第5話 ロックな利休

「……実は、私、千利休が好きで。とっても好きで……」

「千利休って、ロックだと思うんです」


 千野さんは突然真剣な顔で千利休の話を始めた。

 きっと、とても大切な話に違いない。真剣に受け止めよう。

 千利休に一桁足りない男、百野利休もものとしやすは誓った。


 間違っても、

「ロックって、ジョン・ロック?なんつって」

「も〜、すぐ経済学部ジョーク言うんだから〜。やめてよ〜うふふ」

みたいな展開を期待してはいけないのだ。


 あれは、そう、大学一年の夏のこと――

 同じサークルの女の子に片思いをした。

 そして――その恋は、夏の早朝に密やかに咲くツユクサ……の葉っぱに潜む小さな朝露より呆気なく……散った。


「ごめん、百野くんとは付き合えない」

「ど、どうして……俺の、一体どこが……」

「だってすぐ数学ジョークとか経済学部ジョークとか、ダジャレとか言うじゃん!私、わっかんないだわ。そういうのはもっとだいぶ仲良くなってから言うもんでしょ!」


 辛い……想い出だ。こぼれそうな涙をぐっと堪える。

 彼氏なら……ダジャレ言っても、良いのかな……?(575)


 大の仲良しの真柴秀俊ましばひでとしにもこう言われた。

利休としやす、こういうときはさ、まず万人受けしそうな話題から話して、少しずつ反応を調べるんだよ。相手の好きなこととか好きなものとか、どんな時によく笑うのかとか見て、ちょっとずつ仲良くなっていかないと。いきなり変なところに豪速変化球を投げても相手は受け取れないよ。最初から大失敗しない確率を考えないと」


 思い出すなぁ……あの夏。秀俊と二人で見た隅田川の花火は、しょっぱかった。

 

 片思いしていたヨーコ殿、今何をしていますか? 俺、成長出来てますか? あの頃の百野とはもう……違うんだぜ。いきなりつまらないジョークなんて


「ねぇ、千野さん、ロックって、ジョン・ロック?」


……言っちゃうんだよねぇ。言っちゃだめだと思いつつも、言ってしまうんだ。どこかで、「素の俺を受け止めてくれるだれか」を探しているのかもしれない。

 甘えだって、分かってる! でも、止められないんだ!!!


「千利休と、ジョン・ロック? ……その類似……考えたことが……なかったです」

「……?」

「ジョン・ロックのことは詳しくないですが、人間が自由で平等であると唱えた人ですよね? 千利休も、主従関係が強い戦国時代に茶室の中ではみな平等であると唱えました。どんなに身分の高い人でも刀を外し頭を下げて茶室に入るように、入り口を敢えてとても狭く設計したんです! 今度、ジョン・ロックと千利休の類似について調べてみます! 百野さんって面白いですね!」


 ……これが、不幸中の Wi-fi ってやつなのか?

 千野さんは真面目だ。いや、違う。ただひたすらに、好きなものに向かって一生懸命なだけなのだ。人はそれをオタクだとかギークだとか、嘲笑混じりの言葉で表現する。でも! 見てください! この千野さんの瞳の輝き!

 俺は千利休のことはよくわからない。でも、千野さんにとって千利休がとても魅力的で好奇心を掻き立てられてやまない、大切な存在だってことはわかる!

 守りたい! その瞳の輝き! 約20世代遡れば俺の先祖の中に入っているかもしれない千利休の名に賭けて!!ただし今年千利休は生誕500年、簡単のため25年で一世代進むと仮定した。


「千利休の話をしている千野さん、キラキラしてますね。でも元はどういう意味で、『ロック』って言ったんですか? 話逸しちゃってすみません」

「わっ聞いてくださるんですか? ありがとうございます。」

 深々とお辞儀をする千野さん、とても嬉しそうだ。良かった。

「千利休は元々豊臣秀吉に文化人として寵愛されていたんです。当時、戦で緊張高まる武士の間で心を落ちつかせる意味でも、芸術としても、そして内密な交流の場としても茶の湯はとても大きな意味がありました」

「茶の湯にそんな大きな意味があったとは」

「そうなんです。黄金の茶室など絢爛豪華な茶室、茶器を愛用して力を見せつけた豊臣秀吉に対して、千利休は平等を重んじ、わび茶と呼ばれる簡素な形式を提唱しました。それってつまり」

「時の権力者には迎合しないぞ! という反骨精神が感じられる……」

「そうなんです! 戦国時代に天下統一をした武将である秀吉に、文化人として真っ向から立ち向かった。そこがまさにロックで、素敵だなぁって思うんです」

「なるほど。たしかにロックだ」


 梅まつりに来たというのにお花そっちのけで話し込んでしまった。そろそろ次のお店に入っても良いのではなかろうか。計画は完璧だ。抜かりない。公園周辺のカフェはすべて調査済みだ。その中でも井の頭線東松原駅近くの千寿というカフェの珈琲とケーキはとても美味しいので個人的にオススメだ。


「千野さんがそこまで千利休にハマったきっかけが知りたくなってきました。もしよかったらそろそろ次のお店に入りませんか?」

「あっあの、お店もいいんですけど、もしよかったら、ちょっとだけ歩きませんか? 今日天気がよくってぽかぽかするので、少しだけ」


あぁ、全然計画と違う……計画と……違う……けど、想像を越えてくるから楽しいのかも。


「いいですね! 歩きましょう!」



次回:井の頭線沿いを歩くだけのデートで何が起こるのか。私もまだわかりませんが、とりあえず歩くだけのデートをしてみることにしました。

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わびさびと情熱のあいだ @haru_negami

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