第22話 愛の刺客、襲来

 氷銫学園を出発したバスの中。颯希はあらかじめ決まっていた自席に着き、大人しく過ごしていた。


 ちなみにグループとは関係ないため、隣の席の男子はあまり知らない相手である。あまり会話を好むタイプではないのか、最初にいくらか言葉を交わした後は、お互い干渉せずにいた。


 おかげで、誰に邪魔されることも無くゆったりとしたひと時を満喫できている。



 ──少し寝とくか。



 とはいえ、やることも無い。スマホを見ていると酔う可能性が高まるため、ここは後に備えて仮眠を取るのが利口だろう。


 そう考えて目を閉じた颯希は、後ろ側の席から聞こえてくる喧騒をBGMに、しばらく微睡みの中を揺蕩う。



「…………いい〜?」

「あ……うぞっ……」



 そうしてどれだけ経ったか。不意に、横から会話らしきものが聞こえてくる。


 しかし、横でがさごそと物音が立っても、この心地良さから抜け出すほどでは無かった。



「……れ……寝て……?」



 誰かが、横で喋っていても意に介さず、



「あ…………撮っ……送……てあ……っと〜……」



 夢心地の中でぼんやり、よく喋る人だな、と考えているうち、



 ──あれ、なんか甘い匂いが……。



 段々と、違和感に気がつき始める。明らかに男子のそれでは無い香りにまさかと思い、薄らと目を開けてみれば、



「……深恋、どんな反応するかな〜」



 すぐ横に、亜麻色の長髪と長いまつ毛、そして、張り裂けんばかりに膨らむブラウスが映った。


 ぼうっとする思考で、その少女の名前を思い出そうとした時。彼女の手に握られたスマホの画面を見た颯希は、そこに映った画像に目を見開き、



「え、それ……!?」

「わっ!?」



 反射的に問いかけてしまった。当然、横にいた少女──早乙女愛理は驚きながらこちらを見てくるが、こればかりは仕方がない。


 何せ、彼女のスマホに映っていたのは、どう見ても自身の寝顔だったのだ。


 しかも、貼ってあるのは連絡用のSNSアプリ『Mineマイン』で、相手はもちろん氷銫さんだった。

 


「ちょ、何してっ……」

「だ、大丈夫! 全然変じゃないから〜!」

「そういう問題じゃ──」



 一気に目が覚めた颯希は、恥ずかしい写真をどうにか消してもらおうと詰め寄るが、



「あ」



 無慈悲にも、既読の二文字が表示されてしまう。取り返しのつかない事態に、何をやっているんだこの子は、と頭を抱えたくなる。


 とはいえ、強くも出れない颯希はただただ嘆くことしかできず、



『許可とったの?』



 直後に、氷銫さんからの返信がくる。シンプルな文面からは、なんとも威圧感が滲み出ていた。そんな内容を確認した早乙女さんは、スっとこちらを振り向き、



「……取ったって、返していい?」

「…………」



 困り顔と上目遣いのコンボで懇願をしてきた。なんというか、そのほっぺたをムニッと鷲掴みにしてあげたい衝動に駆られるが、そこでできないのが陰キャの宿命である。



「今ここで、写真消してくれるなら……」

「ほんと!? なら消す〜!」



 仕方なく、妥協案として画像の削除を頼めば、あっさりと承諾してくれた。彼女としても目的は達成したので、もう不要なのだろう。



「えへへ、水野くん優しいね〜」

「っ……そ、そうかな?」



 と、ここで、早乙女さんのへにゃっとした笑顔が炸裂する。女の子の嬉しそうな顔ってなんでこんなに眩しいのだろうかと、颯希はつい視線を逸らさざるを得ない。



 ──というか、この距離感は普通に緊張するんだけど!?



