第26話 城壁内 飛躍の黒狼会

 水迅断の乗っ取りから5日。俺はその後始末に追われていた。


 ガイツとローランを使った脅しは効果的で、他の幹部たちは割とあっさり黒狼会に鞍替えした。


 しかしその二人の抱えていた私兵の問題がある。そこでこの数日を使い、そいつらの整理に動いていたのだ。


 多くは残った幹部たちに吸収されたが、最後まで反抗的だった者には相応の目にあってもらった。これは黒狼会の姿勢を強く打ち出すのに必要な事だ。


 逆らう者には容赦しないが、降る者にはそれなりの自由を約束する。ダグドはそれを良い意味でよく宣伝してくれた。


「何とか落ち着いたか」


「はい。幹部たちの中に、ヒアデス亡き後のボスの座を狙う者は誰もおりません」


「ま、いたところで問題はないがな」


 俺の言葉を受け、ダグドの頬に汗が流れる。今、俺は元水迅断本拠地兼旧ヒアデス邸の執務室にいた。部屋にいるのはダグドだけだ。


「これで黒狼会は城壁外西部、そして城壁内西部の一部を手に入れた訳だ」


「ええ。新参の組織がたった数日でこれほどの規模になったのです。今ごろ裏社会に属する者たちの中では、その名が大きく広まっていることでしょう。中には接触してくる組織も出てくるかと思います」


 元々それなりの規模だった水迅断を乗っ取っただけあり、黒狼会はいきなり大きくなった。しばらくは組織をでかくするよりも、内部の地固めを優先した方がいいな。


 だが水迅断は暴力一辺倒の組織ではなかったため、内勤業務ができる者もそれなりに多くいた。おかげで規模の割に黒狼会の運営はそれほど手こずっていない。


「他の幹部たちの様子はどうだ? そろそろ冷静さを取り戻す頃合いだろう」


「ご安心を。ヴェルト様たちの実力は私からよく言い聞かせておりますので」


「ほぉ……」


 聞けばダグドはこの連日、他の幹部たちから俺たちについていろいろ聞かれていた様だ。そしてダグドは正直に話した。たった4人で自分の屋敷が襲撃され、完膚なきまでに破壊されたことを。


「今では私は元水迅断の代表みたいな立ち位置ですからな。あいつらも私を通じて、ヴェルト様に告げ口されないか不安で仕方がないのですよ」


「薬が良く効いたようだな」


「はい。……しかしヴェルト様たちは一体何者なのです? こう言っては何ですが、あまりにも人の死というものに慣れ過ぎている様に見えます」


 この時代の者からすれば、そう見えるのだろうな。だがきっとそれは悪いことではないだろう。


「お前の頑張り次第ではいつか教えてやるとも」


 黒狼会がそれなりの組織になった事で、俺は改めて黒狼会の掟を定めた。


 一つ、一般人に迷惑はかけない。二つ、裏切らない。三つ、受けたものは恩でも仇でも返す。四つ、禁制品には手をつけない。


 できるだけ分かりやすいものにまとめたつもりだ。そして黒狼会は完全な裏組織という訳ではなく、水迅断の地盤も引き継ぎながら商会の看板も掲げた運営を行っていく。


 商売するにあたって禁制品に手をつけないのは、順法精神だとかそういう問題ではない。ものによっては騎士団が出てくるため、手を出すメリットとリスクの割が合わないと判断した。


 そしてダグドは水迅断にいる時、その禁制品に手を出していた。


「黒狼会を真っ当な商会として運営する以上、まずはお前の奴隷を何とかしないとなぁ……」


「す、すみません……!」


「しかしそんなに価値があるのか。貴族や影狼なんてもんが出てくるくらいだし」


「奴隷は今日までの帝国の発展を支えて来た労働力であると同時に、好事家たちの嗜好品にもなりえますから」


 基本的に奴隷に労働力以外の価値を見出すのは、豪商や貴族など一部の金持ちだけだ。そして大きな組織は貴族と繋がりがあるし、嗜好品は人の欲求を直接揺さぶる分、金にもなる。


