第80話 馬車の中の再会 エルセマー領に迫る者

 やたらと広い馬車の中には4人の女性がいた。顔が分かるのは3人だ。


 1人はアデライア。残りの2人はいつか帝都であった怪物騒動の時、路地裏で会った者たちだ。


 馬車が動き始めたと同時に、アデライアはゆっくりと口を開いた。


「す、すみません、ヴェルト様。私はご迷惑になるからと、お止めしたのですが……」


「アデライアが世話になったという方です、私からもお礼を伝えるのは当然でしょう。それに黒狼会のフィンさんには、私も助けられましたし」


 話を聞くと、初めに俺の姿を見つけたのはやはりアデライアだったらしい。


 明確に反応を示したアデライアに、何があったのか聞いたのがこの少女……アデライアの異母姉だというヴィローラだった。隣はその護衛騎士、ジークリットだと自己紹介してくれる。


 話を聞いたヴィローラは、それならと俺に改めて礼を言おうと馬車を止めさせたとの事だった。


 初めて帝都で出会った時からあまり印象が変わらない。おそらく思った事を即座に行動に移す、決断力に溢れたお姫様なのだろう。


 考え無しの行動だと周りは迷惑するが。一瞬で行動すべきかすべきでないかの取捨選択をした上での決断となると、少し話は変わってくる。


 結果的に時間の短縮や、後にして思うと合理的な判断だったと思える事があるのだ。……このお姫様がどちらなのかは分からないが。


「こちらは私の側仕えをしている、シェリフィアと言います」


「シェリフィア・エルセマーです。音楽祭ではディアノーラ様もヴェルト様のお世話になったと聞いています」


「エルセマーというと……」


「はい。先頭にいる領主夫妻……ジェリアムとメルディアナは私の両親です」


 メルディアナの子……! 俺にとっては姪になるのか……! 今日は何と言う日だ! メルに会えたばかりか、その子まで……! 


 これだけでもエルセマー領に来てよかったと思えるし、ヴィローラが馬車を止めてくれて良かったとも思えた。


「……はは。これだけ高位の貴族様に囲まれると、さすがに緊張しますね」


「あら? とてもそうは見えませんけど? それに黒狼会と言えば今やミドルテア家を含む、大貴族の後ろ盾を持つ一大商会です。短期間でそこまでの手腕を発揮されたヴェルト様から見れば、私たちなどただの小娘でしょう」


「いやいや。さすがにそんな事は思いませんよ」


 実際ヴィローラたちに対しては、緊張も何も感じてはいない。が、メルやクイン、シェリフィアがいるという状況には変な緊張は覚えていた。


 アデライアは俺の事情を知っているし、余計に気になる。そのアデライアは赤い眼をこちらに向けた。


「ヴェルト様はどうしてこちらにおられたのですか?」


「商談ですよ。新たにこちらの商人と商売をさせてもらう事になりまして。みんな忙しいので、私が直接やってきたのです」


「そうなのですか……。帝都にはいつお戻りに?」


「特に決めてはいませんが、祭りが終わった後……早ければ2日後には発とうかと考えています」


 そう言うとヴィローラはそうだわ、と手を叩いた。良い予感はしない。


「それなら今日、よろしければ食事をご一緒しませんか?」


「え……」


「私、黒狼会やフィンさんたちがどういった方々なのか、とても興味がありますの! それに一度こうしてしっかりとお礼ができる機会を、と思っていたのです。帝都では立場もあって難しいのですが、ここなら帝都ほどうるさく目を光らせている者もいませんし!」


 一介の商人紛いが皇族と食事の場を共にする。どう考えても違和感がある……と思ったが、既に黒狼会は大貴族ミドルテア家と懇意の仲だ。しかもばっちり知られている。


 断り文句を作るのも難しいが、その気配を見せれば即座にミドルテア家との付き合いを引き合いに出してきそうな気がした。


「嬉しい話ではありますが、私の様な者との食事などクインシュバイン様がお許しにならないでしょう。それに従業員も来ておりまして……」


「クインシュバイン様ならロイヤルパワーで封じられますわ。お連れの方もご一緒で構いませんわよ?」


 なんという物騒なパワーだ。ヴィローラの頭の中では、もう俺が食事を一緒するのは決定事項なのだろう。


 ジークリットもシェリフィアも止めに入らない。


「少し前の黒狼会ならともかく、今のヴェルト様なら大丈夫ですわ。皇族を助けたという実績と、大貴族の後ろ盾を得ているという事実があるのですから。少なくともどこぞの馬の骨とも知れない者……という訳ではございません」


