第9話 絶氷と煉獄

「衛生隊、魔導隊、出動!!」


 ロゼの号令で一斉に救急箱を持った者達や杖を持った者達が、倒れ臥した機動隊達の元に駆けつける。彼女らは手にしたキットや魔法で傷を癒やしていく。


「スノウさん、大丈夫ですか?」


「ああ・・・・・・・・あいつの攻撃ヤバいな。まさか一発でシールドが割られると思わなかった。」


『第一作戦部隊に置ける被害。ダウン、24名。ロスト、0名。幸い死者は出ていないが、多大な損害を被っている。これ以上の戦闘の継続は推奨しない』


 ロゼが咄嗟に植物魔法によって頭上を覆い、さらに魔導隊が結界を全員がかりで貼ったことによってかろうじて死は免れた。だが、機動隊のほぼ全員が貼っていたシールドを割られ、剣で負傷した者も多い。これでは機動隊の作戦は続行不能だ。


 たった一回の攻撃でここまで追い込まれるとは、やはりいつになっても「転生者」の力は凄まじいものだ。


「けど、これ以上僕らは介入しない方がいいんだよな?」


「ええ。そうですね・・・・・・」


 だけど、その「転生者」よりももっと恐ろしい者が、第一作戦部隊に居る。


『前方広範囲に超高濃度の氷属性及び炎属性魔力を検知。コードネーム:リッカの行動範囲に立ち入るのは危険と判断する』







「この女、マジでヤバイ!!」


 鋼沢は次々とバリケードを発生させて、どうにか攻撃を凌ぎきろうとする。フローラは連れていない。彼女を抱えたまま彼女の相手をするのは不可能だと判断したからだ。


「はぁあああっ!!」


 少女の凜々しい声と共に辺りが高熱に覆われる。金属製の壁が赤熱化するが、融けはしない。だが、次の瞬間に襲いかかる膨大な冷気によって一気に冷却され、バキバキバキッ!!と亀裂が入る。


「マジでこんなヤツが居るのかよ!!炎と氷を同時に操るなんて、そんなマンガの中でしか見たことねぇよ!!」


 そう悪態を吐きながらも、自分の周囲に小さな金属球を浮かび上がらせる。


「迎え撃つ!“メタルシャワー”———————」


 唱えつつ弾丸の嵐を巻き起こそうとした瞬間、またもや極低温の旋風が巻き起こり、浮かせた小さな金属球が氷漬けになった。


「そうはさせないわよ!!」


 そう叫びながらこちらに向かってくるのは、両手に巨大なガントレットを嵌め、右手に炎の、左手に氷の魔力を灯した六花だ。鋼沢は見た目こそ10歳程度の異世界の少年だが、前世————というか中身は17歳の学生だ。それが3つ年下の少女がこんなにも恐ろしい存在になるとは思わなかった。


「(何なんだあの子、氷を使うようになったら途端に強くなりやがって!!相反する属性を使いこなすなんて、主人公の特権なんじゃ無いのかよ!!)」


 心の中で唾棄する鋼沢だが、そんな彼を追い立てるように六花は次々に攻撃を仕掛ける。上空に向けて何発も氷柱を撃ち出した。撃ち出された氷柱は後部から炎を噴射し、甲高い音を立てて上空を旋回すると、鋼沢の頭上に落ちてきた。


「うぉおおおおっ!?氷のミサイルとか、本当にここは剣と魔法の世界かよ!?」


「正確には違うわ。剣と魔法と、銃の世界よ」


 そう言いながら六花は右掌を鋼沢に向け、炎を吹き付けてくる。


「くっ・・・・・・・・“アロイックドーム”!!」


「!!」


 先ほどと同じように地面から金属の壁がせり出してきたが、今度はただの壁では無く鋼沢を覆うように伸び上がり、ドーム状と化した。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」


