七十点貴族は見捨てられた領地で運命に立ち向かう
牛盛空蔵
◎第01話・始まりの日
◎第01話・始まりの日
その言葉は、絶望か、転機か。
「兵站主幹ハウエル、お前はこの砦から出ていくことになった」
勇者カーティスは古傷をさすりながらそう言った。
告げられた、十八歳の青年ハウエルは、当然、その理由を問う。
「なぜですか、私は着任してから今まで、怠りなく、どころか、人一倍に仕事をしてきたつもりです!」
「ハウエル伯爵よ」
すでに肩書きは「兵站主幹」ではなくなっている。
「戦は専門家の連携で行うものだ。その方針に従って、俺が砦の軍を再編していることは知っているだろう」
「つまり兵站の専門家を?」
「その通り」
「兵站の専門家は私でしょう!」
大声を上げる若き伯爵。
「確かに私はまだ若輩で、武官として完全無欠とはいいません、しかしこの砦周りの兵站に関しては――」
「ハウエルよ、お前はいうなれば『七十点』だ」
唐突な点数付け。
「え?」
「お前はなんでも一応はこなせる。各分野の初心者よりは、一回り半ぐらいは秀でているだろう。しかしそれでは駄目なのだ。専門家を百点とすれば、お前は何につけても『七十点』余りだ」
「それは……確かにそうかもしれません。しかし、もともと兵站管理というのは、あらゆる分野に一定の力を持っていないと、務まらないものと認識しております!」
「俺はそうは思わない。『歴戦の』武官である俺がな。なあ『新人』よ」
「そんな……!」
絶句するハウエル。
「それに、お前は目立った戦功を立てていない」
「当たり前です。影で支える兵站管理が華々しく手柄を立てることは、仕事の性質上ありません。それぐらいはご存知でしょう?」
常識的な反論を、しかし勇者は無視する。
「屁理屈はどうでもいい。もう代わりの人材は見つけてきているからな。物流の専門家、元商人のゼーベックだ」
「物流の専門家? 物流と兵站は違います、それすらお分かりでないのですか!」
「勇者を物知らずと侮辱するのか?」
「……くっ!」
何も言えない。何も言い返せない。
相手が正しいからではない。正しさだけなら、ハウエルは自分の考えこそが正しいと自信を持って言える。勇者――すなわち「国一番と認められた武官」カーティスが間違っている、と、大衆の前で宣言できる。
しかし立場が違いすぎる。カーティスは前線の最重要拠点「滝の砦」の城代を務める侯爵。しかも勇者の称号持ち。
この点、カーティスが侯爵の位に就いているのは、前線で指揮する武官に箔をつけるための、半ば形式的な処置にすぎない。しかれど、ハウエルが伯爵の位であるのも同様であり、そこを攻撃するわけにはいかない。
「しかし、この処置には不服です、王宮の司法院に申し立てをします!」
「国王陛下も納得されたものを?」
言って、勅令書を見せる。
「なっ……そこまで、そこまで……」
そこまで逆風は吹くのか。
「待て。よく見ろ。――お前は領地持ちの領主になれるぞ」
言われて、彼は勅令書をよく読んだ。
伯爵ハウエルを「荒天」地方の領主に任命する。
「よかったじゃないか。これは栄転だ」
しかし大きな騙しがある。
「荒天地方とは、確か、資源が鉄鉱脈程度しかなく、それを採掘する技術と資金にも欠け、商業もろくになされず、わずかな農村しかない地域……」
要するに左遷である。これを栄転と言い放つカーティス。
そこまで勇者は手配をしていたのか。性格の悪さにかけても、目の前の男は国一番であろう。
「どちらにしても地方領主になれるんだぞ、よかったじゃないか!」
ハハハと豪快に笑う。
これは演技だ。彼はそう直感した。
「覆せないということですか」
「なに、全てにおいて少しは結果が出せるお前なら、広い能力を求められる地方領主も務まることだろうよ。ハッハッハ!」
「……勇者カーティス様」
荒天伯ハウエルは決然として言った。
「最後に栄光を手にするのは私です。この運命を打ち破って、あなたに絶望を味わわせて差し上げましょう」
「おっ、おもしれえ。頑張れよ、ハハハ」
青年は、打ちひしがれつつも、捨て台詞を吐き、城代の部屋を退出した。
勇者カーティスは、ハウエルが嫌いだったのかもしれない。ハウエル自身にはよく分からないが、ありうるといえばありうる。
しかし、勇者の最近の編制方針は、明らかに専門家を重視し、各々のスペシャリストたちを大将たるカーティスが束ねるというものだった。
ハウエルが嫌いだったかどうかは確信が持てない。兵站を軽視していたわけでも決してない。現に勇者は、物流の、ではあるが専門家を後任に選んでいる。
不運の伯爵が半ば追放されるのは、やはりカーティスの、専門家ドグマとでも呼ぶべき教条によるものであろう。
いずれにしても、勅令である以上、左遷先、絶望の領地へ赴任しなければならないが。
「ローザたち、よく来たね。今日は……悪い知らせがある」
空いていた部屋で供回りを呼んだ彼は、このことを話した。
★★★★
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