第5話 嵐の前の前哨戦
「アックス! こいつは俺がやる! お前は他の奴らを頼む!」
「分かった! ……いくぞお前ら!」
改めてライグを睨む。群狼武風と対をなすもう一つの傭兵団、裂閃爪鷲。そこの隊長を務めているくらいだ、こいつもかなりの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。ライグは俺を観察する様に目を細める。
「お前が……聖剣砕きのヴェルトか」
「よく知ってんな。俺たち群狼武風は長い事、王国南方にいたんだがな」
「ふん……。お前の部下も、俺のことを知っていたようだが?」
互いにある程度は情報を集めているか。しかし最近隊を任される様になった俺の事まで把握しているとは。
「まさかノンヴァードの戦力がここまで入り込んでいたなんてな。おまけに魔力まで持ってやがるときた。裂閃爪鷲はノンヴァード王国に貴族位でも与えられたのか?」
「知りたきゃ傭兵の流儀で吐かせてみたらどうだ?」
「初めからそのつもりだ!」
全力で踏み込み、剣を振り降ろす。ライグはぎりぎりまで俺の剣を引き付けた上で、右に躱した。
だが右か左、どちらかに避けられる事は予想の範囲内だ。俺は途中からライグの足に注視し、右に動くと踏んだ上で無理やり剣の軌道を右上へと変える。
「っ!?」
予想外の切り返しの速さに目を僅かに大きく開けながらも、ライグは咄嗟に自分の持つ剣で防御する。そのまま後方に飛んで距離を空けようとするが、俺はどんどん踏み込んでいき、一切距離を空けさせない。
「おおおお!!」
「く……!」
そのまま旋風の様に剣を振り続ける。だが流石というべきか、ライグはしっかりと俺の剣を受けきっていた。しかし俺の剣の方がでかく重量がある分、正面から受けると衝撃は伝播する。
「バカ力め……!」
「得意の魔法はどうした!? っらぁ!!」
ライグの剣ごと砕くつもりで、思い切り横薙ぎに大剣を振るう。この距離だ、躱しにくい一撃になる。だがライグは全身の力を抜くと、剣で俺の一撃を受けつつ後方へと吹き飛んでいった。
「やりやがる……!」
これまで真正面から俺の剣を受けていたのに、こちらの狙いを把握するとそれを利用して距離を空けやがった。ライグは地に背をつけたものの、一瞬で素早く起き上がる。
「く……!」
追いかける様に俺も走るが、ライグは俺に左腕を掲げた。
「今度はてめぇが吹き飛べ!」
掲げた腕の先端から火球が飛んでくる。魔法には様々なタイプがあるが、火術などの遠距離攻撃能力は、魔法使いに比較的多く見られる特徴だ。
そしてこの手のタイプは、距離を空けさせると一気に形勢が逆転しかねない。
「ぐっ!」
既に走りだしていた事もあり、斜め横へと大きく飛ぶ。だがライグの放った火球は俺の居た地点を狙っており、地面に着弾するなり大きな火柱が巻き上がった。
余波を受け、全身に熱波が襲う。さらに火柱が巻き上がった衝撃で、石も飛んできた。いくつかが俺の身体に突き刺さる。
「くそ……!」
「あっはははは! どうだ、俺の力は! どんどんいくぞ!」
続けて火球が数発放たれる。いくつかは俺の横を通り過ぎ、後方で火柱が巻き上がった。
「ぐあああああ!」
「な……! てめぇ……!」
後方で味方の声がする。くそ……! これだから魔法使いは1人いるだけで厄介なんだ……!
「よそ見をしていて大丈夫か!?」
ライグはさらに火球を撃ち込んでくる。一発放った後にはやや隙ができるものの、火柱の影響から逃れるための大きな動きをしている間に、その隙は無くなってしまう。
だが俺も戦場で魔法使いと戦うのはこれが初めてという訳じゃない。俺はライグが火球を放ったタイミングで、先ほど同様斜め前方に飛ぶ。
「ぐぅ……!」
後方から熱波が襲い掛かり、息も苦しくなる。火柱が巻き上がった直後は息を止めていないと、肺が焼けてしまうのだ。
しかしあらかじめ多めに息を吸っていた俺は、大きく吐き出しながら素早く呼吸を整えていく。そして。
「っらああああぁぁぁ!!」
大剣をライグ目掛けて思いきり投げ飛ばした。
「なに!?」
ライグは驚きの声をあげつつ、大きく真横に飛ぶ。だが俺は剣を投げると同時に駆けだし、懐から投擲用のナイフを取り出す。それをライグの顔面目掛けて投げ、体勢を整えられるまでの時間を稼ぐ。
例えナイフを避けられても、顔面に向かってくるのだ。どうしても意識せざるを得ない。
そうして俺はライグに対して大きく距離を詰める事に成功した。この距離だ、魔法を使われるより俺の方が速い……!