 フェルグレット聖王国民の特徴である銀髪金眼という見た目は、そんな者たちの興味を強く惹きつけていた。


 ダグドは配下の奴隷商人をフェルグレット聖王国に派遣し、半ば人さらいみたいなことをして帝都まで連れてくる算段を立てていた。


 既にその仕事は終えており、件の奴隷商人は今、この帝都への帰路についている。


「まぁ帰ってくるのはまだしばらく先だと言うし。基本的には元いた国に帰す方向で、しばらくは置いといても良いだろう。……さて、ダグド。本題に入ろうか」


 ダグドを呼んだのはちゃんとした用事があってのことだ。いよいよ本題だと聞き、ダグドは表情を引き締める。


「しばらくはお前が俺の代行として、黒狼会を運営して欲しい」


「……と言いますと?」


「俺たちは戦うことに関しては知っての通りだが。急にこんな規模の組織を運営しろと言われても、その経験が足りていない。細かい銭勘定なんざやる気もねぇしな。それなら相応の能力がある奴に任せた方が、効率が良いだろ?」


 ダグド自身も商家の生まれだし、本人も一から商会を立ち上げ、裏社会でのし上がってきた実績がある。


 現状無理して規模を大きくするつもりもないので、堅実な運営を任せるのならうってつけの人物だろう。


「は……! 必ずやヴェルト様のご期待に応えてみせます……!」


「ああ、いや。現状を維持できるのなら別にそれ以上は求めねぇよ」


 といっても、どこの世界も現状維持が一番大変なんだけどな。


「他組織との折衝なんかも基本的には一任する。掟の範囲内であれば、ある程度はダグドの裁量で決めてしまっても構わない。武力が必要なら都度相談しろ」


「はい……!」


「それと。集めて欲しい資料がある」


「なんでしょう?」


 少し前までは余裕がなかったが。今は時間も金もできたからな。


「ここ30年ばかりの歴史……特に大陸における情勢の推移をまとめて欲しい。それとルングーザ王国と一部の貴族についても情報を集めてもらいたい」


 そう。俺は新鋼歴400年から430年までにあった出来事を何も知らない。まずは空白の情報を埋める。


 そしてあれからルングーザ王国とディグマイヤー領がどうなったのか。その事も把握しておきたい。


「ヴェルト様。ルングーザはとっくの昔に王国ではなく、ゼルダンシア帝国ルングーザ領となっています」


「……なに?」


「確か30年近く前だったと思いますが……」


 ……なんて事だ。ルングーザ王国は既にゼルダンシア帝国に併合されていたのか。しかも30年くらい前だという事は、あれから直ぐに帝国の軍門に降ったことになる。


 おそらく父が討たれたことで、国王含め一気に親ゼルダンシア帝国へと傾いたのだろう。その結果、国は滅んだ訳だが。


「……そうか。その辺りの情報も集めて欲しい」


「分かりました。時間はかかりますが、用意させます。一部の貴族というのは?」


「元ルングーザ王国の貴族だ。ディグマイヤーという家とローブレイトという家について詳しく知りたい」


「聞いた事がない家名ですね……。いや、ディグマイヤーはどこかで聞いた様な……? こちらも時間をいただいても?」


「ああ。できるだけ正確な情報が欲しい。そのためであれば、時間はかけて構わない」


「かしこまりました」


 ダグドには合わせて、ゼルダンシア帝国の歴史についても資料を用意して欲しいと頼む。


 もしかしたら母やクイン、メルももうこの世にはいないのかもしれない。だがもし生き延びていて、今もどこかで細々と暮らしているのなら。今さらではあるが、手は差し伸べてやりたいと考えている。