 家一つ分の巨大な鋼のドームの中で、鋼沢は息を切らしていた。表情には焦りと恐怖、そして若干の怒りが浮かんでいる。


「畜生・・・・・・俺の村をぶっ壊していきやがって・・・・・・」


 そんな小言を言っていた鋼沢だが、シュウゥウウウウ・・・・・という嫌な音を耳にした。


「熱っちぃ!!うわ、来やがった!!」


 ドームの壁にもたれかかっていた背中に焼けるような痛みを感じてすぐに離れる。するとドームがだんだんと赤みを帯びていき、中の温度が凄まじい勢いで上がっていく。


「おい、待ってくれ、何が起きているんだ?!」


 そして——————ジュゥウウウウウウウ!!という音と共に一瞬で真っ黒になり、ドーム内に霜が降りるほどに温度も急激に下がった。


「うがっ・・・・・・・!!」


 中の温度も一瞬にして高温から低温まで変化し、それによってヒートショック症状が引き起こされた鋼沢。脳や心臓に強烈な負荷が掛かり、立っていられなくなる。


 その直後に、バギバギバギバギッ!という音が鳴り、ドームの一部が爆ぜ飛んだ。


「バカな奴ね。こんな所に立てこもったって、逃げ道を確保しとかなきゃこんな風になんなかったのに」


「なんでだ・・・・・・・この鋼は厚さ50センチだぞ・・・・・・ドラゴンのブレスだって防げる俺の鋼がこんないとも簡単に・・・・・」


「でも、そのドラゴンのブレスって単一属性でしょ?」


 六花が中に歩みを進めると、地面を踏みしめる度に右脚側の地面からぼうっと炎が立ち上り、左足側の地面がパキッと凍り付く。


「物質って言うのはね、何でもそうなんだけど温度変化に弱いの。1000℃近くまで炎で炙った後に-150℃の冷気で一気に冷却されたら、そりゃどんな金属だってボロボロになるわよ。まあ、あなたはその“スキル”でそういうのを無視してきたんだろうけど、残念ながらあたしには通じない」


 ガシュン、という音とともにガントレットが解除され、小さくか細い手が露わになる。六花は懐から白くて細長いケースのようなものを取り出した。そして鋼沢の左手を引っ張り上げ、それを腕に突き当てた。するとズグッ、と針が飛び出し、鋼沢の腕に差し込まれる。


「うぐっ・・・・・・・・・」


「筋弛緩剤と麻酔、それから“スキル抑制剤”よ。1週間で500万がぶっ飛ぶわ。これだけの価値のあるものを使われることに感謝しなさい」


 少女が注射器を引き抜くと、鋼沢は既に意識を失ってドサッと力なく横たわった。


「全く、皆滅茶苦茶にしやがって・・・・・・・・本部に帰ったら覚えてなさいよ」


 何事も無かったかのように少女がため息を吐くと、懐から掌に収まる金属板を取り出した。


「こちら、六花・アイ・インフィニアート。目標の鎮圧を確認したわ」


 それだけ告げた六花はごろっとその場に寝そべった。外からガシャンガシャン硬いものがぶつかる音が聞こえてくる。


「(それにしても、金属を自在に操って様々な物体を作る能力ね・・・・・・・“鍜治屋”って、確かに鋼を叩いて鍛えて、いろんな鉄製品を作る職業だけど・・・・・)」


 サーマルショックで黒くくすんだ色に変色したドームを見上げている六花。「鍛冶」のイメージはまさしく彼女の通りで、鎚を用いて鋼を鍛え、様々な道具やものを作ることである。だが鋼沢の能力はその定義を逸脱していた。金属を鍛えるばかりか、金属そのものを操る。道具も無しにそういう「力」で強引に物事を推し進めるスタイルは、他の「転生者」にも通じるところがある。


 だからこそ、六花は親からの教えに忠実に従いたいと思っている。


「(ただ範囲や規模が規格外なんじゃだめ、それをきちんと“制御”できるようにならなきゃ)」


 そして、六花が破壊したドームの出口に2メートルにもなる巨大な鎧が現われる。


『コードネーム:リッカ。カチン王国王女“フローラ”及びエルデュナメス家第六男“クリス”の身柄の確保を確認。当該人物の今後の取り扱いについて要求する』


「そうね。本当はフローラ嬢は元の国に返すべきだけど、ちょっと引っかかることがあるからうちで保護しておくわ。クリスっていうか鋼沢だけど、こいつは“こっち”に来た経緯とかを詳しく聞きたいから、総研送りにしましょう」


 そう言って六花は立ち上がり、ドームの外へと歩み出た。ちょうど近くにやってきていたロゼを見つけ、彼女にも指示を出す。


「そしたらロゼちゃん、悪いんだけどこれからしばらくはここの調査を行ってくれる?勿論水源は解放して下流に流して、ここをどうやって開拓したのかを分析して欲しいの」


「そうですね。どちらにせよ生態系への影響も懸念しておりますので・・・・・・」


「ありがと。そうしてもらうと助かるわ」


 そう言って六花はコートを羽織り直し、高らかに告げた。






「ただいまを以て、当該任務の完遂とするわ!以降の調査は総研スタッフに委託します!!ひとまずはお疲れ様!!」

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