第13話 ローガ、最後の契約 ヴェルトたちの覚悟

 次の日。ノンヴァードの大軍が近づく中、群狼武風を始めとした傭兵の多くは王都から姿を消した。


 国王陛下は最後まで戦う意思を明確にし、騎士たちの多くはその意思に付き従う。だが正規軍の中でも脱走兵が出始めている様だった。


 俺たちは神殿へと向かう。その途中、ローガの姿を見つけることができた。


「団長」


「お……と。……はぁ。お前たちも来たのか」


「……他の者たちも?」


「ああ。最後までお供します、て酔狂な奴らが何人かいたけどな。全員、うまいこと追い返したんだよ」


 団長の話によると、他の隊長格の者もやってきたらしい。


 だがそういった者が姿を見せる度に「この金を持って生き延びてくれ。そして群狼武風が確かに存在したことを後世に伝えてほしい」とか「お前には群狼武風の戦いを後の世代に伝えるという使命を与えたい」などと言って、金を渡して追い返してきたらしい。


「で、さっきとうとう金が尽きてしまってな。さてさて、お前らには何と言ったものか……」


「ほっほ。ローガ、わしらは団長ではなくなったお前ではなく、ヴェルトの付き添いじゃ」


「お、ならお前一人説得すれば済むか。おいヴェルト。せめてもの意地で、群狼武風という傭兵団が存在した事を後々まで語り継がれる様にしたいんだ。お前も協力してくれ」


 なんだそりゃ。まぁローガも本気でそんな事を願っている訳じゃなく、本人の言った通り追い返す口実なんだろうが。


「他の奴らには金を払ったのに、俺にはただ働きをしろってか? それに天秤にのっているのは、団長と肩を並べる最後の戦場だ。どう考えても割に合わねぇよ」


「はぁ……。せめて老い先短いじいさんだけだったら快く承諾したんだがなぁ……」


「ほっほ。あきらめよ、ローガ。それにわしらは荒事以外で食っていく術を持たぬ。今さらノンヴァードが支配する地で、田畑を耕して生きることなどできんわ」


 そうだ。いろいろそれっぽい理屈はこねたが、結局はそこに行き着く。


 俺たちは今さら、自分の腕以外に生きていく方法を持っていないのだ。


 自信がある分プライドも高いし、南方へ逃げ延びても敗戦という傷を抱えて生きていく事になる。それは……やっぱり耐えられそうにない。


「悪いな団長……いや、ローガ。俺もバカなのは分かっているが。ここを去れない理由があるんだ」


 そして俺がここに残るもう一つの理由。それは元の時代に居た時に味わった屈辱を、もう一度味わいたくないというものだ。


 あの日、俺は家族と領地を失い、過去の世界へと迷い込んだ。そしてその直後、賊にいい様になぶられ、群狼武風がいなければ奴隷としてこの世界を生きることになっていただろう。


 そんな屈辱、想像しただけでも耐えられない。二度とそんな思いをしなくて済む様に今日まで自分を鍛えてきたし、この世界で生き残るために多くの奴らを斬ってきた。


 ここで逃げ出せば、俺は生涯消える事のない屈辱を心に刻みながら、残りの人生を過ごすことになる。もう一度あんな目にあうくらいなら、ここで最後まで自分らしく生を貫きたいと思う。


 どうせ俺には帰る場所も、待っている人も。そして生涯を通して成し遂げたい何かがある訳でもないのだ。しかしそんな俺だからこそ、唯一持つこの矜持は守りぬきたかった。


「……どうやらお前には言っても無駄らしい。ったく、バカ野郎だ」


 ローガは観念し、俺たちは共に神殿を目指す。アックスは小剣の刃をチェックしながら口を開いた。


「しかしまだ決戦になるかも分からないんだろ? ここまで優勢なんだ、ノンヴァードも無駄に戦力は削りたくないはず。降伏勧告くらいしてくるんじゃないの?」


 その可能性については俺も考えていた。そうなった場合、増々今後どうするか考えなくてはならないのだが。しかしローガはその意見を否定する。


「ああ、それはない」


「どうして?」


「理由は2つだな。一つは南方に残されたゼルダンシア王国の兵力だ」


 南方は平定したばかりのため、反乱の目が出ない様にいくらか兵力が駐屯している。しかしさすがに王都の危機と天秤にかけると、かけつけてくるだろう。


 ノンヴァードとしてはその前に王都を落としたいはず。ローガはそう考えていた。


「もう1つは?」


「大幻霊石だ。実は陛下から、大幻霊石の所有権についての逸話を聞いてな」


 神秘の塊である大幻霊石だが、基本的に王族以外にその力を引き出せない。


 ゼルダンシア王国の大幻霊石はエル=グラツィアという名称だが、他の大幻霊石にもやはり違う名があり、それぞれ管轄する王族が別に設定されているという。


「つまり王族だからと言って、どの大幻霊石でも扱えるという訳ではないと?」


「そうだ。王族はあくまで自国の大幻霊石しか扱えない。しかしその所有権を奪うことはできる。方法は簡単だ。大幻霊石を扱えるその国の王族全てを殺し、別の王族が大幻霊石に血判を押す。それで大幻霊石はその王族のものになる」


