第8話 新たなる力 戦場の群狼武風

「これが魔法か……」


 祝福を受けた後、俺たちは練兵場に集まって各々授かった力を試していた。不思議な事に魔法というものは、感覚的に把握する事ができる。まるで初めから備わっていた機能かの様だ。


 祝福を受けた者の半分以上は、火や水を操る力を得ていた。これも予想通り。魔法の力を得た者のほとんどは、水火風といった事象を操る力を得るか、身体能力強化の力が発現する。


 ちなみにローガは身体能力……特に筋力の強化が発現していた。もっとも本人は、派手な魔法を撃ちたかったようだが。


「…………」


 俺は自室で一人、魔法を解放する。するとたちまち両腕は黒い手甲に覆われた。


「……地味だなぁ」


 俺に発現した魔法もローガと同じく、身体能力の強化……というか、腕部の強化だった。魔法を発動すると両腕が黒い手甲に覆われるのだ。


 耐久性を試してみたが、性能はそれなりだ。また岩壁でも結構遠慮なしに殴れるので、これはこれでいいかと思っている。重さも感じないしな。


「とはいえ、手甲代がかからない以外にあまりメリットはないよな……」


 練兵場で俺たちに魔法の指導をしてくれたのは、カーライルだった。カーライル曰く、魔法は成長するものらしい。


 例えば火術に目覚めた者が、最初は火球を飛ばせるくらいだったのが成長した結果、特定の位置に炎の壁を現出させられる様になったりといった具合だ。


 また戦場という環境は、より魔法を成長させやすいとの事だった。


『魔法の力は時の経過と共に回復するが、基本的に使えば使うほど消耗していくのであーる。特に始めは魔力量も大したことないので、使いどころはよく考えるのであーるぞ!』


 これもカーライルの言葉だ。ライグの魔法を思い出すに、あいつもまだ祝福を受けて日が浅かったのだろう。


 ちなみに極限の位まで修めた魔法を魔昂術と言うらしい。魔昂術の使い手は歴史上、数えるほどだという事だ。


「俺のこの黒の手甲も、極めれば何か別のもんに変化すんのかね……」

「腕が飛ばせる様になるとか?」

「!?」


 突如聞こえた声に驚き、後ろを振り返る。そこにはいたずらに成功してにんまりと笑うフィンが立っていた。


「フィン……!?」

「おおー。ヴェルト隊長の背後をこんなに簡単にとれるなんて。私の魔法、地味だけどなかなか使えるかも!」

「心臓に悪い……!」


 手甲に覆われた手で軽くフィンの頭を叩く。フィンが得た魔法も独特なものだった。


 それは自分の音を消し、気配を極端に薄くできるというものだ。派手さはないが、かなり汎用性の高い魔法と言えるだろう。


「一体何の用だ?」

「ふっふ。今ね、みんなの魔法に名前を付けているんだ! ヴェルトの魔法にも呼び名を考えてあげようと思って!」

「呼び名ねぇ……。ちなみにフィンのは何と言うんだ?」

「私のは無音穿身! どう、かっこいいでしょ!」


 テンション高いな。フィンも魔法の力を得られて嬉しいみたいだ。ちなみに俺の隊は俺以外全員、フィンに名付けてもらったらしい。


「それじゃ俺のもフィン大先生にお願いするとしますかね」

「まかせてよ! ……そうだなぁ~。黒い手甲……あ! 黒曜腕駆なんてどう? かっこいいよ!」

「黒曜腕駆か……」


 正直、呼び方は何でも構わない。むしろなくてもいい。が、ここまで嬉しそうにされると無下にもしにくい。


「分かった。それじゃ俺の魔法は黒曜腕駆でいこう」

「やった! ちゃんと使う時は叫んでよね!」

「叫ぶ必要あるのか……?」


 あとは各々、実戦にどう落とし込んでいくかだな。だがいずれ嫌でも慣れていくだろう。





 俺たちが魔法の祝福を得て4日後。とうとうその日はやってきた。


「うっしゃ! 野郎ども、いくぞぉ!」

「おおおお!!」


 ある程度魔法の扱いにも慣れた頃、いよいよノンヴァード王国との前線に行く事になったのだ。


 王都から発った戦力は群狼武風約3000に、王都防衛戦力の約半数になる。これで王都に駐在する戦力はかなり減ったが、それだけ前線がピンチだという証左でもあった。


 というのも、とうとうノンヴァード王国も魔法使いを投入し始めたからだ。これに対抗するため、俺たちは物資と共に北の要塞を目指す。


「じいさん。付いてきて大丈夫だったのか?」

「うむ。魔法の力を得たおかげで、わしは身体能力を向上させる事ができた。これならまだ戦えるわい」


 ハギリじいさんとガードンの二人は、純粋な身体能力強化の魔法を獲得していた。


 だがじいさんは素早さ寄りの強化なのに対し、ガードンは防御寄りの強化になる。一言に身体能力の強化といっても、性質に違いが見られた。


「中には派手なもんが使えんで残念がっとる者もおるようじゃがの。これぞわしが心から望んでおったものじゃ。坊には改めて感謝せにゃならんのぅ」

「だから坊はやめろって……」

「しかしお主の黒曜腕駆といったか。見たところただの手甲には見えんが。どうじゃ、あれから何か新たな能力でも見つかったか?」


 黒曜腕駆についてはこの4日でいろいろ試した。結論から言うと、使い勝手の良い手甲といったところだ。


 軽く頑丈で、並の一撃でもしっかりと耐えられる。何よりこれまで身に付けてきた俺の戦い方に組み込むのも容易だ。欲を言えば、腕部だけではなくてもう少し広い範囲で覆ってほしかったところだが。


