第9話 戦場の群狼武風 ヴェルトの予感

 キアドと名乗った男は、剣を構えると見下す様に笑う。


「は……大きくでやがって。その群狼武風にお前たちは一度敗れている訳だ」


 傭兵稼業はなめられたら終わりだ。俺もこの世界で生を繋いでだいぶ経つからな。貴族だった時のお上品さはもうない。


「ふん……。どうやらお前たちも祝福を得た様だが。見た瞬間に分かった、群狼武風のレベルがな。ライグは魔法の力を得たばかりで調子づいていた。敗因はそこだな」


「それじゃ、てめぇの魔法の使い方とやらを教えてもらおうか!!」


 一気に駆けだし、剣を振るう。だがキアドは素早く後方へと下がった。


 やはり速い……! おそらくはハギリじいさんと同じく、スピード重視の身体能力強化……!


「ふっ……!」


 後方に下がったキアドが、素早い足の切り返しで俺にせまってくる。俺たちは互いに剣を打ち合った。


「ほう……その手甲がお前の魔法か……。多少は腕力があるようだが、あたらなければ意味がないな!」


「く……!」


 こいつ……! 極短距離の移動なら、俺の目でも追いきれねぇ……! 剣速はともかく、身体の位置替えが速すぎて対応しきれない……! 


 浅くではあるが、俺の身体がキアドの剣によって斬られていく。


「俺は祝福を受けてもう1ヶ月は経つ。お前とは立っているステージが違うのだ……!」


 この野郎……! きっとこいつは、俺の事を自分よりも格下だと断定しているだろう。これまで戦場で生き抜いてきた実績、そして魔法。それらが自信の源になっているのだ。


 だが俺とて伊達に群狼武風で隊長を張ってねぇ。これまでも魔法を使う敵を幾人も仕留めてきた。中にはこいつの様に、やたら素早い奴もいたのだ。そして今の俺にはこの手甲もある。


「死ねぇ!」


「なめるな!」


 キアドの姿が消えたが、右からの気配が強い。これで決めるつもりで、殺気を強く発しているのだろう。


 俺は両手に持っていた大剣を左手だけで握ると、右腕で腹部を守りながら左に重心をずらす。一瞬後、俺の右腕に纏っている黒の手甲は、キアドの剣を防いでいた。


「なに……!?」


「らぁ!」


 身体を捻り、逆手に握った大剣を振るう。キアドは素早く自身の剣で防いだが、その作り出された隙で俺は右拳を放った。


「ぐ……!」


 黒曜腕駆で覆われた手甲による一撃だ。鎧越しでもダメージは通ったはず。


 そのまま追撃をかけようとしたところで、キアドは倒れそうな姿勢のまま俺に向かって蹴りあげる動作を見せた。


「……!」


 通常ならキアドの位置から蹴りを放っても、俺には届かない。だがその蹴り上げた足先から、光の塊が撃ち出される。


 至近距離かつ予想外の攻撃。俺は咄嗟にに対処できず、光の塊をもろに受けてしまった。


「が……!?」


 全身を強い衝撃が襲う。一瞬、意識が飛びそうにもなるが、何とか耐える。


 しかし身体は大きく吹き飛ばされてしまった。近くで大剣が落ちる音が響く。まずい……! 早く立ち上がらなくては……!


「…………?」


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 全身の骨に強い衝撃が走ったおかげで、俺はまだ立ち上がる事ができない。しかし追撃はなく、キアドの激しい呼吸音が聞こえるのみ。


(今のはあいつの切り札か……! そうか、体力が激しい魔力の消費に追いついていないんだ……!)


 それが分かったところで、いつキアドの体力が戻るかも分からない。俺も早く体勢を整えなければ……!


「ち……! まさかまぐれでライグに勝った雑魚に切り札を使うとは……!」


 こいつ……! まだ俺の事を見下してやがる……!


「はぁ、はぁ……! まぁいい……! さっさとこの雑魚をやって、残りの群狼武風どもを片付けないとな……!」


 キアドの足音がゆっくりと近づいてくる。この野郎……! 


 ここで俺がやられたら、隊は大きく揺らぐだろう。その揺らぎは強さと勢いに直結する。もしかしたら本当に、こいつ一人に俺の隊がめちゃくちゃにされるかもしれない。


「…………!」


 昔、ディグマイヤー領にローブレイト家の兵が攻めてきた時の事を何故か思い出す。


 そうだ。あの時は俺に力が無かったばかりに、父上は死に。そして母上と弟妹も自領を追われた。


 あの後どうなったのか、過去の世界に飛んだ俺には分からない。だがおそらくディグマイヤー領は無くなり、仇であるローブレイト家や王家に接収されただろう。


「ぐぅ……!」


 強い怒りが身体の内から湧いてくる。この感覚は久しぶりだ。


 元の時代への帰り方は分からず、そして帰れたところでもう俺に居場所はない。それも全てはあいつらと。


 何より次期当主でありながら怠惰な日々を過ごし、危機意識を持てていなかった俺のせいだ。そう、俺は俺自身のうかつさが憎いのだ。


 そして今もまた、俺に力が足りないばかりに、せっかく得た仲間たちを失おうとしている。


 傭兵として生きてきて、戦い方を覚えて、身体も成長して。今こうして魔法の力まで得たというのに。あの頃から俺はまったく進歩していない。いや。


「ふざ……! けるな……!」


 自分への怒りで全身に喝を入れ、無理やり身体を起こす。


 確かに今までの俺じゃ、こいつに見下されていても仕方がねぇ……! だが! 今ここから、俺はあの時の俺より一歩でも前に進む!