 ローガが言うには、王族だからと無条件にどの大幻霊石も扱える訳ではないとの事だ。


 古来より王族の女性……中でも直系の血筋ほど、大幻霊石を扱える姫が生まれる確率が高いらしい。またそうした姫の多くは、赤い眼を持って生まれてくるとの事だった。


 そういえばシャノーラの眼も赤かったし、神話でも大幻霊石とセットで出てくるのは巫女だ。おそらく男性で大幻霊石を扱える王族はいないのだろう。


「……では」


「ああ。ノンヴァードの一番の目的は、ゼルダンシア王国の所有する大幻霊石だ。陛下と巫女であるシャノーラ殿下は邪魔でしかないだろう」


 それならなおの事、大幻霊石の所有権を有したまま姿を隠した方がいいのではないかとも思ったが、以前にローガが話していたことを思い出す。


 王族には王族の離れられない理由……矜持みたいなものがあるのだろう。


「では十中八九、ノンヴァードとはぶつかることになりますね」


「ああ。この状況で王都の残っている奴らだ、何を言っても降伏しないという事も分かっているだろう。そして陛下もここを離れない以上、騎士たちも最後まで抵抗する。……結果はともかく、荒れるのは間違いない」





 神殿の入り口は騎士たちが固めていた。だがローガの顔を見ると、中へと通してくれる。どうやら陛下からの頼まれ事は、既に伝わっている様だった。


「ローガ……」


「殿下。御父上の最後の依頼を果たしにきました。……いや、何より。俺がそれを望んだ」


「でも……。ここに居ては、あなたも……」


「なぁに。俺は俺の流儀に従い、あなたを最後まで守ると決めた。そしてそのお代は昨日の夜にもらったんだ。もうこの契約は変更できない」


 ローガの言っている意味は理解できなかったが、シャノーラ殿下は頬を赤く染めている。


 近くに立っていた俺だが、アックスとフィンに腕を引っ張られた。少し離れたところでアックスが小声を出す。


「邪魔しないでおいてやろうぜ」


「……なにがだ?」


「何ってお前。ありゃ好き合ってんぜ」


「…………冗談だろ? 身分も違うし、何より年齢差がどれくらいあると思うんだ」


 何をばかなことを……と思っていたが、フィンは甘いねと指を立てる。


「見たら分かるって。それに団長は昨日の晩、城に行っていて帰ってきたのは今日になってからだし。きっと姫様の部屋に泊まっていたんだよ」


「…………」


 改めて遠目に二人を見る。互いに見つめ合う二人を見ていると、何だかそんな気がしてきた。……お代ってそういう意味か。


「まじか……。分からなかった……」


「まぁ強いってのはそれだけで魅力的だからね。それに団長は一から傭兵団を立ち上げて、今日までゼルダンシア王国に大きく貢献してきたんだし。その生き方は素直にかっこいいよ」


 そして略奪は許さず、軍属でない者や街人にいたずらに被害が広がることは避ける。まぁそんなローガだからこそ、今日まで憧れながら付いてきたのだが。


 しばらくしてローガはこちらに向かって歩いてきた。だがその口が開く前に、フィンが声を出す。


「団長~! いつの間に姫様をモノにしたわけ~?」


「あんだよ、関係ねぇだろ! ……ったく。まぁこの歳まで独り身だったわけだが、いろいろ守りたいと思えるものが増えてな。なんてことはねぇ、俺は俺自身のためにここに残ったのさ。お前らには俺の都合に巻き込みたくなかったんだ。今からでも出て行っていいんだぞ」


「いやいや! 増々残りたくなったって!」


「そーそー。これまで散々多くの命を奪って、金を稼ぎながら生を繋いできたんだ。外道の最後としては上等だろ」


 ガードンやじいさん、ロイも笑みを見せている。外道の最後……か。確かに悪くないかもしれないな。


 しかし流れの傭兵と王女のロマンスか。俺のいた時代ではまずありえない光景だが、かつてこんな出会い……そして別れが歴史の1ページにあったと思うと、胸にくるものはある。


 例え名は刻まれなくても。人は確かに、そこで生きていたのだ。

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