第7話 召集

「これからは酒を提供する飲食店を

 中心に攻めていきましょう」


翌日の朝、応接室でエルナース先生は作戦を説明した。


「酒が入った人間は

 新型ゴロナウイルスの事なんか考えないわ。

 ただ騒ぐだけよ。感染する可能性も

 感染させる可能性も高い危険人物ね。

 その危険人物たちを捕まえて

 教育していきましょう」


「…わかりました」


教育という言葉が気になったが、俺は同意した。先生はソファーから立ち上がって、出発するのかと思いきや、キョロキョロと何かを探し始めた。


「エルナース先生、何を探してるんですか?」

俺は尋ねた。


「私のマスクが見当たらないの。

 さっきまであったのに…」


先生はマスクをつけている。

なのにマスクを探している。


「…先生、マスクつけてるじゃないですか」


「え? あっ! ホントだ!」


大丈夫かこのボケ老人!


俺は不安な気持ちになった。

この人の立てた作戦で新型ゴロナウイルスに打ち勝つことができるのだろうか。





昼間から酒を飲んでる人はほとんどいないので、まずは酒を提供してない飲食店を調べることにした。店に入っていって、食事をしてる客に絶対検査を使う。全員陰性なのを確認して店を出る。俺とエルナース先生は何も注文しないので店員は嫌な顔をするが、エルナース先生が恐いのか文句は言ってこなかった。


夕方までに酒を提供してない飲食店をたくさん調べたが、陽性者は1人も見つからなかった。


「すばらしいわ。お店もお客さんも

 しっかり感染対策をしてくれてるのね」


エルナース先生は感心していた。


夕方からは酒を提供する飲食店を調べ始める。今度は1軒目で陽性者が見つかった。普通の人間の男だった。エルナース先生は問答無用でその男をトイレに連れ込んだ。

2分後、男は青い顔をしてトイレから出てきた。店員に料金を払って逃げるように店から出ていった。


「治療と教育をしておいたわ。

 さあ、次の店に行きましょう」

先生は言った。


どんな教育をしたんだ…?

あの男治療したはずなのに

体調悪くなってたみたいだけど…

悪魔を見たような顔してたし…



トイレの中で何が行われたのか気になったが、聞かずにおいた。


6軒目の酒を提供する飲食店を調べている時に、俺の体力が尽きた。久しぶりに絶対検査のスキルを限界まで使ったことになる。今日の抜き打ち検査は終了。陽性者は14人見つかった。



次の日は酒を提供する飲食店のみを抜き打ち検査した。

32人の陽性者を見つけた。全員に治療と教育をしてあげた。



それから8日間、同じことを繰り返した。

抜き打ち検査、治療、教育。

抜き打ち検査、治療、教育。


俺は手応えを感じていた。

日に日に見つかる陽性者の数が減っている。カナイドの町は確実に状況が改善していると思えた。






俺が異世界転移してきて15日目。

久しぶりに標本調査を行った。

一部を調べて全体の数を推定する調査だ。

結果はこうだった。


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第2回 標本調査


カナイドの町(人口3万人)


検査数 320件


陽性者 4人


陽性率 1.3%


推定感染者 390人

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感染者は激減していた。


「やりましたねエルナース先生!

 推定感染者が前回から

 1000人以上も減りましたよ!」


「頑張った甲斐があったわね。

 あともう少しよ、シューソ君」


「シュージです」


終息が見えてきた。

だが油断は禁物だ。俺とエルナース先生は地道にそれぞれの仕事をこなしていった。検査、治療、教育。飲食店で陽性者が見つからなくなると、広場、公園、図書館、美術館などにも範囲を広げた。


嬉しい誤算があった。

俺のスキル、絶対検査が成長したのだ。

320が限界だった検査件数が、550まで増えた。毎日毎日限界近くまでスキルを使っていたことが成長に繋がったのだろうか。成長した絶対検査をフル活用してラストスパートをかけた。




第2回の標本調査から2週間後、

ついにその時が来た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第3回 標本調査


カナイドの町(人口3万人)


検査数 550件


陽性者 0人


陽性率 0%


推定感染者 0人

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ありがとう、シュージ君。

 あなたのおかげで新型ゴロナウイルスは

 カナイドの町から消えたわ」


標本調査を行った商店街の片隅で、エルナース先生はそう言ってくれた。エルフの美女医の目には涙がたまっていた。


「いえ、エルナース先生のぼ…魔法のおかげです」


エルナース先生の暴力のおかげと言いそうになってしまった。


「いいえ、あなたの絶対検査がなかったら

 終息は不可能だったわ。本当にありがとう。

 さあ、病院に戻って今日はもう休みましょう。

 明日の祝勝会に備えて」


「祝勝会?」


「そう。冒険者ギルドの酒場で盛大にやるわよ!」





翌日の午後、カナイドの町の冒険者ギルドの中にある酒場には、多くの人が集まっていた。1ヶ月間飲み会をガマンした冒険者58人、冒険者ギルドの職員19人、看護師のハクさんをはじめとした風の森の病院の職員10人、そして俺とエルナース先生の総勢89人だ。全員マスクをつけていなかった。念の為に俺は自分以外の88人に絶対検査を使ったが、全員陰性だった。俺もハクさんにPCR検査をしてもらった。結果はもちろん陰性。もうカナイドの町ではマスクは必要ないのだ。


この祝勝会の主催者、

エルナース先生が皆の前に立った。


「私たちは新型ゴロナウイルスに勝利しました。

 皆が頑張ってくれたおかげです。

 本当にありがとう。

 さあ、もう飛沫を気にする必要はないわ。

 たくさん飲んで騒ぎましょう! カンパーイ!」


「うおおおー!!

