第64話 暴かれた真名 地下空間に集う者たち

 地下通路はいくつかに道が分かれていたが、明かりがついている通路は一つだけだったので、迷う事はなかった。よく見ると昔、人の手によって作られた形跡が確認できる。


「貴族街の地下にこんな空間が広がっていたとはな……」


「元々帝都の地下にはこうした空間が広がっているのだ。かなり広大らしく、ほとんど把握はされていないがな」


「へぇ……」


 帝都も幻魔歴から存在している都市だからな。もしかしたら戦乱の時代、貴族たちの脱出路として作られたものなのかもしれない。


 それに冥狼がこの通路を使って会場に現れた事を考えると、奴らの今の拠点はこのどこかにある可能性もある。そもそも地下闘技場と繋がっている可能性もあるか。


「冥狼が姫さんを狙う理由に何か心当たりはあるか?」


「……正直ない。冥狼からすれば、姿を見せないのが一番良いはず。どうしてわざわざあんな目立つ様な事をしたのか……」


 そこは俺も気になっていた。ありそうなのは、冥狼を語る偽物。皇女さらいの犯行を冥狼に擦り付ける事が狙いとかか。


 しかしあの獣は間違いなく冥狼と結社が実験していたものだろう。やはり本物の線が濃厚だな。


「それにあの男。明らかに人を越えた力の持ち主だった」


「姫さんをさらっていった奴か。やり合ったのか?」


「ああ。まさかこの私に……いや。これも驕りか」


 ディアノーラが強いという事は、初めて見た時から感じていた。そのディアノーラの守りを抜いて皇族さらいに成功したんだ。相手も相応の実力の持ち主だというのは分かる。


「それに。何故か私たち全員の名を知っていた」


「事前に調べてきていた……か?」


「というより、まるで私たちを見て、初めてその場で名前を知ったかの様な反応だった。そんなはずはないと分かっているのだが……」


 敵についてはまだ確実な事は何も言えない。だがうまくいけば、ここで冥狼を潰す事もできる。


 しかし闇組織の割に、今回の騒動は派手過ぎる。ハイラントは関係なさそうだったが……。


 まぁいい。直接話を聞けば済む話だ。





「んふふ。万事うまくいっちゃったわねぇ」


 リアデインはアデライアを担ぎながら、意気揚々と地下道を進んでいた。その足取りはとても軽い。


「それにしてもぉ。キヤトちゃんたちがこんな便利な通路を知っていたおかげで、いろいろ楽ができたわぁ。あとはアデライアちゃんを連れて帰れば、私の仕事もおしまいね!」


 帝都に来た目的はあくまでアデライア。後の事はグナトスたちの仕事。リアデインはそう割り切っていた。


 そして歩き続けることしばらく、地下道は少し開けた空間に出た。そこにはキヤトと冥狼の幹部が一部そろっていた。


「お・ま・た・せぇ~」


「リアデインさん。本当に皇女をさらってこれたのかい……」


「ええ。噂のアルフォース家の騎士様がいたから、どんなものかと思っていたけどぉ。正直期待外れだったわねぇ」


 代々帝国最強の剣士を輩出してきているアルフォース家の護衛を期待外れと断じ、リアデインは肩をすくめる。それを見て、針刺しオーバンはくくっと笑った。


「やはり閃刺鉄鷲は違うってなぁ。帝国最強の騎士も、世界最強の暗殺者には敵わねぇか」


「だがペットを地上に放ったままになっちまったよ。それは良かったのかい?」


「かまわないわぁ。何事も派手にいきましょうよ! ほら、私たちこんな仕事じゃない? 普段地味な分、こういう時は思いっきり派手にした方が良いと思うの! きっと今日から冥狼の名は、帝都一の悪名として知れ渡るはずよ!」


 今回の騒動のほとんどは、リアデインの発案によるものだった。エルクォーツの完成度を試す意味合いもあったのだが、わざわざ冥狼を表に出したのもリアデインの演出によるものだ。


 リアデインはアデライアを優しく地面に降ろした。


「ごめんねぇ、アデライアちゃん。怖い目に合わせて。もぅ少し我慢してねぇ」


「…………」


 アデライアは視線を下に向け、リアデインを見ない様にしていた。


 多くの人が目の前で死に、ディアノーラもやられ、こうしてさらわれてしまったのだ。幼い少女の身では強い恐怖心を抱いても仕方がない。


「その姫が、噂の?」


「そう、赤い眼のアデライアちゃんよ! でもほんと、可愛い子で良かったわぁ。もし私好みじゃなかったら、どうなっていたか分からないもの」


 リアデインはアデライアの頭を撫でながら、キヤトたちに視線を向ける。


「私はアデライアちゃんを連れて帝都を出て行くからぁ。あとの指示はグナトス辺りに聞いてね」


「は、はい。あの……」


「なぁに? ……あぁ、閃刺鉄鷲の枝葉の事? 安心して、また何人か貸してかげるわよ。でもまさか10人以上もやられていたなんてね。閃刺鉄鷲の面汚しだわ。私、困っちゃう」


