◎第02話・着任

◎第02話・着任



 数日後、後任の元商人に引き継ぎを終えたハウエルは、荒天地方へと馬を歩かせていた。

 供回りたる、自分直属の家臣、十五人を引き連れて。


 人数が多いのでは、という疑問もあるかもしれない。しかし兵站管理は、情報、設営など様々な要素のもとに成り立っているため、それぞれについて管理の中枢たる彼を多面にわたって、家臣団が補助する必要があったのだ。


 なお、他にも部署に人はいたが、その者たちの主君はこの国「月花王国」自体であり、ハウエルの家臣ではない。指揮命令の都合で、いわば借りていただけだった。だからその者たちは同行していない。同様の理由で直属の兵士や部隊もいない。


 とにかく、領主となる伯爵は、道中でも悲しみを引きずっていた。


「はぁ……」

「主様……」

 筆頭の家来であり、歳が近く古くからの仲でもあるローザが、気づかわしげに見る。

 すると彼女、何か妙案をひらめいたようで。


「主様、ほら、見てください」

 彼女は、その大きな乳を、自分の手で揺らした。

「ぷるぷる、ぷるぷる」

 大胆極まる行動である。道端でこれを行っているのも、ある意味驚嘆に値する。


 しかし彼は。

「はぁ……」

 大して気にすることもなく、またうつむいて地面を見る。

「これは重症ですね。私のおっぱいに喜ばないとは」

 しかし彼は無言。


「ローザ、そっとしておいてあげましょう」

「そうですわ。間違いなく大変な出来事ですもの」

「それよりご飯のことでも考えようよ!」

 彼女の友人、セレス、テラ、コスミーが口々に言う。三人とも女性である。


「むー。だけど心配ですよ、私は。……それなりの期間、前線の砦で、勇者とともに戦場を駆け抜けたのに――」

「兵站管理は本営付将校ですよ。駆け抜けはしません」

「駆け抜けたのに、当の勇者からはこの仕打ちです。専門家を束ねるとかいう教義ですか、あれに毒されて、なんでもできる主様を追放なんて」


「それは、そうですね。勇者の性格の悪さもありますし有名ですが、それはともかく……その戦闘教義、というか編制の信条自体は一概に間違ってもいませんが、組織には主様のような人材もいないと、かえって危ういのでは、と私などは思うのです……」

 セレスが慰めるように話す。


 ローザは諦めずに、もう一度ハウエルのほうを向く。

「まあ、主様、もうこれは新天地に賭けるしかありませんよ。前評判ではなかなか難しい領地ですけども、探せば何か見つかります。それに、そもそも私たちは、なんだかんだ言って生きているんですから。浴びたのはせいぜい、勇者の底意地の悪い嫌味ぐらいですし」

「ローザ、それは少しばかり極端ですよ」

「いや。極端でもありません。今回失ったのは、貴族の位でも仲間でも命でもありません。いくらでも浮き上がる機会はありますよ。みんな主様の味方ですから、がんばって、いや、最初は無理をしなくてもいいので、私たちに頼りながら、領地の現状をどうにかしましょう」


 ローザの話を聞いて、ハウエルは。

「……そうか、そうだな」

「あ、主様がやっとしゃべってくれました!」

 少しずつやっていくしかない。

 追放の無念は、少しずつ流していくしかない。領地は徐々に上向きに、名誉はこつこつと回復していく。


 勇者に直接、目にものを見せてやる機会は、あったとしてもずっと先のことだろう。しかし急ぎはしない。領地の予備知識を鑑みるに、いまはそれどころではない。雪辱はゆっくり、機を見て進めていけばいい。

 まだ当分は心が曇り、身体は慣れず、ときには失ったものに涙するだろうが、それでも前を見るしかない。

 いまは現状の道を、少しずつでいいから進んでいくべきだ。

 振り返っても戻れないのだから。


「やるしかないんだな」

「あ、主様、どうです?」

「まだ衝撃は大きいよ。でも、とりあえず前を見る気にはなった。ありがとう。これからも、というかこれから大仕事になるだろうけども、ついてきてくれるかな」

「もちろんですよ! 主様のためなら頑張ります!」

 陽射しが少し暖かかった。



 しばらくして荒天領の本城「つむじ風の城」に着くと、代官アントニーが出迎えた。

「お待ちしておりましたぞ、荒天伯ハウエル殿。ようこそ、といっても、貧相な出迎えで申し訳ございませぬが……」


 ハウエルは尋ねる。

「やはり貧しい領地なのか」

「然り……豪勢にできればよかったのですが、そのような余裕もなく……その代わり官吏は、ここに全員が出迎えておりますれば」

 ちなみに、代官やその他の官吏は、本来は国の臣下であり中央政府所属だが、今回の荒天伯着任にあたって領主直属の家来となるに至った。一種の転籍。出向や与力ではなく主自体が替わるものだ。

 もっとも、忠誠心を期待できるかどうかは、いまのところ分からない。


「ひとまず城内をご案内して、領内の現況をお話ししますぞ。馬は、そこのサクソン、馬留におつなぎしろ」

「御意」

「さあ、行きますぞ」

 勝手が分からないハウエルは、ひとまずついていくことにした。

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