「まぁガーディンみたいな鍛冶師が特上の材料を使って鍛えた手甲って感じかな。火球みたいな遠距離攻撃はできないけど、これはこれで悪くないと思ってるよ」


 それに魔法は成長するっていうしな。使い続けていると、その内なにか変化が見られるかもしれない。





「うおおおおおお!! 潰せえぇぇぇぇ!!」

「ゼルダンシアの豚どもを逃がすなああぁぁ!!」

「ひいいぃぃぃぃ!!」

「ノンヴァードのクソどもが! ここで死ねえええぇぇ!!」


 俺たちが前線に赴いてすぐだった。両軍は小競り合いから、本格的にぶつかり始める。両軍が動きを見せて既に3日が経っていた。


「ヴェルト隊長! ローガ団長から伝令です!」

「なんだ!?」

「味方左翼が押し込まれている! 至急、救援に向かって欲しいとの事です!」

「……! ここも危ないんだがな……!」


 両軍は平野部で大きく激突していた。互いに後ろに回り込まれない様に、横に広く陣を展開している。またさすがに魔法使いも多く、戦場では時折火や風、雷まで舞っていた。


「ヴェルト隊!! ここにはガードンとじいさんの隊を置いていく! 残りは俺に続けえぇぇ!!」

「おおおお!!」


 残りの隊を率いて、俺は指定されたポイントへと急ぐ。そこでは味方兵がかなり敵兵にやられていた。


「ロイ!」

「はい! ……炎よ! いけぇ!」


 ロイは敵軍目がけて火球を数発続けて撃ち込む。火球は地面に着弾すると爆発を起こし、周囲の敵兵を薙ぎ払っていった。


「便利だな……!」


 ロイが目覚めた魔法は、火術と風術だ。この二つを用いて、ロイは炎の勢いをより強くしたりとかなり自身の魔法を使いこなしていた。


 何でも器用にこなすロイらしい能力だ。ちなみにフィンはロイの魔法を火槍風翼と名付けた。


「なんだ、魔法使いだとぉ!?」

「狼の文様……! こいつら、群狼武風だ!」

「なんだと!?」


 俺は救援にかけつけた味方部隊に向かって大きく口を開ける。


「群狼武風隊長、ヴェルトだ! 俺たちが押しとどめる、今のうちに体勢を整えろ!」

「傭兵風情が……! だが感謝する!」

「やれ! 派手にぶちかませぇ!」

「おおおお!!」


 とはいえ、多勢に無勢だ。味方が立て直すのが早いか、俺たちが壊滅するのが早いか……! 


 しかし敵はこちらに魔法使いがいるという事と、駆け付けたのが群狼武風だという事が重なり、進軍の足がやや停滞している。


「いくぞぉおお!!」


 ロイが魔法を放ち、それを助けに俺は突っ込む。隣でついてきているのはアックスだった。


「アックス!」

「分かってるって!」


 互いに死角を補い合いながら、敵兵を斬り伏せていく。アックスは得意の、両手にそれぞれ持った二本の小剣で。俺は身長くらいある大剣だ。


 黒曜腕駆は腕力も向上させるのか、普段よりも大剣を素早く振る事ができた。


「俺もロイみたいな魔法が使いたかったぜ……!」

「アックスも水術が使えるんだろ?」

「水球なんざ出したところで、大した役には立たねえっての!」


 アックスは敵兵の喉を突きながら文句を言う。アックスに目覚めた魔法は水術だった。だが現状、飲み水の供給以外に戦場ではあまり役に立っていない。


 ちなみにフィンは最初、給水係という名をつけたらしいが、最終的に水舞耀閃という呼び名になったらしい。


「過去には大量の水塊を作り出す魔法使いもいたそうだが。何にせよ火攻めには強いんだ、貴重な能力さ」

「だといいがな……!」


 軽口を叩きながらも、俺たちの足は止まらない。敵兵は完全に勢いを失っていた。


「これが……! 群狼武風……!」

「誰か止めろぉ!」

「俺たちじゃ無理だ! 魔法まで使えるんだぞ!?」


 もう少し時を稼げば、味方も体勢を整えるはずだ。いける……! そう考えた時だった。一つの黒い塊が、俺に向かって突撃してくる。


「ヴェルト!?」

「離れろ!」


 その塊は俺に向かって剣を振り降ろしてきた。俺はその剣を自分の剣で弾く。そうして一端距離を取った。


「お前は……」


 黒い塊だと感じたものは、一人の人間だった。黒い軽装鎧を身に纏い、一本の長剣を握っている。


 だがここまで駆け付けてきた速度。あれは普通の人間には不可能な速さだった。それにこいつの鎧には、特徴的な文様が刻まれている。


「お前が……ライグをやったというヴェルトか」

「そういうお前は裂閃爪鷲だな」


 間違いない。こいつも魔法使いだ……! それも相当強い……!


「アックス! 隊の指揮をとれ! 俺はこいつを抑える!」

「いいのかよ……!」

「かまわん! 他に裂閃爪鷲の魔法使いが現れたら、お前とロイで対処しろ!」

「……了解!」


 俺と目の前の敵を除いて、周囲では激しい戦闘が再開される。そいつは真っすぐに俺を見てきた。


「ふん……どれほどの奴かと思ったが。これなら俺一人で十分だな」

「……あぁ!?」

「覚えておけ。俺の名はキアド。お前たち群狼武風を屠る男だ」

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