「ありがとうございます。借りていた閃刺鉄鷲の者たちをやったのは、黒狼会という組織の者でして……」


 黒狼会と聞き、リアデインは反応を示す。


「ああ、ここに来る前に少し聞いたわね」


「はい。それでですね。もしかしたら黒狼会は、例の結社の者ではないかと……」


「…………へぇえ?」


 リアデインの空気が少し剣呑なものに変わる。頭を撫でられていたアデライアはびくりと身体を震わせた。


 話していた幹部に変わり、キヤトが続きを話す。


「見届け人が見ていたのさ。黒狼会の幹部が妙な力を使っていたのをね」


「ふぅん? でも主だった者はほとんどエル=グナーデとして再結成されたしぃ。そんなに大した人が残っていたとは聞いていないんだけどねぇ?」


 リアデインは少し考える様に目を細めていたが、何でもない様に首を振った。


「ま、私の仕事には関係ないわ。必要ならグナトスに言えば、あいつも人を貸してくれるはずよ。私たち、これからも仲良くしていきましょ」


「……そうだね」


 答えながらキヤトの心情は複雑だった。かつては帝都に多大な影響力を持つ闇組織だった冥狼も、今では結社の帝都における分室扱いだ。


 しかしそれでも結社と手を組むメリットはあったし、何より影狼の末路を見ると、逆らうという選択肢は選べなかった。


「それじゃそろそろ行くとするかい? ここから拠点まで、まだ結構な距離があるが……」


「帝都は広いものね。こればかりは仕方がないわ」


「まぁ待て。もう少しここでゆっくりしていけよ」


「!?」


 後方から男の声が聞こえる。リアデインたちが視線を向けると、そこにはヴェルトが立っていた。





 冥狼どもは幸い立ち止まっていた。俺たちはその姿を確認すると、姿を隠しながら慎重に近づく。そしてしばらく話を聞いていた。


(なんだ……あの男は。明らかにやばい奴の気配がする。例えるなら、裂閃爪鷲の隊長格の様な気配だ)


 話の内容からおおよその経緯を察する。あの男は閃刺鉄鷲の暗殺者。そして背後にいるのはやはり結社か。


 俺はディアノーラと簡単に打ち合わせを済ませ、冥狼どもがその場を離れそうになるタイミングで単身姿を見せた。


「あらぁ? もしかして私、つけられてたぁ?」


「こ、この男は……」


「知っているの、オーバンちゃん」


「リアデインさん。こいつはさっき話していた黒狼会のボス。ヴェルトだ」


「へぇえ?」


 さすがに俺の顔は割れているか。それにオーバンという名にも覚えがある。ガーラッドが語っていた、冥狼の幹部の一人だな。


「あら……? でもあなた、生まれは貴族なのね?」


「……あぁん?」


「だって家名があるじゃない? ふむふむ、ヴェルトハルト・ディグマイヤーというのね」


「…………っ!!」


 なんだと……!? こいつ、一目見て俺の名を……!? 


 いや、やはりおかしい! ヴェルトハルトはもうとっくの昔に死亡した扱いになっている! 仮に名を知っていたとしても、実年齢と俺の見た目から繋げる事はできないはずだ……!


「でもぉ。自分の力に自信はあるみたいね? で、何しにここへ来たのかしら?」


「……。黒狼会のボスがわざわざ姿を見せた理由なんて、一つしかねぇだろうが」


「まさかぁ。アデライアちゃんを助けにきた騎士様のつもり?」


「あ? 何言ってやがる。黒狼会は冥狼と敵対関係にある。せっかく尻尾を掴んだ冥狼のボスとその幹部どもだ。ここで皆殺しにしておこうと追いかけてきたんだよ」


 アデライアという姫が目的であると分かれば、人質として使われる可能性もある。こいつもアデライアが目的である以上、手荒な真似はしないと思うが、用心にこしたことはない。


 リアデインは確かめる様にキヤトに顔を向けた。


「……本当さ。特にこの数日、うちと黒狼会は直接ぶつかってもいる」


「あらぁ。まさか冥狼にたてつく組織が出てくるなんてねぇ。キヤトちゃん、冥狼の影響力も落ちたんじゃないのぉ? 大丈夫? 他に追随する組織とか出てきてない?」


「……! 舐めた真似してくれたのは黒狼会だけさね。私たちも丁度、黒狼会は潰すつもりだったのさ!」


「で、不可解な力を見せられたから、結社との関係を疑ったのね。なら断言しておいてアゲル。あの結社に、こんな男は存在していないわよ」


 リアデインは俺に対し身体を向ける。そして楽し気に目を細めた。


「で・も。強いのは確かみたいねぇ。ふふ、いいわ。キヤトちゃんたちも手こずっているみたいだしぃ。ここは大サービスで、この私が相手をしてあげる!」

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