「つおおお!!」
「ふん……! 武器も無しで、何ができる……!」
ライグも魔法は諦め、剣を振るってくる。だが俺は手甲が装着された左腕で、真正面から受けるのではなく、上手く刃を滑らせて攻撃をいなす。
「なに……!?」
最初に俺がライグにやられた事だ。そして至近距離でできた隙を逃すほど、俺は甘くない。
「ふんっ!!」
同じく手甲が装着された右腕で、ライグの顔面を力いっぱい殴りつけた。
「が……!」
ライグは体幹バランスを崩し、大きくよろける。続けて鼻に拳を叩き込み、体重を乗せた左腕を腹部に突き刺す。
「ブェッ!!」
ライグは声にならないうめき声をあげ、その場に倒れた。
「はぁ、はぁ……! 俺に何で聖剣砕きなんて二つ名が付いているのか、知らなかったのかよ……!」
様々な偶然が重なった結果ではあるが、俺は過去、今の様に手甲を身に付けただけの状態で、聖剣と呼ばれる国宝の剣を砕いた事がある。そういやあの時も、武器を手放していたんだったな……。
「ライグは討った! 残りの雑魚どももさっさと片付けろ! 但し抵抗しなければ生かせ! こいつらには聞きたい事がある!」
「隊長がライグを討ったぞ!」
「おおおお!!」
見たところ、数はこちらの方がやや多い。そして頼みの綱であるライグを失えば、瓦解するのは早いだろう。
だが俺が思っていたよりも敵は抵抗を続け、そのほとんどはその場で命を落とした。
■
「で、結局捕まえられた奴で生きているのはライグだけか……」
「ああ。おそらく数人程度は逃げただろうがな。それにしてもこれが裂閃爪鷲か……」
現在、俺たちはこの場にとどまり、周囲の偵察に人を送っている。ガードンやカーライルには、ロイを使って状況の説明を行っていた。
「それにしてもヴェルトがこなかったら、うちにもっと被害が出ていたな」
「……死んでいった奴らの遺体は?」
「回収できている。……ここでいいのか?」
「ああ。頼む」
残念ではあるが、死んでいった奴らはここで埋めていく。群狼武風に所属している奴らは、全員帰る場所が無い。遺髪を渡す家族もいない。隊の長がいつまでもその戦いを胸に刻みこむのだ。
「……たく。でかい戦の前に死にやがって……。で、ライグ。何でてめぇがここにいるんだ?」
ライグは手足を縛られ、地面に転がっていた。しかしもう意識を取り戻したとは。鼻の骨も折れているし、相当痛みは感じているはずだが。
「…………」
「だんまりかよ。まぁおおよその検討はつくがな……」
ライグの手勢は小規模だった。おそらくこの規模が、ゼルダンシア王国に確実に潜入できる戦力だったのだろう。
ゼルダンシア王国とノンヴァード王国の決戦が近い事は、当然向こうも理解しているはず。おそらく賊に扮して、ここを通って要塞へ向かう商人や補充戦力を削ろうとしていたのだろう。それでも疑問はいくつか残るのだが。
「んじゃてめぇ自身の事だ。なんで魔法を身に付けた? お前は貴族になったのか? それとも、元々祝福を受けた貴族だったが、裂閃爪鷲に入ったのか?」
「……ふん」
次の瞬間、俺は無言でライグの顔を殴る。何本か歯が飛んでいった。そのまま髪を掴んで、顔を上げさせる。
「こっちも人が死んでんだ。次は目を潰す。……どうやって王国領に入った? お前たちの狙いはなんだ? お前は何故魔法の力を持っている? 裂閃爪鷲には他にも魔法使いがいるのか?」
「……いる」
小さく呟く様な声。しかしライグはそんな弱々しい声で、俺の質問に答えた。
「ノンヴァード王国は……ゼルダンシア王国との決戦に備え……。貴族以外にも……特に、戦場によく出る者たちに……魔法の祝福を与え始めている……」
「なに……!?」
「俺たち……裂閃爪鷲もその一つだ……。まずは隊長格からだが……あの王の事だ、その内ほとんどの奴に魔法の祝福を授けるだろうぜ……!」
「…………!」
ノンヴァード王国は……平民に魔法の祝福を与えている!? あまり考えられない事だった。魔法は長い間、貴族の専売特許となっていたからだ。
「そ、その話は、本当であるか!?」
気付けば後ろから、ロイとガードンに連れられてカーライルが来ていた。カーライルは両目を大きく見開いている。
「カーライル様。馬車から出ては……」
「そ! そんな事より! ノンヴァード王国では本当に、魔法の祝福を平民に与えて回っているのか……!? それも大勢の者に……!?」
