わびさびと情熱のあいだ

@haru_negami

第1話 情熱

「運命の人に、出逢ってしまった……」


 百野利休(もものとしやす)。年の頃は20代半ば。千利休に一桁足りない男として同級生から親しまれ、ちょっと思い込みが激しいところもあるがおちゃめな男の子として青春を謳歌してきた。そんな俺は、今日、就職先の内定式の場で、運命的な出逢いを果たした――


「千野与四子(せんのよしこ)、と申します。大学院では美術史学を専攻しております。趣味は茶道や華道ですが、読書も好きです。皆様どうぞ宜しくお願いいたします」


 黒髪ストレートのロングヘアを一つにまとめ、背筋をピンと伸ばしたお辞儀がとても綺麗だ。手は、指先まで意識が行き届いている。


(さすが趣味茶道……かわいい……ぽわわん)


静寂の中に響く声も凛としていてよく響く。


(古風……清楚……名字は千野……好きだ!!!千野さん!!!)


 利休は長年求めていた。千を名字に持つ女性(ひと)を――。


「僕と結婚して、千利休にしてください!」

 愛する人にそう告げる日を待ち望んでいた。ついに出逢ったのだ。運命の人と。


 しかしチャンスはなかなか訪れない。それから修論追い込みの怒涛の日々が続き、解放されたのがようやく2月。同期の交流飲み会の場で、ようやく千野さんと話すチャンスができた!


(同期たちに、差をつけろ!!!)

 利休、職場は仕事をするところだぞ、と心で突っ込みながらも、もはや抑えられないこの心。仕事が始まったら誘うのも難しくなる。誘うなら学生のうちだ。少しずつ不自然にならないように慎重に会話を進め、仲良くなったところで、解散前の今!!!!今だ!!!行け行くんだ利休!!!!修論の追い込みをしながらも練りに練ったデートプランを今こそ披露するとき!!!


「千野さん、こここ、今度、お茶しに行きませんか?」


(言った!ついに、言ったぞ!俺!!!)


「お茶……ですか?」

 千野さんは長考に入った。


 10秒。


(千野さん、まつ毛長い……かわいい……マッチ棒何本乗るんだろう。そういえば深キョンはまつげにマッチ棒5本乗るっていう都市伝説が昔あって、試してみたことあるんだよな、俺。全然乗らなかっ)

「あの、百野……さん、ですよね?お茶って、どこに行くんでしょう?」

「はっ!はいっ!いい質問ですね。世田谷区の羽根木公園で今梅まつりやってるでしょう。そこで休日にお抹茶の野点(のだて)やってるっていうからさ、千野さんにお茶の飲み方を教えてもらいたいな〜って思って。どうかな。」


 野点、とは、野外で行われるお抹茶のお茶会のことである。


「野点ですか。それなら、ぜひ。梅の花も楽しめて、丁度いい季節ですよね。」

「やったー!やったやったやった。じゃあぜひ行きましょう!」


 趣味が茶道っていうのを覚えていて気持ち悪いなって思われたらどうしよう……!と不安だったけど、千野さんの好きそうなものを一生懸命考えたし、無事に約束を取り付けられてよかった。喜ぶ利休であった。

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