俺の妹は頭がおかしい

月ノみんと@世界樹1巻発売中

第1話


 俺は可児智也。大学生だ。


 俺の家族は全員、どこかしらイカれている。



「うんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっちうんちっち」



 今日はうんち増量中。さて、今何回うんちと言ったでしょう?


 目の前のおぞましい生き物は、俺の妹ーー可児恭子。残念ながら頭がおかしい。


 毎日毎日壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返している。


 なにか深刻な病気らしく、二度とまともには口をきけないそうだ。


 妹がイカれてから5年、俺は彼女の身の回りの面倒を見ている。


 とかいう重苦しいストーリーがある訳ではない。決して。


 彼女は至って正常、正気そのものだ。


 学校でも成績優秀で、才色兼備の自慢の妹だ。少なくとも外面はいい。


 困ったことに、彼女は正気100%で狂っている。


 自分がいかに異常な発言をしているかを正確に理解しつつも、冷静に狂っているのだ。


 つまりわざとやっている。なんのつもりかは知らんが。


「うんちうんちうんち」


 これはお腹が空いたと言っている。


「うんちうんちうんち」


 これは暇。


「うんちうんちうんち」


 これは散歩に出かけたいという意味。


 こんな風に俺はなんとか彼女の意図を汲んでどうにかやっている。


 そんな彼女だが、家を一歩出ると別人のように変貌する。


「あら、お兄様……そんな顔をなさってどうされたのですか……?」


「どうしたもこうしたもあるか……。家でのお前のご乱心っぷりを思い出してあまりのギャップに怖気を感じざるを得なかっただけだよ」


 15分前までは家の玄関でパンツを頭にかぶり、うんちうんち言っていた女が、今ではコレだ。


 清楚なお嬢様風の私服に身を包んで、どこからどう見ても完ぺきな美少女。


 横に並んで歩いていると、ほのかにラベンダーの香りが漂ってくる。そういった理想の妹。


「お兄様だって、家ではいつもだらしがないじゃないですか……」


「あのなぁ……お前の場合はだらしがないとかの次元を超えているぞ? 俺の場合はただ普通にゴロゴロしているだけだ」


「私だって、日ごろのストレスを発散しているだけですよ? 毎日学校で完ぺきな優等生をやっていると、肩がこるんですよ」


 だとしたらそんな窮屈な生活はやめてしまえ。


「そのストレスの発散方法に問題があるとは考えなかったのか?」


「うんち」


「……」


「あ」


「だから言ったじゃないか……。あんまり家でふざけていると、外でも癖で出ちまうぞって……。取り返しのつかないことになっても知らんからな」


「いえ、別にうんちは出ていませんよ?」


「いやそういうことじゃない! 実際に漏らしてたらそれこそ縁を切るわ」


「まあお兄様ったら……ひどい!」


「はぁ……」


 こいつのクラスメイトの男子たちがこの姿を見たら卒倒するだろうな……。


「で、今日は何しに行くんだよ」


 妹に促されるまま家を出たものの、その本意は定かではない。


「ええちょっと、スーパーまでお買い物に行こうかと。今日は両親ともに遅くなるそうなので」


 なるほど俺は荷物持ちというわけらしい。


 まあ実際に料理をするのはこいつなので文句は言えない。


「ほう、それで……今晩のメニューは?」


 まさかとは思うが、あの言葉を口にするのではあるまいな……? 


 と思いつつも訊いてみる。



「ええ、カレーにしようかと思っておりますわ」



「……」


「……?」


「お前……正気か?」


 まあ正気ではないことはよく知っているが……。


 とうとう本気でイカれたらしい。


「何がです?」


「さっきまで一日中家でうんちうんち叫んでたやつが、一体何を思って『あ、そうだ! 今晩はカレーにしようかしら!』などという結論に至るんだ? そしてそれを俺が許容するとでも思うのか? だとしたら間違いだ。お前は決定的に終わっている」


 我が妹ながら本当に残念だ。今までありがとう。お前のことは忘れないよ。


「まあお兄様ったら、こんな道端で大声でそんな汚い言葉口にしないでください! 私まで変な目で見られてしまいます!」


「お……前にだけは言われたくねぇよ!!!」


「で、お兄様は私のカレーが食べたくないと言うんですか?」


「ああそうだよ! うんちうんち言ってたやつが作ったカレーなんて食いたくないに決まってる」


「もう……いい歳してわがままな兄ですね……。はぁ……わかりました、じゃあお兄様は何が食べたいんですか?」


「えーっと……」


 そう言われるとそれはそれで困る。


 特に食べたいものはないのだが……。カレーを却下する以上、代替案を出さなければこいつは納得しないだろうし……。


「あー、じゃあから揚げとコロッケ……とか……?」


 我ながら苦し紛れにもほどがある。適当に思い浮かんだポピュラーなおかずを言っただけだ。


「運動部の中学生みたいなチョイスですが……まあいいでしょう。お兄様が食べたいと言うのであれば、なんでも作りますよ私は!」


 そう、家以外では普通に出来た妹なのだ。家以外では。


 料理の腕も確かだし、兄思いの健気な妹だ。


 俺たちはそのあと適当に買い物を済ませ、また無駄話をしながら家に帰った。


「……で、なんでそれがこうなるんですかね?」


 俺は食卓に並んだ残念な物体を見て、そう言った。


 から揚げ――とおぼしきその物体は、禍々しく焦げ、そう……まるでアレみたいな見た目をしている。


 そしてコロッケ――だったはずのものは、アレンジという名の残虐行為によって、無残にもその姿を変え……まさしくアレにしか見えない塊へと変貌してしまっている。


 キッチンから料理中「うんちっちうんちっち」と謎の鼻歌が聴こえてきてたときから嫌な予感はしていたのだが……。


「今日のお前はさすがにひどいぞ……。俺なんかした?」


「ひどいのはお兄様です! 食べてもいないうちから文句ばかり言って。いいから一口食べてみてください!」


 まあ他に食べるものないしな……。


「しょうがない」とこぼしながら、俺はおそるおそるそれに口をつける。


 あれ、この匂いはどこかで嗅いだことがあるな……。


 味は普通だ。


 おお! なかなか美味いかも……!



「……って、これ……カレー味じゃねえか!!!」



 見た目こそアレだったが味付けは完全にスパイシー。


 なんで食べるまで気がつかなかったんだろう。


「いやーカレーのつもりで用意してたものですから、ついついこんな味付けにしちゃいました」



「お前、カレーにこだわりすぎだろ!!!」



 どんだけカレー食いたかったんだこいつ……。


 俺の家族は全員、どこかしらイカれている。


 特に妹は頭がおかしい。


 これが俺の日常。

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