 俺は屋敷を出ると、5人と待ち合わせをしている親父さんの店へと向かった。





「なんだ、おめぇ! 城壁内に拠点を作ったというのに、性懲り無くまた俺の飯を食いにきたのか!」


「ああ。やっぱり親父さんの飯は定期的に食わないと力が出ないみたいでな」


「しょうがない野郎だ! 待ってろ!」


 親父さんは次から次へと飯を運んできてくれる。今やここ城壁外西部において、黒狼会の名は大きく広まっていた。


 対立組織がなくなり、一つになったことで以前よりも治安が良くなったそうだ。俺たちはただ飯をありがたくいただいていた。


「しかしまさか、文無しからここまでになるとはなぁ!」


「ほんとほんと! あっという間だったねぇ!」


「ふぉっふぉ。大幻霊石の無い世界で、魔法を使って暴力を振るうのも良いもんじゃのぉ」


「ハ、ハギリさん……! 物騒ですよ……!」


「ロイ。お前も張り切って魔法を使っていただろう」


「それは……!」


 作法も何もあったものじゃない。俺たちは次々と飯を腹に詰め込んでいった。


「まぁじいさんの言う事じゃないが。確かに魔法の力があったからこそ、ここまでスムーズにやってこれたのも事実だ」


「にしても骨のある奴が少な過ぎる気もするがのぅ」


「それは仕方がない。ダグドにも聞いたが、大陸はもう何年も大規模な争いが起きていないんだ」


 俺たちが戦っていた時代は、全世界を巻き込んでの大戦乱時代だ。今は流れの傭兵や騎士が、英雄として称えられる時代ではない。


「ああ、聞いた聞いた。しかしあの時戦争に負けたゼルダンシアが、今の時代では大陸に覇を唱える大帝国か……」


「その辺りの流れについても、今資料をダグドに用意させている。いずれにせよ今はどこも大きな戦争をしていない」


 大陸にも一応、ゼルダンシア帝国の侵攻を食い止めている国はある。だが国力の差から、それらの国も帝国に勝てるとは思っていない。結果、うかつな大攻勢はしかけてこない。


 そして帝国も数年前に皇帝が変わってからというもの、武力による侵攻はほとんど行っていないとの事だった。


 最後に帝国に併合された国はフェルグレット聖王国。それ以来、帝国は領土を拡張していない。


 そのため、俺たちの様に10年以上前線で激しい戦いを続けてきた者など、ほとんど存在していないのだ。ましてや魔法が使える者など皆無である。


(みんなからしたら、外道に対し圧倒的な暴力を振りかざせるのは気持ちが良いことだろうな。……まぁ俺もだが)


 結局死線で身に付いた習性はそう簡単には消えない。


 俺も黒曜腕駆で暴力を振るう事に、いくらか優越感を感じていた。そしてそれが悪いことだとも考えていない。


 だが一般人には振るわない。そこのラインは守らなければ、あの世に行った時にローガにどやされてしまう。


「ねぇねぇ! ヴェルト、前にダグドの家を襲撃するとき、私に面白い仕事を任せたいって話していたじゃん? あれ、結局なんなの?」


「ああ、そのことか……」


 あの時は水迅断の本拠地が城壁内にあると聞いたところだったので、フィンにこっそり潜入してもらって探ってもらおうと考えていたのだ。


 だがダグドを抱き込んだことで、結局俺たち全員が城壁内へと入ることができた。


 本来の予定とは違うが、フィンには別の仕事を頼もう。元々偵察や情報収集が好きな奴だしな。


「ローガの墓参り……て訳じゃないが。俺は神殿に行きたいと考えている」


「なんじゃい。そりゃわしらも同じじゃて」


 どうやら5人とも、かつて大幻霊石を奉っていた神殿があれからどうなったのか気になる様だ。


「ああ。だが確認したところ、神殿は貴族街にあってな。俺たちのいた時代と違って、今は貴族街も城壁で覆われているんだ。そして中に入るには貴族の許可がいる」


「そうなのか。てっきり皆で行けると思っていたのだが」


 ガードンが重い声を発する。いや、ガードンはいつもこんな声か。


「いずれ行ける様にはするさ。だがフィンには先行して貴族街の地理を調べてきてほしいんだ」


「ほぇ?」


「初めて足を踏み入れた時に、何かあっても対応できる様にしておきたいんだよ。新しい戦場に出向いた時の基本だろ?」


 予定とは違ったが、いずれやろうとしていた事だ。城壁内の地理も抑えておく必要がある。


 特に俺たちは、帝都に来て短期間で多くの殺しをやっている。どこで恨みを買っているか分からない以上、街中では人を巻き込まない様に気を付けておきたい。


「ふふ。それは確かに私好みの仕事だねぇ! 任せて!」


 フィンは笑顔を見せながらやる気を出す。しかしフィンの魔法、気配の遮断どころか今は短時間であれば姿自体を消せるんだよなぁ。


 これ、もしかしたら俺たちの中で最強の能力じゃないか……?

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