第6話 王都帰還 哀愁のハギリ

 トラブルにあったものの、俺たちは無事にカーライルを目的地の要塞まで送り届けた。


 数日ここで過ごした後、再びカーライルの護衛をしながら王都に戻る事になる。俺たちには要塞の一部区画が貸し与えられた。


「ヒュー! 良い待遇じゃねぇか! 昔の群狼武風だったらまずありえないぜ!」

「……そうだな」


 これも今日まで群狼武風の一員として戦い続け、また戦場で命を散らしていった仲間たちのおかげだ。


 俺は部屋に主要メンバーを集める。そこには副長のアックス、ベテランのガードン、諜報活動の得意なフィン、何でも器用にこなすロイがそろっていた。


「あとはハギリじいさんも居たら、ヴェルト隊の主要陣勢ぞろいだったんだがなぁ」

「おじいちゃんはもう無理でしょー!」

「おいおい。後で怒られるぞ……」


 俺の隊にはあと一人、ハギリというじいさんがいる。ローガよりも年上で、冴え渡る剣技を持つ経歴不明のじいさんだ。少なくとも俺が団長に拾われた頃には既に群狼武風の一員だった。


 じいさんは剣の腕だけでいえば、おそらく群狼武風一だ。しかし歳のせいか、最近は腰が痛いとよく寝ていた。今回も王都でお留守番だ。


「さて、先日話した通りだ。近く、俺たち群狼武風はノンヴァード王国との前線に投入される。団長からの仕事は単純だ。敵と味方の戦力分析。敵は……まぁここにある情報は限られているだろうが、せめて味方の戦力は把握しておきたい」


 ここでいう戦力の把握とは、単純に数ではない。食料や薬品、武具の備蓄度合、主だった指揮官の性格などになる。


 おおよその情報はローガの方でも集めているだろうが、一緒に肩を並べる事になる奴らの事は、事前にある程度把握しておきたいのだ。


「俺たちも情報収集にあたるが、おそらくほとんどフィン頼みとなる。負担は大きいが、よろしく頼む」


「いいよー! ここに居てもなんだし、早速行ってくるね!」

「あ、おい……」


 アックスが止める間もなく、フィンはさっさと部屋を出て行ってしまった。


「大丈夫かよ、あいつ……」

「大丈夫だろう。これまで群狼武風は、フィンたちの情報で大きく助かってきた」


 ガードンが静かに意見を述べる。群狼武風には一部、諜報活動を専門的に行う部隊が存在する。


 フィンは本来ならそっちに属しているのだが、俺の隊が新たに編成されたタイミングに合わせ、どういう風の吹き回しかうちに配属される事になったのだ。おそらく世話好きのローガが決めたのだろう。


「じゃ、俺は給仕の姉ちゃんを中心に聞き取ってくるわ」

「……アックス。俺も行こう」

「え、おっさんが!? 俺一人の方がやりやすいんだけどなぁ……」


 文句を言いながらも、アックスはガードンと一緒に部屋を出て行った。残ったのは俺とロイだ。


「みんなこうと決めたら動くのが早すぎだろ……。仕方ない、ロイ。俺と一緒に挨拶回りに行こうか」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 ロイはフィンより少し上くらいの年齢であり、群狼武風全体でも若い部類だ。南方で縁があってうちに入ったが、物覚えも良く大抵の事はそつなくこなす。


 将来アックスが自分の隊を持ったら、副長にしようと考えていた。といっても、それまで互いに死ななけりゃの話だが。





 要塞での日々はあっという間に過ぎ、俺たちは王都へと帰還した。


 カーライルは名高き裂閃爪鷲相手に護衛任務を完遂した事をえらく評価しており、「陛下には私から直接お前たちの活躍を話しておくのであーる!」と言っていた。


 まぁ群狼武風には騎士団入りの話がきているしな。今から陛下の印象を良くしておくのに越した事はないだろう。


 俺はローガに要塞で見聞きした事を報告する。


「兵数的にはほぼ互角といったところか……」

「ああ。だがノンヴァード王国は今に魔力を得た裂閃爪鷲を投入してくるだろう」

「その事か。陛下もえらく気にかかっていた様だったなぁ」


 何気なく呟いたローガの言葉に違和感を感じる。


「団長。また陛下に会ったのか?」


「おお、会ったぜぇ。陛下は俺たち群狼武風をえらく気に入ってくれているからな! たまに陛下の専属護衛として、城にお呼ばれしてたんだよ」


「まじかよ……」


 ただの平民が、王族とそこまで距離を縮められるとは。だがこの世界は俺が元いた時代に比べると、生まれの身分よりも他に見られるポイントがある。


 それはこの戦乱の世において「これまで何を成してきたか」だ。


 世界中を巻き込んだ戦乱が50年も続いているのだ、戦場の勇者はそれだけで高く評価される。


 俺の生まれた時代ではそもそも傭兵なんざ盗賊と同義だった。しかしここでは、強者は腕っぷし一つで成り上がりやすいのだ。


 ローガがこうして陛下と距離を縮められたのも、これまで築いてきた戦場での実績があるからに他ならない。しかしそれは裂閃爪鷲にしても同じ事。


「ま、俺と似た様な状況になって、あいつらも魔法なんてもんを手に入れたんだろうぜ」


「……もし裂閃爪鷲やノンヴァードの騎士たちの多くが本当に魔法の力を身に付けたら。この戦いは……」


「そうとう厳しくなるだろうな。そもそもゼルダンシア王国は、既に王都近くまで戦線が押されているんだ。これ以上は陛下も良しとは考えていない。さすがに王国首脳陣は危機感を持っているさ」


