第12話 ローガの決意 ヴェルトの選択
それからしばらくして、王都には裂閃爪鷲に打ち砕かれた騎士団たちがばらばらに集い始めていた。満身創痍。とても戦える気力はありそうにない。
ローガは連日、陛下に呼ばれて会議に参加していたが、とうとうその日はやってきた。
「ノンヴァードの大部隊が真っすぐ王都を目指している」
「やっぱり……」
「まぁじきだろうなとは思っていたが……」
ノンヴァード軍はゼルダンシアの騎士団を打ち破り、意気揚々と王都を目指していた。先頭を歩くのは裂閃爪鷲との事だ。
「こっちは敗走した騎士団に、俺たち群狼武風。あと小規模の傭兵団がいくらかか……」
「その傭兵団だが。既に逃げ出している奴らが出ている」
「だろうな……」
もはやゼルダンシア王国に勝ち目はない。できるなら俺たちも逃げ出したいところだろう。
だが群狼武風はあまりにも深く、ゼルダンシア王国と関わり過ぎた。数年に渡って雇われた上に、魔法の祝福まで授かり、騎士の位に取り立てると約束までされていたのだ。
ここでゼルダンシア王国を見捨てて逃げ出せば、もう二度とこの界隈で働けなくなる。それは群狼武風の終わりを意味していた。
「団長……。俺たちはどうするつもりで?」
だが群狼武風は、良くも悪くもローガに惹かれた者たちの集まりだ。最終的には団長の指示に従う。俺もそうだ。
ローガの事は純粋に尊敬しているし、何よりここまで生き抜く力をくれた恩がある。あの時ローガたちに出会わなければ、俺はとっくに命を落としていた。
「ああ、そのことだがな。今を持って群狼武風は解散する」
「な……!」
「団長……!?」
ざわめく俺たちが静かになるのを待って、ローガは再び口を開く。
「まぁゼルダンシア王国には恩があるがな。とはいっても俺たちはゼルダンシア貴族でも何でもねぇ。金で雇われた傭兵だ。その金が払えなくなるんなら、契約もここまでって訳だ。そしてこの先ノンヴァード王国が支配する大陸で、俺たちを雇いたいという奇特な貴族はまずいないだろう。つまり資金的にも、この先群狼武風を維持していくのが難しいのさ」
言っていることは分かる。だがまだその段階ではない。
「しかし団長。王国南方はまだ平定したばかり。そいつらが素直にノンヴァードの支配を受け入れるとは思えません。戦乱はまだ続きます。陛下と共に南方に逃げれば……」
俺の言葉をローガは途中で制した。
「大幻霊石を一国が抑えれば、いずれどの国も従うようになるさ。それだけ貴族……国を動かせる者にとって、祝福を受けられる権利というのは大きい。何より陛下は、この王都を離れるつもりがない」
「…………」
やはり鍵となるのは大幻霊石か……。これを巡って50年も戦い続けているのだ。この時代の人たちにとって、大幻霊石というのはそれだけ無視できない存在に違いない。
生まれた時から元々大幻霊石が存在していなかった俺とは、その捉え方がそもそも違う。
「悪かったな。お前らには、最後の最後で貧乏くじを引かせちまった」
「団長……」
だが誰もローガに文句は言わなかった。当然だ。結果はともかく、今日まで群狼武風の一員として戦ってきた日々に後悔などないのだから。
「お前たちは自分の隊に解散を伝えろ。その後は自由だ。元群狼武風を隠してノンヴァード側に雇われるのも有りだし、どこかの街に落ち着いても良い。ノンヴァードが気に入らねぇなら南方に行くのも手かもな」
「……団長はどうするんで?」
「俺か。俺は……陛下に頼まれちまってな」
そう言うとローガは壁にかかった自分の剣に視線を移す。
「神殿にいる娘に付いてやってくれないかってな。ま、ここまできて俺だけとんずらもかっこ悪いだろ? 俺は最後にここで暴れていくとするさ!」
分かったらさっさと行けとローガは促す。俺たちは黙ってテントを出た。
その足で自分の隊が駐屯する場所へと移動し、そこで隊の解散を告げる。全員驚いていたが、中には納得顔の者もいた。そして俺も自分のテントに戻り、荷物をまとめ始める。
「ヴェルト。今いいか」
「ああ……」
中に入ってきたのはアックスにフィン、ガードンとロイ、それにハギリじいさんだった。
「どうしたんだ、みんなそろって……」
「ああ。実は俺たち、話合ったんだよ」
何を、とは聞かない。聞くまでもない。だが5人は強い決意に満ちた視線を俺に向けていた。
「ヴェルト。お前、団長に付いていくつもりだろ?」
「…………」
俺自身どうするか。その答えはもう出ていた。アックスの言う通りだ。俺はローガに付いていき、共に最後までここで暴れようと思っていた。
そもそも元の時代に戻れない以上、俺は傭兵以外に生きていく術を知らない。いや、例え元の時代に帰れたとしてもそれは同じだろう。
そして群狼武風を去り一人この時代で生を繋ぐ事と、ローガに付き従ってノンヴァード相手に暴れること。
どちらがよりマシな人生の過ごし方かを考えた時、答えは自ずと出た。アックスにはその考えを読まれていた様だが。
「やっぱりな。お前との付き合いは長いからな。すぐに分かったぜ」
「……元々団長にもらった命だからな。あの人は……俺をここまで育ててくれた」
「ああ、分かってる。俺たちも団長に恩があるとも。そしてお前にもな」
「俺に……?」
ここでハギリじいさんはゆっくりと口を開く。
「ほっほ。坊は今日までよく自分の隊を率いてくれた。それにわしらを信用し、祝福まで受けさせてくれた」
「ああ。俺のジンクスも一笑に付さず、真剣に考えてくれた」
「そーそー。普通、私みたいな小娘に祝福を与えようなんて考えないって」
「ぼ、僕も……! 南方地方での戦では、ヴェルト隊長に直接助けてもらいました……!」
ガードン、フィン、ロイも俺に対する感謝を述べる。気持ちは嬉しいが、アックスたちが何を言わんとしているのか、その輪郭が見えてきた。
「ま、そんな訳だからよ。どうせ帰るところのない俺たちだ。このままノンヴァードの統治する世を生きる気もねぇ。なら最後は後悔のない命の使い方をしようってなってな」
「お前ら……」
「これより俺たちの命はお前のもんだ。好きに使ってくれや」
いつもなら断っていただろう。ふざけるなと叫んでいたかもしれない。
だがアックスたちの決意と、俺の決意は同じものだ。それを無下にすることは5人に対する侮辱だと思えた。だから。
「はっ。まさかお前らがここまでのバカだったなんてな」
「なんだ。知らなかったのかよ?」
「ああ……。知らなかったよ」
本当の意味で、俺たちの間に深い絆が生まれた瞬間だった。
おそらく貴族として生きていたら、まずこんな仲間たちには出会えなかった。絆を育むことができなかった。この事実だけで、過去に飛ばされたことに感謝しても良いくらいだ。
「なら。最後にノンヴァードの奴らに、目に物見せてやるとするか」
「おう!」
「腕が鳴るのう」
俺の最後……か。叶うのならもう一度、家族に会いたかったが。
俺は歴史に名を残すことなく、この時代に沈んでいくのだろう。
だがその最後を最高の仲間たちと迎えられるのだ。何度問われても、今日までの生き方に後悔はない。
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