28,手のぬくもり
(アオイ視点)
魔法学校から家への帰り道、レンの方から話しかけてきた。
「良かったね、本当に良かったね」
「何が?」
私はクラスの人気投票やクロコロのことで頭がいっぱいだった。あと、あの問題もあるし……。
「何がって、特待生に推薦されたことだよ」
「ああ、うん……」
そう、特待生に推薦されたことはものすごくうれしかった。でもそれにしても一つ大きな問題がある。
時間が経ってくるとその問題の大きさに押しつぶされそうになってきた。
算数だ。
苦手な算数のテストで60点取らないと特待生に推薦されないのだから。
60点……。
今まで取ったことのない未知の領域だ。
60点なんか無理に決まっている。
せっかくつかみかけた特待生の座を、魔法ではなく算数でフイにするなんて。
はあー。
私は大きくため息をついてレンに言った。
「私、算数で60点なんて取れない」
「大丈夫だよアオイちゃん、僕が責任を持ってアオイちゃんに教えるよ」
レンはそう言うと、お互いの家への分かれ道で立ち止まった。
「ねえ、今から僕の家で、一緒に勉強しない? おばあちゃん、まだ入院しているのでしょ。うちのお母さんもアオイちゃんのこと気にしていたから、家においでよ」
そう、おばあちゃんは無事に意識が戻ったが、まだ入院中だ。本当なら今から病院に急いで行きたいんだけど、小学生の私は一人で病院まで行けないし……。
レンの家か……。
なんか、これ以上レンやレンのお母さんにお世話になるのも悪いような気がするな。
そんなことを考えている時だった。
急にレンが私の手を握ってきた。
えっ、何?
そう思っていると、レンが口を開いた。
「危ない!」
危ない? どういうこと?
私が混乱していると、レンが私の手を引っ張って後ろに下がっていく。
「クロコロだ、クロコロがいる!」
レンの言葉で私は前方をじっと見つめる。
すると、……いた!
真っ黒い人の形をした魔界の生き物が……、子犬ほどの大きさの体を揺らし歩いている。
「アオイちゃん、浮遊術で逃げるよ」
レンはそう言いながら、足の下に風の流れを作り出した。
「さあ、飛ぼう!」
その言葉を合図に、私とレンは体を空中に浮かす。
本当は学校の外での魔法は禁止されているんだけど、緊急事態は別だ。
レンと私が空中を漂いながら後ろへさがったその時、クロコロの目がこちらを向いた。そして、その目が私と合った。
気づかれた!
恐怖が背中をかけぬけた。
その瞬間、レンは私の手をぐいっと引っ張り、すばやく空中移動を続けた。私もレンと一緒に加速する。
「大丈夫だよ。こっちに向かってくる気配はない」
浮遊しながら後ろを見たが、確かにクロコロはじっとしていて私たちを襲う様子はなかった。
「よかった。レン君が早く気づいてくれたから無事に逃げることができたわ」
「うん」
そう言いながら私とレンは地上へと降り立った。
私一人だったら恐怖で動けなくなっていたかもしれない。レンがいてくれて助かった。
そう感じながらも、まだ緊張が続いていた。クロコロから逃げ切ったあとも私はずっとレンの手を握りしめたままだった。心臓がドキドキしている。
しばらくして落ち着きを取り戻し、ようやくレンと手をつないだままでいることに気づいた私は、あわてて手を離す。
「ねえ、アオイちゃん」
レンも自分の手を引っ込め言った。
「まだ、クロコロがあの辺りにいると思うから、今から一緒に僕の家に行こうよ。一緒に算数の勉強をしよ」
「いいの?」
「もちろんいいよ。家、すぐそこだし」
クロコロから逃れて降り立ったところは、確かにレンの家の近所だった。
今帰るのは危険だし……。レンの家で一緒に勉強させてもらうことにしようかな。
私の手のひらには、まだレンの手のぬくもりが残ったままだった。
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