首と瞳はストレート
rei
首と瞳はストレート
あ、彼、良い首してるな。
それが彼への第一印象。かっこよく言うとファーストインプレッション?
なんでもいいけどあの首の曲がり具合が私の心を射抜いたの。ほら、あのときのトレンドって180度くらいのヘアピンネックだったでしょ?
由紀……、あ、私の友達ね、由紀なんか、すっかり流行りに乗っちゃってさ。街中でイイ感じのヘアピンボーイ見つけるとすぐナンパしに行ってた。
『ねねね、お兄さんの首、超キマってますね!!』とかちょっと嫌になっちゃうくらい高い声でさ。
で、大体のヘアピンボーイ君は後頭部しか見えない頭を振ってこう答えるの。『えええ、やっぱり分かっちゃいます? コレこの間整体で5時間かけて曲げてもらったんすよ』
いやいや顔くらいこっち向けろよ。ただの「ろくろ首」にしか見えねぇって。私はそう思ってたけど、由紀には由紀のセンスがあるから黙ってた。
まぁ、話を戻すとね。私はその時の流行りにちょっとゲンナリしてたの。右を見ても左を見ても、前も後ろも「ろくろ首」。ホラー映画かっつーの。いや、ホラー映画に失礼? そうだよね……、日本映画ってホラーくらいしかマシなのないもんね……。
とにかくそんなタイミングだったの、彼と出会ったのは。初めて会ったときのことは今でもハッキリ思い出せる。
私は大学へ向かう電車に乗ってた。朝方だったから結構混雑してて、車内はわりとぎゅうぎゅうだったと思う。けど視界はものすごくよかったな。なんでかって言うとみーんな首を曲げてるから。私だけが文字通り頭一つ飛び出てて、窓際でもないのに外の景色がよく見えた。
そうやって左から右に流れていく街並みをボーっと眺めてたら、いつの間にか、大学の最寄り駅に着いてた。大慌てて降りて、改札まで向かう人混みに加わった。乗り過ごさなくよかったー、とか思いながらなんとなく前を向いたらね。いたの、彼が。
その時の私には、彼が荒野にポツンと咲いてる一輪の花に見えた。もしくはゾンビの大群のなかに混じってる生存者? ごめん、少し大げさかも。
けどね、それくらいの衝撃だった。「ろくろ首」たちの中で、一人だけ頭が飛び出てたのが彼だったから。まぁ、私みたいに完全にまっすぐなわけじゃなくて、なんて言うか……。ひと昔前風に表現すると、ストレートネック? ちょっと首が落ちてる感じの、あれ。
最初に戻るけど、その首の曲がり具合が、私にはグッと来た。だって周りは皆ヘアピンで、後頭部と後頭部を突き合わせながら友達同士でおしゃべりしたり、恋人同士でいちゃついたり。私だけが、前を向いてた。
あぁ、あの人、ちゃんと前向いているな。そう思った瞬間からもう好きになってたのかもね。私は無性に彼の顔が見たくて、声をかけたくて、ゾンビたちの間を結構強引に押し進んだ。
彼に追いついたのは、改札を通ってすぐくらいだったかな。ここから大学まで10分くらい歩くから喋る時間はあるな、とか。いやけどそもそもこの人同じ大学の人なのかな、とか。いきなり話しかけて引かれたりしないかな、とか、脳内もうぐちゃぐちゃだったけど、何かに取り憑かれたみたいに彼を呼び止めてた。
『あの、なんでヘアピンネックにしないんですか』
あー、違う、そんなこと訊きたいんじゃないのに、いや気になるけど、もっと段階ってものがあるでしょ。やらかした、絶対変な人だと思われる。
びっくりして振り向いた彼は、私に目を向けて、困ったような顔をしながらこう答えたの。
『だって前を見なきゃ危ないじゃないですか』
あなたもそういう考えだから今、目が合っているんじゃないですか?
え、というか誰ですか?
彼の顔は別に私のタイプってわけでもなかった。まぁ、好きでも嫌いでもない、普通って感じ。
けど、その薄茶色の綺麗な瞳が、私のことをまっすぐに見てくれる彼の瞳が、またもや私の心をつかんで離さなかった。セカンドインプレッションって言うべきかな。あれ、そんな言葉なかったっけ?
まぁ、ともかくそれが彼との出会い。それから連絡先を交換して、何度かご飯に誘って、でっち上げた理由で買い物なんかに連行して。私から告白して、OKもらって付き合い始めた。いきなり話しかけてきたよく知らない人と交際までしちゃうんだから、彼も相当な変わり者だよね。
そのことを由紀に伝えたら、普段は一周ひねってある首が、びっくりしすぎてぐるっと戻っちゃてた。『絶対、やめた方がいい! あれはないわー』とか首をぐるぐるヘビみたいに回されたけど、私には私のセンスがあるんだから、黙ってて欲しかった。じゃあ初めから隠しとけよ、って思うかもだけど、それは許して。自慢したくなっちゃうんだよ、やっぱり。
確かに、彼の財布は「adidas」のマジックテープ付きのやつだったし、大学生なのに「瞬足」履いてた。しかもギリギリ合うサイズがないから特注品なんだってさ。小学生の時の50M走でブイブイ言わせてたあの頃が忘れられないんだって、遠い目をしながら言ってたな。
でもそれも個性が際立っててイイじゃん、なんてその当時は思ってた。今にして振り返ると、あれがまさに「恋は盲目」ってやつなんだろうね。
冷静になって考えてみたら、結構ヤバい人だったのかも。着ている物はいつもヨレヨレだったし、『コーナーで差をつけろ』とか意味わかんないこと言って、曲がり角で急に走り出してたし。
そんな、彼の嫌なところがどんどん目に付くようになっていって。彼も多分、おんなじ風に、私の嫌なところを見つけていったんだろうな。会う回数も減って、一緒にいても楽しいって感じることもなくなって、結局、ろうそくの火がいつの間にか消えちゃってるみたいに、別れた。
でもでも! 彼の首と瞳は最後まで大好きだったよ、曲がってるのにまっすぐで。
まぁ……、それ以外が、ね。
こんな話、マジメに聞いてくれてありがとうね。退屈だったでしょ。案外面白かった? そう。なら良かった。
ところで、今日あなたに会ってから、ずっと言おうと思ってたことがあるんだけど、いいかな?
あなた、とっても良い首してるね。
彼にそっくりな曲がり具合の、ストレートネック。
首と瞳はストレート rei @sentatyo-
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