 酒が飲める!みんなと酒が飲めるぞー!」


「フゥー♪ イヤッハー♪」


「パーリナイ!」


「もうマスクをつけなくていいんだ!

 やったー! 息苦しさよ! バイバーイ!」


「オレはもう一生手洗いはしねえぞ!」


「お前らに1ヶ月分のチューをしてやるぜ!」


「ぎゃあああー!!

 やめろニワトリ野郎!

 クチバシが痛えし汚えし!」


「カナイドの町最高!

 この町に生まれて良かった!」


「キングゴブリンの魔石ゲットで大金持ちだ!

 ギャーハッハッハッハ!」


冒険者たちは一斉に騒ぎだした。

全員の口から飛沫が飛びまくった。 

だが、もういいのだ。

俺も飛沫を気にせず冒険者たちと肩を組んで下手な歌を歌ったり、胴上げをしたり、胴上げをされたり、ラップバトルをしたり、パラパラを踊ったりした。いっぱい飲んで、いっぱい笑った。エルナース先生は誰よりも酒を飲んだ。ゴロナ禍では飲むのをガマンしてたが、実は先生は町1番の酒好きだった。先生は泥酔して、バカ笑いして、風の魔法で冒険者を吹っ飛ばして遊んでいた。

楽しい時間だった。

俺は異世界転移してきて初めて幸せを感じていた。





一方、カナイドの町から遠く離れた首都トキョウでは、今日も大量の人間が新型ゴロナウイルスによって死んでいた。






祝勝会から5日後の朝、

俺は風の森の病院の応接室で新聞を読んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 奇跡の町カナイド 

 新型ゴロナウイルスを終息させる


ジャホン国西部にある田舎町カナイドは、新型

ゴロナウイルスを町の中から消滅させることに

成功した。関係者によると、その偉業の立役者

は風の森の病院の医師エルナースと看護師シュ

ージだという。エルナースは説明不要の有名人

だが、シュージについては謎に包まれている。

一体彼らはどのようにして感染拡大を止め、新

型ゴロナウイルスを町から駆逐したのか。注目

される。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


全国紙の3面記事だった。


…俺は看護師だったのか。知らなかった。


「エルナース先生、この記事読みました?」


俺は向かいのソファーに座ってコーヒーを飲んでいる先生に聞いた。


「読んだわ。関係者っていうのは

 たぶん冒険者のことだと思うわ。

 まったく余計な事を…きっと獣人の冒険者ね」


エルナース先生は不快感をあらわにして言った。

相変わらず獣人に対しては差別的だ。


「何かマズいですかね?」


「シュージ君の能力が知られたら

 争奪戦が起こるわ。前に言ったけど

 PCR検査の使い手は少ないの。

 1日に550件も検査できる

 シュージ君は世界中のどの町も

 喉から手が出るほど欲しい存在なのよ」


争奪戦……マジかよ……怖いな…

エルナース先生守ってくれるかな…?


「この記事を見て

 動き出す連中がいるかもしれないわ。

 シュージ君、気をつけて生活しなさい。

 拉致されないようにね」


先生はそう忠告して、コーヒーを飲んだ。

俺は唾液をゴクリと飲みこんだ。


「このコーラ苦いわね…

 シュガー君、そこの…何だっけ?

 そこのあま~いやつちょうだい。

 あま~い、なが~いやつ」


「コーヒーですよそれ。

 あと俺の名前はシュージです」


美しいボケ老人にスティックシュガーを手渡しながら、俺は何十回目かの自己紹介をした。






翌日の朝、自分の部屋のベッドで寝ていた俺は目を覚ました。伸びをして、顔を洗うために部屋の隅にある洗面台へ向かう。顔を洗って、タオルで拭く。そして鏡を見て、ゾッとした。

後ろに知らない男が立っている。

さっきまではいなかった。

男はエルフで迷彩服を着ていた。

俺は恐怖で動けなかった。


「召集命令だ」


鏡の中の男はそう言って、手に持っていた赤い紙を床に落とした。俺はゆっくりと振り向いた。男の姿は消えていた。




「エルナース先生!」


病院の1階の廊下を歩いていたエルナース先生を呼び止めた。


「どうしたの? そんなに慌てて」


「こ、これを…」


俺は先生に赤い紙を渡した。

その紙にはこう書かれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

医師エルナース  看護師シュージ


両名は2月1日15時に国会に来ること

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これは…総理大臣からの召集令状ね」


エルナース先生は眉間にシワを寄せて言った。


「ベア総理大臣からの!? 本当ですか!?」


「ええ。この赤い紙…間違いないわ。

 昔何度か見たことあるもの。これをどこで?」


「さっき俺の部屋に

 迷彩服を着たエルフの男が突然現れて…」


「迷彩服を着たエルフの男…自防隊か…」


「自防隊?」


「この国の軍隊よ。

 自防隊員の多くは戦闘能力の高いエルフなの。

 でもその自防隊員の男…なかなかやるわね。

 この私に気配すら感じさせないなんて」


エルナース先生は不敵な笑みを浮かべた。

俺はまたゾッとした。


「せ、先生、これからどうします?

 命令に従うんですか?

 それとも拒否するんですか?」


「行くしかないわ。2月1日に国会へ。

 総理大臣の召集命令を無視すれば、

 最悪の場合死刑になってしまうから」


3日後に首都トキョウにある国会へ行くことが決定した。

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