「まだ起き上がれるのか……! しつこい奴め!」


 キアドが駆け足で向かってくる。俺は怒りの咆哮をあげながら足を前へと進めた。

  

 手に大剣はない。武器らしい武器は何もない。それで立ち向かってどうするというのか。


「血迷ったか、雑魚が!」


「おおおお!!」


 素手で向かってくる俺を見て、キアドは勝ったと思っただろう。だが俺は強い予感を感じながら、大きく右手を振るう!


「が……!?」


 キアドの振るっていた長剣は砕け、その身体も大きく切り裂かれていた。キアドはその場に倒れ込み、その場に血が広がり始める。それを成したのは、俺が右手に握る一本の黒い剣。


「これは……!?」


 気付けば俺は、肩部分まで黒曜腕駆に覆われていた。この土壇場で少し変化したようだ。何より。


「この剣……。黒曜腕駆の一部なのか……!?」


 だがこうしている今も強く魔力を消耗している感覚がある。俺は意識して魔法の力を抑えていく。すると剣は消え、黒曜腕駆は両腕を覆うまでにとどまった。


(まだまだこいつの使い方は分からないことだらけだが、今は……!)


 周囲を見渡すと、両軍入り乱れての混戦になっている。だが何人かは俺たちの戦いの行く末を見届けていた。俺は拳を大きく掲げる。


「裂閃爪鷲の将、キアドはこの俺、群狼武風のヴェルトが討ち取った!」


「おおおおーー!!」


 その後、この場に新たに敵の魔法使いが現れる事はなく、形勢は大きくこちら側へと傾いて行く。だが体力の限界を迎えた俺は、一時後方へと下がった。





 それからも戦いは続いたが、1ヶ月ほど経ったある日、ノンヴァード側に少し変化が見られるようになる。


「おうヴェルト! こんなところでどうした?」


「団長……。いや、最近ノンヴァードの奴らが大人しいと思って……」


「ここ数日は雨続きだったろ? 奴らも攻勢に出にくいんじゃねぇか? 何より、俺たちがノンヴァードの魔法使いを次々と狩っていったからなぁ! がはははははは!」


 見渡しの良い平野で、両軍は長く睨み合いながらもここで決着をつけようとしている。だが障害物の無いこの戦場では、うかつに突っ込むと敵の矢の的になりかねない。


 重装歩兵や騎兵を用いて無理やり突っ込み、敵陣に穴を開けるという戦い方もあるが、それもこのぬかるみでは難しい。


 また両軍ともに兵力に余裕がある訳でもないので、きっかけがなければ攻勢に出る事も難しいのだ。いたずらな兵力の消耗は、長い目で見れば勝敗につながりかねない。


「さっき各将を集めての軍議に出てきたがなぁ。こっちもしばらくは様子を見るとの事だ。ま、武具の手入れも考えると、この辺りで一度時間が欲しかったからな」


「そうですか……」


 この1ヶ月、ゼルダンシアは善戦した方だろう。だが俺には気になる点があった。


「どうしたよヴェルト。考えこむ様な顔してよ。お前は昔からよく難しい顔をしてたよなぁ」


「いつの話だよ……。いや、俺と戦ったキアドの話していた事と、裂閃爪鷲がまだほとんど姿を現していない事が気になって」


「ああ……」


 キアドはあの時、魔法の力を得て既に1ヶ月経っていると話していた。つまり相当前から祝福を受けていたという事だ。


 そして今日まで裂閃爪鷲はその一部しか戦いに参加していない。残りは今、どこで何をしているのか。


「奴ら……。小規模とはいえ、ゼルダンシア側に潜り込ませる事に成功していました。この平野部以外からはまともにこちら側に入れないはずなのに」


「つまりなんだ。お前はどうにかゼルダンシアに潜入した裂閃爪鷲が、後方から襲い掛かってくるというのか?」


「そこまでは……。ただ可能性の一つとしては考えておいた方がいいかと」


「…………」


 ローガは俺の意見を妄想だと笑い飛ばさない。この慎重さが今日まで群狼武風を生き長らえさせてきた。


「一応、俺の方から総大将殿にも言っておくが。だが話したところで、ここを離れさせられるほど戦力に余裕がある訳でもねぇ。俺に指揮権があれば、今のこの時期に少数でも見回りには行かせるがなぁ」


「仕方ないですね。俺たちは所詮傭兵だし」


 といっても祝福も受けているし、もうほとんどゼルダンシア王国民だが。


「俺たちの中でも祝福を受けた奴らの半分以上は、この1ヶ月でその魔法に変化が見られる様になった。いざという時も、この魔法でなんとか切り抜けるしかねぇな」



「つまりはこれまで通り、と」


 俺の黒曜腕駆にも変化が見られた。今では胸部と腕部を黒い甲冑で覆う事ができ、剣も生み出す事ができる。


 正直、接近戦ではこれ以上ないくらいに使い勝手が良い。もっとも、ハギリじいさんやローガも相当な力を身に付けているのだが。


「お前も随分強くなったからな。この戦いもいつ終わるか分からねぇが。お前には期待してるぜ」


「ああ。日に日に魔法が身体に馴染んできているのが分かる。任せてくれ」


「……魔法の事を言った訳じゃねぇが。まぁいいさ」


 それから数日。小競り合いはあったものの、いずれも大きな戦になる事なく、両軍は互いに睨み合っていた。


 だが10日後。俺たちは前線から外される事になる。

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