第5話 名門校に通うオタクな友達

そうやって、一日、また一日とゴールデンウィークは過ぎて行った。


俺はベッドに寝転がりながら特に誰からも連絡の来ない携帯を見ていた。


高一の時の友達……、いや友人と呼んでいいか分からないけど

普段話したりしていた男子生徒たちとは二年になってクラスが離れるとほとんど接点がなくなってしまった。


……新しいクラスでも仲の良いやつできるといいけど。

俺は部活もやっていないし顔も広い方じゃない。

不安というほどではないが、悪目立ちもしたくないし連休明け頃にはクラスに馴染めればいいなとぼんやり思う。


そこへ急にメッセージが来た。


女子か!?!?

などと思うわけがない。

何回も言うが彼女どころか女友達すらいないわけで

俺に連絡してくる女子なんて優々くらいだからだ。しかもだいたい買い物頼まれたり、そんなのばかりだ。


それはそうと、俺は画面に写ったメッセージの差出人を見て少し嬉しくなった。


「おっ。久しぶりだな」


思わずつぶやく。

実際、そいつと連絡をとるのは一か月ぶりくらいでそこまで久しぶりというほどでもないが

なんとなくそう感じた。


『夕也、明日何してる? ゲームでもやらないか?』


メッセージの送り主は中学の時の友人の五十嵐諒(いがらしりょう)だ。

家が歩いていけるくらいには近く、中学の時はよく一緒に帰ってどちらかの家でゲームをしたりしていた。


高校が別々になった今でも、こうやって交友関係が続いている。

小六からの付き合いだしぜんぜん気を使わないで話せる良いやつだと思う。



……ちょっと……、ほんのちょっとだけ変わってるけどな。


◇◇


そして次の日。俺は五十嵐の家に来ていた。


相変わらず大きい家だ。

うちの両親よりもかなりキリッとした感じの、でもめちゃめちゃ美人の五十嵐の母さんは今日は留守らしい。


「親戚ん家行くとか付き合うくらいなら、まだ家で勉強してるわって言ってたんだけどさ」


「あー、まあな」


「今日はカテキョも休みで遊んでいいって」


「よかったじゃん」


俺は五十嵐の部屋でゲームのコントローラーが握りながら相槌をうっていた。

そんな理由で今日は俺を誘ったらしい。



「最近ずっと塾だったからさぁ。ま、塾自体はそんな嫌いでもないけどさすがに練習時間取れなくてゲームの腕鈍るんだよなぁ」


「相変わらず大変そうだな。さすが英大附属」


「夕也だって進学校じゃん」


「いや、天下の英明院(えいめいいん)高校と比べてもなぁ……、……っと。うわっ。」


「やった!」


「あっ! ……あー、また負けたわ」


俺たちは格闘ゲームで対戦しながらだらだらと喋っていた。

いつもこんな感じだ。

真剣にやったところで五十嵐はゲームがうまいので基本的には勝てないし。



「おまえ、ほんとうまいよな」


テレビ画面には結果が表示されている。

俺の使っていたキャラの頭の上には負けのマークがつく。

少し疲れたしキリがいいのでコントローラーを置くと

俺は肩を上げ腕を伸ばしながらあらためて五十嵐の部屋の壁に目をやりながらそう言った。



「ネット対戦だと負け続きだけどな」


謙遜でも嫌味っぽくもない自然な感じで五十嵐は答えた。



「おまえでも勝てないのか」


「半分くらいは負けるなぁ。練習できてないし仕方ないよ」


「ふーん。そんなもんか」


「夕也は? ネット対戦やらないの?」


「ま、そこまでじゃないかな。たまにおまえとやるくらいがちょうど良いや」



五十嵐の部屋に貼ってあるアニメキャラのポスターを見ながら俺は話していた。

一枚や二枚じゃない。ポスターだけでなくアニメの女の子のキャラのフィギュアやグッズなんかもたくさん置かれていた。


爽やかでイケメンな見た目からは想像がつかないが、五十嵐は正真正銘のアニメオタクというやつだ。


俺もアニメやゲームは好きだが、こいつほどではない。

五十嵐に言わせれば俺はオタクってほどではないらしい。



「学校の友達とはやらないのか?」


俺はなんとなく聞いた。

五十嵐とは高校が別になってしまったが、こいつが通う超有名大学の附属高校のクラスメイトがどんな生徒なのか少し気になった。


「ゲームはあんまりやらないかな。この前遊びに来たときも普通にみんなで課題やってたし」


「へー。この部屋見ても何も言われないの?」


「別に。言われないよ。あ、よく分からないとは言われた」


「……へー」


だいたい想像通りだ。

五十嵐は中学の時からオタクを隠そうとなんてことは全くしていないが、なぜか受け入れられている。

見た目が良いから。だけの理由じゃないと思いたいが。

でも裏表はないし、昔から人の嫌がるようなことは絶対にしない。高校でも上手くやれているのも納得できる。


「俺の嫁の良さが分からないなんて、人生損してると思わないか?」


「嫁ねぇ。すぐ変わるじゃん」


五十嵐は好きなキャラのことを嫁と呼ぶ。ネットのオタク友達とはそうやって言い合うのが主流らしい。

悪いが、よく分からないと言った五十嵐のクラスメイトに俺も少し同意だ。


「で、今のお気に入りは誰なんだよ?」


俺が聞くと五十嵐が携帯を操作し、画面に女の子のキャラの画像を出した。


「マイ・フラワーズのユキナちゃん」


「あー、はいはい」


「夕也も見てるのか?」


「見てないけどおまえの好きそうな感じだな。水色の髪のクール系」


「分かるか!? 夕也も見てみなよ。おすすめだから」


「気が向いたらな」


本当に気が向いたら見てもいいかもな。

こいつの勧めてくるアニメはなんだかんだ面白いものが多い。


「そういや、あれ、面白かったぞ。いせギャル? 異世界行ったらクラスのギャルがなんたらってやつ。あれのヒロインもう嫁にするのやめたの?」


俺は春休み頃に五十嵐に勧められて見たアニメの名前を出した。


五十嵐とはいつもこんな感じで馬鹿な話ばかりしている。

でも本当に良いやつだし、こいつといるのは居心地が良いと俺は思っている。


「あー、あいつね。あいつは原作で俺以外とクエストに出かけたからないわ」


「え……?」


え? 俺って言った?

主人公の間違いだよな……?


でもやっぱり顔でカバーしてるだけでめちゃめちゃ変わってるな…………。


◇◇


五十嵐の母親が夕飯頃には帰ってくるというので

俺はぼちぼち帰宅することにした。


「彼女できたか?」なんて聞かなかったけど

そうは言ってもある日いきなり彼女できてるかもしれないな。


帰り道、俺は焦りみたいなものをなぜだか少し感じていた。

理由は分からない。


五十嵐みたいに堂々と胸を張って、好きだと言えるものがないからかもしれない。


別に何かに不満があるわけではないけど、自分が中途半端な気がする。

何に対してかも分からないのに、これでいいのか?と問いたくなる。


趣味。成績。彼女?

自分でも何が足りなくて何を欲しがって焦っているかも分からないのに。



「…………、俺も嫁でも探すか」

気の迷いを払うように冗談めいた呟きをしたら少しおかしくなり、そして次第に変な気持ちはなくなっていった。


五十嵐の家からの帰り道。小六の時からよく通った見慣れた道だ。

まぁそんなもんだと言うように、ぽつぽつと街灯の灯りが目立ち始める時間だった。

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