第6話 作戦会議
「それじゃあまず今回の任務についておさらいをしましょうか」
六花が口にするとシノはタブレットを操作し画面を切り替える。そこにはこれまで撮られてきたアルゴン川の各地域における写真が映し出された。
「まず事の発端はバイメタル地方のアルゴン川の水量が激減したことを報告されたことだわ。数日の間に水量が急激に減少、そして現在ではほぼ干からびてしまっているような状況よ」
次に、画面に映し出されたのは、先日六花らが捕獲したベニダイショウと、その個体のものと思しき卵だった。
「そして今回あたしたちの出動が要請された主な理由として、そのアルゴン川上流での状況を調査するためには、彼らベニダイショウをはじめとする強力な魔獣の存在を乗り越えなければいけないことが上げられているわ。実際今回捕獲したベニダイショウは衰弱していたものの、非常にストレス値が高いことが明らかになっているわ。スノウとアイビスが対処したから被害はそこまで出ていなかったけど、普段以上に気が立っていたはず。この辺りはスノウとアイビスに感謝ね」
「どーも。」
当の本人は面倒臭そうな様子で頭を下げた。普段被っているフードを取りガスマスクを外したことで端整な顔立ちが露わになっている。
「そしてエルカク湖ではこの個体と思われる卵を複数確認、急遽保護を行ったわ。あたしの能力で一度冷凍保存を行い、その後解凍作業を行っていたけど・・・・・・結果、1個しか残らなかった」
六花はここだけややトーンを落とした。
「さて、一応ここまでがあたしが把握して居る内容だけど、その後の調査でわかったことを教えてくれるかしら」
「わかりました。では、私から」
ロゼが手を上げ、再び画面が切り替わる。
「私が調査を行ったところ、やはり水質に問題は無く、ただ単に水量が低下していったことが考えられます。少なくとも私の手元にあるデータには、いずれの場所でも問題は見られませんでした」
画面に映し出されたのは、アルゴン川の流域に位置する町の数々だった。いずれの場所に置いて、特に有害物質などが検出された形跡は見られない。
「そして、エルカク湖でも同じでした。水質そのものは問題無さそうでしたが、水かさが殆ど無くなり、水底の泥が露出している状態となっていました。そしてその泥の中に、先ほどのベニダイショウの卵があったのです」
「そうね。だけど実際にそこに原因があったわけじゃ無くて、更にその上流にあると踏んだあたしは、スノウとアイビスにその先の調査をお願いしたわ。そこから調査はどこまで進んだの?」
「エルカク湖は見かけ以上に非道い有様でした。本来そこに住んでいたはずの魚の死骸が泥の中に眠っており、植物もかなり損傷していました。早急に水を戻さないと、あそこを中心に生態系が狂ってしまいます」
「え?エルカク湖ってそんなに重要だったの?」
予想していたよりも重要な場所だったことを意外そうにする六花。その彼女の疑問に答えるのはアルベルトだった。
「重要だな。あの湖はため池としての役割を果たしていて、町へ流れる水の量が一気に減らなかったのもこの湖の存在のためだ。それだけじゃ無く、エルカク湖の土壌に染みこんだ水が辺りの木々を潤し、湖そのものにも魚が住み着く。そしてその魚を捕食しようとした者を、ベニダイショウが逆に餌にする・・・・・・そういった循環がエルカク湖で形成されているハズなんだ」
「おっしゃる通り、流石はゼッケンドルフのご子息様ですね」
「ありがとう」
アルベルトはそれ以上何も言わなかった。
「とは言え、すでに町へ流れる水は途絶えちゃったけどね・・・・・兎に角この問題が差し迫ったものであることはわかったわ。そしたら次に、その先にあったものだけど・・・・・・」
「それは、映像を見てもらった方が早い。」
そう言ってスノードリフトは立ち上がると、シノが操作していたタブレットを受け取り、自分で操作し始めた。
そして画面が切り替わると、動画が始まった。
「この動画はアイビスの視界で捕えたものの一部始終が映っている。」
スノードリフトの言うとおり、川の底をまっすぐに進んでいく様子が映し出されていた。視点を見る限りゆっくりと周囲を見渡しながら進んでいっているようだ。
そして、ある地点に着いたときに、ロゼが「あっ!」と声を上げた。
「水が回復している・・・・・?」
「良く気付いたな。」
スノードリフトの言うとおり、川の水底に確かな水の流れが映り『コードネーム:スノードリフト。該当エリア内に水流を検知。前方に水源があると推測する』『ああ。僕の方も確認した。』というやり取りが聞こえる。
「記録上だとエルカク湖から北西に700メートル進んだ地点だ。そこで水が上流から流れてきているのが確認された。」
「水が?でも、この量じゃ・・・・・・・・」
「そうですね。この程度では流石に湖に溜まるほどにはなりません。寧ろこの地点で流れが途切れる程度にしか出ていないと言うことです」
「この段階ではそうだな。だが、この続きを見てみろよ。」
そしてスノードリフトが口を開いた次の瞬間、画面の中のアイビスが動きを見せた。画面がサーモグラフィのように変化し、辺りの魔力の濃度が可視化される。そしてアイビスの前方—————つまり川の上流の方が真っ赤になっている。
『警告。前方に複数の生体反応と、高濃度の魔力を検知』
『そこから様子を見れないか?』
そして魔力濃度検知の画面が隅の方に縮小され、慣れ親しんだ世界が映し出される。そしてその画面がズームされていき、先の方が拡大されると———————
「村?」
「に見えますね」
「ああ。明らかに川がせき止められている。それに良く周りを見てもらうと明らかに建造物が見られるな。」
まるで川を遮るように茶色い何かがぼやけて見え、さらにその周囲には屋根のある建物らしきまで確認できた。
「その後はどうしたの?」
「残念ながら、僕たちはここまでで調査を打ち止めとした。これ以上進んで、もし隊長の言う“転生者”に鉢合わせすると厄介だからな。」
「賢明な判断ね」
恐らくやろうと思えばもっと先に進んで、何なら村と思しき所も捜索できる可能性もあった。だが、ここで一歩間違えば道を踏み外しかねない。仮にスノードリフトの言うとおり、この先に「転生者」が作った村があったら、彼らは大変な目にかもしれない。スノードリフトもあるアイビスも、「転生者殺し」の大切な人材だ。彼らに何かあったら、この任務の達成すら困難になる。
最盛期から15年近く経っているとは言え、今だ「転生者」の脅威は衰えを知らない。
「わかったわ。そうしたら次にやることは決まったわね」
「“村と思しき地点の捜査”ですね?」
「その通り。ここにあたしたち第一作戦部隊で乗り込んで捜査を行う。それでいい?」
六花の力強い問いかけに、ロゼとスノードリフトは答える。
「わかりました」
「僕も異論は無い。」
「ありがとう。多分アイビスも同意してくれると思うけど・・・・・・・」
するとここで、アルベルトが手を上げた。
「ちょっと待ってくれ、六花君。今ぼくたち第二作戦部隊も手が空いている。もし良かったら力を貸すけど・・・・・・・」
「ありがとう。でも、今回は待機しておいて頂戴もしも私達に何かあったら、あなたたちにも出てもらう可能性があるから」
「そうか・・・・・・・わかった。現場で何かあったらすぐに連絡をくれるかい?」
アルベルトの言葉に、六花はしっかりと頷いた。
「それじゃあ作戦は明後日執り行うわ。その前に準備をしっかりと進めておきましょう」
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