 相応に帝国貴族からの信頼を得ている立場、という訳か。


 だから皇族と一緒に食事ができる……という理由にはならないと思うが、ヴィローラが言った通りここは帝都ではない。地方都市だからこその提案なのだろう。


 ま、俺からすれば何が何でも断らなければならない、という理由がある訳でもないか。


「……分かりました。ご相伴に預かります」


「ええ。良かったわね、アデライア」


「……はい。ヴェルト様、よろしくお願いします」


 何だか最近になって、一気に貴族との付き合いが増えてきたな。きっかけはエルヴァールの様な気もするが……。


 とりあえずライルズさんとリリアーナには事情を説明しないとな。





「まさかまたお前とチームを組む事になるとはなぁ……」


「…………」


 帝国領某所。そこでは結社エル=グナーデの関係者10人が集まっていた。その内8人は似た様な服を着ている。


 残りの2人の内の1人は男性、もう1人は女性だった。


「なんだ? まだ昔の事を根に持っているのか?」


「…………」


「ふん。相変わらず何を考えているのかよく分からん女だ」


 2人の会話とも言えないやり取りを前にし、8人の中の1人……戦闘部隊隊長のベインは汗をかいていた。2人とも結社内では特に有名な存在なのだ。


 男は閃刺鉄鷲の七殺星が1人、時読みのレグザック。七殺星に数えられるだけあり、その暗殺技術は非常に高い。


 そしてもう1人の女性。こちらは結社の閃罰者の中では最強と言われる存在だった。


 魔法という力を現在に蘇らせようとしている結社だが、彼女はその完成形に最も近いと言われている。魔導姫リステルマ。それが女性の名だった。


「おいベイン。お前もそう思うだろ?」


「……私たちは与えられた任務に集中するだけです」


「けっ。面白味のない男だな」


 急に話を振られても困るというのが、ベインの本音だった。


 ベインたちは結社エル=グナーデに所属する戦闘員だ。閃刺鉄鷲に所属する暗殺者たちとは違い、集団での制圧戦を得意としている。


 そしてそれぞれが、並の人間を上回る力を得ていた。


「まぁいい。リステルマ。今は昔の事は忘れて、しっかり任務に集中してくれな?」


「……誰に言っている?」


 ここで初めてリステルマは声を出した。その声色にはやや殺気が込められている。


 だが言葉を向けられたレグザックは、どこ吹く風という様だった。


「おぉ怖。誰もてめぇみたいな、エルクォーツを4つも持つ化け物とやり合うつもりなんてねぇよ。なぁベイン?」


 だからこっちに話を振るな。そう思いながらベインは無言で何も反応を示さなかった。


 2人の関係はベインも理解している。とてもシンプルな話なのだ。


 レグザックは圧倒的な力で弱者を徹底的に痛ぶるのが好き。リステルマは敵であれそういった真似はしないし、自分の力を必要以上にひけらかす真似はしない。要するに馬が合わないのだ。


 レグザックは対象の暗殺にも時間をかけ、たっぷりと残虐に仕事をする。時にその残虐性は暗殺対象だけではなく、その周囲の人間にも向けられる。それこそ女子供でもお構いなしだ。


 以前にもレグザックが子供を嬲っている時があった。それを見たリステルマと少々荒事になったのだ。組織内でも2人の相性は最悪と言える。


 そんな2人が何故一緒に行動しているのか。それはリステルマがレグザックを見張っているという意味合いが強かった。


「レグザック様、リステルマ様。最終確認を……」


「あぁ? いらねぇだろ、んなもん。護衛は騎士が少々。あとは雑魚だ。皇女さらいぐらい、一瞬で終わる。そもそもリアデインの奴がへましていなけりゃ、こんな面倒なんてなかったってのによ」


 だが今、結社はその戦闘員をテンブルク領に集めつつある。どちらにせよ帝国には来ていただろうな、とベインは考えていた。


「こっちは俺とあのリステルマ大先生もいるんだぜ? さらに戦闘員が8名。お前も一応二つ名持ちだろ? 過剰戦力もいいとこだぜ」


 これに関してはベインもレグザックと同意見だった。特に厳重でもない施設の警備を突破し、邪魔者を制圧しながら最終的に皇女をさらう。


 秘密裏ではなく、正面から堂々としかけるのであれば、この戦力ではやり過ぎになる可能性が高かった。


「しっかし総裁も派手な事を考えるよなぁ! この帝国の地で、いよいよ正体を隠さずにやるつもりかよ!」


「……総裁の悲願の時が近づいている。そういう事でしょう」


「はん……! 俺はこの力を振るえるのであれば、なんだっていいがな! それじゃあ、早速行ってみるとするかぁ!」


 日が沈み始めた頃。10人はエルセマー領領都を目指す。

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