 そして、ここに来て当たり前の事実に気がつく。氷銫さんの印象で薄らいではいるが、早乙女さんも充分過ぎるほどに美人な子なのだ。


 例えそうでなくとも緊張する颯希にとって、現状は色々な意味でキツイものがあった。



「そ、それにしても、なんでここに?」



 故に、そもそも何故ここにいるのかを尋ねてみれば、



「んーとね。私の隣の子が、ここにいた男の子と話したいって言うから、変わってあげたの!」

「へぇ……」



 なんとも、彼女らしい答えが返ってくる。



「そしたら、颯希くんがいたって感じ〜」

「そこは偶然なんだ……」



 まさか自分の隣に来たのも計画の内なのか、と思えば、全然そんなことは無かった。要するに、先ほどの盗撮は衝動的なものらしい。



「うん、でも水野くんで良かった〜」

「え、なんで?」



 しかし、屈託のない笑みでそう言われた颯希は、一瞬、期待にドキリと胸を跳ねさせ、



「深恋とのこと聴けるでしょ?」

「あ、だよね」



 一瞬で真顔に戻った。まあそんな上手いことあるわけないな、と颯希は軽く嘆息する。



「で、どうなの? 深恋のこと好きなの〜……?」

「うっ……」



 一方で、早乙女さんの方はなんとも楽しそうな表情でグイグイと顔を寄せてきていた。



「いや、そういうのは、無いよっ」

「え〜? でも、可愛いなーとかは思うでしょ?」

「そ、それはまあ……でも、恋愛感情とは、ちょっと違うと思う」

「なら、他に好きな人がいるとか?」

「それも無い、かな」



 もちろん、答えは否だったが、彼女の勢いは止まらず、



「むぅ……正直になりなよ水野くん!」

「そう言われてもっ」



 望むような答えが返ってこなかったせいだろう。焦れたように、ずいっと身体ごとプレッシャーをかけてくる。


 目のやり場に困るので勘弁して欲しかったが、彼女を納得させるだけの言葉も思いつかない。



「そ、そういう早乙女さんはどうなの?」



 なので、ここは話を逸らす方向にシフトする。



「ほら、あの二人、昔から一緒って聞いたけど」



 追求する側に回ることで、どうにか弱点をつけないか、探ろうと考えたのだ。後は単純に、美男美女の幼なじみ、というのに興味があったりもした。



「もしかしてハルとダイちゃんのこと?」

「うん」



 そう呼んでるのか、と新たな知見を得つつ頷くと、



「うーん、二人とも別の人見てるからねー。そんなに興味無いかな!」



 あっけらかんと、そう言い放った。小鳥遊くんの方は言わずもがな、神崎くんの方も普通にモテそうな雰囲気があったため、意外に感じてしまう。



「別の人……」

「うん、やっぱり私を見てくれる人が良いし! あの二人はたぶん、そうならないからね〜」

「な、なるほど」



 どうやら、彼女には彼女なりの哲学があるらしい。のほほんとしているように見えて、意外と氷銫さんよりも成熟しているのかもしれない。



「あ、そうだ!」



 と、そんな風に一人感心していると、早乙女さんはいきなり手鼓を打ち、



「じゃあ、私と水野くんで付き合ってみる?」

「へ……?」



 またしてもとんでもないことを言い始めた。何かの聞き間違いかと頭を働かせるも、



「水野くん、いい人そうだし、まだ誰のことも見てなさそうだし! もしかしたら、意外と相性良かったりするかもよ〜?」

「え、は……え??」



 続く会話からして、どう考えても聞き違いでは無かった。彼女は妙案だとばかりに両手を合わせているが、颯希からするとまるで意味が分からなかった。


 困惑は深まるばかりで、何をどうしたらいいのかも判断がつかず、



「──はい皆さん、間もなく到着しますので、降車の準備を忘れずに──」



 結局、答えも出ぬまま、終わりの時がやってきてしまう。



「それじゃあ、考えといてね〜」

「あ、ぅん……」



 何の気負いも無く去っていく早乙女さんに、颯希はぼそりと声をこぼすことしかできず、もはや頭の中はバーベキューどころでは無くなるのであった。

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