Episode 14#

 ――株式会社LAGOONか…。


 封筒を眺めつつ、酒井の凄みを思い出す。


 正直読まずに投げ捨てたいが、そういうわけにもいかないだろう。


 封筒を開けると、中の書類と添えられた手紙を取り出して読み始める。


 〜〜〜〜〜


 麻樹成司様


 平素は弊社のラグナリア仮想空間をご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。


 この度、貴殿に弊社の業務における機密事項の窃盗の容疑がかかっております。本来であれば即座に法的措置を取るところではありますが、貴殿が学生であることも加味し、話し合いの場を設けたいと存じます。


 つきましては、○月✕日、13時に弊社法務部までお越し下さい。


 なお、お越しにならなかった場合は話し合いの権利を放棄したとみなし、法的措置に移らせて頂きます。


 万が一ご都合がつかない場合は前日までに当社営業時間中にご連絡ください。


 以上。


 〜〜〜〜〜〜


 住所と電話番号と社名で締めくくられたその手紙を読み終えると、軽くため息をついた。


 他の書類を確認すると、LAGOON本社へのアクセスやらその他必要書類だった。


 やはりこうなるか。


 分かっていたとはいえ、現実にこういう手紙が来るまで少し軽く考えていた節は否めない。


 けれど。ここまで来てあとには引けないのだ。


 何があってもモルガナさんを守る!!そう決めたのだから。


 ♪〜♪〜♪〜


 MINEの着信音が鳴った。相手は確認しなくてもわかる。


「お前のとこにも来たか、尚人」


『ああ。』


「……責めないんだな」


『責めてどうなる。そもそも最初からこうなることはわかりきっていただろうが』


「確かにな」


 ふふ、とお互いに苦笑し合う。


「覚悟なら、できてるさ」


『そうだな』


「乗り込むぞ!LAGOON本社へ!!」


 ◇◇◇◇


 ○月✕日 13時 LAGOON本社――


 会議室で俺と尚人は運営本部を睨みつけていた。


「まあそう怖い顔しないでください。とって食うわけじゃないですから」


 ……。


「話を進めさせていただきますね。今回の件についてはかなり事態を重く見てはいます。しかし、あなた方はまだ学生ですし、我々としては水に流しても構いません。ただし、条件があります。当該データを……」


「モルガナさんなら返す気はありません!!」


 食い気味に答える。


「そうですか……しかし……」


「モルガナさんをリセットすることがわかっている以上、返す気はありません!!」


「……一週間猶予を差し上げます。それまでに該当データを返却いただけない場合――覚悟なさってください」


「望むところです!!」


 毅然とした態度の俺に、やれやれと言わんばかりの態度で運営本部の男は締めくくった。


「お話は以上です。ありがとうございました。」


 追い出されるようにLAGOON本社を後にしようとして、白衣を着たとある社員の男とすれ違った。


 ?!?!


 俺は直人の制止も聞かずに駆け出した。


 走って白衣の男に追いつくと、


 !!!!


 顔面に一発、容赦のないパンチを叩き込んだ。


「倉木、テメェ!!」


 倉木は避けようともせず、殴り飛ばされ。


「すまない、麻樹君……君たちには悪いことをしたと思っている」


「――やはりここの社員だったんだな……分かっててやってたんだな!!」


 怒りが収まらない。


「本当にすまない」


「――どういうことか説明してもらいましょうか」


 追いついてきた尚人が、倉木に問う。


「全て話す。だが一つだけ聞いてくれ。場所を変えたい」


 ふざけんな!!!!


 更に殴ってしまいそうになる俺を尚人が止め、


「分かりました、では例の部屋で」


 渋々拳を収め、俺たちはいつものカフェの2階に移動する。


 倉木はぽつり、ぽつりと語りだした。


 自分はLAGOONのAI開発担当の主任チーフであること。


 モルガナの不具合とも言える想定外の行動を興味深く見守っており、個人的にはできればそれを不具合で片付けず、見守りたいと思っていたこと。


 そこに会社からモルガナの不具合の原因である俺たちの調査を依頼され、たまたまあの場に居合わせたこと。


 モルガナを守るため、全面協力するつもりが会社にバレてしまい、適宜対処して報告せよ、と指令を受けたこと。


 頭には来るが、その話をする倉木は辛そうで、とても嘘をついているようには見えなかった。


「今度こそ、信じてもいいんですか?」


「ああ、誓って嘘はついていない。しかし……」


「しかし?」


 言いよどむ倉木。聞き返す俺に苦しげに顔を歪め。


「モルガナは返したほうがいいと思う」


 激高する俺を尚人が止め、倉木は続ける。


「麻樹君、君はまだ若い。恋愛の機会はまだいくらでもある。しかしこのままではその未来さえも閉ざされてしまうだろう。モルガナのことを想う気持ちは解る。けど、僕としては、君たちの未来が潰えるのを黙って見ていられないんだ!!」


「俺は!! モルガナさんといられればそれで…!!」


 感情がたかぶりすぎて無意識に涙が頬を濡らす。


「このままではそれすら叶わなくなるんだぞ!! そもそも君らに犯罪者の烙印が押されることを、モルガナが望むとでも思っているのか?!」


 倉木もまた、泣いていた、のかもしれない。


 沈黙が、落ちた。


 静かに流れる時間。

 静かに流れる涙。


 一体どれくらいそうしていたのか分からないけれど。


「……モルガナさんと、話をさせてください」


 ようやく声を絞り出した俺に、倉木が答えた。


「構わないよ。けど……もし自主的にデータ返却しないようなら、僕が端末をLAGOONに運ぶ。例え君たちに恨まれようとも。分かったね?」


 返事は、しなかった。


 沈黙を答えとしたのか、倉木は帰っていった。


 尚人にも外してもらい、モルガナさんの入った端末に向かい合う。


「モルガナさん……?」


 少し弱々しい声でマイクに呼びかけた。


「Georgeさん……。」


 モルガナさんの静かな声がする。何から話したらいいか分からなくて黙りこくる俺。


「Georgeさん、お願いがあるんです」


 ???


「現実世界を、一緒に見て回りたい、です。」


「えっ?」


「今私がこうしてカメラを使ってあなたを見、マイクを使ってあなたの声を聞いているように、あなたと一緒に外の世界を見に行くことは出来ませんか?」


 いつもの優しい笑みに、心が引き裂かれそうになる。


 もう逢えなくなる――


 その事実が胸をよぎる。


 思わず俺はモニターを抱きしめた。


「George、さん?」


 モルガナさんは不思議そうな顔でカメラ越しに俺を見つめる。


「行こう!一緒に現実世界へ!」


 実際にできるかどうかは尚人や倉木に聞かないと分からない。けれど。何が何でも実現させる!!何が何でも、だ!!!!

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