第45話
とりあえず、順番に書き綴ることにしよう。
まずは、それなりの時間が経過した現在であっても、伝説と呼称される動画企画についてだ。
と、その前に、これを読んでいるのは誰なんだろう?
見ず知らずの誰か、なのか。
それとも知っている誰か、なのか。
お兄ちゃん、お兄ちゃんは見ていますか?
読んでいますか?
あたしの人生の一部を。
あたしの人生の転換期を。
貴方が居なくなってからの、家族の日々を。
この時期があって、それから何度かお兄ちゃんとの道が交わって。
そして、今があります。
大人になりました。
あたしは、大人になりました。
お兄ちゃん、もうすぐ、あたしは――……。
いいえ、止めておきましょう。
きっとお兄ちゃんは、全て知っているのでしょうから。
だから、待っています。
きっと、お兄ちゃんが来てくれることを信じて待っています。
これを書き終えた後、あたしには人生の短い夏が来るのでしょう。
それが待ち遠しくもあり、怖くもあります。
今更、こんな過去の記憶を記録することに意味があるのか、無いのか。
でも、うん、楽しかった子供の頃の思い出。過去の自分。
今に至るまでの、自分。
それを、書き残して、また何年かして読み返した時にこんなこともあったね、とあの人と、そしてタマ達をもふもふしつつ笑いあえたらきっと楽しいと思うのです。
ひょっとしたら黒歴史になって、押し入れの奥に封印するかもしれません。
それでも、それは未来のあたしの話。
さて、話に戻りましょう。
そろそろ、読者諸君も退屈しているだろうから。
夏休みも過ぎていき、とうとうその日がやってきた。
動画企画、その撮影本番の日だ。
場所は、プロの
名前を書けば、知っている人ならあぁ、あそこね、となる場所である。
さて、その場所に行くのもまずは自転車で駅に行って、それから電車に乗り込んで、といつものパターンで向かうつもりだった。
しかし、企画のことを知っていたジーンさんから連絡があったのだ。
自分も行くから迎えにいく、と。
「知らない人、それも男性の車になんて怖いので乗りたくないです」
失礼かとも思ったが、実際夏休みにそういったトラブルが起きて秋か、遅くても冬休み頃に高校を中退せざるえない人の話を聞いていたこともあって、あたしは断ろうとした。
ちなみに、電話での連絡だった。
と、それを横で聞いていたばあちゃんが、代わってほしいとジェスチャーする。
お、あたしの援護をしてくれるのかな。
そう期待して、あたしが自分の携帯をばあちゃんに渡すと、ばあちゃんは挨拶もそこそこに、
「モンスターの先生、ご迷惑でなければこの婆も一緒に連れて行ってくれませんかねぇ」
なんてことを言い出した。
ばあちゃん?!
ジーンさんはそれを快諾する。
「ありがとうございます。なんせ孫の晴れ舞台ですからねぇ。
冥土の土産にちゃんと観ておきたいなって思ってまして。
はい、はい、あ、はい。ありがとうございます。
それで、あ、ちょっと待ってください」
そこでばあちゃんがあたしを見て、自室に行くように言ってくる。
なんか大人の話をするようだ。
「変なこと言わないでよ?」
「大人の話に口を出すんじゃないの」
あたしの抵抗虚しく、ばあちゃんからそう返された。
しかし、いったいなんの話しだろう?
あ!
もしかして【言霊使い】についてかな?
それならあたしも聞きたいんだけど。
しかし、あたしは結局居間を追い出されてしまった。
仕方ないので自室に行って、ゴロゴロする。
ゴロゴロしていると、タマとツグミちゃんが遊んで遊んでーとばかりに寄ってきた。
ヒィはいなかった。
たぶんどこかの部屋で昼寝でもしてるはずだ。
(それにしても……)
あたしはツグミちゃんを膝に乗せてブラッシングしながら考える。
動画企画の日まであと数日だ。
ツグミちゃんと、ヒィ。
この二匹を元の飼い主達と引き合わせて本当にいいのだろうか?
二匹がそれぞれ元の飼い主の下へ戻りたいのなら、あたしとしてもそうしたい。
ただ、これはあたしの勝手な想像だけれど、現状だけを見るならこの二匹は役立たず扱いされ、捨てられたのだ。
ツグミちゃんとヒィが、リリアさんやエリスちゃんのところへ心の底から戻りたいと願っていても、あたし個人としては戻したくない。
それは、きっと不幸なことになるからだ。
【魔物使い】適性というか、能力のお陰で、ある程度なら意思疎通は出来る。
だから、あたしは気持ちよさそうにブラッシングされているツグミちゃんに訊ねてみた。
「ねぇ、ツグミちゃん。
ツグミちゃんは、エリスちゃんの所に戻りたい?
このままだと、エリスちゃんが新しく育てた子と戦うことになるんだよね。
戻りたくなくても、戦いたくないなら出さないよ。どうする?」
あたしの問いかけに、ツグミちゃんはブラッシングの途中だったけれど体を動かした。
あたしはブラッシングしていた手を止める。
それと同時に、ツグミちゃんがあたしの腹に前足を置いて、後ろ足は床につけた状態、伸びをするようにしてあたしの胸元へ頭をすりすりと擦り付けてきた。
そして、一声、ここにいる、出る。とばかりに鳴いた。
「ピィー」
「そっか」
あたしの勝手な解釈だ。
でも、ツグミちゃんから嫌な感じはしない。
だから、予定通りツグミちゃんを使うことに決める。
でも、ヒィはどうだろう?
と、今度は背中に軽い感触があった。
体を動かして確認したら、ヒィだった。
いつから居たのかはわからない。
でも、ヒィはあたしの事を真っ直ぐ見つめてくる。
あたしは聞いてみた。
「ヒィ、今の話聞いてた?」
「キャウッ!」
鳴いて、頷く。
「どうする? ここまできてアレだけど嫌ならお留守ば……」
ばごっ!
あたしの言葉を遮るように、ヒィは頭突きをかましてきた。
なんなんだ、お前。
「留守番は嫌?」
ヒィが首を縦にぶんぶん振った。
その目には、なにか強い意志のようなものが宿っていた。
元の飼い主をぎゃふんと言わせてやる、みたいなそんな負けん気だ。
「そっか、わかったよ。じゃあ二匹とも使う。
それでいいね?」
ヒィとツグミちゃんが並んであたしを見た。
そして、力強く頷いて見せた。
あたしはそんな二匹をわしゃわしゃとめちゃくちゃに撫でてやった。
それを見ていたタマが、交ぜて交ぜてーと乱入してくる。
そんな時、ちょうどばあちゃんの電話が終わったらしく、携帯を取りに来いと呼ばれた。
取りに行くと、すでに通話は切れていて、ばあちゃんも一緒に行くことになったと改めて言われたのだった。
そして、携帯を受け取りながらこう思った。
どうせなら、元の飼い主達を許せるか? そう聞けば良かった。
でも、とりあえず試合には出てくれるみたいだし、これ以上聞くのは野暮かもなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。