カーライルは驚いているが、俺はノンヴァード王国の行動がよく理解できた。というより、俺自身「さっさとやればいいのに」と考えていた事だからだ。
戦場に出る兵士たちに片っ端から魔法の力を与え、戦線に投入する。そうすれば、戦況は大きく動くはずだ。
それをしないのは貴族の既得権益意識の問題だろうと思っていた。だがカーライルはそうではないと話す。
「大幻霊石が濁り始めたのは、その力を失いつつあるからだ……! そんなに一気に魔法の祝福を与えれば、ノンヴァード王国の大幻霊石は直ぐにでも砕けるぞ……!」
「……長く大幻霊石の存在を維持するには、祝福の回数を制限した方がいいという事か」
「そうだ……! ノンヴァード王国もそんな事は分かっておるはず! なのに何故……!」
驚くカーライルをよそに、ライグはくくくと笑いだす。
「さぁなぁ!? だが戦場に投入できる魔法使いを増やせば、ノンヴァード王国の大幻霊石が砕ける前に、ゼルダンシアの大幻霊石を確保できると考えたんじゃねぇのか!? いや、例え砕けたとしても、ゼルダンシアの大幻霊石を奪えば済む話だ! あの王は自国の大幻霊石を犠牲に、この戦争の勝利を選んだんだよ!」
「な……! なんだとぅ……!」
「今も着々と魔法の力を持つ兵や騎士は増え続けている……! てめぇらには敗北しかねぇんだよ……!」
「……! ロイ、ガードン!」
背中に縛ったライグの腕から炎が見え始める。こいつ、ここで自分もろともあの火柱を巻き起こすつもりか……!
ロイはカーライルの手を引いて大きく距離を取り、ガードンは盾になる様に大きな身体でカーライルたちを守る。だがライグの魔法が発動する寸前に、勢いよく飛んできた小剣がその頭に突き刺さった。
「ぐへ……?」
炎は収まり、ライグはそれきり動かなくなる。小剣を飛ばしたのは、どこからともなく現れたフィンだった。
「ふー! あぶないとこだったねぇ」
「……フィン。すまない、助かった」
「いいよー! でもヴェルトがあそこまで油断しているなんてね!」
……確かに。縛った魔法使いが自分もろとも、魔法を暴発させようとするとは思っていなかった。今のは俺の油断だ。
「しかし……こいつはえらい事になったな……」
魔法使いが戦場にいる場合、単純に数の有利が働きにくくなる。それだけ警戒する相手なのだが、ノンヴァード王国はこの戦争で確実に勝つため、今もどんどん魔法使いを増やしているという。
これまでの貴族主義から考えると、異様な行動と言えるのではないだろうか。
「ひぃ……! も、もう大丈夫か……?」
「カーライル様。だから馬車の中でないと危険だと……」
「ふん! いつでもどんな状況でも、私の身を守るのが貴様たちの仕事である! ……だがよく私を守った。褒めてつかわすぞ」
「はぁ……」
だが考え様によっては、この話を直接聞いてもらえたのは大きかったかもしれない。
「カーライル様。ゼルダンシア王国は……」
「うむ。この事は早く陛下に伝えなければなるまい。だがわしは要塞に用がある。誰か王都まで走ってもらえるか?」
「ロイ。王都までの伝令役はお前が選べ。あと団長にも別で送る」
ロイは頷くとその場を離れる。カーライルは難しい表情を作っていた。
「……似た様な事は我が国も考えてはおったのだ」
「ほう……?」
「だがやはり反対する者たちも多くてな。一方で、戦場で大きな働きをする者たちに魔法の力を与えれば、さらに戦果が期待できるのも事実だ。そこで陛下は……」
「俺たち群狼武風を正式に王国騎士として迎え、魔法の祝福を与えようとした訳ですか」
「知っておったのか!?」
「……団長から少し」
なるほどな。ゼルダンシア王国もきたるノンヴァード王国との決戦に備え、検討自体はしていた訳だ。だがその規模は絞り込んでおり、ノンヴァード王国ほど大規模なものではなかった。
「私が要塞に向かうのも、この度その戦功が認められ、新たに魔法の祝福を授ける事が決まった騎士たちに、その事を伝えに行くためなのだ」
ゼルダンシア王国も魔法使いを増やそうとはしている。だがノンヴァード王国には先を越されているといったところか。
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