第95話 リステルマとガリグレッド 備える黒狼会

 リステルマはテンブルク領へと入り、早速領主であるガリグレッドと面会をしていた。


「久しぶりです、ガリグレッド殿」


「ええ。……エルセマー領では思いがけない事態にあわれたそうですね」


「不覚をとった事実は認めましょう。それで。集めてくれましたか?」


「ええ。こちらに」


 そう言うとガリグレッドは取り出した資料をリステルマへと渡す。そこには黒狼会について調べた事が記載されていた。リステルマはざっと資料に目を通す。


「数ヶ月前、突然帝都に現れた謎の6人組……。その後、驚くべき速度で組織の規模を拡大。多くの組織を潰し、傘下に加えながら最終的には冥狼と敵対。帝都から冥狼を追い出し、影狼を裏で支配しているとも言われている……」


「控えめにいって化け物と傑物の集まりですね。そう簡単にできる事ではない。私も資料を見た時は目を疑いましたよ」


「その異質さは直接相対した私たちがよく知っています。レグザックは閃刺鉄鷲の中でも指折りの実力者。その彼があそこまで一方的にやられたのです。おそらくリアデインを降したのも……」


「ヴェルトでしょうね。七殺星や閃罰者相手にまともに戦える者がいるなんて、考えもしませんでしたよ」


 リステルマはヴェルトに連れられていたレグザックの様子を思い出す。見るからに全身はボロボロに砕かれており、もはや再起は不能であろうと伺えた。


 レグザックの事は嫌いだが、その実力は確かだと認めている。悪癖さえなければ、相当優秀な実力者なのだ。


 だがレグザックはおそらく、ヴェルトにまともに傷を与えられずに一方的にやられた。一瞬先の未来を見通す眼で以てしても、ヴェルトには敵わなかったのだ。


(未来など見えていてもどうしようもないほどの攻撃を受けた。おそらくそういう事なのでしょう。ですが斬り傷は見当たらなかった。手加減する余裕すらあった可能性がある)


 自分との戦闘を思い出しても、その可能性は十分にありそうな気がしていた。


「結局どうしてあの様な力を持っていたのかは分からず仕舞いですか……」


「ええ。ですが人間である以上、打てる手はいくらでもあるというものです」


「……ほう。例えば?」


「例の石を用いて、怪物になった者を大量にぶつける。獣を街中で放ってひたすらその対処をさせる。相手が尋常でない怪物であれば、魔法……かどうかは分かりませんが、力を使うしかないでしょう。そして力を永遠に使い続ける事は不可能なはずです」


 つまりは体力と魔力切れを狙った戦略だ。確かにそれは有効な手段と思えた。


「無暗に民を巻き添えにするやり方は好きではありません」


「はは。これは一例ですよ。もちろん本気ではありませんとも。あくまで相手は無敵の存在ではないとお伝えしたかったまでです」


 リステルマもガリグレッドが本気で言っている訳ではないだろうと考えていた。


 為政者としてのガリグレッドは優れた能力を持っていると考えているし、実際領民たちからの評判も高いのだ。


「とにかく黒狼会と事を構えるには、準備が必要なのは間違いありません。遠くない将来、ぶつかることになるでしょうからね」


「……何故そう言いきれるのです?」


「それは私の口からはやめておきましょう。もうすぐレクタリア様もこちらに来られます。その時にお聞きになられては?」


「……! 総裁が、こちらに……!?」


 聞いていなかった。何故ガリグレッドから総裁であるレクタリアの動向が聞けるのか。疑問は尽きない。


「ええ。近くお見えになられるでしょう。ヴィンチェスター殿の件もありますしね」


「……一部エルクォーツの情報を渡し、ルングーザ領に研究所を建設させた様ですね。何が狙いです?」


「確かに私の狙いも多少は含まれていますが。これもレクタリア様の意向に沿った結果ですよ」


 自分の方がガリグレッドよりもレクタリアとの付き合いは長いはず。だというのに、ガリグレッドには自分が知り得ない部分でレクタリアと分かり合っている部分がある。リステルマはそれに違和感を覚えていた。


「対黒狼会については私の方でも準備を進めておきましょう。その時になれば、一番の障害は間違いなく黒狼会ですから」


「……質問に答えていません。ヴィンチェスターを動かした目的は何なのです?」


 リステルマは再びガリグレッドに詰め寄る。ガリグレッドは特に表情を変えることなく口を開いた。


「新たな火種ですよ」


「火種……?」


「ええ、そうです。長く封じられてきた扉を開くためのね。扉を知る者は、今では私とレクタリア様くらいでしょうが……。全ての大幻霊石が砕かれた今、扉を開く条件は整っている」


「……何を言っているのです?」


 ガリグレッドは一度息を吐くと、横目に窓の外に広がる景色を見た。


「ヴィンチェスター殿には新たな王として立っていただく。内乱が起こるでしょうが、影響は一瞬です。そして人は、新たな可能性を手にするでしょう」





「武具の新調か……」


 俺たちは珍しく6人で帝都郊外へと赴き、魔法の鍛錬に集中していた。そして休憩中、アックスからある提案が出てきた。それが武具の新調だ。


 思えば俺たちが帝都に来てからというもの、その辺りにあまり金をかけていない。


「おう。正直、魔法の力があるからと疎かになっていたと思うんだよ。でもリステルマの話を聞いた時に思ったのさ。もしかしたら敵にも、相性が悪い奴がいるかもしれねぇってな」


 魔法は確かに便利な力だが、魔力は有限だし永遠に使用し続けられるものでもない。


 それに結社がエルクォーツを使う以上、確かに自分たちと相性の悪い力を持っている者がいる可能性はあった。


「確かにー。私やアックス、ロイは身体能力の強化もできないもんねぇ」


「そうですね。多少でも身体能力が強化できれば、能力差による相性も覆しようがあるのですが……」


「そう考えると、ガードンとじいさんはやっぱ便利な力を得たよな」


 だが俺の黒曜腕駆も魔力切れを起こさない限りは、相手が何か特殊な力を発揮しようがごり押しがしやすい。


 一方でみんなの様に、特定部分に特化した力は持っていないし、ロイにしろアックスにしろ対集団戦では無類の実力を発揮する。フィンに至っては完全な不意打ちも可能だ。


「ふぉっふぉ。わしはこの刀一本あれば他は不要じゃ」


「まぁじいさんはな……」


 そもそもの話、俺たちは魔法による戦闘よりも、武器を使った戦いの方が経験が長い。


 魔法があまりに便利過ぎたから多用しているが、このままでは魔法のない戦いを強いられた時、精神面で隙ができそうだ。


「分かった、金はあるからな。各々満足のいくまで装備を整えるとしよう」


 この時代に帰還してから、実際に魔法無しでは危なかった相手はいた。万が一の時に備えて、武具はそれなりの物をそろえておいた方がいいだろう。


  黒狼会もいまや帝都においてかなりの影響力を持つ組織だ。武具の調達は難しい話ではない。


(いろいろ意識を向けなければならない事が多いな。ローガの墓参りも時間がかかっているし。まぁこんな状況だ、落ち着くまではエルヴァールも話をまとめられないか)


 どちらにせよ今は黒狼会としてできる事はない。だからこそ。状況が動くまではこうして万全の準備を整えるまでだ。

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