえ……私の、せいです」
「……そうだっ…!!」
顔を上げると、充血した目で睨むように私を見る修斗君が居た。
私と目が合うと、修斗君は言葉を続けた。
「ゆあさんの…あなたのせいで!!」
「やめろ修斗。ゆあちゃんに当たるのは筋違いだ」
「父さん……父さんだって兄ちゃんの日記見ただろ!この人が自分の気持ちを優先しないで兄ちゃんを労ってくれてれば、兄ちゃんは…兄ちゃんは!!……っく…お願い、だから…兄ちゃんを返してよ…」
修斗君はそう言うと、隼人の元へ行き再び涙を流し始めた。
「すまないね、ゆあちゃん。修斗は隼人の事を慕っていたから」
「お父さん…いえ、修斗君の言う通り、隼人が亡くなったのは…っ…私の、せいですから…」
「……君にも見る権利はあるだろう。めいこ、隼人のスマホを見せてやりなさい」
そう言われためいこさんは、ポケットから画面のひび割れた一台のスマホを取り出して私に差し出してくれた。
一目見てわかった。隼人のものだと。
ゆっくりとそれを受け取り、電源をつけた。
隼人がパスワードを付けていなかったのは知っていたため難なくホーム画面が映る。
何を見れば良いか分からなかったがなんとなく下から上にスワイプすると、ある二つの履歴タブが現れた。
一つは通話アプリのもの。
これはめいこさんが私に電話をかけて来た時のものだろう。
そしてもう一つは……日記アプリのものだった。
それをタップして内容を見ると、私と付き合った日から約一年分の日記がズラリと並んでいた。
全てを一気に見ることは出来ないため、昨日書かれた日記をタップする。
『今日は、朝起きた時から妙な身体の怠さを感じた。気力はあるが、それに身体が付いてこないというよく分からない感覚。
色々と検索してみたが原因はよく分からなかった。
明日はゆあとの一年記念日なんだから勘弁してほしい。
まぁでも、このくらいなら少ししか支障はないから大丈夫だろう。
それにしても明日が楽しみだ。ゆあもきっと俺と同じようにはしゃいているだろうな。そう考えるだけで少し笑ってしまいそうになる。
とにかく今日は早めに寝て、明日万全の状態にしておかないと。
……プレゼント、喜んでくれるかな…?』
昨日の日記を読み終えた後に画面を横にスクロールして、今日書かれた日記へと視線を移す。
『身体が怠い。押し潰されてしまいそうだと感じるぐらい身体が動かない。起き上がって歩くのが精一杯な程。
だが今日は、ゆあとの一年記念日だ。どうにかしないと……
…無理だ。無理だと思ってゆあに来週にずらしてもいいかと聞いたけど、怒らせてしまった。
本当にごめん……ゆあを怒らせたままなのは嫌だ。どうしよう…
そうだ、プレゼントを。
来週渡そうと思ったけど今日、せめてプレゼントだけでも渡そう。
そうすればきっとゆあも許してくれる…筈だ。
運転は…きっと大丈夫だろう。
ゆあ、本当にごめん。来週までには絶対治すから、来週こそは絶対東京行こうね』
目の前が霞むと思ったら、いつの間にか涙があふれていた。
隼人はこんなに私を思ってくれていたのに、私はどうしてあんな態度を取ってしまったのかという後悔が次から次へと湧き上がる。
なんで、隼人の体調を優先できなかったのか。
なんで、あんなにも自己中心的になってしまったのか。
なんで、私はこんなにも醜いのか。
考えれば考えるほど涙は溢れ、隼人に謝りたいという気持ちが大きくなる。
だけど、それはもう叶わない。
隼人は、私のせいで、私の我儘で亡くなってしまったから。
「それと、これを…もう使えないだろうけど、隼人から君への、最後の贈り物だ…捨てたければ捨てても良い」
そう言ってお父さんはボロボロの紙袋を私に手渡してくれた。
服の袖で目元を拭い袋を開けると、半分だけ歪に崩壊している白の箱が出てきた。
その箱の中からは、銀色に輝くリングと、すでに潰れてリングの形を成していない何かが出てきた。
傷が付いていないリングの内側には、ローマ字で『Yua』と刻まれていて、もう一つの形を成していない方には『Hayato』と刻まれているのが辛うじて見えた。
私に内緒で、少し前から準備していてくれたんだ…
隼人はこんなに私を思ってくれてたのに、私は自分のことだけでいっぱいで……隼人がしてくれることなんて当たり前のように享受して……
「本当に、ごめんなさい……隼人、戻ってきて…私、私まだ隼人に返せてないことがいっぱいあるの…だから…だから……っ」
彼女の呟きが隼人に届くことは、この先一生なかった。
これは、彼女が選んだ選択。
大切なものはいつも当たり前ではない。
自分本位ではなく相手の事を考えることは、とても大事な事だと思う。
それを誰もが理解するべきだ。
私の後悔 かまくら @Kamakuratukuritai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます