第79話 北の地で待つ再会
エルセマー領に来てしばらく。ライルズさんの知り合いの商人と話が進む中、俺の元にリリアーナが訪ねてきていた。
フードもとっており、それなりに注目を集めている。
「俺に伝言?」
「うん。みんな忙しそうだし、私もいろいろ見て回りたいし。そんな訳で、私がお使いを頼まれてあげたんだよ!」
まぁリリアーナも帝都に来てそこそこの日数が経っているし、退屈していたのかもしれないが。
それにしても慣れたからといって、フードを外すのは……と思ったが、リリアーナ自身もそれなりの使い手だという事を思い出す。
それに帝都に来たばかりの頃と比べて、いろいろ事情も変わってきている。いつまでも顔を隠す様な真似をさせる方がどうかしているか、とも考えた。
「なに、その顔。言っておきますけど、私も黒狼会の従業員なんだからね?」
「そりゃ分かってる。で、伝言というのは?」
伝言はロイとミュリアからだった。エルヴァールが帝都に戻ったら訪ねて欲しいと言っているらしい。
それとロイからの手紙には、現在の影狼の状態について大まかに記載されていた。
(影狼のボスが代替わりしたと、帝都の裏組織の間ではかなり話題になっているのか。冥狼の影響力が大きく落ちた今のタイミングは、フィアナにとって絶好の機会と言えるな)
影狼が潰れかけた時、冥狼がその事を大々的に広めなかったのが仇になったな。
フィアナもまた俺と直接会って、これからの影狼と黒狼会について意見を交えたいとの事だった。
「伝言ご苦労さん。しかしこの内容なら、俺が帝都に戻ってから聞いても支障はなかったな。お前、これを口実に帝都を出たかっただけだろ?」
「え!? な、何言ってんのよ!? 組織では迅速な報告、相談、連絡は何よりも大事なんだからね! ボスがそれで良いと思ってる訳!?」
「いや、そう言われたらそうなんだが」
言ってる事は間違っていない。まぁ好きにさせてやるか。
リリアーナと話が終わったタイミングで、ライルズさんが声をかけてくる。
「ヴェルトさん。そろそろお酒が振る舞われますよ」
「ああ、良いですね。すぐ行きます」
今は祭りの真っ最中だった。今日から2日間、エルセマー領の各地で領主が酒を領民に振る舞うという祭りが始まるのだ。
何でも領主一族は、それぞれ分かれて各地を回るらしい。
領民と直接コミュニケーションを図ろうとする貴族なんて珍しい……と思ったが、もしかしたら帝国や小領主ではよくある話なのかもしれない。
少なくともディグマイヤー領ではそういう機会はなかったが。
「先ほど知らされたのですが。どうやら今、エルセマー領には皇女殿下が訪れているそうなのです」
「……この様なところに、皇女殿下が?」
「ええ。まぁ帝都からはそれほど離れていませんからね。こう言っては失礼ですが、きっと皇族の中では並程度の格の方が、視察の名目で祭りを見に来られたのでしょう」
ライルズさんは言葉を柔らかくしたが、要するにそれほど大した位置にいない皇族が田舎に遊びに来た……という事だろう。
皇帝も国内外の政治バランスを考えて幾らか妻を娶っているだろうし、きっと殿下と呼ばれる者などいくらでもいるのだ。ローガの血筋も栄えたものだな。
俺とリリアーナはライルズさんの先導に従い、祭りの飾り付けが終わった街中を歩く。
ちなみにアリアはビルたちを伴って祭りを楽しみに行っている。騒がしい方向に視線を向けると、少し離れた場所に人だかりが見えた。
「去年は領主様とその奥様が馬に乗って街を回っていましたが。今年は皇女殿下が乗られた馬車もご一緒なのでしょうね。人だかりが去年見たものよりも多く感じます」
「領民もやっぱり皇族が珍しいんですかね」
「そうでしょうね。とはいえ記録では過去に何度か、この祭りには皇族の方が視察に来られているそうですが」
そう言えばライルズさんは、ここの領主は出来の良い酒を皇族にも贈答品として送っている……と話していたな。
皇族御用達の特産品が作られている地として、それなりに馴染みがあるのだろう。帝都からの距離も関係しているはずだ。
「見えてきましたね。先頭が領主様ご夫妻です」
行列の先頭では一組の男女が、それぞれ馬にまたがって領民に手を振っていた。
あれが領主夫婦か。なるほど、二人とも柔らかい印象を与える人相をしている。特に女性の方は、どこか育ちの良さを感じさせる気品みたいなものを感じた。
……いや、なんだこの感覚は。そう言えばダグドの資料によると、帝都北の地には……。
「ライルズさん」
「どうされました?」
「領主様ご夫婦のお名前をご存じですか?」
「ええ。領主はジェリアム様。奥様はメルディアナ様ですね」
「…………!」
メル……! メルなのか……! まさかこんなところで、大人になったメルを見られるとは……!
