歴史と物語

佐竹健

中山道をゆく

 普段私は、白い自転車に乗って移動をしている。


 白い自転車は埼玉のホームセンターで買ったもので、値段は1万6000円ほど。普通ならば4万以上もするものが、半分と少しほどの値段で買えた。いい買い物だった。


 自転車で移動していると、何かと古いものが目につく。古くからある町だったり、集落のメインストリートである場合は特に。


 バスや電車、車などと違って、ゆったりと移動していることもあるのだろう。




 私の住んでいる辺りは、中山道やその脇街道川越往還が通っている。


 この中で、一番歴史を感じさせるものがあるのは中山道だ。中山道は日本橋から北上し、群馬から西へまっすぐ進むルートのこと。草津で東海道と合流し、ゴールの京都へ入ってゆく。


 江戸時代には五街道に数えられていたためか、道中には前近代の名残を感じさせるものが多く残っている。


 東京の方は開発などがあるため、これといって歴史を感じさせるようなものはない。強いて言えば、巣鴨のとげぬき地蔵や真性寺、板橋志村にある一里塚ぐらいか。


 ちなみに一里塚とは、4キロごとに置かれた石碑のこと。これで次の宿場まであとどれぐらいかを知ることができる。


 戸田橋を渡り、埼玉県戸田市を通過する。


 戸田市の方もこれといった前近代の名残はない。だが、天気がいいときは、荒川の土手から富士山が見える。眺めは小さいが、遠く離れていてもそれだとわかるので、日本一の山の偉大さを実感できる。


 国道17号線をまっすぐ進むと、蕨の方へ出る。ここから旧街道へと進むと、宿場町の景観を見ることができる。


 昔の建物が多いので、蕨宿の景観はどこか時代劇の世界を彷彿させる。だが、電線があるので、令和の世に引き戻されるのだが。


 ちなみに蕨の旧街道は信号や車通りが少ない。近道にもなるうえに、宿場町の景観が楽しめるので一石二鳥だ。


 旧街道を東へ曲がると、蕨城の跡がある。


 蕨城は元々足利将軍家の血を引く渋川氏という氏族がいたお城。だが、北条氏と里見氏が戦った三舟山合戦で滅びた後に廃城。江戸時代には徳川家が鷹狩りのときに使う御殿が建てられた。


 蕨城の跡地は、公園や神社、公民館といった現地民の触れ合いの場となっていて、中世の面影はほとんどない。唯一、城の名残として残っているのが公園内にある池で、元は城の堀であったそうだ。


 浦和の方へ行くと、調(つき)神社がある。


 この神社は狛犬ではなく狛うさぎが置かれていたり、鳥居がなかったりする、少し変わった趣向の神社。


「狛犬の代わりにうさぎか。おもしろい神社だね」


 普通の人であればこの一言で終わる。だが、歴史好きな人にとっては、どうして? と疑問符が飛び出してくるところ。


 これについては、昔の調神社には、伊勢神宮の貢ぎ物を納めるための蔵があった。それを運ぶ際、鳥居があると邪魔になるのでないと伝えられている。


 狛うさぎは中世に生まれた特殊な信仰の名残。その信仰は月待信仰。神社の名前を「つき」と読むため、月と結びついてこのような形になったのだとか。


 国道よりも車通りが少ない街道をまっすぐ進むと、大宮氷川神社の方へ出る。


 長く、広葉樹に囲まれた参道。秋になると鮮やかな赤や黄色に色づいた葉っぱが、紅葉のトンネルを作り、参拝者を出迎えてくれる。


 鳥居をくぐり、右脇に見えてくるのは、立派な門。


 奥にある本殿を囲うようにある屋根付きの白い壁と緑色の格子、そしてそれを支える朱塗りの柱。この三つが平安朝様式の「優美」をより強調している。


 平安朝様式の門をくぐった先には、それとは対照的な神楽殿と本殿が見えてくる。


 ここの神楽殿は、余計な飾り気がなく、和風の木造建築が持つ独特の陰影が活かされた立派な建付けだ。昨年私が自転車で訪れたときは、日がどんどん短くなってゆく秋の日ということもあってか、どこかわびさびのようなものを感じられた。


 神楽殿の門の奥にある社殿もそれまた立派で、都会の喧騒の中にあるとは思えないほどの優雅な建付けだった。


 また、氷川神社の奥には公園がある。ここはとても良い。上野公園ほどではないが、野球場に動物園、博物館まで揃っている。


 特にオススメなのが動物園。ヤギや豚などの家畜から、ハイエナやツキノワグマといった猛獣まで、多種多様な生き物を見ることができる。個人的には、インコやオウム、埼玉県の鳥であるしらこばとなど、鳥類が多かった印象がある。


 動物園に至っては、無料で入れる、ということが何よりありがたい。金を払わずとも、こうしていろいろな動物を見ることができるのは、かなりお得だ。


 大宮以北まで、私は自転車を漕ぐことはできなくもないが、せいぜい桶川止まりといったところだろう。川越や岩槻、川崎まで行ったという前歴を考えれば。


 こうして振り返ってみると、やっぱり自転車での遠征は面白い。


 車や電車で行くときには見られない、興味深いものをたくさん見つけられる。帰ったあとにネットや本で、気になったものについて調べ、新たな知見を得られる。何より運動にもなるので健康にもいいし、金もかからない。


 体にも良く、コスパもいい。おまけに気になるものを見つけて調べ、知識も深められるから、悪いことはないということだ。


 またいつか自転車に乗ってどこか遠くへ行こうと考えている。埼玉の真ん中、神奈川と東京の境まで行ったから、今度は千葉県のどこかへ行こうか。

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