「だといいがな……」

 

 ゼルダンシア王国としては、大軍を動員できる北の平地で大きく戦果を挙げたいところだろう。


 だがこのままでは厳しいと言わざるを得ない。ライグにしたって、対応を誤れば負けていたのは俺の方なのだ。


「はぁ……」


 次の戦いに思いをはせながら廊下を歩く。これまでも間一髪だった事はあった。その度俺は運だったり、ローブレイト家の奴らに対する怒りを糧に、今日まで命を繋いできた。


 まぁ怒りを燃やしたところで、復讐相手はこの時代にいないのだが。それでも倒れそうな俺の足を、一歩支える力になったのは間違いない。


「どうしたヴェルト。溜息など珍しい」

「じいさん……!」


 名前を呼ばれて顔をあげると、そこにはハギリじいさんが立っていた。腰にはカタナと呼ばれる片刃の剣を挿している。


「ふぉっふぉ。この間は付いていってやれんですまんかったのう。いろいろ大変だったようじゃが」


「いや、良いんだ。それよりじいさん、腰は大丈夫なのか?」


「ほう。群狼武風に入ったばかりの頃は偉く生意気な口をきいておった坊が、わしを気遣える様になるとはな」


「……昔の事は勘弁してくれ」

 

 じいさんは今や、戦場に出て昔の様に暴れまわるなんて事はほとんどできない。


 だがこれまでの生涯で身に付けて来た剣技は本物であり、今なお群狼武風で最強の一角に数えられている。


 そして俺に剣を教えてくれた師の一人でもある。当時は口の聞き方からいろいろ矯正されたものだ。拳で。


「裂閃爪鷲と一戦やったとの事じゃったな。どうだった?」

「ああ。俺の相手は隊長格だったんだが、火術の使い手でな。正直、危なかった」

「じゃが勝ったのはお前だ。それでも魔法使いにでかい顔されるのは気に入らんじゃろうがの」


 改めてじいさんに事の経緯を話す。だがじいさんはフィンからも話を聞いていたみたいで、どちらかといえばライグとの戦闘に興味を持っていた。


「この歳まで剣一本で生きてきたがの。たまに魔法使いと戦場ででくわしたり、現れたという話を聞くと思うんじゃ。もしわしに魔法が使えれば、まだ剣を振るえたのかと」


「……じいさんは今でも十分振るえるだろ?」


「そうさの。例えば、狭い橋や廊下で立ちふさがるくらいならできるかもしれん。しかし大軍が入り乱れる戦場において、走り回る事はできん。年々満足に戦えなくなっていく自分の肉体がうらめしいのだ」


「…………」


 俺はこの世界にきて、半ば流される様に傭兵になった。自分から望んで戦いの場に出た訳じゃない。そうしないと生きられない環境に飛ばされたからだ。


 まぁ今となっては、きっかけはどうであれ後悔はしていないが。


 だがもしかしたらじいさんは。もっともっと剣を振っていたいのかもしれないな。


 群狼武風の入団条件の一つに、帰る場所や待っている人がいない者という項目がある。じいさんの過去話を聞いた事はないが、きっと相応の歳の積み重ね方をしてきたに違いない。


「はぁ。明日にでも魔法の祝福を受けられんかのぅ。そして自由に動き回れる身体を手に入れて、ガードンと共に街に繰り出したいのじゃが」


「なんだそりゃ……。それに魔法の力を得られても、どんな力に目覚めるかは個人差があるって話だぜ?」


「少なくともわしは、火遊びなんぞよりは強靭な肉体が欲しいわい」


 魔法の祝福を受けた者の多くは、火や水などを操る力を得る。だが中には、じいさんの言う様に鋼の様な肉体を得た者もいた。


 どういう原理なのか、そもそも大幻霊石とはなんなのか。未だに分からない事が多い。


「ま、次の戦で大活躍すれば騎士になれるって話だしな。もしかしたらじいさんも魔法の祝福を受けられるかもしれねぇぜ?」


「ほう……。そりゃ気張りたいところじゃのう……」


 もっとも、貴族になれても魔法の祝福まで受けられるのかは分からないが。


 そう考えていたが、次の日。カーライルが幾人かの文官を連れて屋敷を訪ねてきた。

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