当たり前だが、6才の頃の面影は感じられない。当然か、もう36歳……いや、37歳の貴婦人なのだから。
メルはとても穏やかな表情で領民たちを見ていた。時折、夫のジェリアムと視線を合わせながらほほ笑んでいる。どうやらそれなりに、幸せにやっていけている様だ。
「……どうしたの、ヴェルト?」
「ん……いや、何でもない」
「そう? てっきり領主様の奥さんに見とれているのかと思ったよ」
間違ってはいない。実際その通りだ。
「おそらく後ろの馬車に、皇女殿下が乗られておられるのでしょうな」
「で、一通り巡回が終わったタイミングで酒が運ばれると」
「ええ。そしたら出店でつまみを買い、ただ酒片手に語り合う。これがこの祭りの醍醐味ですね」
帝都でも規模の大小はあれ、こうした祭りはいくつかある。少し前まで田舎の祭りだと感じていたが、これはこれで悪くなさそうだと思った。
何よりここはメルの嫁いだ地だ。身内として良い様にバイアスがかかるのも仕方がない。
しかし続いて俺の目に、さらに驚きの光景が飛び込んでくる。
「え……」
馬車の周囲は鎧を着こんだ騎士が固めていた。それは分かる。要人警護をしているのだろう。
しかしそれを率いているのは、クインだったのだ。
「クイン……」
「……? ああ、あの騎士様ですか。私も顔を見るのは初めてですが、騎士たちが身に付けている紋章は確かに正剣騎士団のもの。おそらくあの方こそ、閃光の剣騎士。クインシュバイン様でしょうね」
「なになに? 有名人なの?」
「はい。数年前まで前線でご活躍されておられた方です。そして剣一つで家を復興させた、騎士たちの憧れを集める方でもあります」
さすがにライルズさんは詳しいな。貴族にも得意客はいるし、その辺りの事情にはいくらか精通しているのだろう。
メルがいてクインもいる。そして二人とも帝国貴族として、しっかり生活の基盤を築いている。
……やっぱり俺が今さら何かしてやれる事など、何もないだろう。
そう思い、馬車が通り過ぎるのを見送った時だった。しばらくすると馬車が止まる。そして僅かに開いた窓にクインは近づき、中にいるであろう皇女殿下と話している様だった。
「何かあったのでしょうか?」
「さぁ……」
クインは窓から離れると、こちらの方に視線を移す。そして俺の姿を見つけると、近づいてきた。
「わ。こっち来るよ?」
「何事でしょう?」
クインは少し騒ぐ領民たちを余所に、俺たちの近くまでやってくる。そして俺にしっかりと視線を合わせながら口を開いた。
「久しぶりだな」
「……音楽祭以来ですね。私の様な者を覚えておいでとは」
「黒狼会のボスの顔を見て忘れる騎士など、今の帝国にはおらんよ。殿下……アデライア様が是非お前と話したいそうだ。特別に同席を許すが、変な事はするなよ?」
あの馬車……乗っていたのはアデライアか……! おそらく馬車の中から俺の姿を見つけたのだろう。
事情を知らないライルズさんや領民たちは驚いているが、あまりこの目立っている時間を長引かせたくはない。
何より、こうして大衆の前で皇族の名を出された以上、俺に断るという選択肢は存在していない。
「……皇女殿下が、わたくしめにですか?」
「先の礼の件もあるのだろう。あまり馬車を長く止めておきたくはないのだが……」
やんわり逃げられないかと試したが、クインからはさっさとしろと促されてしまった。
俺はライルズさんとリリアーナにまた後で、と告げると、大人しくクインに従ったのだった。
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